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さぁ、お迎えに上がりましょう
10.
しおりを挟むエレノアの前に立ち、こちらを不敵に見下ろしているサジテリアスを見上げた。一歩間違えれば地上に落ちてしまいそうな所に危なげなく座る彼ーーあるいは彼女。
先程喋ったから今気安く話しかけて良いとでも思ったのだろうか。勘弁して欲しい。俺は此奴が嫌いだ。
「オズちん今、ボクのこと呼んだよねぇ」
「呼んでません。名を上げただけです」
「むぅ~、つれないなぁ。キミもそう思わない?」
俺のことを見つめたままエレノアに問いかけるサジテリアスに、エレノアが戸惑ったように身じろいだ。しかし賢い彼女のことだから、革新派であるこいつと無駄に話していいものか考えていたのだろう。少しの逡巡の後、エレノアはにこやかにサジテリアスを見上げ、そつなく淑女の礼をとった。
――残念だが、此奴相手には悪手である。
「私にはわかりかねますわ、大公様」
「……つまんない回答。キミも――」
「エレノア、この先にベルが待ってる」
エレノアの返答に笑顔を消したサジテリアス。これ以上ここにいては最悪殺されかねないので、彼女にはとりあえず帰っていてもらう。今はまだ、エレノアに重い物を背負わせすぎる時期ではない。
俺の言葉にエレノアはプライドを傷付けられたのか若干不愉快そうな表情をした。しかし自分がサジテリアスの機嫌を損ねた事には気付いているようで、大人しく頷いた。そして、サジテリアスから見えるか見えないかの位置で俺の手にそっと手の甲を触れ、渡り廊下を去っていく。
エレノアの姿が見えなくなるところまで見送り、振り返る。すると、どこか嘲るようないびつな笑顔を浮かべたサジテリアスが鼻で笑った。
「過保護だねぇ、オズちんは」
「……」
「シャルロッテちゃんだっけぇ、妹ちゃんも、陛下に隠れて生かしてるもんねぇ。仲間入りかなぁ」
「黙れよ男女」
「お前がな。陛下の傀儡如きが」
好きになったら反逆だもんねぇ、怖いねぇ、とケラケラ嗤うサジテリアス。
あぁ、イライラする。
俺の殺意に呼応するように風が強くなり、奴の肩までの白銀の髪を乱していく。吹き荒れる風で地面に落とされると思ったのか、サジテリアスは柵から降りると俺の前に近づいてきた。
【傀儡】と俺を罵った奴は俺の胸のリボンを引っ張って頭を下げさせる。目と鼻の先にこいつの顔が近づくのなんて不愉快だ。エレノアくらい綺麗になってから出直せよ。
「オズちんさぁ、このままでいいと思ってんのぉ?」
「陛下のすることに間違いなんてないです」
俺を見上げるサジテリアスの顔が盛大に歪んだ。――びり、と軋む空気。……エレノアを返しておいてよかった。
「ならなんで妹ちゃんは……まぁいいや。じゃあさぁ、エレノアちゃんを陛下が殺せって言ったら?殺す?」
「……勿論。陛下の命令なら」
エレノアを殺す?
でも、陛下はエレノアを気に入っていたから殺せなんて言わないと思うけれど。正妃様のご機嫌取りにも使えるようになった今、寵姫に時間を割きがちな陛下には良い言い訳材料になるだろう。殺せなんてまさか、そんな、そんな不都合なこと、言わないはずで、――でも、もしーーーー。
思考がぶれる。
金の髪を煌めかせ、満天の星々の中で微笑む少女と拙く踊る1人の少年。
『――、君とずっと一緒にいられたらいいのに』
『……じゃあ、いつか私のことをさらって頂戴な』
『オズ、君にはその感情は必要のないものだ。忘れてしまいなさい』
『いやだ!!ねぇ誰か!!誰か助けて!!!――とやくそく―――――――――』
ぶつん、と糸が切れたかのように真っ黒になる記憶を手繰り寄せるかのように、ぎゅっと手を握りしめる。
なぁ、オズワルド・アクアリウス。大公に上り詰めてまで成し遂げたかったことは何だっけ?
