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第1章 後悔先に立たず
01.
しおりを挟む学園の巨大な門(城壁のようで興奮した)をくぐり、馬車のまま講堂へ向かう。校舎と言うよりも城という方が正しいだろう。こんな所でこれから暮らすのか。親もいないし最高に楽しいかもしれないと、期待が膨らむ。
馬車の窓から身を乗り出す。御堂が慌てたように支えてくれるが、そんなことよりもこの美しい風景を見ていたくなる。ーー綺麗なものは好きだ。
馬にも乗れるようになってみたいな。先程街で馬に乗って歩いている人も結構いたから、恐らく教えてもらえるだろう。親には文字通り拘束されて無理矢理勉強させられたが、初めて感謝するかもしれない。
講堂もヨーロッパにある演劇場のように豪奢で美しい。ヨーロッパに行ったことは無いが。ワイワイ騒ぎながら入っていく新入生がアリの行列を彷彿とさせて鼻で笑ってしまう。もう少し外の景色を眺めていたかったが、案内役に諌められ大人しく講堂に入った。
中には生徒達はいないようだ。隣に立つ案内役を見ると、コソリと「別の講堂で見てるよ」と囁かれた。自分がサーカス小屋の見世物になったような感覚にゾクリと背筋に怖気が走る。緊張を解すようにピアスを回した。
「在校生の皆様、大変お待たせいたしました。では、新入生紹介を始めます」
御堂かが呼ばれ、つっかえながらも知的な表現の挨拶をする。走るように戻ってきた彼にかっこよかったと囁くと、顔を真っ赤に染め、ペシリと叩かれた。次から次に新入生が呼ばれていく。皆それぞれ個性ある自己紹介を見せ、満足そうに帰ってくる。
「7位、百地 統真。前へ」
「はい」
頑張って、という声を背後に舞台への階段を登る。女からモテるのは好きだが注目を浴びるのは苦手だ。仲良くなった(と思っている)案内役の男性がニコリと微笑み、頷いてくれる。会釈をし、メモを懐から取り出す。
「……、百地くんは即興でやってみようか。メモをしまって」
「へ」
「今適当に考えて」
突然の申し出に変な声が出た。新入生にざわめきが広がる。手に持っていたメモを優しく取り上げられ、案内役の懐にしまわれる。親が作ったカンペが無くなった。御堂以外の奴はまともに聞いてない為参考資料も心許ない。なんてことしてくれやがる。しかしここで評価を落として特権とやらが貰えないのは困るだろう。
深呼吸をし、カメラに目を向ける。
「入学試験第7位、百地 統真です。えぇと、この度はこのような場を設けていただいてありがとうございます。これからは『麗蘭学園』高等部1年生として仲良くして下さると嬉しいです。……こ、この学園でやりたいことは、乗馬?です。特技は料理で、好きなことは綺麗なものを集めることです」
……小学生か。
ありがとうございます、と震える声で占め、縋るように案内役を見る。案内役は思いっきり口を抑えて笑っている。御堂もクスクスと笑っているし!他の新入生からは「あいつ終わったね」と馬鹿にする声が聞こえる。
急に変なフリされたら誰だってパニックになると思う。涙目になりながら小走りで御堂の元に戻り、隣に座る。良かったよと微笑む御堂の頬を抓っておいた。そのあとは変なフリをされることも無く新入生は順調に挨拶を進めていく。本当になんて挨拶をしてしまったのだろう。恐らくDクラスなんだろうな。街に出かけられないとかだったらショックで死ぬ自信がある。恥ずかしくて顔を上げられない。
最後の生徒が挨拶を終え、満足そうな顔で座席に戻ってくる頃には、俺の機嫌は急降下していた。なんで俺だけこんなふうに扱われなければならないのか。いじめとして教育委員会に訴えたら勝てる案件だ。……いや、揉み消されるな。
周りの生徒たちはDクラス入りの俺を嘲るように笑う。「僕ならもっと上手くやれたね」と小声で馬鹿にする声も聞こえてくる。きっとその通りだろう。短期間で無理矢理仕込んだ頭脳ではまともな挨拶なんて浮かぶはずもない。
「も、百地くんは頑張ってたし、Dだとしても、人生が終わるわけじゃないし」
御堂の慰めも、素直に受け取れなくなりそうで、無視を決め込むことにした。泣きそうな御堂には申し訳ないが俺も泣きそうだ。新入生16人の端っこ2人だけお通夜のようなテンションになってしまった。
