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話は一日前にさかのぼる。そろそろ夏にさしかかろうかという、暑さの厳しくなってきた頃、眼鏡をかけた太った浪人生、火野健作は、大学受験の予備校にも行かずに自宅の畳に寝転がり、自堕落な日々を過ごしていた。両親も最初の頃は「勉強しろよ」と口すっぱくして言っていたが、効果が無いので、最近は諦めてしまい、「勝手に来年も浪人して恥をかけ」と投げやりに言い捨てるだけになっていた。
そんな健作の元に足しげく通っては、雑談相手になっているのが、隣の小さな一軒家に住んでいる美幸婆ちゃん、通称「みゆ婆」である。みゆ婆は健作より頭一つ分ぐらい小さいが、笑うときは「カカカ」と豪快に笑い、逆に怒るときは般若のような形相で怒り狂う二重人格で、近所の子供たちからは、いろんな話を同時に聞いてもらえる聖徳太子のような存在として人気があった。
みゆ婆は健作のおしゃべりに付き合い、健作が興味ある『三国志』の登場人物の話をすると、「ああ、わかる。わかるぞぅ。ウチも昔、『三国志』にハマッておったからのぅ」などと相づちを打ってくれるので、健作も両親が仕事で留守の間は、みゆ婆に話を聞いてもらって気分転換していた。
あるときは、健作が「俺、志望大学に受かる気がしない。死んで、あの世に行きたい」などと言い出すので、みゆ婆が「バカ者がぁ! この世で幸せになれんやつが、あの世で幸せになんぞなれるかッ!」と大音声で一喝したこともあった。
そんなある日、健作がいつものように、みゆ婆とスイカを食べながら『三国志』の話をしていると、ふいに開け放していた窓の外が、ピカッとまぶしく光った。
「うわああああっ! 何だ、この光は?」
「ウチにもわからん。七十年も生きてきて、こんな光を見るのは初めてじゃ」
白く輝く光はどんどん大きくなり、健作の部屋を飲み込んでしまった。あまりの急な出来事についていけず、健作は気を失う寸前、見知らぬ何者かの声が聞こえた。
「よく聞け。そなたは過去に行き、潤之の誤った政道を正さねばならぬ。わらわは潤之がいかに多くの罪も無い人民を殺してきたか、つぶさに見てきた。それもこれも、潤之の如き大悪人が天下をとったからこそじゃ。潤之は、天下をとるまでは英雄だったが、その後は大悪人の本性をむきだしにしおった。かつて曹操は、乱世なら英雄、平和な時代なら大悪人と言われたが、潤之はまさにそれじゃ。そこで、そなたには潤之が天下をとった直後にタイムリープしてもらう。見事に潤之の政道を改めてみせよ」
声はそこで途切れた。声の質から察するに、凛とした女性のようだ。
(おいおい、潤之って誰だよ? だいたい、俺みたいな一介の浪人生が、天下をとった潤之とやらの政治を、どうやって改めれば良いんだ? 下手に逆らえば、俺のほうが殺されちまうよ……)
健作はグダグダ考えながら、気を失ってしまった。
そんな健作の元に足しげく通っては、雑談相手になっているのが、隣の小さな一軒家に住んでいる美幸婆ちゃん、通称「みゆ婆」である。みゆ婆は健作より頭一つ分ぐらい小さいが、笑うときは「カカカ」と豪快に笑い、逆に怒るときは般若のような形相で怒り狂う二重人格で、近所の子供たちからは、いろんな話を同時に聞いてもらえる聖徳太子のような存在として人気があった。
みゆ婆は健作のおしゃべりに付き合い、健作が興味ある『三国志』の登場人物の話をすると、「ああ、わかる。わかるぞぅ。ウチも昔、『三国志』にハマッておったからのぅ」などと相づちを打ってくれるので、健作も両親が仕事で留守の間は、みゆ婆に話を聞いてもらって気分転換していた。
あるときは、健作が「俺、志望大学に受かる気がしない。死んで、あの世に行きたい」などと言い出すので、みゆ婆が「バカ者がぁ! この世で幸せになれんやつが、あの世で幸せになんぞなれるかッ!」と大音声で一喝したこともあった。
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「うわああああっ! 何だ、この光は?」
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白く輝く光はどんどん大きくなり、健作の部屋を飲み込んでしまった。あまりの急な出来事についていけず、健作は気を失う寸前、見知らぬ何者かの声が聞こえた。
「よく聞け。そなたは過去に行き、潤之の誤った政道を正さねばならぬ。わらわは潤之がいかに多くの罪も無い人民を殺してきたか、つぶさに見てきた。それもこれも、潤之の如き大悪人が天下をとったからこそじゃ。潤之は、天下をとるまでは英雄だったが、その後は大悪人の本性をむきだしにしおった。かつて曹操は、乱世なら英雄、平和な時代なら大悪人と言われたが、潤之はまさにそれじゃ。そこで、そなたには潤之が天下をとった直後にタイムリープしてもらう。見事に潤之の政道を改めてみせよ」
声はそこで途切れた。声の質から察するに、凛とした女性のようだ。
(おいおい、潤之って誰だよ? だいたい、俺みたいな一介の浪人生が、天下をとった潤之とやらの政治を、どうやって改めれば良いんだ? 下手に逆らえば、俺のほうが殺されちまうよ……)
健作はグダグダ考えながら、気を失ってしまった。
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