敵国の我儘令嬢が追放されたらしいので迎えに行くことにする

なこ

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さぁ、お迎えに上がりましょう

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 シエル王国――またの名を天の王国に、千年に一度繁栄をもたらすために現れるという【天詠みの聖女】。そんな高貴な存在が目に涙を蓄えて人の婚約者に抱き着いて此方を見つめる伯爵令嬢だなんて、笑い話にしてもつまらない。
 そして、天の王国屈指の公爵家の一人娘にして、第1王子殿下の婚約者として誠心誠意国の繁栄に貢献してきた才女であるエレノア・アルテミスが、彼女の妄言によってすべてを奪われようとしているなんて。

 愛してやまなかった第1王子殿下、ルーカス・ジュピター様は彼女の妄言を完全に信じ切っているようで、聖女を背後にかばいながら立ちつくすエレノアを睨みつけた。


「エレノア・アルテミス。貴様はミアを――天詠みの聖女を陰湿に虐め、時には暴力を振るい、彼女を徹底的に害した」
「殿下、お言葉ですが――」
「黙れ!!!貴様の戯言など聞く価値もない!!」


 最早エレノアへの情は消え失せ、憎悪に染まった殿下の瞳を呆然と見つめることしかできない。尚も言い募る彼の言葉など、エレノアの耳には一切届いていなかった。

 エレノアは8歳の時に殿下の婚約者として出会い、彼に恋をしたのだ。彼のためならばなんだって出来る。そんな思いで勉学も、魔法も、剣術も、あらゆる能力を身に着けてそれら全てを余すことなく発揮してきた。天の王国の平和が今、ある程度保たれているのには自分の力も十分に入っている、と彼女は自負しているし、実際そうだった。
 目の前で泣くばかりの聖女様が一体何をしてきたのか。ただ婚約者のいる王族貴族の子息を侍らせて、毎日茶会や舞踏会を開いて遊んでいるばかり。そんな聖女様が本当に繁栄をもたらすと殿下は本当に信じているのか。

 天詠みの聖女というだけで尊重されるというのならば、彼女のせいで「婚約者を奪われた女」として泥を塗られた令嬢たちとその家の者はどうなってしまうというのだろう。彼らの言う「繁栄」には、聖女様と彼らだけの幸せしか含まれていないではないか。
 エレノアはじわりとにじむ悔し涙をこらえ、俯く。公爵家の令嬢たるものこんなに大勢の前で涙を見せるなんてあってはならない。見る限りこの場にエレノアの味方は一人もいない。お父様もお母様も、どう彼女を切り捨てて身分を守るかについて必死に考えていらっしゃるようだった。そんな様子を上座から退屈そうに眺めている陛下に、ルーカス様が詰め寄っていく。わぁわぁとみっともなく騒ぐ彼を見つめ、陛下は小さくため息をついた。

 そして、陛下の温度のない深紅の目がこちらを向く。


「エレノア・アルテミス。貴様の身分をすべて剥奪し、国外追放処分とする。何処へなりとも行くがよい」


ーーあぁ。


 あぁ、あぁ、こんなことが許されるのだろうか。
 誰か振り返って聖女様の顔を見ればいい。あの悪辣な卑しい笑みを見れば、少しは考えも変わるだろうに。陰で無能と馬鹿にされているルーカス様一人でいったい何が出来るといのだろう。貴族共に操り人形にされて、そのうち切り捨てられてしまうに違いない。そうなれば、何もかもに無関心な陛下はきっと殿下のことも守ってはくださらない。その時に聖女様は殿下に寄り添ってくれる?

 ぎり、と唇をかむ。エレノアは――エレノアだけは殿下のそばを離れない自信があるのに、こんなところで彼女の人生は終わりを迎えるのだ。
 今まで貴族として全てを手に入れて来たエレノアが、平民ですらない存在になってどうして生きていけるだろうか。よくて野垂れ死に、最悪捕まって奴隷にされてしまうかもしれない。元貴族の奴隷なんて、どんな目に合うかなんて簡単に想像できた。

 せめて最後まで完璧な公爵令嬢でいなければ。そんな思いで陛下にだけ最敬礼を取り、謁見室を退出する。せめてもの対抗心の証として、ルーカス様と聖女様の横を一瞥もくれずに通りすぎる。護衛の近衛騎士が扉を開けてくれるのを待ち、まっすぐ前を見据えたエレノア。


 彼女はその美しい紫の目を見開いた。



「しつれいしまーす。あ、アルテミス様こんにちは」


 ざわっと謁見室が喧騒に包まれる。扉の前に立つエレノアは、同じように扉の外側に佇む青年の存在に驚きを隠せない。
 恐らく陛下も彼の登場は予想していなかったのだろう、振り返れば珍しく驚いた様子で目を瞬かせていた。しかし、当の本人はざわめきに包まれる謁見室をぐるりと見回して、首を傾げている。


「星の王国ーーナジェム王国の大公ともあろう貴殿が、報せもなくどうなされた」


 陛下の刺すような低い声に、ルーカス様が肩を震わせる。対して聖女様はどこかきらきらとした目で大公と呼ばれた青年を見つめている。やはりエレノアには、どう見ても彼女がただの男好きにしか見えなかった。
 明らかに無断での入国を咎める響きをもって発された言葉に、青年は全く怯える様子もなく鼻で笑った。近衛騎士がいきり立つも、陛下に手で制される。


「お久しぶりです国王陛下」
「何故この国へ?」


 陛下の問いに、青年はゆったりと微笑んだ。


「エレノア・アルテミス様を国賓として正式に星の王国に招待するようにと我が王が言うもんで、お迎えに上がりました」
「つい先程そこの女はアルテミスの名を剥奪された」
「ええ、勿論知っていますとも」


 エレノアは陛下の心ない言葉に顔を歪める。それを見つめた青年は、笑みを崩すことなくエレノアを周囲の視線から庇うように背後に移動させた。
 聖女様がじろりとこちらを睨み付けてくる。


「その上で、ここで彼女程の人材をみすみす消してしまうのは国際的にも大きな損失になると我が王は判断したんですよ。要らぬなら、星の王国が貰います」










すたすたすた。


「ちょっと、」


 すたすたすた。


「ーーねぇ、ちょっと!!」


 ばっ、と掴んでいた腕を振り払われ、オズワルド・アクアリウスは怪訝な顔で振り返った。すると、何故か助けたはずのエレノアが顔を赤くして此方を睨みつけている。思わず首を傾げると、彼女は口をパクパクさせ、次いで深いため息をついた。


「アクアリウス、なんで、」
「オズワルドでいいよ」
「ではオズワルド。



ーーなんであんたここにいるのよ!!」









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