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大好きな人
しおりを挟むわたくしの名前は、フィーネ・アインバッハ。
アインバッハ伯爵のひとり娘。
緩やかなウェーブの白金の髪に、すこしつり上がったアーモンド型の蜂蜜色の瞳、薔薇の花弁のような唇。きめ細やかな乳白色の膚は触れると吸いつくよう。とは、わたくしを溺愛するお父様ーーランドルフ・アインバッハ伯爵、23歳の談。
え? 父親の歳が若すぎますって? まあ、わたくし現在5歳の美幼女ですもの。それが何か?
ーーーーーーーーー
「おはよう。目が覚めたかい?私のお姫様」
ちゅ。と額にくちづけを落とす人は、いつもは鋭い眼光と眉間の皺、不機嫌そうに曲げた口元と氷点下ブリザードオーラで人を寄せつけない、アインバッハ伯爵。通称『氷瀑の盾』と呼ばれる王太子殿下の近衛騎士さま。
「おはようございます、おとーさま」
甘えた声でその鍛えられた太い首に腕をまわして、唇ぎりぎりにキスを返せば、氷瀑なんてあっと言う間に溶けてしまう。滝どころか、砂糖蜜の泉のようにトロトロに蕩けた顔を赤らめて、ベッドの中でわたくしをぎゅうぎゅうに抱きしめながら、お父様、もといわたくしのランドルフ様は啄むようなくちづけを上唇にくださいました。
あ、やだ!やめないで~
離れていく唇を追って、舌の先でちろっと舐めると、ランドルフ様はびくりと大きな体を揺らして、固まってしまわれましたわ。
やだ、かわいい。どうしよう。
いつもはわたくしが目が覚める頃には登城されていて、なかなか一緒に過ごせる時間がないのだけれど、今日のランドルフ様は非番。ゆっくりベッドの中でいちゃいちゃできるのです。
え、おまえ本当に5歳なのかですって?
もちろんですわ。ただまぁちょっと、前の生をある日うっかり思い出してしまいましたが。
いえ、階段から落ちたとか、頭をぶつけたとか、そんなキッカケではないんですよ。
わたくしが生まれて半年ほどしてから起こった隣国との戦争。王太子殿下が隣国との境の砦に遠征されましたの。当然お父様は殿下と共に出陣されました。
そして、終戦までに約四年。
今から3ヶ月前に、一度も帰っていらっしゃらなかったお父様が、やっとお屋敷に戻られましたの。
わたくしは滅多にお顔を見ることのないお母様と一緒に、乳母に抱っこされてお父様をお迎えしましたわ。
「おかえりなさいませ、おとうさま」
「フィーネか。大きくなったな」
青みがかった黒髪を無造作に背でまとめた、背の高いがっしりとした体躯の男の人。アイスブルーの瞳は氷より冷たくて、わたくしはおどおどと教えられた通りの言葉でお迎えするのが精一杯でした。
応えてくださった声も、感情の乗らない、冷たいというよりひどく無機質で、幼いわたくしは恐怖しか感じられません。それなのにーー。
やだ、いい声~ 腰がくだけちゃう!!
頭の片隅でそんな声がして驚きましたわ。
ええ、最初は意味がわかりませんでした。純真無垢な5歳児ですもの。
けれど、川の水が氾濫するように、次々とかつての記憶がわたくしの中に流れ込んできたのです。
流れ込んできたーーと言いましたが、その記憶には、わたくしの前世のことなどほとんどありません。
大人の女性だったこと。恋人がいたけれど、フラれてしまったこと、がぼんやりとわかる程度です。
思い出した内容の大半は、たぶん生まれる前に、この世界とよく似た小説を読んでいたこと。
タイトルも思い出せないその小説は、恋人にフラれ落ち込んでいた、そんな時に読んだもので…
わたくしは失恋の痛手も綺麗さっぱり忘れて、いわゆる悪役令嬢フィーネの美麗な父君、ランドルフ様にどハマりしていたのですわ。
小説の内容は、教会で育てられていた孤児、ミリア・ランセンが、16歳の時に癒しの力があることが判明し、王立学園に入学。
そこで、王太子の長男、リーフェンド・クレリアと出会い、恋をする、という王道恋愛ファンタジー。
わたくし、フィーネ・アインバッハは、物語の中ではヒロイン・ミリアと同学年の16歳。リーフェンド王子の婚約者という、典型的なヒロインのライバル令嬢なのですわ。
小説内のランドルフ様は、政略結婚の為か冷え切った家庭を顧みる事なく、近衛騎士団長としてのお仕事に没頭する、冷徹なキャラ。
その方が、親娘ほど年の離れたヒロインに少しずつ惹かれ、けれどもちろん、その気持ちは隠したまま、ヒロインを守って亡くなってしまうのですわ。
ヒロインは最後まで彼の気持ちを知る事なく、小説はヒーローとヒロインでハッピーエンド。
まあ、もう少し事件やら政治的駆け引きやら、のエピソードがあったはずなのですが、細かい事は思い出せませんでしたの。
応援ありがとうございます!
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