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別れ
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グレースの悲痛な心の叫びはエッセン様には届かなかった。
「離縁はしない。君はこのまま私の妻として一生を終えるんだ。それに愛人も持つつもりもない。君がした行為の結果、私は女性が近寄ることに不快感を示すようになってしまった。その罪を一生かけて償え」
静かな声でそう言っている。グレースの顔色はますます悪くなっていく。
「確かに彼女のしたことは許されないことだ。だったら尚更、彼女の言うように養子を迎えてもいいのじゃないのか」
「お前に一体何が分かる。この女がしたことで、私は女性を愛せない身体になってしまった。不快に思うんだよ。私に微笑みを浮かべて寄ってくる女たちがな。気持ち悪くて仕方がないんだ。両親に血を残すように言われても何度試しても出来ない。その苦しみがお前に分かるのかロイド!サリナと幸せな家庭を築いているお前に!!あのことが無ければサリナと結婚していたのは私だ!あそこで遊んでいる子供たちの父親は私だったのかもしれないんだぞ!私の輝かしい未来を全て壊した女にこのくらいの復讐をして何が悪いんだ。実家の借金も慰謝料という形で支払ってやり、義弟や義妹の支援もした。この愚かで浅ましい女には伯爵家の女主人という立場を与えてやった。それともお前がサリナと離縁して、この女とやり直すと言うのなら考えてやる」
「そんな話はしていないだろう」
「そうだな、あの頃からお前はサリナが好きだったんだよな。目線で知っていたよ。サリナを見ている目は友人の婚約者を見ている目ではなかった。それともこの女の計画に手を貸しでもしたのか。そうでなくてもお前は何か知っていて黙っていたんじゃあないのか。そんなお前が何を言っても信じられない。結果的には望むものを手に入れたんだからな。これ以上私達の事に口出ししないでもらいたい」
そう言っているエッセン様の表情はとても苦しそうだった。
ああ、だから前回、あれほど私にやり直そうと言ってきたのかと得心がいった。
彼はあの時の事が原因で女性に対する嫌悪感から子供を作れない身体になってしまった。だから愛人も持てない。それでも一縷の望みをかけている。もしかしたら私となら子供を作れるのではという思いが執着となってしまっていた。
でも彼は良識のある人だから言えない。ロイドの過ちを、罪を知っていても妻を交換しろとは……。
私達は歪んでいる。それはグレースがあの愚かな選択をした時から少しずつ歯車が狂っていっていた。
彼らの夫婦生活は最初からうまくいっていなかった。でもグレースを虐待したり蔑にしているという話も聞かない。
でも、本当にそうなのだろうか。伯爵家ではグレースのしたことを皆が知っている。当主であるエッセン様が何も言わなくても使用人らに精神的に追い詰められている事だってあるかもしれない。
そうでなくても姑にはきっと言われているだろう。私がロイドの母親にグレースと比べられているように、彼女もまた私と比較される。
何処まで行ってもきりがない。終わりの見えない泥沼に深く沈んでいくだけの事。ならば、私のすべきことは、
「グレース、自分の犯した罪はなかったことにはできないわ。あの時、貴女はカーマンベル伯爵家を選んだわ。ロイドという人間でもなくエッセン様でもなく、資産家の家に嫁ぐことを自ら選んで実行したのよ。私を利用してね。私が飲み物を持って行こうとしていた姿をエッセン様が見ていたことを知っていたのよね。だから、わざとそれに細工した。エッセン様が私を疑う事を前提にね。私は見事に貴女の罠に嵌ったわ。エッセン様もね。満足した。そうなって嬉しかった。私よりも上の立場になりたかったんでしょう。望みが叶って満足なんでしょう。だったらこれ以上私達をかき乱さないで」
