【本編完結】この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

春野オカリナ

文字の大きさ
20 / 48
本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

噛み合わない会話

しおりを挟む
 私とハルト様は来客者のいる応接室に行くことになった。

 今、懐妊中の私のお腹はポッコリと出ている。それを手で擦りながら今の幸せを噛み締めていた。

 階段を降りるときにそっと手を差し出してエスコートをしながら、私を支えてくれるハルト様が好きだ。

 そんなさりげない優しさを当たり前の様に享受しすぎていたのかもしれない。

 部屋の前まで来ると、

 「シュリは気にしなくてもいいから。僕が対応するから心配しないでね」

 そんな風に言われたけれど、相手はハルト様の元婚約者様だ。金輪際屋敷に来ないで欲しいとここははっきりと言わなければ。

 そんな気合?の入った私を見て、「可愛い」と微笑んでいらっしゃるハルト様。

 扉が開くとその向こうには赤い髪に青い瞳の迫力のある美女がいる。そしてその隣にはデニーロ伯爵夫人を若くしたような令嬢が立っていた。

 赤い髪のアデイラ様が、

 「お久しぶりですわ。殿下。この度は記憶が戻られたと聞いてお喜び申し上げますわ」

 にっこりと優雅に微笑む仕草は流石、元王太子妃。その隣のウルスラは両手を胸の前で祈るような形を取っていた。その表情はまるで恋する乙女。目からキラキラビームが出そうな程、好意と言う名の熱視線を全力でハルト様にぶつけている。

 残念ながら、そのハートマークの熱視線はハルト様の冷めたアイスブルーの前で凍り付いて落ちて行った。そんなものを見たような気がする。

 「あ…貴方がラインハルト殿下でいらっしゃいますか?」

 初めて見たハルト様に舞い上がっているのかウルスラは若干噛みまくっている。そして、とんでもないことを言い始めたのだ。

 「ラインハルト殿下。その隣にいるのは偽物です。本当は私が貴女と結婚する筈だったんです。だから私と…」

 「アシュリー座ろうか」

 ウルスラが言い終わらないうちに被せる様に言ってきた。そして、これ以上ない位、満面の笑みを浮かべてハルト様は私の方に微笑んでいる。

 ウルスラはプルプルと肩を震わせながら顔を真っ赤にして、私を睨みつけていた。

 勿論、その隣のアデイラ様も同様に怪訝そうな顔している。

 「ラインハルト様、わ…」

 「アシュリーはミルクでいいかな?」

 何度もウルスラはハルト様に話しかけようとするが、全く視界に入れるのも煩わしそうにして、もっか私をいつもの様に構い倒そうとしている。

 それもそのはず、挨拶もしていないし、先触れもない急な訪問でハルト様の怒りのボルテージはMAXになりつつある。

 これまで、ハルト様が真剣に怒った姿を見たことがない私は興味深々ではあるが、地雷を踏んでいらぬ火の粉が飛び散る事だけは避けたい。

 私だけでなく、護衛や侍女たちも同様で、何だか無表情のはずなのにちょっと汗ばんでいるのは幻覚なんだろうか?

 ハルト様は、彼女達を空気の如く無視し続けている。

 「はい、ミルクだよ。温めてもらったから気を付けてね」

 ハルト様の甘い仕草につい私の緊張も解れていく。

 対面に立たされているアデイラ様とウルスラの顔は段々鬼の様に歪んで私を睨んでいる。いつまでたってもハルト様が声を掛ける様子はない。

 「いい加減になさってください。殿下!わたくしが態々辺境まで足を運んだのに、お声をかけて下されないなんてあんまりですわ」

 アデイラ様が怒りのあまり喚きだすと、ハルト様がふうっとため息をつきながら、

 「君は一体何様のつもりなんだい。僕と君は赤の他人だろう。何をしにここへ来たのかな」

 「突然の訪問は謝罪致しますわ。でもわたくしと殿下の仲ですもの…」

 「君と私はさっきも言ったが赤の他人だ。前にも言ったが二度と関わりたくない」

 「そ…そんなことを仰らないでくださいませ。貴方様が王太子に…」

 「その先は言わない方がいい。君を反逆罪で捕縛しなければならなくなる。以前の賢明な君ならわかるだろう」

 「ですが、このまま、こんな辺境地で一生を終えますの?貴方様には多くの貴族が…」

 「先ほどから何を言っているんだい?僕は今の生活で満足をしている」

 「でも、貴方ほどの方をこんな辺境に置いておくことは国の損失だと父が申しております。勿論わたくしもそう思っておりますわ」

 「へえーっ、そうなんだ。てっきり君は弟の方が優秀だと考えて取り入ったんだと思っていたんだが、思い違いかな?」

 「そ…そんな事はありませんわ。わたくしは本当に…」

 「ビスク・ドールのような感情が見えない僕が嫌だったんじゃあなかったのかな。確か王宮の裏庭にある庭師の東屋でそんな言葉を聞いたのだが」

 その言葉にアデイラ様の表情は青くなった。きっと第二王子ジークハルト殿下との逢瀬で言った言葉をハルト様が聞いていたとは思ってもいなかったのだろう。

 唇を噛み締めながら、アデイラ様は何とか言い逃れようと必死に考えているのが分かった。

 そんな張りつめた空気を壊したのは、ウルスラだった。

 「殿下、本当の相手の私にどうして声をかけてくれないのですか?そんな女よりも私の方が貴方に相応しいでしょう」

 強請るような甘い声を上げて、うるうると目を潤ませながらハルト様を見つめている。

 「君は何を言っているのかな?本当の相手?君は馬鹿なのか?これは王命なんだよ。君ごときがどうこうできる問題ではない。そもそも、辺境なんて田舎に行くのが嫌だと断ったのは君だろう。頭のおかしな変人に嫁ぐくらいなら死んだ方がましだとも言っていたそうだね。そんな相手ならお義姉様の方がお似合いだとも…僕が調べさせた事に何か違う点でもあったかな?」

 ハルト様が言った言葉はウルスラが伯爵家で言っていた言葉だった。

 ウルスラの顔色もどんどん青くなっていった。

 二人にハルト様は氷のような微笑みを向けている。だが、その目だけは笑っていなかった。

 

 
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

突然倒れた婚約者から、私が毒を盛ったと濡衣を着せられました

恋愛
パーティーの場でロイドが突如倒れ、メリッサに毒を盛られたと告げた。 メリッサにとっては冤罪でしかないが、周囲は倒れたロイドの言い分を認めてしまった。

婚約者を奪っていった彼女は私が羨ましいそうです。こちらはあなたのことなど記憶の片隅にもございませんが。

松ノ木るな
恋愛
 ハルネス侯爵家令嬢シルヴィアは、将来を嘱望された魔道の研究員。  不運なことに、親に決められた婚約者は無類の女好きであった。  研究で忙しい彼女は、女遊びもほどほどであれば目をつむるつもりであったが……  挙式一月前というのに、婚約者が口の軽い彼女を作ってしまった。 「これは三人で、あくまで平和的に、話し合いですね。修羅場は私が制してみせます」   ※7千字の短いお話です。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

4人の女

猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。 うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。 このご婦人方には共通点がある。 かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。 『氷の貴公子』の異名を持つ男。 ジルベール・タレーラン公爵令息。 絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。 しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。 この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。 こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

処理中です...