お兄ちゃんのことが好きすぎて困ってしまう件

王太白

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 それ以来、優菜は道教や儒教の解説書を読んではみたが、いまいち小説のネタになる話が出ていなかった。何より、孔子の言う「仁」というものが何か、理解できなかったのだ。
(インターネットで調べても、仁の意味をはっきり説明してないんだよな……。私の気になる言葉に限って、どこにも載ってない)
 実際、孔子自身でさえ、仁を定義できなかったほど、仁の意味はあいまいだ。孔子は弟子に「仁とは何ですか?」と尋ねられて、「忠のようであり、孝のようであり……」と言葉をにごしている。
(えーっと……忠は真心、孝は親孝行のことだけど……じゃあ、仁って何だ?)
 優菜は優斗に尋ねてみた。
「ごめん。俺もよくわからないんだ。たぶん、大学生でもわからないと思うぜ」
 優斗はオンラインゲームの手を止めて謝った。優菜はガッカリして、うなだれる。
「でも、優菜も面白いところに目をつけたな。これは掌編にしたら、良いものが書けるかもしれないぞ」
 といっても、『三国志』も読んでない優菜には、仁の概念が全くわかないのだ。『三国志』なら、主人公の劉備が仁義に厚い君主なのだが。
(とりあえず、孔子が美徳の一つに数えている以上、良い概念であるのは確かだろうけど……)
 いろいろ調べたりしてわかったのは、仁とは圧政の対義語だということだけだ。「仁政」という言葉もあるぐらいである。
 まだ意味が充分に飲み込めないので、優菜は再び優斗に尋ねに行った。
「仁政って、どんな政治なの? 例えば、武力で人々を押さえつけて財産を搾取している悪人どもを倒して、皆で平和的に民主的に統治すること?」
 優斗は少し考えこんだ。
「それも正しいけど、絶対的な仁政じゃないと思う。優菜の言うように民主的に統治するとしても、少数派をいじめて多数派が得をするのは、本当に仁政と言えるかい? 例えば、学校でのイジメとかは、どう思う? いじめっ子がどんなにひどいイジメをしても、いじめっ子の人権ばかり尊重して、刑罰を科さないのが、本当に仁政と言えるか?」
 優菜はハッとなった。優斗は真顔で続ける。
「優菜が気づいた通り、仁政の概念は人それぞれだ。人権派の弁護士が言うような、いじめっ子の人権ばかり尊重して、いじめられっ子を法律の力で守らないことが、本当に仁政と言えるか? そうやって、いじめっ子を守る法律が少年法だ。少年法があるために、いじめっ子に刑罰を科せられない」
「でも、いじめるのって、日本人の中では少数派じゃん。多くの日本人は、イジメをやめさせたいと思っているんじゃない?」
「優菜の言う多くの日本人ってのは、被害者が愛情にも経済的にも恵まれた普通の家庭で育った人々である場合だけ、イジメをやめろと言えるんだ。もし、被害者が凶悪な殺人犯の子供だったら、優菜なら、その子をいじめるなと声高に言えるか? そんなことをしたら、優菜までがイジメの標的になるぞ」
 優菜は、うつむいて考えこんでしまった。
「仁政ってのは、誰に対して行うかで、意味合いは違ってくるんだ。優菜が小説を書くときに、最も気をつけねばならないのが、そこだ」
 優斗が言い終わると、優菜は考えこみながら部屋を出た。自室で原稿用紙に向かってみても、簡単には物語を思いつかないのだ。
「あるところに、二郎くんという男の子がいました。二郎くんはいじめられっ子です。いつも上履きを隠されたりしています。いじめられる原因としては、二郎くんが女の子の水着を盗んだといううわさが広まってからです。二郎くんはうわさを事実無根だと否定しましたが、二郎くんの家は貧乏なので、こづかい稼ぎのために水着を売り飛ばそうとしたのではと疑われてしまいました。もちろん、イジメはだんだんひどくなっていき、暴力も頻繁にふるわれるようになっていきました。二郎くんは抵抗する気力もすっかり失せて、毎日ただ耐えているだけです。一時は自殺しようかとも思いつめていました。そんなとき、転校してきた華子さんが『皆、二郎くんをよってたかっていじめて、恥ずかしいとは思わないの?』と声を上げました。ところが皆は『二郎くんは女の子に悪いことをしたんだ。つまり仁とは逆の卑劣な悪行だ。だから、おれたちが天に代わって裁いてるのさ』と言い張ります。華子さんはひるまずに『その行いは仁と言えるの? 本当の仁なら、二郎くんを言葉で諭すべきでしょう? 違う?』と、凛とした口調で反論しました。しかし、いじめっ子は数の力をたのみにしているので、華子さん一人では太刀打ちできません。華子さんは、この問題を担任に訴えましたが、職務怠慢な担任は何もしてくれなかったので、校長や教育委員会にも訴えました。こうして、いじめっ子たちは皆、停学や罰金などの厳罰に処されました。中には学校にいられなくなって転校していったいじめっ子もいました。個人への仁をかかげた、華子さんの完璧な勝利です。二郎くんも、久しぶりにホッとした表情を見せ、『僕は自殺しなくて良かった。華子さんに救われただけではなく、自殺は何も生まないからだ』と、華子さんにお礼を言いました。華子さんはニッコリ笑うと、『友達になろう』と言いました」
 二日間も考えこんで、優菜はようやく書き上げた。早速、優斗に見せに行く。
「以前よりは長く書けるようになったな。出来も良くなっている。でも、これぐらいの掌編なら、二日ではなく一日で書けるぐらいじゃないと、作家にはなれないぜ。ライトノベル作家なら、このぐらいは一日かからずに書き上げるだろうからな」
 優斗は相かわらず辛口の批評をしたが、優菜は上達したと言われて、素直に嬉しかった。
「上達するには、とにかく一作でも多く書き続けることだ。漫画家なんて、修行時代は週に数本は短編の下書きを書いていたそうだからな。それは小説家も同じだ」
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