【本編完結済】この想いに終止符を…

春野オカリナ

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ロゼリナという少女

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 応接室に微妙な空気が流れる中、扉をノックする音が聞こえた。

 アレンに入室を許可されて入って来たのは、ロゼリナとセザールだった。二人で中庭を手を繋いで散歩していたのをシェリーネは知っている。

 応接室に入って来ると、見慣れない訪問客に二人は戸惑っていた。

 「二人とも席に座りなさい。大切な話がある」

 「はい、あの…何故生徒会長が…」

 挨拶もそこそこにロゼリナは、ジュリアスに意味ありげな視線を向けている。シェリーネはふうっと嘆息して、

 「紹介するわ。私の新しい婚約者ジュリアス様よ」

 「「えっ」」

 ロゼリナとセザール二人同時に驚いているのに、それぞれの表情は正反対だった。

 嬉々として喜んでいるロゼリナに対して、セザールの方は唇を噛みしめている。シェリーネが婚約解消して直ぐに新しい相手を見つけるとは思っていなかったのだろう。その証拠にセザールは拳を握って少し震えていた。

 今更だ──。

 ジュリアスは、セザールの様子に心の中で怒りを覚えていた。生徒会の手伝いをして遅くなった時も屋敷まで送ったのはジュリアスだ。他の行事でもシェリーネをエスコートしている姿を見た事がない。彼女は何時も一人だった。

 ロゼリナの見た目、儚い風情に多くの男子学生がセザールとロゼリナの禁断の恋を応援しても、ジュリアスはそんな紛い物の一時の熱の為に自分将来を棒に振ろうとしているセザールを内心「愚かな男だ」と侮蔑していた。

 自ら価値のある婚約を捨ててまで選んだ相手だ。

 今までもこれからもその相手と一生を共にするがいい。例えこれから何が起ころうと自分たちの真実の愛を貫けばいい。

 ジュリアスは、これから伝える真実がこの二人を不幸の底に落とす事は分かっている。

 しかし、目を瞑って見逃してやる程、ジュリアスはお人よしではない。

 「まあ、お姉さま。良かったわ。婚約解消して、次の相手が直ぐに見つかって幸せになって下さいね」

 「ええ、貴女にそう言ってもらえると私も嬉しいわ」

 ロゼリナの言葉に棘はない。彼女は本心から異母姉の幸せを願っている。その表情にも言葉にも態度にも嘘偽りなどない。

 しかし、だからこそ相手を知らずに傷付ける事もある。

 彼女は「無知」だった。今までもこれからもずっと家族は幸せであると信じている。異母姉の婚約者を奪ったのに、彼女の中では想いあう二人は結ばれるべきだと正当化されている。

 その陰でシェリーネがどれ程傷つこうがロゼリナにとっては、政略結婚をするよりもずっと価値があると信じて疑わないのだ。その天使のような残酷な無邪気さに純粋さに吐き気さえジュリアスは覚えた。

 今も座る様に言われているのに、嬉しそうにシェリーネの手を取って喜んでいる。何も知らない人間が見れば仲の良い姉妹だと思うだろう。だが、本当はシェリーネがかなりの譲歩をしているから、成り立っている砂上の楼閣の様な関係なのだ。

 ロゼリナは知らない。まだ本当の意味での社交界の怖さを…。

 貴族社会で「庶子」という奇異な存在がどういう目で見られ、どう扱われるのかを…。それでも彼女は自分の正義を振りかざして「そんなのおかしい」と反論するのだろうか。昔の様に…。

 シェリーネは思い出していた。

 15才の年、初めて自分で開いたお茶会のことを…。

 その時ロゼリナは伯爵令嬢と言い争いになった。

 「愛人の子供のくせに本物の令嬢であるシェリーネ様を差し置いて出しゃばらないでよ」

 「何を言っているの。私もお姉様も同じお父様の子供よ。それに私も侯爵令嬢になったのよ。何も変わらないわ。同じ人間でしょう」

 「違うわ!私達と貴女は違う。貴女には侯爵家の血が流れていない。それが貴族にとってどれ程大切な事なのかも分からないなんて、やはり生まれは生まれね。どんなに外側を繕っても卑しい育ちは滲み出るのね」

 「酷い!そんな風にいうなんて…」

 「あら、男性に同情してもらう為に涙を流すなんて、かなりの演技派ね」

 「ち…違う。本当に悲しくて、貴女が可哀相で…」

 「私が可哀相ですって…」

 「だって、そんな風にしか人見られない貴女が可哀相…両親に愛されていないのね」

 伯爵令嬢はロゼリナの言葉にカチンときて、彼女の頬を扇で叩いた。

 公衆の面前で伯爵令嬢が侯爵令嬢を侮辱したと、アレンは抗議したが、前侯爵だったシェリーネの祖父が間に入って示談にしたのだ。

 確かに伯爵令嬢も言いすぎている部分はあったが、ロゼリナも悪い。そのお茶会は15才なったシェリーネが初めて主催したものだったのに、ロゼリナは、自分が主催者であるかの様に弁えずに振る舞った結果の諍い。

