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1章 強制入学編

2-7 この島で会う奴、どいつもこいつも濃くねえか?

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 戦闘科への指導が始まり、錬金科が自由行動になった頃。

「アニキ、お疲れ様っす」
「ホントにな」

 話しかけてきたリムにそう返答して、ムジカは深々とため息をついた。
 久々の訓練ということでつい調子に乗ったが、ラウルにほとんどしてやられた。ブランクが長いから勝てるかと思ったのだが、そんなことはサッパリなかった。むしろこちらがたるんでいたと自覚させられたほどだ。
 最後だって、たまたま破れかぶれがうまくいっただけだ。あんな無様をさらすようでは、いつか戦場で死ぬことになる。

(やれやれ。精進が足りない上に、こうもなまってるとはな……)

 思えばノブリスに三日も乗っていないというのは、これまでの生活を振り返るとあり得ないことではあった。
 まだ空にいた頃は、暇な時間があれば<ナイト>を乗り回したりエネミーシミュレータを起動して、自主鍛錬にふけっていたものだが。錬金科の所属になった以上、ノブリスの使用は難しくなるのかもしれない。

(だからって、錬金科のくせに戦闘科の訓練参加するわけにもいかねえだろうしな……)

 その錬金科だが。
 ラウルの指導からほっぽり出された彼らは、現在その辺で歩く練習をしてたり、鉄棒でチャンバラごっこをしてたりと適当だ。突っ立って戦闘科の訓練の様子を見入っている者もいる。
 総じて言えるのは、皆すでにやる気がないことか。まあ錬金科は<サーヴァント>が使えるようになれば十分で、戦闘を行うこともないのだから当然だが。
 と、リムと一緒に待っていたらしく、サジも声をかけてくる。

「凄いね、ムジカ……助けてもらった時も思ったけど。あんなこともできるんだ」
「あんなの凄くも何ともねえよ。ラウルが言った通り、グレンデルじゃ最初にガキどもにやらせる訓練だ。こう言っちゃなんだが、あの程度ならリムでもできる」
「私はできないですよ! ……まあ、アニキほど上手には、ですけど」

 サジもいるからか、微妙に対他人モードでリムが答える。
 ただ答えの中身は可愛げがない。自分より年下の少女ですらできると言われたら、戦闘科のノーブルで出来ない者は形無しだ。

「……グレンデルって、みんなあんな訓練するの?」
「一番初めにな。アレやっとかねえと危ねえんだ」
「地上からやってきたメタルは、地上にいる動物の姿を模倣してることが多いですから。獅子とか、熊とか……そういう近接戦を仕掛けてくる敵を相手にするのに、こっちが近接戦を知らないって危ないんですよ。ノブリスって軽いですから……ああ、ちょうどあんな感じに」

 と、リムが示したのはラウルたちだ。
 戦闘科の生徒がラウルに飛びかかられて、たじたじになっている。先ほどムジカとやった時よりははるかに手ぬるいが、それでも素人には厳しいだろう。
 その猛攻から逃げるためにか、生徒はフライトグリーヴを機動して空へと逃げた。
 明確なルール違反だ。今回のチャンバラでは、空に逃げることは禁止されている。それを逆手にとって、空に逃げれば安全だと思ったのだろうが――

 そのせいで、ラウルの容赦はなくなったとも言える。
 端的に言えば、生徒は逃げられなかった。
 逃げ切る直前の生徒の足を、ラウルは思いっきり鉄棒でぶっ叩く。何が恐ろしいかといえば、その動きの早さだ。相手のルール違反にも機敏に反応した。ただしラウルの早さは反応の速さではなく、経験と予測による先読みの早さだ。相手が反則すると睨んで後の先を打った。その読みの鋭さが恐ろしい。
 そして足を打たれた生徒だが。

「――――――っ!?」

 悲鳴を上げて、宙に浮いたままその場でぐるぐると回転を始めた。横殴りの衝撃を加えられ、姿勢の制御を失ったのだ。
 水車のごとく生徒は回転を続けるが、その動きを止められない。どうすればいいのかわからずもがいている。どうやら初心者だったらしい。

「あーあ。空で溺れてら。逃げようとして、M・G・B・Sまで完全起動するからそうなる」
「……あー。重力破壊効果のせいなんだ、あれ」

 サジの言う通り、この現象はノブリスを宙に浮揚させるためのモジュール、M・G・B・Sの副作用だった。メタルに襲われた新兵が簡単に殺される理由でもある。
 重力を魔術的にキャンセルすることでノブリスを浮かせ、高速機動に対応させるこのモジュールは、その対価として機体重量を限りなくゼロに近づける。あくまで質量をゼロにするわけではないため見かけ上の変化でしかないのだが、なんにしたところで機体が軽くなるという事実は変わらない。
 そしてその分、衝撃にひどく弱くなる。単純な作用・反作用の問題だ。
 そんな状態で打撃をお見舞いされればどうなるか――その結果が、目の前の大惨事というわけだった。
 俗に“半がけ”や“半起動”と呼ばれる状態なら、まだノブリスの重量を軽減するだけで済むためチャンバラごっこもできるのだが。完全に起動してしまうと重力を完全にキャンセルしてしまうため、結果としてああなる。

「被弾の瞬間にM・G・B・Sカットしたり、姿勢制御のやり方を体に馴染ませとかねえと、“空で溺れちまう”わけだ。まあ姿勢制御は普通ならこの次くらいの訓練で教えるもんだけど……ありゃ、実戦に出たら死んでるな」

