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本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして
雷鳴
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夏が近くなるとこの国では春の嵐がやってくる。雷鳴が轟くその季節に私の母は亡くなった。
今日は生憎の曇天の空模様。厚い雨雲が空を覆っている。今にも大粒の滴が空から落ちてきそうだ。
ああ、嫌な季節だなあ─っ。
ふうっと小さなため息をついた。ここへ来てからどれくらい月日が流れただろう。追い出されるように王都を出たのは新年を過ぎた頃、約半年で私に対する使用人たちの視線も緩和してきていると思う。
以前は、伯爵家の使用人らと同じように思えて距離を置いていたけれど、挨拶をすればきちんと目を合わせて挨拶をしてくれる人たちだと分かって安心した。
こんな時は早く眠るのに限る。
でないと怖い夢を見るからだ。
ビシャアア──ンッ!!
寝室の大きな窓についているカーテン越しから稲光が見えている。
私は怖くなって、ベッドのシーツを被って丸まっている。
早く、どっかにいって──っ!!
心の中で叫びながら耳を両手で塞いで、ギュッと目を瞑ってやり過ごす。今までもこうやって何度もこの季節を乗り越えた。
ふと見ると暗闇に誰かが手を差し出している。
長い髪と痩せ細ったその姿には確かに見覚えがあった。
──母だ!!
それは死ぬ前の母の姿だった。その恐ろしい姿で暗闇からじっと私を見ている。
「ご…ごめんなさい!お母さん、生まれてきてごめんなさい。生きていてごめんなさい……」
泣きながら、暗闇に見える母の幻影に謝った。
母がどうして私を産んだのか、伯爵家の使用人らの陰口で知っていた。何故ニックが父でないのかも……。
どうして屋根裏部屋で暮らさなければならないのかも全て知っていた。
私は生まれて来た時からの罪人なのだ。大切な母を汚した悪魔の種から生まれた。異端児なのだ。
だから、屋根裏から出る事を禁じられ、誰にも知られない様に密かに育てられたのだ。
恐怖で泣きじゃくりながら、母の幻影に向かって謝っていると誰かが私を抱きしめた。それは力強い男の腕だった。
温かい…。
何だかとても安心す大きな腕。広い胸…ずうっと体を預けて縋っていたくなるようなそんな気持ちにさせられた。
「アシュリー…大丈夫だ。僕が付いている」
その声はとても安心できるいつも聞いている旦那様の優しい声だった。
「だ…旦那様…?」
「なんだい」
「旦那様はいなくなったりしませんよね。私をここから追い出したりもしませんか?」
「追い出されたいのか?」
「嫌です。このままずうっと傍にいたいです」
「そうか。ならこれから僕がどんなことをやっても君は僕の傍にいると誓えるか?」
「誓えば、傍に置いてくれます?私を愛してくれますか」
「ああ、だが誓えば二度と嫌だと言っても放さないし、逃げたら鎖で繋いででも僕の傍に置くぞ。いいのか」
「はい、構いません。そうしてください。ずっとここで貴方と二人で暮らしたいです。あっ、でも屋敷の人たちもそれと、二頭の犬たちもそれに私達の子供達と……あとは……」
そう言って考えていると、旦那様は顔を近づけて私の唇に自分の唇を重ねた。それは触れるだけの淡い口付けだった。
「もう何も言わなくてもいい。皆で幸せになるんだ」
「はい」
私は、旦那様にしがみ付いた。そして、その夜は彼の腕の中で静かに眠った。
きっと旦那様は言ったことを実行するだろう。
私は自らこの甘美な檻に囚われる事を選んだのだ永久に……。
次の日から旦那様は人が変わったように、大人の男に変貌を遂げた。
周りにも記憶が戻ったと触れ回り、なんだか色々と忙しそうにしていた。
次第に見知らぬ人間も屋敷に出入りするようになっていった。
そして私達の呼び名も変化していった。
旦那様は私を「シュリ」と呼び、私は旦那様を「ハルト様」と呼ぶようになった。
本当の夫婦になった時に彼はベッドで昔語りをしてくれた。それは私がずっと聞きたかった彼の物語。彼は自分の人生に決着をつける為にあることを計画していた。
それには、私の同意が欲しかったのだと言っていた。
「これからもずっと一緒にいる」
という約束が……。
彼の今までの人生は私よりも孤独で凄惨なものだった。
今日は生憎の曇天の空模様。厚い雨雲が空を覆っている。今にも大粒の滴が空から落ちてきそうだ。
ああ、嫌な季節だなあ─っ。
ふうっと小さなため息をついた。ここへ来てからどれくらい月日が流れただろう。追い出されるように王都を出たのは新年を過ぎた頃、約半年で私に対する使用人たちの視線も緩和してきていると思う。
以前は、伯爵家の使用人らと同じように思えて距離を置いていたけれど、挨拶をすればきちんと目を合わせて挨拶をしてくれる人たちだと分かって安心した。
こんな時は早く眠るのに限る。
でないと怖い夢を見るからだ。
ビシャアア──ンッ!!
