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さぁ、お迎えに上がりましょう
9.
しおりを挟む陛下とヴィンセント殿下が興味深そうにエレノアを眺めているのを見上げながら、俺は小さくため息をついた。
あーあ、気に入られてしまった。
別に陛下にさらに気に入ってもらえる分には動きやすくなっていいだろうが、殿下は嫌だ。殿下は顔もいいし声もいいし、エレノアが好きになってしまうかもしれない。いや、別に好きになるのは別にいいけれど、恋にうつつを抜かして腑抜けになられると困る。
小さく舌を打った俺に、一段上に座る序列9位、クロエ・サジテリアスが楽しそうに見下ろしてきた。
「あり、オズちんご機嫌斜め?」
「普通です」
「むぅ、でもボク知ってるよぉ。さっきあの女誘ったんでしょ?」
「ブフゥッッ」
思わず飲んでいた紅茶を噴出した。その音に驚いたのか、陛下と話を続けていたエレノアが目を見開いて俺の方を見た。「またお前か」とでも言いたげに顔を歪めた彼女は、一つ咳払いをすると何事もなかったかのように会話を再開させる。俺も深呼吸をし、声を出さずに爆笑しているサジテリアスを睨み上げた。
こいつらのことだから盗聴くらいしているとは思っていたけれど。忘れかけていたのに思い出させんじゃねぇよ。
「他の国の誘い文句なんて知らないです普通」
「うんうん、童貞オズちんには縁のない話だよねぇ。可愛かったよぉ?エアリーズの奴なんか、おっ勃ーー」
「まじで聞きたくないんでやめて貰えます?」
若干の殺意を込めて見上げれば、サジテリアスはようやくそのお喋りな口を閉じた。
別に革新派と保守派で分断されているからと言って、普段から仲が悪いわけではない。せいぜい一人きりになったところを襲撃したり、反対派閥の王族貴族を暗殺しようとしたり、その程度だ。お互いに星の王国の安寧と繁栄を願っていることに変わりはないので、戦争の際は勿論協力するし、なんなら普通に酒も飲み交わす仲だ。こないだは18歳の成人祝いにサジテリアスと10位のセレーナ・カプリコーンに飲みに連れて行ってもらった。
まぁ、その時べろべろに酔わされて殺されかけたけれど。
とりあえず、俺とエレノアの目下の目標である「天詠みの聖女と馬鹿王子への制裁」のために、彼らにも一度一肌脱いでもらいたいところだ。陛下に命令されれば流石の革新派も逆らえないので、せいぜい利用させてもらう。天の王国は強大な国だからこそ、こちらも国の権力者全員で対抗しないと制裁なんて夢のまた夢だ。
ちらりとサジテリアスを見上げると、まだこちらを見ていたらしい彼……彼女とバチリと目があった。
「手伝ってくれたりします?」
「うーん、でもボクたち的にはあの子、正直邪魔っていうかぁ~。殿下がお許しにならないんじゃないかなってぇ」
「今度コレ付き合います」
「え!まじまじ!?ノッた~任せてよぉ」
コレ、と言いながら杯を傾けるそぶりをする。すると、途端に渋っていたはずのサジテリアスはころっと意見を変えてしまう。扱いやすい酒好きで良かった。……潰されないようにしないと。
小声でひそひそと話す俺たちを、【大公序列6位】のアストリア・ヴィルゴが不愉快そうに睨みつけている。規範に厳しい彼女のことだから、サジテリアスに対して「この私があんなのと同列なんて」とでも思っているに違いない。――俺?ヴィルゴ、処女童貞には優しいから。
ヴィルゴの様子に気付いたらしいサジテリアスも、先程までの楽し気な笑顔から一転、ひどく冷めた表情へと変わる。相変わらず仲が悪い。巻き込まれたくないし後で怒られたくないので、エレノアを見守ることにした。
