敵国の我儘令嬢が追放されたらしいので迎えに行くことにする

なこ

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さぁ、お迎えに上がりましょう

1.

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 顔を真っ赤にして眉を吊り上げるアルテミス嬢を見つめる。なんでと言われても、陛下の命令だからとしかいいようがない。別に俺自身はアルテミス嬢がどうなろうと関係ないし。
 彼女の境遇を考えると憐れみこそ浮かぶものの、彼女だってそんなものは求めていないだろう。

 恋する殿下がいなくなって、すっかり気品溢れる公爵令嬢の皮が剥がれ、我儘令嬢の正体を現したアルテミス嬢。彼女の美しい紫色の目は俺の一呼吸をも見逃さないとばかりに此方を睨めつけている。
 俺は繋いでいた方と逆の手でガリガリと頭を掻き、もう一度手を繋ぎ直して歩みだけは再開させつつ口を開いた。


「だからァ、陛下の命令だって。俺だってお前みたいな我儘女、迎え入れたくなかったさ」
「なんですって?言っておきますけれど、あんたのその無礼な態度を何度も庇って差しあげたのはこ・の・わ・た・し。言葉一つで戦争になるこのご時世にあんたはーー」
「あーあーうるせぇうるせぇ」


 敬語の欠片も無い無礼な口調で喧嘩をする俺たちを、通りすがりの侍女や騎士が恐る恐るというように眺めている。おそらくまだ身分を剥奪されたばかりだから、下の者にその情報が回っていないのだろう。もし回っていればこんなに平和に歩けていないはずだ。侮蔑、嘲笑、嫌悪、様々な視線がきっと彼女を傷付けるように突き刺さる。
 それを彼女もわかっているのか、足を進める俺を今度は止めることはせず、大人しく着いてくる。ーーまぁ、全く納得はしていないようだが。ギリギリとあらん限りの力で握りこまれる手のひらがそれを物語る。馬鹿力が。

 王城の庭に出て、待たせていた天馬車の扉を開ける。エスコートしてアルテミス嬢を馬車に乗せると、幾分落ち着いたらしい彼女は何度か目を瞬かせた。


「あら、エスコートとかできたのね」
「馬鹿にしてんのか」
「されたくないのならそれ相応の態度をお見せになったらどう?」


 無視をして、彼女に続いて馬車に乗り込み、風魔法を発動させる。俺の魔力を感じとった天馬が、高らかに嘶き空へと駆け上がった。


「まぁ!いつ見てもとっても綺麗!」


 アルテミス嬢が小さく歓声を上げ、下界を見下ろす。この通り素は愛想の欠けらも無い我儘女だが、それでも空飛ぶ馬車にワクワクするだけの可愛げは残っていたらしい。下界には、つい先程まで彼女の居場所であったシエル王国の王都、「オルビット」の街並みが広がっている。大国である天の王国の王都というだけあって、整然として非常に美しい。

 先程よりも幾分か機嫌良さげに外を見ていたアルテミス嬢が、ふと対面に座る俺の方を向いた。風魔法を操りながら、風圧や風の抵抗を調整する俺を見つめ、彼女は穏やかに微笑んだ。


「そういえばオズワルド、貴方なんて家名なのに風属性なのね」
「それみんな言うけど偏見だから」
「あら、大衆と同列に扱われるのは納得いかないわ」


 クスクスと上品に笑う彼女の姿には、確かに陛下が認める令嬢というべき威厳が垣間見える。しかし、やはりその表情にはどこか影があった。

ーーまぁ、仕方ないと思う。

 昨日まで当たり前のようにあった全てを失って。さらに、突然こうして他国に迎え入れられるなんて、普通は混乱して暴れまわってもおかしくない。それでも涙を一滴も見せずに気丈な姿を見せ続ける。そんなこと、並大抵の精神でできることではない。強い女性だ。だからこそ、無能王子には疎ましい存在になってしまったのだろうけれど。


 俺は彼女から目を逸らし、窓の外を見る。

 星の王国には、【天詠みの聖女】なんて依存的な逸話は存在しない。完全なる実力主義だ。
 国王の次に高い身分である【大公】と呼ばれる12人の為政者は、先代大公からの指名で選ばれる。とはいえ選定の中で賄賂や忖度が横行しないように、指名された者が大公に値するかという平民投票、貴族投票、大公投票を経る。それを突破してさらに王家に認められて初めて、大公の座を冠することが出来るのだ。

 恐らく、聡明なアルテミス嬢には星の王国の体制の方が向いているのではないだろうか。彼女のことだ。気付けば大公に上り詰めていてもおかしくない。


「アルテミス様なら、星の王国でも上手くやれるでしょ」


 ボソリと口に出した言葉は、知らず慰めるような響きを持っていた。アルテミス嬢はまるで珍獣でも見つけたかのような目で俺を見る。そして眉を下げ、疲れきったように微笑んだ。


「アルテミスじゃないわ。もう」

 あ、そうか。

「……じゃあ、エレノア様」
「エレノアでいいわよ。……大体ね、敬語も使わない癖に様付けだけすれば何とかなると思ってるその安直な考えが気に食わないの」
「あーあー聞こえませーん」


 ちょっと慰めたらこれだ。両手で耳を塞ぎ、目を瞑って聞かないそぶりを見せる。彼女とは外交の関係で昔から顔なじみ程度の仲であるが、事あるごとに俺のところにやってきては、やれ身分相応の行動をしろだのやれ陛下に恥をかかせるなだの一々説教をかましてくるのだ。そのたびに俺はこうしてやり過ごすので、もはやお家芸のようになっている。

 でも、そんな風に喚けるならまだ良かった。俺も他の大公も彼女と1度でも会話をした事がある者ならば、アルテミス嬢――改めエレノアがどれほど第1王子のルーカス・ジュピターにご執心だったかなんて皆が知っている。王子への愛だけが彼女の忠義の源泉だった。それを失った今、彼女は身を裂く程の心の痛みに苦しめられているはずだ。
 ここには俺しかいない。だから、今だけは空元気も体裁も捨てて、として失恋の悲しみを噛み締めればいい。沢山喚いて泣いて、星の王国についたときに、世界が認める美しき公爵家令嬢の姿を見せられるのなら。

 俺はお行儀良く座るエレノアを一瞥した。


「まだ着かないよ」
「……あら、そう」
「周りは大空だけだ」
「……ええ、そうね」

「あーあ、風魔法の操作難しいからちょっと集中させてくれる?」


「仕方ないわね。ーーふふー、ーーズッ…っう、う…」


 グスッと堪えるように鼻を啜る音が馬車の中に響く。それでも大声をあげて泣き喚いたりしないのは、公爵令嬢のプライドか。そんなもの捨ててしまえば楽なのに……生きづらそうだなぁ、なんて思う。

 でも、俺はから、特に慰めることもハンカチを渡すこともせず、宣言した通り魔力の操作に集中することにした。
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