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本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして
初恋は実らない~アデイラ~
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或る日、わたくしの元にある方の噂が流れてきた。
「ラインハルト殿下の記憶が戻ったそうよ。しかも奥様を溺愛しているらしいわ。それは周りが目を覆いたくなる程とか。しかもその奥様を屋敷から出さないようにしていると聞きました」
「まあ、あのラインハルト殿下がですか。信じられませんわ。ねえアデイラ様」
「ええ…そうね。以前の殿下からは想像がつきませんわね」
わたくしはお茶会の席で聞きたくもない話を聞かされていた。
かつての婚約者であり、わたくしにとっては初恋の相手でもあったラインハルト様が他の女性を愛してらっしゃる。そんなはずはない。だって、わたくしはあの方の為にどれだけの犠牲を払ったことか。
あの方が王太子を辞めたがっていたのは知っていた。だから第二王子ジークハルト様をたきつけた。父にもジークハルト様に近づいて婚約者になる様に言われていたので丁度良かったのだ。
これはあの方にとって好機だと判断したからこそ、ジークハルト様の計略に乗って利用することにした。
そして、あのフローラとかいう男爵令嬢がラインハルト様に侍っている姿を見ながら、耐えていたのに……。
全てはラインハルト様が自由に生きられる様にわたくしは自らの手を汚した。
フローラが、
「ラインハルト様はとても優しいのよ。なんでもいう事を聞いてくれるの」
経過報告をしにくる彼女の眼はわたくしを憐れんでいた。ラインハルト様がお優しいのは誰に対してもだ。決して貴女一人を特別に見ている訳ではない。それは他人に興味がないラインハルト様の上辺だけの優しさ。
勘違いをしてわたくしを蔑み、憐れむこの女がラインハルト様の傍に居る事に耐えられなくなったわたくしは、夜会で、フローラと第三王子ルイス様に媚薬を盛った。
案の定二人は盛りがついた猫の様に、一晩中睦あったのだ。
その後も関係が続いていて、ラインハルト様の耳にも届いていた。彼女は知らない。ジークハルト殿下も知らない。全てラインハルト様は知っていて、わたくしたちを利用していることを。
だが、わたくしに『婚約破棄』を言い出せば、ラインハルト様は廃嫡させられる。なんの落ち度もないあの方にそんな苦労はさせられない。
だから、わたくしはパリスにわざと情報を流して、彼に邪魔させようとしたのだ。途中までは上手くいった。だが、勢い余ってラインハルト様は壇上から落ちてしまった。
彼の頭から血が流れ、顔色が青くなっていくのを見たわたくしは後悔した。
もっと他にやりようがあったのでないかと……。
そして、彼は記憶喪失になった。わたくしと会う前の幸せだった頃の記憶だけが彼に残ったのだ。
彼の記憶からわたくしは消えてしまった。
これは、わたくしが犯した罪の代償なのだ。自分が受けるべき罰なのだ。そう言い聞かせて、わたくしは第二王子の婚約者に収まった。
しかし、元々手癖の悪い二人の王子は市井の娼館に通うになっていった。生まれた時から王太子妃になるように教育されたわたくしには、他に生きる道を知らない。
これは自分が選んだ道だと耐えるしかなかった。
ジークハルト殿下と婚姻しても孤独な生活は続いた。
ある時、ジークハルト様の飲み物に何かを入れる従者の姿を見てしまった。彼には見覚えがある。ラインハルト様に忠実な僕だった。
これは計画されていたものだ。ラインハルト様だけの考えではない。きっと陛下もご存じなのだろう。陛下はラインハルト様や他の王子たちにも興味がない。
愛妾様とのお子を次の王太子に据えるつもりなのだ。
その考えが分かったわたくしは、その事を黙認した。
これがわたくしの選んだ最善なのだ。これでわたくしの役目も終わった。自由になれる。そう信じていたのに、ジークハルト様の葬儀の後に父から、
「ラインハルト様の記憶が戻っているか、確かめてくるのだ。そして、記憶が戻っているのならお前が説得してラインハルト様を次の王太子に返り咲いてもらう。そうしたらお前はまた王太子妃となれるのだ」
そう仄めかした。
でも、もう一度ラインハルト様に会える。そんな気持ちが勝っていたのかもしれない。もし、彼がわたくしを選んでくれたなら、全てを捨ててレグナで生涯を過ごそう。
何処までも自分勝手な甘い夢を見ていた。
だが、現実はもっと残酷だったのだ。
久しぶりにラインハルト様に会っても相変わらず彼の記憶にはわたくしがいなかった。
でも5才のラインハルト様はとても愛らしく、時間を戻せるのならこの頃の彼に会い。そして一緒に過ごしたい。そう思わせてくれた。
話をしている内につい、
「ラインハルト様はこのままでよろしいのですか?もう一度、王太子に……」
その言葉をした時に、彼は頭を抱えて蹲った。
そして、わたくしに向かって、
「君の望む答えは得られない。僕を裏切った君を赦すことは永遠に来ないだろう。君が僕の為にどれほどの代償を払おうと関係がない。既に僕らの関係は破綻しているのだからね。お互いの道は違えてしまった。決して二度と交わる事は無い赤の他人だ」
静かな口調で淡々とそう告げてくる彼は、王太子時代の彼そのものだった。
しかし、それも一瞬の事で次の瞬間には、また5才のラインハルト様に戻っていた。