「そんなつもりはなかった。こんな事になるなんて思っていなかったのよ。ただ、私は……」
「私は何?さっきも言ったわ。失った過去は戻らない。貴女が始めた事よ。最後までやり遂げればいいだけよ。簡単な事でしょう。幸せになりたいのならエッセン様と話し合って向き合わなくてはいけないのではないの。逃げて誰かに頼ったって結局は誰も本当の意味では助けてくれないのよ。貴女が変わるしかないわ。例えこれから地獄のような生活が待っていようとも誰も代われはしない。全て望んで実行してしまったのは貴女の意志よ。誰かに命じられした事ではない」
グレースはわなわなと体を震わせながら唇をきつく結んでいた。昔の私ならこんなことを言ったりしないだろう。ただ、突きつけられた現実を粛々と受け入れるだけの臆病者だった。
でも、今度ははっきりとしなければならない。この先の未来を変える為にも言うべきことは言わなければ伝わらない。
「エッセン様。私達の婚約解消は確かにグレースが仕組んだことです。それでも貴方は私よりもグレースを選んだんです。その事実は変わりません。あの時、私も関与したのではと疑っておいでしたよね。私は悔しくて悲しかった。そのまま、死んでしまった方が楽なのでは思ったほどです。結局、私は本当の意味での信頼を勝ち取ることはできなかった。貴方にとって私はその程度の相手だったのです。そんな私を支えて導いてくれたのは夫のロイドです。今の幸せは彼と築いたものです。だから、お互いの為にかなりの年月が過ぎてしまいましたが、『お別れしましょうエッセン様』貴方と過ごした日々は、今は懐かしい思い出に変わりました。これからはグレースと幸せになって下さい。さようなら」
私は、ずっと言えなかった別れの言葉をエッセン様に告げた。こんな事を言われると思っていなかったのか。エッセン様は驚いた顔を見せていた。
グレースは下を俯いていたままだったが、隣のロイドは静かに私の手を握ってくれていた。
終わったのだ。
私の長い漂浪していた初恋はここに終着を迎えることになった。それは前回、夫が亡くなった日の一週間前の出来事だった。
「離縁はしない。君はこのまま私の妻として一生を終えるんだ。それに愛人も持つつもりもない。君がした行為の結果、私は女性が近寄ることに不快感を示すようになってしまった。その罪を一生かけて償え」
静かな声でそう言っている。グレースの顔色はますます悪くなっていく。
「確かに彼女のしたことは許されないことだ。だったら尚更、彼女の言うように養子を迎えてもいいのじゃないのか」
「お前に一体何が分かる。この女がしたことで、私は女性を愛せない身体になってしまった。不快に思うんだよ。私に微笑みを浮かべて寄ってくる女たちがな。気持ち悪くて仕方がないんだ。両親に血を残すように言われても何度試しても出来ない。その苦しみがお前に分かるのかロイド!サリナと幸せな家庭を築いているお前に!!あのことが無ければサリナと結婚していたのは私だ!あそこで遊んでいる子供たちの父親は私だったのかもしれないんだぞ!私の輝かしい未来を全て壊した女にこのくらいの復讐をして何が悪いんだ。実家の借金も慰謝料という形で支払ってやり、義弟や義妹の支援もした。この愚かで浅ましい女には伯爵家の女主人という立場を与えてやった。それともお前がサリナと離縁して、この女とやり直すと言うのなら考えてやる」
「そんな話はしていないだろう」
「そうだな、あの頃からお前はサリナが好きだったんだよな。目線で知っていたよ。サリナを見ている目は友人の婚約者を見ている目ではなかった。それともこの女の計画に手を貸しでもしたのか。そうでなくてもお前は何か知っていて黙っていたんじゃあないのか。そんなお前が何を言っても信じられない。結果的には望むものを手に入れたんだからな。これ以上私達の事に口出ししないでもらいたい」
そう言っているエッセン様の表情はとても苦しそうだった。
ああ、だから前回、あれほど私にやり直そうと言ってきたのかと得心がいった。