 その後、祖父は、ロゼリナを侯爵令嬢に相応しくなるよう教育し直せとアレンに命じた。

 なのに、ロゼリナは今も昔の何も変わっていなかった。

 最初はシェリーネもロゼリナを注意したり叱責していたが、彼女はいつも自分の言い分が全て正しいと、シェリーネの言葉を声を呑み込んでいく。いつしかシェリーネは諦めて、ロゼリナを放置した。

 どんなに言葉を尽してみても結局純血の青い血を持つ侯爵令嬢シェリーネと男爵令嬢だった母を持つロゼリナは相容れない関係なのだと位置づけた。

 シェリーネは、ロゼリナの手を振り払いたい思いで一杯だった。

 どうして、そんな嬉しいのか分からない。異母姉の婚約者を奪っておいて、何故平然と笑っていられるのかもシェリーネには到底理解できないものだった。

 どう対処しようかと思案している所に、継母セレニィーがおかしな事を口にした。


 「ねえ、それなら、私のロゼリナがマクドルー公爵家に嫁げばいいのよ。そうすればすべてが丸く収まるわ」

 パンと手を叩いて名案だとばかりに、微笑みながらアレンの方を見て言った。

 シェリーネはその場の空気が冷えていくのを肌で感じながら、ロゼリナとは違った異質なものを見ている気分にされた。そして、その微笑みが薄気味悪く見えたのだ。

 誰もがおかしなことを口走るセレニィーの方を見つめている。あのロゼリナさえも驚いて顔を青くしている。

 勿論、一番顔色の悪いのはアレンだっただろう。今まで一緒に暮らしてきた最愛の妻がここに来ておかしな事ばかり言い出すのだ。アレンには、彼女が偽物のセレニィーで中身をすり替えられたのではと逃避しかかった。

 「ロゼリナがマクドルー公爵夫人になって、シェリーネがシンドラー侯爵になればいいじゃない。そうすれば今まで同じよ。私達も追い出されなくて済むし、ロゼリナの方がマクドルー公爵令息とお似合いよ。だからロゼリナ、セザールをシェリーネに返してあげて…そうすれば皆が幸せになれるの。分かるでしょう?」

 「お…セレニィー…自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 「分かっているわ。だから、こうしてロゼリナを説得しているんじゃあないですか」

 「あ…お母様何を言っているの?どうして私がセザール様と別れなければならないの」

 「だってそうしないと、シェリーネが私達を追い出すと言っているの」

 「本当なの?お姉様」

 「当たり前だろう。シェリーネは正統な侯爵家の後継者だ。結婚したら君らは別に居を構えるのはごく当たり前で自然な事だ。セザール君は分かっていたはずだよね。こうなることは!」

 「それは、頭では理解していました…」

 抑揚のない声で俯きながら、現実を突き付けられたセザールは暗い表情を浮かべていた。

 今まで浮かれていて、どうなるかという事を深く考えていなかったのだ。

 ジュリアスに指摘されて、セザールは夢から醒め始めている。

 追い打ちをかける様に、セレニィーはロゼリナに迫った。

 「いいこと。私達が幸せになる為には、ロゼリナがマクドルー公爵令息と結婚するのが一番いい方法なのよ。ロゼリナならきっと、令息も喜んで迎えてくれるわ」

 「勝手に話を進めないで頂きたい。僕はシェリーネ以外の妻を持ちたいを思いません!ましてや人の物を盗む様な女等絶対にありえない」

 「ひどい…そんな風に言わなくても…」

 「君の特技だな。何処でも泣けるのは。泣けば赦してもらえるのは赤ん坊ぐらいだ。君は成人しているのにそんな事も分からないのか」

 「酷い酷い酷い…」

 ロゼリナは美しい瞳を潤ませて、泣きじゃくっている。その傍らで壊れた玩具のようにブツブツとセレニィーが呟いていた。

 「あの女の娘が幸せになるなんてダメよ。赦せない。折角いなくなるようにしたのに…。邪魔なあの女を…」

 「それは一体誰の事を言っているんだ!!」

 怒気を孕んだ低い声が応接室一杯に響き渡った。

 「伯父様…」

 その部屋に入って来ていたのは、マリウス・コンラード子爵。シンドラー侯爵家の傍系の伯父だった。
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