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 優菜はまず、中立を守っている女子グループを統合する方法を考えた。手始めに眼鏡をかけた地味系の亜美子ちゃんの五人グループに接触してみる。
「このままだと、川上くんのグループに攻撃されて、吸収されちゃうかもよ。その前に手を組もう。私と一緒に第三極を立ち上げるんだ」
「そりゃ、ウチらだって、川上くんを嫌いだし、中原くんは嫌いじゃないけど、自分が人気があることを鼻にかけていて、いまいち好きになれないのよね。できれば、優菜ちゃんが言うように第三極を立ち上げたいけどさ。具体的にどうすんのよ?」
「私が歴史研究グループを立ち上げる。内容は主に中国史並びにインド哲学史。他には近代史を若干。それでどう?」
 優菜は、徹夜でインターネットからダウンロードした、三国志の武将たちの画像を見せた。鎧を着た姿は、どれもかっこいいと素直に感じたからだ。
「どう? 古代中国の鎧や武器って、かっこよくない?」
「そりゃ、かっこいいけどさ……。時代背景がよくわからないんだよね。三国志って、具体的に何を目指した話なの?」
 優菜は一瞬、言葉につまった。そもそも、天下統一を目指すということ自体が、優菜にはよくわからないのだ。
「ほら、優菜ちゃんだって、三国志の目標をちゃんと説明できないじゃん。いるのよね。こういう、話の意味もわからないのに、無価値なものを価値があるように大げさに持ち上げるやつって」
「いや、価値ならあるよ。現代の政争にも応用できるんだから……」
 優菜は一生懸命、言葉をつなごうとした。少数民族の話でも持ち出そうかと思ったが、子供には難しい。
「例えば、私たち個々のグループの力では、川上くんに勝てないけど、小さなグループを統合すれば、川上くんに対抗できる勢力になれる。その後、中原くんと連合して川上くんを倒して、私たち女子の連合グループの力でクラスを平和にする。もちろん、中原くんと川上くんのグループ両方を押さえ込んで、好き勝手させない。これがうちのクラス版の天下三分の計よ」
 優菜は思いつくままに言った。女の子たちは「う~ん……」と考えこんでいたが、やがて、「わかったわ。優菜ちゃんに協力する」と言った。優菜は天にも昇る心地だった。もっとも、協力を申し出たのは、最初に接触した亜美子ちゃんのグループだけで、他のグループは、「はぁ? 何で協力しなきゃいけないわけ?」と冷淡だったが。優菜は作戦を練り直さねばならなかった。
(亜美子ちゃんのグループは、歴史の本を読んでいる読書家もいるから、三国志が理解できたけど、他のグループは、おしゃれとか映画とかに興味ある活発なグループだから、三国志なんかの歴史小説には興味ないだろうな。なら、攻め方を根本的に変えてみないと)
 優菜は、三国志の武将のイラストを描く練習から始めることにした。鎧のかっこよさだけを訴えてみても、いつも同じポーズのイラストしか見せないのでは、面白くない。いろんなポーズのイラストを描き分けられてこそ、興味を惹けるのだ。
 そうと決まれば早速、書店で漫画の描き方の本とノートを買い、本格的に絵の練習を始める。もっとも、自力では限界があるため、優斗にポーズをとってもらっては、それを描き写す練習もした。いつしか、優菜の右手は、常にシャーペンの芯にこすれて、黒っぽい汚れがついている状態になった。
「優菜は根をつめすぎだよ。そんなに必死で絵の練習ばかりしても、急には上手くならないって。息抜きも大事さ」
「そりゃ、お兄ちゃんから見たら、無理をしているように見えるかもしれないけどさ。私はけっこう楽しいんだよ。漫画で三国志を読むだけでも面白いけど、実際に自分で描いてみると、今まで以上に登場人物に愛着がわくんだ。馬超とか黄忠とか、自分で自在に動かしてみたいじゃん。それに、いつかは自作の小説の挿絵も描いてみたいしさ」
 優菜は屈託なく笑った。
「よし、それなら、思う存分やってみろ。それぐらい強い気持ちがあれば、他のグループの心も動かせるかもしれないな」
 優菜は描き続けた。様々なポーズの人物を描いているうちに、脳内で人物が勝手に動き始め、短い話が浮かんでくるのを感じる。劉備は「万民全て生を楽しむことのできる国」を作ろうとしたが、具体的にどこをどうしようと動くのかが、少しずつ浮かんでくるのだ。