彼はあの時の事が原因で女性に対する嫌悪感から子供を作れない身体になってしまった。だから愛人も持てない。それでも一縷の望みをかけている。もしかしたら私となら子供を作れるのではという思いが執着となってしまっていた。
でも彼は良識のある人だから言えない。ロイドの過ちを、罪を知っていても妻を交換しろとは……。
私達は歪んでいる。それはグレースがあの愚かな選択をした時から少しずつ歯車が狂っていっていた。
彼らの夫婦生活は最初からうまくいっていなかった。でもグレースを虐待したり蔑にしているという話も聞かない。
でも、本当にそうなのだろうか。伯爵家ではグレースのしたことを皆が知っている。当主であるエッセン様が何も言わなくても使用人らに精神的に追い詰められている事だってあるかもしれない。
そうでなくても姑にはきっと言われているだろう。私がロイドの母親にグレースと比べられているように、彼女もまた私と比較される。
何処まで行ってもきりがない。終わりの見えない泥沼に深く沈んでいくだけの事。ならば、私のすべきことは、
「グレース、自分の犯した罪はなかったことにはできないわ。あの時、貴女はカーマンベル伯爵家を選んだわ。ロイドという人間でもなくエッセン様でもなく、資産家の家に嫁ぐことを自ら選んで実行したのよ。私を利用してね。私が飲み物を持って行こうとしていた姿をエッセン様が見ていたことを知っていたのよね。だから、わざとそれに細工した。エッセン様が私を疑う事を前提にね。私は見事に貴女の罠に嵌ったわ。エッセン様もね。満足した。そうなって嬉しかった。私よりも上の立場になりたかったんでしょう。望みが叶って満足なんでしょう。だったらこれ以上私達をかき乱さないで」
「そんなつもりはなかった。こんな事になるなんて思っていなかったのよ。ただ、私は……」
「私は何?さっきも言ったわ。失った過去は戻らない。貴女が始めた事よ。最後までやり遂げればいいだけよ。簡単な事でしょう。幸せになりたいのならエッセン様と話し合って向き合わなくてはいけないのではないの。逃げて誰かに頼ったって結局は誰も本当の意味では助けてくれないのよ。貴女が変わるしかないわ。例えこれから地獄のような生活が待っていようとも誰も代われはしない。全て望んで実行してしまったのは貴女の意志よ。誰かに命じられした事ではない」
グレースはわなわなと体を震わせながら唇をきつく結んでいた。昔の私ならこんなことを言ったりしないだろう。ただ、突きつけられた現実を粛々と受け入れるだけの臆病者だった。
でも、今度ははっきりとしなければならない。この先の未来を変える為にも言うべきことは言わなければ伝わらない。
「エッセン様。私達の婚約解消は確かにグレースが仕組んだことです。それでも貴方は私よりもグレースを選んだんです。その事実は変わりません。あの時、私も関与したのではと疑っておいでしたよね。私は悔しくて悲しかった。そのまま、死んでしまった方が楽なのでは思ったほどです。結局、私は本当の意味での信頼を勝ち取ることはできなかった。貴方にとって私はその程度の相手だったのです。そんな私を支えて導いてくれたのは夫のロイドです。今の幸せは彼と築いたものです。だから、お互いの為にかなりの年月が過ぎてしまいましたが、『お別れしましょうエッセン様』貴方と過ごした日々は、今は懐かしい思い出に変わりました。これからはグレースと幸せになって下さい。さようなら」
私は、ずっと言えなかった別れの言葉をエッセン様に告げた。こんな事を言われると思っていなかったのか。エッセン様は驚いた顔を見せていた。
グレースは下を俯いていたままだったが、隣のロイドは静かに私の手を握ってくれていた。
終わったのだ。
私の長い漂浪していた初恋はここに終着を迎えることになった。それは前回、夫が亡くなった日の一週間前の出来事だった。
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