席を外していた案内役が戻ってくる。彼の手には大きな箱が握られている。あれに恐らく寮の鍵が入っているのだろう。Dとはどれ程酷いのだろうか。学園で生徒感に格差を設けるなんて法律的に大丈夫なのだろうか。ーー次々と思い浮かぶ屁理屈のような文句に更に気分が下がってしまう。
「お待たせ致しました。それでは今からクラス説明とクラス発表をします。呼ばれた生徒は前に来てください。この学園においての権限レベルをインストールしたタブレット端末を配ります」
ついで、にこやかな案内役のクラス説明に、上がっていた新入生のテンションは徐々に下がり、最後には全員顔面蒼白となっていた。
「学園の施設に関する特権についてはタブレット端末に説明が載っているので、『従者制度』についてだけお話します。この学園においては、Sクラスは主人、Aクラス・Bクラスは平民、Cクラスは従者、Dクラスは奴隷として扱われます。Sの生徒は支配者としてB以下の生徒を、A・Bの生徒はC・Dの生徒を自分の『側仕え』として扱うことができます。『側仕え』となった生徒はいかなる事情があれども自分の『主人』を最優先に動き、従わねばなりません。主人の命令に対しての拒否権はなく、例えば性処理等も頼まれれば進んで行いましょう」
「Cの生徒は『側仕え』としての権限があります。つまり、仕えたいと思った相手一人に仕え、複数との関係を拒否することができる、専用の従者です。主人を持つ従者は主人から腕輪が与えられ身分を保証されます。しかし主人から関係を破棄されれば理由を問わずD行きになるのでお気をつけください」
「Dの生徒はなんの権限も待たない文字通りの奴隷です。特定の主人を持つことなく、学園の人間全員の奴隷として何でも言う事を聞かねばなりません。運が良ければ誰かが側仕えに選んでくれるかもしれませんから、頑張ってこなしましょうね。因みに他の生徒がDに行くことはあれどDの生徒が繰り上がることはありません。大抵の生徒が途中で処理されますが、何とか卒業まで頑張って見てくださいね」
ガタガタと震えだす身体を必死に抑える。狂っている。こんなことが許されるはずがない。新入生達の数人が俺の周りに集まって震える手を握ってくれる。
いまから、俺は奴隷になるのか?しかも案内役は平気で性処理といった。つまり、この学園において同性間の性交は一般的に行われるということで。いや、まだ分からないはずだーー逃げ出したい。怖い。涙が零れそうになる。御堂がぎゅっと抱きしめてくれる。
「もし、もし百地くんはがDになったら、僕が毎日毎日指名するよ」
両親の狙いはきっとこれだったのだろう。更生でもなんでもない。俺を貶めて楽しみたかっただけなのだ。なんで自己紹介をミスっただけで人生終わらせられなければならないんだおかしいだろ。 ギチリと歯が軋む。
ピアスをゆっくりと回した。恐怖に火照った頭を上げ、ぼんやりと前を見つめる。DならDで、捨てるものは無いのだから、あの案内役を思いっきりぶん殴ってやろう。
「皆様いい反応ですねぇ。毎年これが楽しくてこの面倒臭い役目やってるって言っても過言では無いですから。ーーゴホン、ではクラス発表に移りましょうか。1位、S。前へ」
御堂が俺をギュッと抱きしめ、前へ向かう。先程まで一緒にいた彼が遠くに行ってしまうような気がして、心が寒くなる。それを見てか御堂の隣に座っていた新入生が横に来てくれる。絶対に大丈夫、と笑ってくれる彼に俺も微笑み返した。
「2位、B。前へ」
「3位、4位、D。前へ」
「5位、A。前へ」
おなじ馬車に乗っていた2人がDになった。絶叫して講堂から逃げ出そうとする2人は何処からか現れたガタイのいい男達に捕らえられ、髪を引っ張って前へ連れていかれる。金持ちの子息への乱雑な仕打ちに罵声と悲鳴が響き渡る。
「6位、A。前へ」
隣に来てくれた少年が「待ってる」と囁き前に言った。
固く目を瞑る。もうどうにでもなれ。
「7位、A。前へ」
全身の力が抜け、地面にしゃがみこむ。一気に血液が身体を流れるような火照り。御堂がステージ上で歓声を上げている。6位の人もニコニコと手を振ってくれている。しかし、あまりの緊張に腰を抜かしてしまったのか立つことすらできない。そこに先程のガタイのいい男達が近寄ってくる。思わず身を縮めてしまう。
「お連れ致します。お手を」
「ーーへ、」
「大丈夫ですよ。怖いところをお見せして申し訳ありません」
顔を上げると、サングラスの向こう側の優しい温度を湛えた目と目が合った。恐る恐る手を出すと、優しく持ち上げてくれーー、いやいやいや!