寝室の大きな窓についているカーテン越しから稲光が見えている。
私は怖くなって、ベッドのシーツを被って丸まっている。
早く、どっかにいって──っ!!
心の中で叫びながら耳を両手で塞いで、ギュッと目を瞑ってやり過ごす。今までもこうやって何度もこの季節を乗り越えた。
ふと見ると暗闇に誰かが手を差し出している。
長い髪と痩せ細ったその姿には確かに見覚えがあった。
──母だ!!
それは死ぬ前の母の姿だった。その恐ろしい姿で暗闇からじっと私を見ている。
「ご…ごめんなさい!お母さん、生まれてきてごめんなさい。生きていてごめんなさい……」
泣きながら、暗闇に見える母の幻影に謝った。
母がどうして私を産んだのか、伯爵家の使用人らの陰口で知っていた。何故ニックが父でないのかも……。
どうして屋根裏部屋で暮らさなければならないのかも全て知っていた。
私は生まれて来た時からの罪人なのだ。大切な母を汚した悪魔の種から生まれた。異端児なのだ。
だから、屋根裏から出る事を禁じられ、誰にも知られない様に密かに育てられたのだ。
恐怖で泣きじゃくりながら、母の幻影に向かって謝っていると誰かが私を抱きしめた。それは力強い男の腕だった。
温かい…。
何だかとても安心す大きな腕。広い胸…ずうっと体を預けて縋っていたくなるようなそんな気持ちにさせられた。
「アシュリー…大丈夫だ。僕が付いている」
その声はとても安心できるいつも聞いている旦那様の優しい声だった。
「だ…旦那様…?」
「なんだい」
「旦那様はいなくなったりしませんよね。私をここから追い出したりもしませんか?」
「追い出されたいのか?」
「嫌です。このままずうっと傍にいたいです」
「そうか。ならこれから僕がどんなことをやっても君は僕の傍にいると誓えるか?」
「誓えば、傍に置いてくれます?私を愛してくれますか」
「ああ、だが誓えば二度と嫌だと言っても放さないし、逃げたら鎖で繋いででも僕の傍に置くぞ。いいのか」
「はい、構いません。そうしてください。ずっとここで貴方と二人で暮らしたいです。あっ、でも屋敷の人たちもそれと、二頭の犬たちもそれに私達の子供達と……あとは……」
そう言って考えていると、旦那様は顔を近づけて私の唇に自分の唇を重ねた。それは触れるだけの淡い口付けだった。
「もう何も言わなくてもいい。皆で幸せになるんだ」
「はい」
私は、旦那様にしがみ付いた。そして、その夜は彼の腕の中で静かに眠った。
きっと旦那様は言ったことを実行するだろう。
私は自らこの甘美な檻に囚われる事を選んだのだ永久に……。
次の日から旦那様は人が変わったように、大人の男に変貌を遂げた。
周りにも記憶が戻ったと触れ回り、なんだか色々と忙しそうにしていた。
次第に見知らぬ人間も屋敷に出入りするようになっていった。
そして私達の呼び名も変化していった。
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