「ねぇ、エレノア様」
「殿下、どうぞエレノアと」
「あら、嬉しいわ。今度【処女宮】でお茶会を開催するのだけれど、良かったらエレノアもどうかしら」
正妃のお誘いに革新派の大公たちが警戒心をあらわにする。その長である寵姫の顔なんか魔物のように醜悪である。
俺が話を聞いていない間に正妃に心から気に入られたらしいエレノアは、丁度次の【処女宮】でのお茶会の誘いを受けている所だった。陛下の妻や御付きの女官が暮らしている【処女宮】は、アストリア・ヴィルゴが管理する男子禁制の巨大な屋敷だ。規模だけで言えば、俺の宝瓶宮の5倍くらいあるらしい。入ったことないから知らない。
ちなみに、寵姫は正式な妻ではないので処女宮に入ることはできない。いや、きっと陛下が何とかいえば入れるのだろうが、【保守派】であるヴィルゴの支配下に寵姫を入れるわけにはいかないのだろう。まぁ間違いなく殺される。
エレノアにはすでに派閥の説明は終えているので、彼女もこの場の緊張感を正しく理解している。しかし、エレノアはあえて何も知らない無垢な少女のような表情で両頬に手を当て、頬を染めた。その姿が寵姫を最大限に煽ると知っての行動だろう。寵姫は何となく【天詠みの聖女】と雰囲気が似ているから、エレノア的にも敵認定されたらしい。
「まぁ、恐悦至極にございますわ。是非お邪魔させていただきます!」
「嬉しいわ。エレノアも私のことはアンドロメダと気軽に呼んで頂戴な」
「殿下をお名前でお呼びする栄誉をいただけるなんて……アンドロメダ様のご期待に沿えるようなお話をきっとご用意させていただきますわ」
これほど白々しい会話があるだろうか。完全に顔を真っ赤にさせている寵姫を煽り散らしたい2人の利害が一致した瞬間であり、実際その目的は達されている。――正妃様が楽しそうで何よりですよ。
「……女って怖い」
「ね~、寵姫サマがもうちょっと賢かったらなぁ……」
「こっちとしては助かるんで無能のままでいてくれって感じですねー」
「むぅ、童貞の癖に……」
なんでだ。童貞関係ないだろ。
謁見の時間が終わり、上機嫌のエレノアと共に廊下を歩く。昇降機までたどり着くと、彼女はふとこちらを見つめた。なんだか嫌な予感がして思わず顰めっ面をしてしまう。
「そういえばあんた、女性経験ないのね」
「んっグッ――ゲホッ」
「大公なんて婚約者になりたい令嬢に溢れているでしょうに……もしかして女性は苦手?」
真顔でとんでもないことを聞いてくるエレノアに、俺は飲み込もうとしていた唾で盛大にむせてしまう。しかしエレノアはそんな俺に全く動じることなく話を続けた。陛下たちとしっかり会話を楽しみつつ、俺とサジテリアスの話にも聞き耳を立てていたらしい。流石である。完璧な公爵令嬢の名は伊達ではない。
咳き込む俺に詰め寄るエレノア。昇降機から降りて渡り廊下に差し掛かってもなお、下世話な会話をやめる気配はないらしい彼女にため息しか出ない。
「人の性事情に踏み込んでくるのは淑女としてどうなんですか~」
「陛下の前でそんな話をしてた大公に言われたくないわよ」
「俺じゃありません~~サジテリアスですぅ~」
「ボクがなんだってぇ~?」
ざぁ、と渡り廊下に冷たい風が吹く。日没が近くなり、夕焼けで鳶色に染まるエレノアの髪が美しくたなびいた。
振り返ると、ニコニコと、一見人当りよさそうだけど絶対二面性あるよこいつ――とこちらに思わせたいような笑みで俺たちを見つめているクロエ・サジテリアスが、渡り廊下の柵に座ってこちらを見下ろしていた。
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