「ちょっと!お姫様抱っこは勘弁して!!」
「1番腰に負担のない姿勢でして……」
あまりの恥ずかしさに熱い胸板に顔を埋める。「百地様、逆効果です」と別の男に頭を撫でられた。ペシリと払い除ける。
案内役と6位は爆笑しているし、御堂は真っ赤だし、なんの恥さらしだ。怒鳴ろうとしたが、御堂に「良かったよう……」と涙を流されては何も言えず、案内役を睨みつけるに留めておいた。
タブレット端末をで渡される。電源を入れると、『A』と言う文字が現れる。
「指紋認証、網膜認証、暗唱コード認証の3段階で開きます。暗唱コードはこちらの封筒に。後で変更も出来ますのでご安心ください。このタブレットがあらゆる施設の鍵や通貨となります。無くさないように。万が一無くしたり壊れたりしたら寮監に言ってください」
「はい」
「……随分不安そうでしたね。」
「そりゃあんな1人だけドッキリかまされたらなるでしょうよ。謝ってください」
尚もクスクス笑う案内役を睨みつけ、6位の隣に座る。5位も友好的な笑みを向けてくれる。
「5位の花染 樹だ。宜しく」
「俺は6位の月待 律。仲良くして欲しいな」
「百地 統真だよ。よろしく」
「8位、9位、 C。前へ」
「10位、C。前へ」
「11位、C。前へ」
「12位、13位、D。前へ」
「14位、C。前へ」
「15位、16位、D。前へ」
全てのクラス分けが終わった。結局Sは御堂だけで、Aが3人、Bが1人、Cが5人、Dが6人となった。案内役がボソリと呟いたことによると、高等部での新入生追加は「奴隷追加」が目的で、寧ろA・Bがいることが珍しいらしい。とんだ詐欺である。Aが3人なんてよっぽど気に入られたんだね、と笑う案内役を思わずビンタして花染と月待に大慌てで止められた。
CとDの生徒が呆然と連れていかれるところを見るのは心が痛む。在校生の中にも彼らのような生徒がいるのだろう。彼らに対して優越感を持ってしまうような人間になってしまうのだろうか。それはきっと良くないことだ。
案内されたA寮はオシャレな洋館のような建物で、とても美しい。S寮はこの先にあるらしく、御堂とはお別れになった。
「ぜ、ぜ、絶対観光行く時よんでね!」
「そりゃ呼ぶよ一人で行きたくないし」
大手を振って去っていく御堂に思わず笑ってしまう。気を取り直して寮の扉を開ける。重厚な音を立てて扉が開き、思わず歓声を上げた。
玄関ホールは焦げ茶を基調とした木製の鮮やかな装飾が為され、床は温かみのある深い真紅に金糸をあしらった美しい絨毯が隙間なく敷かれている。
談話スペースは柔らかそうな皮の大きなソファが備え付けられ、カフェスペースも完備されている。
「お前ら何号室?俺は4012」
「あ、俺も」
「え、俺も」
「まじ?新入生は一緒ってことか」
ラッキーと歯を見せて笑う月待に俺達も嬉しくなる。俺もこの2人が同室なら安心出来る。寮室のドアにタブレットを翳し扉を開く。中も落ち着いた雰囲気の美しい部屋だ。リビングとダイニング、各個室と浴室、御手洗と部屋も細かく別れていてとても広々としている。建物が横に長かった理由がわかった。
自分のネームプレートが飾ってある扉を開けると、荷物が既に届いていた。制服を脱いで私服に着替える。財布も使わないらしいしタブレットだけでいいか。
部屋から出ると、2人とも軽く片付け終わったようでソファに座っていた。
「俺観光行くけどくる?」
「いいのか?御堂くんと約束してるんだろ」
「俺人数は多い方が観光は楽しい派だから。異論は認めない」
「じゃあ行く。羨ましかったんだよね」
なんだか純粋な友達ができた気分だ。自分が満たされていくような感覚に、胸が熱くなる。
御堂を迎えに降りるエレベーターで連絡先を交換する。端末に入った2人の名前を見て笑みが零れた。
「……こいつ絶対危ないぞ」
「わかる、心臓に悪い」
この日、2人の保護者魂に火がついたという。
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