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さて、葦兵はと言うと、極左組織の仕事に忙殺されていた。まず、「腐った資本主義の誘惑に惑わされるな」と言われてスマホを没収され、ひたすら警察の無線を傍受する仕事ばかりやらされたのだ。しかも、隣には細胞長が張り付いて監視しているから、怪しいそぶりは一切できない。
(くそっ……。覚悟はしていたが、ここまで外部と連絡をとれないとなると、どうやって番田会長に連絡すれば良いんだ? 今のままじゃ、ただ極左組織にいいように使われて終わりだぞ)
そんな葦兵の態度に腹を立てたのか、細胞長はある日、
「葦兵は外部の資本主義的な刺激を恋しがっているようだが、一度、組織に入った以上は、そんなものはきれいさっぱり忘れてもらうぞ。ここでの最大の罪は『追憶』だからな。つまり、過去をなつかしがることだ。それがわからないなら、粛清もあり得るんだぞ」
と威圧的に言って、葦兵の心胆を寒からしめた。葦兵としては、もう脱走したり逆らったりすることは怖くて考えられなくなり、ただ言われるがままに黙々と仕事をこなしていくしかなかった。
葦兵の一日のスケジュールは単調である。日の出前に起き出して、食事以外はひたすら機械を操作して、警察の無線を傍受するのだ。食事はパサパサの飯と油っ気のないおかずだけだったし、風呂も洗濯も三日に一度だ。夜になって無線の傍受の仕事が終わると、就寝まではひたすら、マルクス・レーニン主義の本ばかり読まされる。自由な時間の全くない、まるで収容所みたいな生活だ。ある日、大事に隠し持っていたアニメの美少女のフィギュアを、「資本主義の害毒の産物だ」として、目の前で粉々に破壊されたときには、もう死にたいとさえ思った。だが、同時に、こんなことがまかり通る極左組織に腹が立ってもいた。
(今に見てろよ。何とかして、番田会長に連絡をとって、このアジトごと破壊してもらうからな。そのときが、てめえらの最期だ)
連日、無線の傍受をやっているおかげで、組織の建物の場所はわかっていても、それを番田に連絡する術が無い。無線の傍受の機械は、受信はできても送信はできない、一方通行の機械なのだ。だが、マルクス・レーニン主義の本を読まされている学習室には、一台のパソコンが置いてある。これがインターネットにつないであるのなら、このパソコンから番田のスマホにメールを送ることができるかもしれない。問題は、どうやって極左組織の監視の目をかいくぐってパソコンにアクセスするかだ。実際、パソコンにこっそりアクセスしようとしたやつが、極左組織の巡回に見つかり、リンチされたうえで殺されているぐらいだ。パソコンに触るなら、まずは巡回の目を何とかしてあざむかねばならない。
(そうだ。無線の傍受の機械をいじって、警察の大部隊がアジトに向かっているという、偽の情報を流せば良い。そうすれば、パソコンの警備は手薄になるはずだ)
その日から葦兵は、夜中にこっそり起き出して、無線の傍受の機械に少しずつ細工をするようになった。幸い、メンテナンスのための機材はいっぱいあるし、機械の使いすぎによる劣化を防ぐために、夜中は使わずに機械を休ませて冷やしているのだ。
無線の傍受の機械に細工をし始めてから半月後、ついに細工は完成した。葦兵は朝から、何気ない風を装って機械を操作し始めた。操作し始めてから一時間ほどたつと、警察の大部隊がアジトに向かっているという偽情報が、無線の傍受の機械から発せられる。
「何事だ?」
「それが……。警察の三千人規模の大部隊が、このアジトに向かっているそうです」
「何だと? ここで我々が摘発されるわけにはいかん。我々が警察に捕まるようなことがあれば、政治局は我々の口封じのために、獄中に刺客を送り込んでくるぞ。何が何でも、警察を撃退するのだ。すぐに全兵力を集めよ」
そんな怒号が乱れ飛び、廊下を駆け回る複数の足音が聞こえる。葦兵は、その隙にパソコンにアクセスした。幸い、パスワードは設定されておらず、すんなり起動する。起動の機械音が鳴ったが、バタバタという足音や武器の音にかき消されて、室外には漏れない。葦兵は悠々とフリーメールアドレスを作り、番田のスマホに極左組織のアジトの場所を送信する。
「……やったぜ。これで、今日か明日中には、番田会長たちがアジトに乗り込んでくる。そうしたら、こんな極左組織なんて、壊滅だ」
「何が壊滅だって? 詳しく聞かせてもらおうじゃねえかよ」
思いっきりドスのきいた声に葦兵が振り向くと、そこには青筋を浮かび上がらせてこちらをにらみつける細胞長がいた。葦兵は背筋が寒くなる。冷や汗が一筋、二筋と流れ落ちる。細胞長は有無を言わさずに殴りつけた。葦兵は床に転がる。
「てめえ、大恩ある『日本の斧の会』を裏切るなんて、大それたことをしてくれるじゃねえか。しかし、このパソコンだけがインターネットにつないであるなんて、よく気づいたもんだな。このパソコンだけは、極左組織の本部である政治局からの指令を迅速に受け取るために、特別にインターネットにつないであるんだ。もっとも、身元がバレないように、契約者は、架空の会社になってるがな」
細胞長は葦兵の腹を蹴飛ばす。葦兵は「ゴホッ……ゴホッ……」と腹を押さえて体を丸める。
「おい、誰か、こいつを物置に監禁しておけ。それから、警察の大部隊がむかっているのが事実だとしたら、一大事だからな。警戒は解くな。武器を持てる者は全員、警戒に当たれ。まあ、山の中にあるアジトだ。都会の犯罪者を捕まえるようにはいかないってことを、じっくり教えてやるよ」