追い出されるように、レグナを去り、わたくしはまた一人王宮で過ごす日々を送っていたのだ。
そして、お茶会の席でラインハルト様の話題が上るとわたくしの中の何かが壊れる音を聞いたのだった。
「ラインハルト殿下の記憶が戻ったそうよ。しかも奥様を溺愛しているらしいわ。それは周りが目を覆いたくなる程とか。しかもその奥様を屋敷から出さないようにしていると聞きました」
「まあ、あのラインハルト殿下がですか。信じられませんわ。ねえアデイラ様」
「ええ…そうね。以前の殿下からは想像がつきませんわね」
わたくしはお茶会の席で聞きたくもない話を聞かされていた。
かつての婚約者であり、わたくしにとっては初恋の相手でもあったラインハルト様が他の女性を愛してらっしゃる。そんなはずはない。だって、わたくしはあの方の為にどれだけの犠牲を払ったことか。
あの方が王太子を辞めたがっていたのは知っていた。だから第二王子ジークハルト様をたきつけた。父にもジークハルト様に近づいて婚約者になる様に言われていたので丁度良かったのだ。
これはあの方にとって好機だと判断したからこそ、ジークハルト様の計略に乗って利用することにした。
そして、あのフローラとかいう男爵令嬢がラインハルト様に侍っている姿を見ながら、耐えていたのに……。
全てはラインハルト様が自由に生きられる様にわたくしは自らの手を汚した。
フローラが、
「ラインハルト様はとても優しいのよ。なんでもいう事を聞いてくれるの」
経過報告をしにくる彼女の眼はわたくしを憐れんでいた。ラインハルト様がお優しいのは誰に対してもだ。決して貴女一人を特別に見ている訳ではない。それは他人に興味がないラインハルト様の上辺だけの優しさ。
勘違いをしてわたくしを蔑み、憐れむこの女がラインハルト様の傍に居る事に耐えられなくなったわたくしは、夜会で、フローラと第三王子ルイス様に媚薬を盛った。
案の定二人は盛りがついた猫の様に、一晩中睦あったのだ。
その後も関係が続いていて、ラインハルト様の耳にも届いていた。彼女は知らない。ジークハルト殿下も知らない。全てラインハルト様は知っていて、わたくしたちを利用していることを。
だが、わたくしに『婚約破棄』を言い出せば、ラインハルト様は廃嫡させられる。なんの落ち度もないあの方にそんな苦労はさせられない。
だから、わたくしはパリスにわざと情報を流して、彼に邪魔させようとしたのだ。途中までは上手くいった。だが、勢い余ってラインハルト様は壇上から落ちてしまった。
彼の頭から血が流れ、顔色が青くなっていくのを見たわたくしは後悔した。
もっと他にやりようがあったのでないかと……。
そして、彼は記憶喪失になった。わたくしと会う前の幸せだった頃の記憶だけが彼に残ったのだ。
彼の記憶からわたくしは消えてしまった。
これは、わたくしが犯した罪の代償なのだ。自分が受けるべき罰なのだ。そう言い聞かせて、わたくしは第二王子の婚約者に収まった。
しかし、元々手癖の悪い二人の王子は市井の娼館に通うになっていった。生まれた時から王太子妃になるように教育されたわたくしには、他に生きる道を知らない。
これは自分が選んだ道だと耐えるしかなかった。
ジークハルト殿下と婚姻しても孤独な生活は続いた。
ある時、ジークハルト様の飲み物に何かを入れる従者の姿を見てしまった。彼には見覚えがある。ラインハルト様に忠実な僕だった。
これは計画されていたものだ。ラインハルト様だけの考えではない。きっと陛下もご存じなのだろう。陛下はラインハルト様や他の王子たちにも興味がない。
愛妾様とのお子を次の王太子に据えるつもりなのだ。
その考えが分かったわたくしは、その事を黙認した。
これがわたくしの選んだ最善なのだ。これでわたくしの役目も終わった。自由になれる。そう信じていたのに、ジークハルト様の葬儀の後に父から、
「ラインハルト様の記憶が戻っているか、確かめてくるのだ。そして、記憶が戻っているのならお前が説得してラインハルト様を次の王太子に返り咲いてもらう。そうしたらお前はまた王太子妃となれるのだ」
そう仄めかした。
でも、もう一度ラインハルト様に会える。そんな気持ちが勝っていたのかもしれない。もし、彼がわたくしを選んでくれたなら、全てを捨ててレグナで生涯を過ごそう。
何処までも自分勝手な甘い夢を見ていた。
だが、現実はもっと残酷だったのだ。
久しぶりにラインハルト様に会っても相変わらず彼の記憶にはわたくしがいなかった。
でも5才のラインハルト様はとても愛らしく、時間を戻せるのならこの頃の彼に会い。そして一緒に過ごしたい。そう思わせてくれた。
話をしている内につい、
「ラインハルト様はこのままでよろしいのですか?もう一度、王太子に……」
その言葉をした時に、彼は頭を抱えて蹲った。
そして、わたくしに向かって、
「君の望む答えは得られない。僕を裏切った君を赦すことは永遠に来ないだろう。君が僕の為にどれほどの代償を払おうと関係がない。既に僕らの関係は破綻しているのだからね。お互いの道は違えてしまった。決して二度と交わる事は無い赤の他人だ」
静かな口調で淡々とそう告げてくる彼は、王太子時代の彼そのものだった。
しかし、それも一瞬の事で次の瞬間には、また5才のラインハルト様に戻っていた。
追い出されるように、レグナを去り、わたくしはまた一人王宮で過ごす日々を送っていたのだ。
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