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03.
しおりを挟む莉音に注意されてからは、マスターの同意を得て私服で街を歩き回る事にした。武器もハルバードは目立ちすぎるということで、銃と護身用の短剣のみ。我ながら不用心すぎる格好だ。あまりの無防備に眉を顰める俺とは反対に、莉音は何故か誇らしそうな表情をしていた。
それにしても、街を歩いていても全く絡まれない事に逆にソワソワしてしまう。普段身につけている、顔半分程を覆う【吸血鬼の目】避けのゴーグルのおかげでしっかりと身バレしていないのもあるだろうが、彼ら特有の【鼻】で気づかないものだろうか。
頭が悪いんだろうな、多分。
流石に人間である俺が吸血鬼に【目】を合わせられ、万が一命令されたら逆らうことは出来ないので、戦闘用のゴーグル代わりの眼鏡をつけているが、固定しきれない感じがもどかしい。ズレる。
くい、と眼鏡を押し上げつつブラブラと歩いていると、お気に入りの喫茶店【蜂蜜亭】が目に入ったので扉を開ける。その名の通り蜂蜜を使った料理や飲み物が売りで、俺は最早常連枠だ。店主は吸血鬼だが、人と対等に共存したい珍しいタイプの吸血鬼なので殺そうとは思わなかった。寧ろ情報源にもしている。
俺は臨機応変な吸血鬼ハンターなのだ。ちなみにマスターには怒られるので言っていない。
からんころん、と軽やかな音がなる。中に入ると、珍しいことに客はいないようだった。
「いらっしゃい。久しぶりだな。いつものか?」
「お久でーす。うん、いつもので。」
いつもの、とは蜂蜜檸檬タルトとハニーティーのセットだ。甘いタルトと、意外と甘くない紅茶が絶妙にマッチするのだ。つまり非常に美味しい。これまたいつものカウンター席に座って、マスターが料理を作っているのをぼんやりと眺める。しっかりと筋肉が付いた、ダンディーな髭おじ様といった風貌の主人は、街の女性も種族問わず非常に人気だという。本人曰く根っからのゲイらしいから可哀想な話だが。
数分後。目の前に置かれた料理をパクパクと食べていくと、俺の目の前に主人がやってきた。その手にはブラックコーヒーの入ったマグを持っている。【蜂蜜亭】なんてクソ甘い名前とクソ甘い商品を提供しておきながら、本人は甘いものが苦手だと言うのだからよく分からない。
どうやら俺と話がしたいらしい彼は、カウンター越しの調理場に腰を下ろした。
「……お前、また吸血鬼を殺したな?」
「仕事ですからね。悪いですか?」
「いいや、悪いこたぁねえよ。死ぬ雑魚が悪い。だがーー我らが王が、この前の死骸に付着していたお前の少量の血に気付いた」
変態吸血鬼野郎の姿を思い出し、思わず顔を顰めると、反対に主人はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる。それにしても毎回どこからそんなに早く情報を手に入れてくるのか。ーー謎多き吸血鬼だ。
ほら、と手を差し伸べてくる主人に嫌々ながらこの前怪我をした手首を差し出すと、彼はベロリと俺の傷口を舐める。そのゾクリとした鈍い感覚に震える。手を離され、一瞥する。すっかり傷は癒えていた。忘れずに濡れた手ふきで入念に唾液を拭き取る。汚い。
「……相変わらず美味ぇ血だな。Sってのは」
「なんで血の匂いで周りの吸血鬼に気付かれないのかな」
「そりゃお前の血は珍しい事に無臭だからだ。実際見たり味わわなけりゃ気づかねぇ。その代わり、一束味わえばやめられなくなる」
へぇ、初めて知った。無臭と言うのは有難い。戦闘においても彼らを匂いで興奮させないで戦えるから殺しやすいし、【宵闇の王】に捕まるリスクも減る。俺は更に情報を得るべく店主の顔を覗き込む。
「どんな味ですか?」
「難しい質問だな……。甘いが甘過ぎない、酸味はあるが酸っぱ過ぎない。爽やかな甘さと言ったらいいか。俺達吸血鬼を虜にする麻薬って訳ではねぇが、やみつきになるってのが正しいな」
「んーー難しい」
すっかり傷口すらない手首を見て首を傾げる。舐めても鉄っぽい味しかしないけどなぁ。
Sよりも更に上のSSランクの中には、出血していなくても吸血鬼を無意識に引き寄せ、逆に支配下に置いてしまうほど【完璧な血】を持つ人間もいるらしい。100年に1度生まれるという【天血】は、現在王族である御門家の 【根源】として当主の吸血奴隷になっているらしいが。【天血】とはいえ、必ずしも愛される訳では無いらしい。……もっとも、噂によると【天血】本人は、自分が愛されていると信じて疑っていないらしい。我儘で馬鹿な少年だ、と主人は呟いた。
「ちなみに捕まったらどうなると思います?」
「……お前の望みを叶えてくれる事は無いだろうな。王はお前を我が物にしたがっている」
「……そう」
「貴方も敵なわけですねぇ」
存外冷たい声が出た。
