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さぁ、お迎えに上がりましょう
8. side.Eleanor
しおりを挟むちらり、と隣を歩くオズワルドを見上げる。
先程の事が余程効いたらしく、再び部屋に迎えに来た時から一度も目を合わせてこない。普段しっかり目を合わせるタイプって、こういう時本当に分かり易いのね。
クスクスと含み笑いをしてやると、小さく呻き声が聞こえる。これで返事まで教えてしまったら、今度こそ茹で上がったかのように全身真っ赤になって、死んでしまうかもしれない。今はまだやめておいてあげよう。
未だにルーカス様の事を想っていないと言えば嘘になる。天の王国に未練がない、なんて言う事は出来ない。
けれど、あっちの人々が私を愛してくれることはないことも分かるのだ。両親は生まれてこの方一度も私を褒めてくれる事も、然るべき日に私の存在を祝うこともしてくれなかった。体裁の為に自分で開催した自分の誕生日会が、どれほど惨めで恥ずかしかったか。人々の世辞の挨拶を聞き流しながら、毎年逃げ出さないようにする事で精一杯だった。
だからね、『エレノアは幸せになるべきだ』なんて、私初めて言われたのよ、オズワルド。
今だって、客人の女としてではなく、仲間として隣を歩かせてくれる。近くを歩く彼の部下が私の無礼に眉を顰めても、それでも庇うこともせず私の意思に任せてくれる。それが、どれ程の事か貴方には分からないでしょう。
だから私、オズワルドとならーーなんて。
昇降機に乗って上の階へとのぼり、遂に謁見室の扉が見えてきた。幾度かルーカス様や陛下と共に外交で訪れた事もあったが、その時とは比べることもできない程の緊張が私を襲う。今からの私の立ち回りで、私の価値が決まってしまう。
その様子に気付いたオズワルドが不思議そうに目を瞬かせる。ちなみにまだ目は合わない。
「なんでそんな変な顔してんの?」
「私が変な顔をするわけないでしょ」
「何その謎の自信。事実が伴ってるからムカつく……」
本当、淑女に「変な顔」なんて失礼極まりないことよく言うわね。それだけで激怒して暗殺者を呼んだり権力で相手の家を潰したりすることもある世の中なのだから、本当に発言に気をつけて欲しい。
これからは私が何とかしよう、と息巻いていると、目を逸らしたままのオズワルドが項を掻き、口を開いた。
「……あー、その、今から陛下にご挨拶な訳だけれども」
「えぇ、そうね」
「ーーエレノアは何もしなくても完璧だし、陛下も既にエレノアを認めてるから招待したんだ」
「成程。続けて?」
「なんか腹立つんだよな……ええとですね、つまり、何が言いたいかって言うと、緊張しなくて大丈夫って事です。以上」
ああもう、やってやるわよ。
謁見室の扉の前に立ち、オズワルドが扉をノックする。私はもう緊張なんてしなかった。俯くことなく真っ直ぐに前を向く。
「失礼しやーす」
「ーーッッだから!礼儀!!」
バターン!!と一切の躊躇いなく扉を開くオズワルドに、思わず小声で突っ込んでしまう。慌ててすました顔を取り繕い、仲にいる方々に向けて淑女の最敬礼を取る。ドレスの裾を摘み上げ、少しだけ屈んで真っ直ぐにお辞儀をする私に、隣に立つオズワルドが小さくおぉ、と呟いた。うるさいのよあんた。
そして、オズワルドは誰にも気付かれない程度に裾をつまみあげている私の右手に触れ、先に歩いていく。大公である彼の席に戻る為だ。今からは私一人の戦いなのだ。
「ーー顔を上げよ」
静まった謁見室の中に、陛下の荘厳な声が響く。私はもう一度深く礼をして顔を上げた。
豪奢で広い部屋の奥の上座には、玉座に腰を下ろした陛下が悠然と腰かけている。その左右には第一王子、第二王子が控えており、さらにその横には正妃、寵姫が。ーー正式な妻ではない寵姫がこの場にいる時点で、【革新派】がどれほど優位に立っているか分かるわね。
さらに、玉座に向かうまでの階段状の席には、左右に6人ずつ大公が座っている。序列11位であるオズワルドは、上座にぺこりと軽く一礼すると、左側の一番下の空席に腰掛けた。おそらく陛下に近い位置ーー高い位置になるほど、序列も上がるのだろう。
星の王国の最高権力者ーーオズウェル・アストライオスが、温かみのある笑みを浮かべて私を見下ろし、手招きした。ここは素直に近付き、陛下の椅子へと繋がる階段の麓で止まる。陛下の目じりの皺が深まった。
「エレノア嬢。突然の招きで混乱したであろう」
「とんでもございませんわ。この度はこのようなご厚意を頂いてしまって、……本当に私の稚拙な言葉ではこの感謝の心を表すことも出来ません」
「ふっ、良い良い。儂はそなたの過去の功績、手腕を気に入っている。オズワルドのように気軽に接してくれて良いぞ」
そう言って陛下が見下ろした先には、背凭れにしっかりと体重を預け、大欠伸をしているオズワルドがいる。気軽なんてものではない振る舞いだが、大公も王族もそれを咎める様子はない。
ふと周囲の視線に気付いたオズワルド(どうやら話も聞いていなかったらしい)がちらりと私の方を見て、ビクリと足を引っ込める。再三にわたる足への攻撃はしっかり彼への抑止力になっているようだ。
私とオズワルドの無言の攻防を見ていた陛下と正妃が、クスクスと忍び笑いを漏らす。彼女の中では私は味方として認められたようだ。
「オズワルドと仲良ししてくれているのね」
「はい、王妃殿下。アクアリウス様には随分と良くして頂きましたので」
「――ふふ、私、貴方ともっとお話がしてみたいわ」
「……恐悦至極にございます……ーーッッ」
ーーぞくり
唐突に走った寒気に、反対側に目を移した私は思わずビクリと震えてしまう。
丁度正妃の反対側に座っていた寵姫が、ゾッとするような真顔で此方を見ていたのだ。……正直、どちらもここまで露骨に態度に出すとは思わなかった。寵姫に関しては恐らく正妃と年齢的には大差ないだろうが、直情的な彼女と正妃とでは、どちらが王族として相応しいかは一目瞭然だろう。
……だけど、直情的であるからこそ、その敵意、殺意は本物だ。
徐々に【革新派】の大公達からも、冷たい目線が飛んでくる。オズワルドにしっかりと聞いておいてよかったわ。でなければ突然の敵意に無様に慌ててしまうところだったかもしれない。
序列1位、セオドリク・エアリーズ。
序列2位、ソフィア・トーラス。
序列3位、セス・ジェミニ。
序列7位、アイゼイヤ・リーブラ。
序列9位、クロエ・サジテリアス。
序列10位、セレーナ・カプリコーン。
世襲制と化しているとはいえ、彼らからの威圧感がその実力を裏付けている。
保守派であるオズワルドの仲間になるということはつまり、私は今日この瞬間から彼らを【敵】に回すことになってしまう。別に怖気づいたわけではない。が、政権争いほど醜くて悲惨なものはないと、数々の歴史書が幼いころから何度も私に警告してきた。そこに私も名を刻んでいくことになるんだわ。
俯き、ニタリと口角を上げる。
何があろうとも、最後の最後に勝利を刻むのはこの私よ。
――すべてにおいて、ね。
「陛下の期待に応えられるように、尽力いたしますわ」
にっこり。
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