 酷薄に呟く。といって、ラウルもおそらくは同意見だろう。
 空で溺れるノーブルの末路は、メタルにかじられるか、制御を失って地上に落ちるか。どちらにしたところでろくなものではない――とはいえノブリスは空にいる限り、格闘戦を拒絶できるだけの能力を持っているのだが。
 というよりM・G・B・Sの存在からわかるように、ノブリスは根本的な設計思想の段階から格闘戦を想定していない。

 ノブリスの主兵装、ガン・ロッドの名にその名残があるが、ノブリスという兵器の大本は“魔術師”という兵科だ。
 対メタル戦闘に置いて、最も効果的な攻撃性能を示した兵科、魔術師。その魔術師を補助する杖の強化と発展が、ノブリス・フレーム誕生の最初のきっかけだったとされている。
 火を生み、雷を落とし、人々を癒し雨を導いた魔術師の杖。願えばなんでもできたとされる当時の魔術師たちは、だがメタルとの長い争いの中で、己の能力を攻撃へと特化させていった。
 その中で最初に目をつけられたのが、魔術師の杖だ。願いを叶えるための触媒とも呼べる魔杖は、そうして単なる火と破壊を導く魔弾の照準器へと変貌した。
 ここから更に高火力を求めて生み出されたのがガン・ロッドの原型であり、その副産物である大型化に対応するために、開発されたのがノブリスの始祖とされているが……

「ま、格闘戦の訓練自体はそんなにやらねえだろ。今回は単に適正とか実力見るのと、格闘戦ってなこういうもんだってのを教えるのが目的だろうし。ノブリスでゼロ距離戦闘なんてまずやらねえし、地上戦なんてもってのほかだしな」
「そうだね……こう言うとあれだけど、ノブリスって紙飛行機が銃持ってるみたいなものだしね」

 それこそがノブリスの最大の欠点だ。だから不利な格闘戦に持ち込まれる前に、遠距離から撃ち抜くことが基本戦術となる。そのためのガン・ロッドだ。
 それでも相手をぶん殴りたければ、殴る直前にM・G・B・Sの機能をオフにして機体質量を復元するなどの小細工が求められるのだが。M・G・B・Sを切ったらノブリスは当然空戦性能を著しく損なうので、それをやりたがる者はそうはいない――

「……ガン・ロッド鈍器にするのが大好きなアニキがそれを言うっすか?」
「なんのことかなー」

 藪蛇の匂いがしたので、背後の恨み節には付き合わない。振り向いたら負けだと自分に言い聞かせて耐える――
 と。

「ふむ……ふむ? ふむふむ……」
「……?」

 不意にそんな声が聞こえてきて、ついムジカは背後を振り向いた。最初はリムの声かとも思ったのだが、違ったのも振り向いた理由ではある。
 そうして振り向いた先、気づけばリムの隣に<サーヴァント>が一人増えていた。
 リムはその誰かに驚いているようだが、サジを見やっても首を横に振るばかり。本当に見知らぬその誰かは、こちらの怪訝などなんのそのとばかりに無視していた。

「ふむ……佇まいに隙が無い。重心のブレも極小で常につま先寄り……キミ、武術か何かやってたのかね? ノブリスには乗り慣れていたようだが、それだけでもないだろう。戦闘科でもやっていけそうだが、何故錬金科に?」

 バイザーに隠されて顔も見えないが。あごに手を添え、ムジカを覗き込むようにして言ってくる。
 その勢いにたじろぎながらも、つい聞き返す。

「あー……ええと。あんた、誰だ?」
「おっと、これは失礼。興味が先行しすぎたようだ」

 言って、その<サーヴァント>はバイザーを外して見せる。
 それが自己紹介の代わりというわけでもなかろうが、見覚えのある顔ではあった。

「あーっと……確か、アルマ……先輩?」
「その通り。キミたちの先輩、三年のアルマだ。長い付き合いになりそうなのでね、以後お見知りおきをとあいさつに来たわけだ」
「……長い付き合い?」
「おや、お父上か冷血女からお聞きでない?」

 アルマがそんな言い方をしたので、ついリムを見やる。といってもリムは何も知らないらしく、首を横に振っていた。
 つまり、また何か勝手に話を進めたのか――などと思っていると。

「さっき、講堂で研究班の説明しただろう? あれなんだが、どうも冷血女――生徒会長の命令でね。ラウル講師とキミたち二人、まとめてうちで面倒を見てくれとのお達しだ。研究班漁りはしなくていいぞ。よかったな」
「…………えーと」

 それ以上に言いようがない。生徒会長命令ということは、こちらに拒否権などないということだろう。
 リムと顔を合わせると、彼女もまた微妙な反応だが。

「ま、あの冷血女が言う通り、キミが得難い人材だというのは把握した。詳しい話はまた後でしよう――そういうわけで、よろしく頼むよ」

 こちらが飲み込む前に、アルマは言うだけ言うとさっさと去っていった。
 なんというか、唯我独尊的な振舞いだ。好き勝手やって満足したら去っていく、そんな背中についぼやく。

「……なんか、この島で会う奴、どいつもこいつも濃くねえか?」
「アニキも大概なほうだと思うっすよ、それ」

 リムのツッコみはひとまず聞き流す。遠くでアーシャの悲鳴が聞こえた気もしたが。
 そんな感じで合同演習は終わりを迎えた。
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