敵国の我儘令嬢が追放されたらしいので迎えに行くことにする

なこ

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さぁ、お迎えに上がりましょう

11.

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 優雅な微笑みを浮かべ、俺の着ていたジャケットを預かってくれるシャルロッテ。彼女は俺の顔を見上げ、少し訝しげに眉を下げた。


「兄様、少しお疲れのようですわ。今日はもう休まれます?」
「大公で集まったからなぁ」
「まぁ、そうだったんですね。……皆様お元気ですか?」
「元気すぎるよねぇ」
「良き事ですわ」


 俺のジャケットをぎゅっと抱きしめてくすくすと笑うシャルロッテが可愛くて、自然とだらしない笑顔になる。
 「湯浴みを先にされますか?」と首を傾げるシャルロッテに頷き、彼女の横を通り過ぎて歩みを進める。彼女手作りの夕飯を食べる前に、湯浴みをするの俺の日課なのだ。俺は屋敷の中心にある昇降機に乗り、起動させた。
 振り返ると、いまだに玄関口に立っているシャルロッテがにこやかに手を振ってくれる。――あー可愛い。エレノアにもこのくらいの愛嬌があれば、王子もだっただろうに。本人にバレようものなら殺されかねないことを考えながら、廊下を進んだ。


 だから、俺は気付かなかったのだ。
 玄関に立つシャルロッテが、ひどく冷たい表情を浮かべて俺のジャケットを見下ろしていたことに。







 シャルロッテ・アクアリウスは階上の向こうに消えていった兄を見送ると、小さくため息をついた。その手には、彼のジャケットの袖口に取り付けられていた小さな宝石が摘まみげられている。小さな宝石の中には、所有者の魔力を媒介してきらきらと輝いているコアが埋め込まれており、このが今なお作動していることを示していた。
 シャルロッテは、おそらく最愛の兄が見たこともないような醜悪な顔でそれを睨みつける。彼女にとって【宝瓶宮】は、兄と自分だけが暮らす唯一無二の理想郷である。その中に、この魔法具を使って侵入を図ろうとした不届き者がいる。そんなことは誰であっても許されるべきではない。
 

カラン――バキ…バキィッッ!!

 魔法具を地面に落とし、靴のヒール部分で躊躇なく思いっきり踏みつける。粉砕されて機能を失った魔法具を見下ろした。


「――兄様のご飯の準備をしなくては、ね」


 ぎちり、と噛み合う歯を軋ませ、シャルロッテはようやく玄関から動き出した。出来る限り毎日この屋敷に帰ってこようとしてくれる兄に彼女が出来ることは、おいしいご飯を作って帰宅を待ち、彼の口から紡がれる美しい声を聴くことだ。話の内容になんざ興味はない。だって、兄以外の人間の話はシャルロッテに一切関係がないものだから。
 シャルロッテの世界に必要なものは兄だけである。そして、その兄と自分の未来を引き裂こうとした【星の王国】が彼女は大嫌いだ。


「兄様とシャルの邪魔をする奴は全員死ねばいいのよ――お父様もお母様も、陛下も、ね」


 ね、そうでしょう?兄様。







 


 ――バキィ!!

 ――ザザ―――ッ―――――


「……シャルロッテ様ですね」
「今のがオズワルドの妹……随分過激なことをするわね」


 壊された魔法具から走るノイズ。ベルが呆れたように息を吐き、魔法具への魔力供給を止めるのを見つめながらエレノアはその美しい眉を顰めた。

 先程、オズワルドに急かされるようにして別れを告げられたエレノアは、彼を応援するように手の甲に手を触れさせるふりをして、彼のジャケットの裏側――シャツとの隙間で彼に感触でバレてしまわない位置に俊敏に魔法具を取り付けたのだ。あわよくば革新派の大公に絡まれた時にでもつけられればと思っていたものが、思わぬ形で役に立った。
 しかしだ。クロエ・サジテリアスは気付いていた。エレノアがを取り付けたときに、にやりと笑みを深めていたから。つまり、エレノアが彼らの話を聞いていることを知ったうえであんな話をしたのだろう。初見の印象通りの愉快犯っぷりだ。それか、話の内容をエレノアに伝えることで何かさせたいことがあったのか。