細胞長は不敵に笑った。
(くそっ……。覚悟はしていたが、ここまで外部と連絡をとれないとなると、どうやって番田会長に連絡すれば良いんだ? 今のままじゃ、ただ極左組織にいいように使われて終わりだぞ)
そんな葦兵の態度に腹を立てたのか、細胞長はある日、
「葦兵は外部の資本主義的な刺激を恋しがっているようだが、一度、組織に入った以上は、そんなものはきれいさっぱり忘れてもらうぞ。ここでの最大の罪は『追憶』だからな。つまり、過去をなつかしがることだ。それがわからないなら、粛清もあり得るんだぞ」
と威圧的に言って、葦兵の心胆を寒からしめた。葦兵としては、もう脱走したり逆らったりすることは怖くて考えられなくなり、ただ言われるがままに黙々と仕事をこなしていくしかなかった。
葦兵の一日のスケジュールは単調である。日の出前に起き出して、食事以外はひたすら機械を操作して、警察の無線を傍受するのだ。食事はパサパサの飯と油っ気のないおかずだけだったし、風呂も洗濯も三日に一度だ。夜になって無線の傍受の仕事が終わると、就寝まではひたすら、マルクス・レーニン主義の本ばかり読まされる。自由な時間の全くない、まるで収容所みたいな生活だ。ある日、大事に隠し持っていたアニメの美少女のフィギュアを、「資本主義の害毒の産物だ」として、目の前で粉々に破壊されたときには、もう死にたいとさえ思った。だが、同時に、こんなことがまかり通る極左組織に腹が立ってもいた。
(今に見てろよ。何とかして、番田会長に連絡をとって、このアジトごと破壊してもらうからな。そのときが、てめえらの最期だ)
連日、無線の傍受をやっているおかげで、組織の建物の場所はわかっていても、それを番田に連絡する術が無い。無線の傍受の機械は、受信はできても送信はできない、一方通行の機械なのだ。だが、マルクス・レーニン主義の本を読まされている学習室には、一台のパソコンが置いてある。これがインターネットにつないであるのなら、このパソコンから番田のスマホにメールを送ることができるかもしれない。問題は、どうやって極左組織の監視の目をかいくぐってパソコンにアクセスするかだ。実際、パソコンにこっそりアクセスしようとしたやつが、極左組織の巡回に見つかり、リンチされたうえで殺されているぐらいだ。パソコンに触るなら、まずは巡回の目を何とかしてあざむかねばならない。
(そうだ。無線の傍受の機械をいじって、警察の大部隊がアジトに向かっているという、偽の情報を流せば良い。そうすれば、パソコンの警備は手薄になるはずだ)
その日から葦兵は、夜中にこっそり起き出して、無線の傍受の機械に少しずつ細工をするようになった。幸い、メンテナンスのための機材はいっぱいあるし、機械の使いすぎによる劣化を防ぐために、夜中は使わずに機械を休ませて冷やしているのだ。
無線の傍受の機械に細工をし始めてから半月後、ついに細工は完成した。葦兵は朝から、何気ない風を装って機械を操作し始めた。操作し始めてから一時間ほどたつと、警察の大部隊がアジトに向かっているという偽情報が、無線の傍受の機械から発せられる。
「何事だ?」
「それが……。警察の三千人規模の大部隊が、このアジトに向かっているそうです」
「何だと? ここで我々が摘発されるわけにはいかん。我々が警察に捕まるようなことがあれば、政治局は我々の口封じのために、獄中に刺客を送り込んでくるぞ。何が何でも、警察を撃退するのだ。すぐに全兵力を集めよ」
そんな怒号が乱れ飛び、廊下を駆け回る複数の足音が聞こえる。葦兵は、その隙にパソコンにアクセスした。幸い、パスワードは設定されておらず、すんなり起動する。起動の機械音が鳴ったが、バタバタという足音や武器の音にかき消されて、室外には漏れない。葦兵は悠々とフリーメールアドレスを作り、番田のスマホに極左組織のアジトの場所を送信する。
「……やったぜ。これで、今日か明日中には、番田会長たちがアジトに乗り込んでくる。そうしたら、こんな極左組織なんて、壊滅だ」
「何が壊滅だって? 詳しく聞かせてもらおうじゃねえかよ」
思いっきりドスのきいた声に葦兵が振り向くと、そこには青筋を浮かび上がらせてこちらをにらみつける細胞長がいた。葦兵は背筋が寒くなる。冷や汗が一筋、二筋と流れ落ちる。細胞長は有無を言わさずに殴りつけた。葦兵は床に転がる。
「てめえ、大恩ある『日本の斧の会』を裏切るなんて、大それたことをしてくれるじゃねえか。しかし、このパソコンだけがインターネットにつないであるなんて、よく気づいたもんだな。このパソコンだけは、極左組織の本部である政治局からの指令を迅速に受け取るために、特別にインターネットにつないであるんだ。もっとも、身元がバレないように、契約者は、架空の会社になってるがな」
細胞長は葦兵の腹を蹴飛ばす。葦兵は「ゴホッ……ゴホッ……」と腹を押さえて体を丸める。
「おい、誰か、こいつを物置に監禁しておけ。それから、警察の大部隊がむかっているのが事実だとしたら、一大事だからな。警戒は解くな。武器を持てる者は全員、警戒に当たれ。まあ、山の中にあるアジトだ。都会の犯罪者を捕まえるようにはいかないってことを、じっくり教えてやるよ」
細胞長は不敵に笑った。
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