『×××××××××』
――パチリ。
頭の中に聞いたこともない呪文が響き渡る。同時に眠りから覚めたような感覚が訪れ、首を傾げる。――今さっきまで、何を考えていたんだっけ。
よくわからない感情のこもった目で俺を見上げるサジテリアスは、聞こえない程小さな声で何事かを呟くと、舌打ちをしてようやく俺のリボンを離してくれた。ぐちゃぐちゃになったリボンを結びなおす。
彼ら革新派の大公には、俺が大公になる前からよく世話になっていた。だからこそ、彼らは敵側である保守派に回った俺のことを許せないのだろうし、保守派の存在を認めることもできない理由の1つになっているのかもしれない。
だけど、俺は陛下に忠義を誓って【自由】をあたえられた大公だから。
「……そろそろ帰るかぁ~。まぁ聖女への復讐までは協力してあげる、飲み会忘れんなよ~」
あんたと同じ道は進めないよ、サジテリアス。
ベルに「今日は宝瓶宮に戻る」とエレノアへの伝言だけ告げ、天馬車に乗る。少しだけくらくらと痛む頭を押さえ、壁にもたれ掛かった。
一回り程年が違うクロエ・サジテリアスには、俺がまだ幼いころよく魔法の指導をしてもらっていた。
その時の奴はまだ男性の恰好をしていて、自分の体と心の性別の誤差に苦しんでいた。そのせいからか非常に情緒不安定で、八つ当たりのように奴が操る火属性魔法で大けがを負わされたことも数えきれない。
今は自分の心の性別のままに行動するようになったことで、可愛らしいドレスとアクセサリーで着飾り、随分と楽しそうに過ごすようになった。師匠のような存在でもあるから、嫌いだが精神的にいい方向に向かってよかったとも思う。
けれど、そんな師匠と道を違えるように俺は保守派に身を置いている。
大公就任祝いに師匠からもらったリボンを撫でる。つかまれたせいで少しだけよれてしまっているが、一目で質の良いものだとわかる代物だ。大公が集合する際にはこのリボンを結ぶ習慣がついている。
後悔はしていない。王家の血筋は順当に守っていくべきだと陛下が昔言っていたから。陛下の言うことはすべて正しいのだと、何度も教えられたから。だけど、仲の良かった革新派の大公が俺に殺意を向けるたびに、どこか心が軋むのも事実だ。
「まぁ、サジテリアスのことは嫌いだけど」
気分を変えるように窓を開ける。すると、気もそぞろに風魔法を使っていたからか、天馬が気難しげに鼻を鳴らしているのが聞こえてくる。彼らは基本的に怠惰なので魔法で補助しつつ運んであげないといけないのだ。別に自分で飛んで帰ってもいいのだが、それは天馬のプライド的に許さないらしい。
ふわぁ、とあくびが漏れる。
にじんだ涙を腕で拭き、窓の外をのぞいた。夜がさらに深くなり、星々が煌々と輝いている。
驚異的な速度で飛ぶ天馬の馬車で2時間ほど飛んでようやく、夜空の向こうに【宝瓶宮】が見えてきた。それと同時に心地よい風の結界が包み込むように俺たちを迎え入れる。住人には優しいこの結界は、敵が触れるとミンチのように切り刻まれてしまう、俺自作の結界魔法だ。そのミンチは魔物のえさになるので、地上は宮殿のまわりを常に魔物が徘徊している。つまり、魔物と魔法の要塞である。
美しい青玉をいたるところに埋め込んだ青色の宮殿からは、6つの方向に川が流れている。この川がそれぞれ宝瓶宮を囲むように広がっている【スカト領】と【サダクビア領】に3本ずつ流れているのだ。今飛んでいるのはサダクビア領の真上である。
ついに宝瓶宮の庭へと下り立った馬車から降り、天馬の鼻面にキスを送る。そして思いっきり唾を吐かれて濡れた顔を拭きつつ玄関の扉に触れた。すると、巨大な扉がいとも簡単に開いていく。
この扉は、宝瓶宮の主である俺が触れない限り、家族や王族であろうとも開くことができないようになっている。それはどの大公の宮殿もそうであるが、仕組みはよくわかっていない。
開いた扉から中に入ると、唐突に俺の胸にドスンと体重がかかる。抵抗もせずに浮け止め、見下ろすとそこには一人の少女が待ちわびていたかのように俺に抱き着いていた。拗ねた様に抱きしめる力を強める彼女に、自然と笑顔がこぼれる。
俺と同じ黒色の髪を梳くように撫でてやると、世界一愛しい少女は漸く顔を上げてくれた。
「ただいま。シャルロッテ」
「おかえりなさいませ、兄様。
――今日はずっと、シャルと遊んで下さいませ、ね」
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