 エレノアは、机の上の魔法具を片付けるベルを見下ろした。すると、彼女も聞かれることは理解しているのだろう。手を止めてエレノア顔を見上げ、苦笑する。


「いくつか聞きたいことがあるのだけど、応えられる範囲で教えてくれる?」
「ええ、勿論ですわ。嘘偽りなく」


「『妹を隠していること』と『人を好きになること』が反逆って、どういうこと?」
「……詳しくは私も存じ上げませんが、知っている限りでお答えいたします」


 ベルは居住まいを正し、周囲の気配に気を配る。そして、内緒話をするかのように静かな声で話し始めた。


 オズワルド・アクアリウスは陛下のお気に入りである。これは星の王国内に留まらず、星の王国と深く交流のある国の重鎮ならばみな知っている、公然の事実であった。勿論外交に携わっていたエレノアも知っている。外交の場で陛下の頬を張り倒しているオズワルドを見たときは、今から処刑が始まるのだと恐々としたものだ。
 とにかく、そんな信じられないような不敬をやらかしても陛下が彼を咎めることはない。かといって陛下が神のような慈悲を持つ聖人かと言われればそんなことはなく、むしろかなり過激な戦争志向を持っている曲者だ。

 そんな陛下が唯一オズワルドに命令する事柄がある。それは【物事に執着せず、心身ともに自由であること】だという。


「執着……それが、恋心や家族愛ってこと?」
「はい」


 陛下はオズワルドが趣味や好物、恋人を持つことをそれはひどく嫌った。それは彼が少しでも興味を示したものはすぐに排除するよう命令する徹底ぶりで、その矛先は彼の家族――最愛の妹にも向けられた。
 そして――。4年前の14歳の誕生日。


「陛下から勅命が下ったのでございます。――【一族を皆殺しにせよ】と」


 エレノアは目を見開いて言葉を失った。
 淡々と語るベル。しかしその表情は憐みと悲哀でひどく歪んでいる。仕方ないと思う。親殺しなんて、そもそもがもっとも忌み嫌われる大罪である。それでも忠誠心から両親を殺し、親戚一同を殺し、それでも最愛の妹だけは殺すことができずに、【宝瓶宮】に匿って生かしている。あの優しくて感情豊かで、忠誠心の高いオズワルドのことだ。どれほど傷つき苦悩しただろうか。
 唇を噛んで目を伏せるベルに駆け寄って、汚れるのも構わずに地面に膝をついて抱きしめる。しかし、普段なら恐縮して慌てるベルも、動揺しているのかそのままエレノアの肩に頭をのせた。彼女に心を開いてもらえていることに少しうれしくなりつつも、今はそれどころじゃないとかぶりを振る。


「オズワルド様が性経験がないのも、婚約者がいないものその為ですわ。陛下は飄々と戦場をかけ、自由に、そして無頓着に無慈悲に侵略するオズワルド様がお好きなのです。実際、オズワルド様が何かに執着することも強い感情を表に出すこともなくなってしまいました」
「でも、私と喋っているオズワルドは普通に怒って怒鳴って……少なくとも私は殺されていないわよ」


 ベルもそのことを不思議に思っていたのだろう。「そこまでは……」と首を傾げるばかりであった。エレノアは眉を顰める。

 そもそも不思議であったのだ。何故、、休戦中の敵国でもある星の王国から見ていたかのようにエレノアを保護しに来られたのか。招待されていたという事実もない。あの時陛下も宰相様も確実に驚いていた。少なくとも、エレノアが虐げられていたことに気付いてずっと王城に潜入でもしていない限り、あんな突発的なルーカス王子の暴挙は読めないだろう。オズワルドに尋ねようとしたたがうやむやにされたまま忘れていた。ーー自分としたことが。


 陛下がエレノアを星の王国に連れてきて、成し遂げたいこととは。まだここにきて2日のエレノアには到底理解できるはずないが、何の目的もなくオズワルドの感情を乱す女を招くだろうか。しかも、客人として。


 自分の知らぬところで、何か大きな陰謀が動いているような気持ち悪さに、エレノアは唇を噛みしめた。


「――何があろうと最後に勝つのはこの私よ。誰の好きにもさせるもんですか」



 ねぇ、そうでしょう。――オズワルド。


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