【本編完結】この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

春野オカリナ

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本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

噛み合わない会話

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 私とハルト様は来客者のいる応接室に行くことになった。

 今、懐妊中の私のお腹はポッコリと出ている。それを手で擦りながら今の幸せを噛み締めていた。

 階段を降りるときにそっと手を差し出してエスコートをしながら、私を支えてくれるハルト様が好きだ。

 そんなさりげない優しさを当たり前の様に享受しすぎていたのかもしれない。

 部屋の前まで来ると、

 「シュリは気にしなくてもいいから。僕が対応するから心配しないでね」

 そんな風に言われたけれど、相手はハルト様の元婚約者様だ。金輪際屋敷に来ないで欲しいとここははっきりと言わなければ。

 そんな気合?の入った私を見て、「可愛い」と微笑んでいらっしゃるハルト様。

 扉が開くとその向こうには赤い髪に青い瞳の迫力のある美女がいる。そしてその隣にはデニーロ伯爵夫人を若くしたような令嬢が立っていた。

 赤い髪のアデイラ様が、

 「お久しぶりですわ。殿下。この度は記憶が戻られたと聞いてお喜び申し上げますわ」

 にっこりと優雅に微笑む仕草は流石、元王太子妃。その隣のウルスラは両手を胸の前で祈るような形を取っていた。その表情はまるで恋する乙女。目からキラキラビームが出そうな程、好意と言う名の熱視線を全力でハルト様にぶつけている。

 残念ながら、そのハートマークの熱視線はハルト様の冷めたアイスブルーの前で凍り付いて落ちて行った。そんなものを見たような気がする。

 「あ…貴方がラインハルト殿下でいらっしゃいますか?」

 初めて見たハルト様に舞い上がっているのかウルスラは若干噛みまくっている。そして、とんでもないことを言い始めたのだ。

 「ラインハルト殿下。その隣にいるのは偽物です。本当は私が貴女と結婚する筈だったんです。だから私と…」

 「アシュリー座ろうか」

 ウルスラが言い終わらないうちに被せる様に言ってきた。そして、これ以上ない位、満面の笑みを浮かべてハルト様は私の方に微笑んでいる。

 ウルスラはプルプルと肩を震わせながら顔を真っ赤にして、私を睨みつけていた。

 勿論、その隣のアデイラ様も同様に怪訝そうな顔している。

 「ラインハルト様、わ…」

 「アシュリーはミルクでいいかな?」

 何度もウルスラはハルト様に話しかけようとするが、全く視界に入れるのも煩わしそうにして、もっか私をいつもの様に構い倒そうとしている。

 それもそのはず、挨拶もしていないし、先触れもない急な訪問でハルト様の怒りのボルテージはMAXになりつつある。

 これまで、ハルト様が真剣に怒った姿を見たことがない私は興味深々ではあるが、地雷を踏んでいらぬ火の粉が飛び散る事だけは避けたい。

 私だけでなく、護衛や侍女たちも同様で、何だか無表情のはずなのにちょっと汗ばんでいるのは幻覚なんだろうか?

 ハルト様は、彼女達を空気の如く無視し続けている。

 「はい、ミルクだよ。温めてもらったから気を付けてね」

 ハルト様の甘い仕草につい私の緊張も解れていく。

 対面に立たされているアデイラ様とウルスラの顔は段々鬼の様に歪んで私を睨んでいる。いつまでたってもハルト様が声を掛ける様子はない。

 「いい加減になさってください。殿下!わたくしが態々辺境まで足を運んだのに、お声をかけて下されないなんてあんまりですわ」

 アデイラ様が怒りのあまり喚きだすと、ハルト様がふうっとため息をつきながら、

 「君は一体何様のつもりなんだい。僕と君は赤の他人だろう。何をしにここへ来たのかな」

 「突然の訪問は謝罪致しますわ。でもわたくしと殿下の仲ですもの…」

 「君と私はさっきも言ったが赤の他人だ。前にも言ったが二度と関わりたくない」

 「そ…そんなことを仰らないでくださいませ。貴方様が王太子に…」

 「その先は言わない方がいい。君を反逆罪で捕縛しなければならなくなる。以前の賢明な君ならわかるだろう」

 「ですが、このまま、こんな辺境地で一生を終えますの?貴方様には多くの貴族が…」

 「先ほどから何を言っているんだい?僕は今の生活で満足をしている」

 「でも、貴方ほどの方をこんな辺境に置いておくことは国の損失だと父が申しております。勿論わたくしもそう思っておりますわ」

 「へえーっ、そうなんだ。てっきり君は弟の方が優秀だと考えて取り入ったんだと思っていたんだが、思い違いかな?」

 「そ…そんな事はありませんわ。わたくしは本当に…」

 「ビスク・ドールのような感情が見えない僕が嫌だったんじゃあなかったのかな。確か王宮の裏庭にある庭師の東屋でそんな言葉を聞いたのだが」

 その言葉にアデイラ様の表情は青くなった。きっと第二王子ジークハルト殿下との逢瀬で言った言葉をハルト様が聞いていたとは思ってもいなかったのだろう。

 唇を噛み締めながら、アデイラ様は何とか言い逃れようと必死に考えているのが分かった。

 そんな張りつめた空気を壊したのは、ウルスラだった。

 「殿下、本当の相手の私にどうして声をかけてくれないのですか?そんな女よりも私の方が貴方に相応しいでしょう」

 強請るような甘い声を上げて、うるうると目を潤ませながらハルト様を見つめている。

 「君は何を言っているのかな?本当の相手?君は馬鹿なのか?これは王命なんだよ。君ごときがどうこうできる問題ではない。そもそも、辺境なんて田舎に行くのが嫌だと断ったのは君だろう。頭のおかしな変人に嫁ぐくらいなら死んだ方がましだとも言っていたそうだね。そんな相手ならお義姉様の方がお似合いだとも…僕が調べさせた事に何か違う点でもあったかな?」

 ハルト様が言った言葉はウルスラが伯爵家で言っていた言葉だった。

 ウルスラの顔色もどんどん青くなっていった。

 二人にハルト様は氷のような微笑みを向けている。だが、その目だけは笑っていなかった。

 

 
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