既に店の周囲を多くの吸血鬼の気配が覆っている。そのどれもが雑魚ではない。ハニーティーをごくりと飲み干して、乱雑に机にマグを置いた。
常連だったのに、簡単に売られるなんて悲しいなぁ。【宵闇の王】の命令なら仕方ないのだろうけれど。俺もマスターの命令には逆らえないもの。
困ったように微笑む店主を睨みつける。結局はこいつもただの吸血鬼なんだ。欲深い。人間を物としか見ない。殺しておけばよかった。
店に入ってくる大量の軍の吸血鬼達。それに伴って、強烈なまでの気配を感じる。俺は彼らの視界に入らないように気をつけながら、銃の安全装置を外した。
中に入ってきた【宵闇の王】に、店主が平伏する。
「……久しぶりだな。【夜桜】。隠れんぼは終わりだ」
「……」
「店主、報告ご苦労だった。お前の忠義、覚えておこう」
「有り難き幸せにございます」
目の前の会話にぐつりと腸が煮えくり返る思いを味わう。おい莉音。何なら隠密した方が見つかったぞ。睨みつける俺に、【宵闇の王】は優雅に嗤う。
ここで捕まったらマスターに怒られる。マスターに怒られるということはつまり地獄。
俺の正面に立ち、眼鏡を外そうとする王に銃を突きつける。時間稼ぎにもならないそれに、周囲から嘲笑が上がる。
「【宵闇の王】は【目】がないと俺如きも従えられないんです?」
「貴様!王になんてことをーー」
「黙ってろ」
負け犬の遠吠えにも聞こえる俺の言葉に、【宵闇の王】は眉を上げる。その間にも全く隙のない彼に、俺は立ち上がることすら出来ない。そのまま憤慨する吸血鬼を一言で諌めた【宵闇の王】に腕を捕まれ、地面に引き倒された。
「ーーっつぅ"……!」
「【真名】を教えろ」
「教えるわけないでしょッ」
仰向けにされた俺の上に乗っかった王はぐ、と俺の顎を持ち上げる。首と頭が外れそうな程の激痛に思わず呻く。しかし、もしここで拷問されても、ここにいる全員に血を吸われたとしても、彼ら吸血鬼に絶対にバレてはいけないものがある。
それが【真名】だ。真名を握られ、命令されてしまうと、それは【目】よりも強い力をもってして人間を縛る。だからこそ俺たち吸血鬼狩りは、どんな事があっても外で仲間の【真名】だけは口にしてはならないという規約がある。勿論破れば死刑だ。絶対に【目】を合わせまいと目を逸らす俺に、王は楽しそうに嗤う。しかしこれでは【目】が合うのも時間の問題だ。どうにかして【目】を使わせないようにしなければならない。
「【目】で人間従わせて【真名】聞いて、それで満足ですか?」
「あ"?」
「悪いけど、俺は俺の名前の一部しか知らないから、大した制約にはならないですよぉ」
「なんだと?」
そう。【エクスシア】の組員は、吸血鬼に【真名】がバレるのを防ぐ為に苗字と名前の一部を奪われる。それでも一部がバレるだけでも大きく身体は拘束されるらしいのだが、心までは縛られることは無いのだという。
【宵闇の王】が興味深そうに首を傾げる。「城で詳しく聞こう」と呟いた彼に、時間稼ぎは出来なかったかと諦めにも似た感情が浮かぶ。王に押さえつけられたまま周りの吸血鬼に手足を拘束され、店を出る。外ではたくさんの観衆が俺を馬鹿にするようにはやし立てていた。殺してやりたい。
自由の効かない首を回して周囲を見渡すと、隠れていたらしい護衛の部下達が顔色を最早白くして此方を見ていた。
役ただず共が。
背中を蹴られ、馬車の中に吹っ飛ばされる。痛みに呻く俺の背後から【宵闇の王】が乗り込み、馬車が動き出した。
俺達が乗る馬車の周りを馬に乗った軍の吸血鬼達が護衛している。過剰な程の護衛は、俺の逃走防止のためか。外を睨みつける俺は肩を抱かれ、馬車の椅子に押し倒された。
「随分と手こずらせてくれたものだ。俺相手に1週間ももつ人間がいるとは思わなかった」
「……」
「喋らなければ【目】を使うぞ」
【目】如きに脅される人間という種族の弱さに苛立ちが募る。人間が吸血鬼に叶わないのだと思い知るようで不愉快だ。
「俺をどうするつもりです?【天血】のように飼い殺し?【エクスシア】との取引?それとも、」
「お前はどうされたい?」
どうされたい、か。
(ーーーーーー)
「殺してくれたらいいですね」
「それだけはしねぇから安心しろ」
そう言った【宵闇の王】は俺の首に軽く歯を立てることなく吸い付いた。初対面の事を思い出して思わず震えてしまい、首元で笑われる。そのまま突き刺して吸うのかと思いきや、ひと舐めして離れた王に拍子抜けしてしまう。どうせこの前のように血でも啜られ犯されるのかと思っていたので、怪しいものでも見るかのように見上げる。
「吸わないんです?」
「【運命】の声を他人に聞かすわけねぇだろ」
「は?」
誰が【運命】だって?
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