「理想の国を作るなら、まずは防衛を考えなくちゃならない。自国が敵に占領されたら、自分の政策を実現できないもんね。防衛のためには、侵略をくわだてる他国を占領することも必要だな。中立はあり得ない。中立を保つには、それだけの力が必要になる。結局、防衛のためには、戦いが必要なんだ」
 数日後、優菜は学校で、亜美子ちゃんに自分の考えを話した。
「う~ん……。前よりも防衛について考えられてはいるけど、これじゃ、修羅道に堕ちたのと同じじゃない? 優菜ちゃんは、自国を守るためには、永遠に他人と戦い続けるの?」
 優菜は再び答えにつまった。
「どんな戦いでも、戦うには理由が必要だよね。特に物語の中ではさ。でないと、民が納得しないし、下手したら仲間内で反逆されるよ。諸葛亮だって、弱小国である蜀の平和と独立を目指して戦ったんでしょ? そういうのは、アメリカに挑戦したイラクのフセインとかと同じじゃない?」
 優菜はまた、行きづまってしまった。それに対し、亜美子ちゃんは対案を提示する。
「あのさぁ、優菜ちゃんは難しく考えすぎなんじゃない? 劉備や諸葛亮みたいに、国のためとか、民のためとかじゃなくても、個人的な欲望や感情で動いても良いのよ」
 優菜はハッとした。早速、インターネットを繰ってノートに自分の考えをまとめてみる。
「例えば、自分の劣等感の裏返しに大義を唱えるとか、かなぁ? 毛沢東が師範学校しか行けなかったから、高学歴の知識人を病的に憎んでいたとか。毛沢東夫人の江青が、結婚前に女優だった頃に、既婚の男たちと不倫ばかりしていたから、その不名誉な過去を知っている女の娘である孫維世を殺したとか。これって、農民から王にのし上がった陳勝が、農民だった卑しい過去を知っている者を危険視して殺したのにそっくりだわ……」
 いつの間にか、優菜は中国史に詳しくなっているのに気づいた。儒教では、人間の守るべき礼節は、いつの時代も決して変わらないと規定しているのだ。孔子が亡くなった後も、陳勝から江青に至るまで、守るべき礼節をまるで守らない小人だったから、悲惨な最期を遂げたことになる。実際、陳勝は秦軍に負けて部下の裏切りで殺され、江青は政敵である華国鋒などに捕らえられて終身刑になっている。
 毛沢東は大人物だったとされているが、優菜には何がどう大人物なのか、理解できなかった。
「毛沢東ほど本を読んだ皇帝はいなかったと書いているけど、本を読んでると諸葛亮の墓の副葬品が少ないことを読んでないのかな? 何で、ぜいたくばかりできたんだろう?」
 もっとも、これまでのヒントで、中原派と川上派の対立を仲裁する準備は整いつつあった。優菜は、中原くんと川上くんの性格を長所と短所に書き分け、個々の対処法を書き連ねてみた。
「まず、川上くんは、人気で中原くんにかなわないから、劣等感が強い。心が渇いているんだよね。……これって、毛沢東と同じじゃん。低学歴だから高学歴の者を病的に憎んでいた、みたいな。なら、川上くんには、まず自分の短所に目を向けてもらおう。心が渇く原因が劣等感だってことに。その劣等感は、中原くんみたいに金持ちではなく、お菓子も作れないことから生じるもの……。それなら、貧しい家庭でもできる趣味を見つけないと、他人をいくら思い通りに自派に引き入れても、むなしいだけ。でも、女子と仲悪い川上くんには、ただでは話さえ聞いてもらえないだろうし、何か、近づくきっかけがないと……」
そこで、優菜は亜美子ちゃんのグループを連れて、川上くんグループの内海くんに、再び接触してみることにした。亜美子ちゃんグループは当初、「え~、面倒くさいわ」と言っていたが、優菜が「これで川上くんが話し合いに応じれば、グループの存在感も高まるから」と頭を下げて頼んだので、しぶしぶ承諾したのだ。それでも亜美子ちゃんは心配性なので、グループの一人に「他のグループの女子たちに、優菜ちゃんの計画を話して、味方につけておいて」と命じておいた。
 やがて、内海くんは廊下で見つかり、優菜が川上くんとの話し合いのために用意した案について、説明を受けた。内海くんは興味深そうに聞いてはいたが、いざ優菜が「じゃあ、川上くんと話し合いたいから、呼んできて」とお願いすると、たちまち男子トイレに逃げ込んでしまった。いきなりのことに、優菜は呆然と立ち尽くす。
「仕方ないよ。川上くんのグループは大人数だから、内海くんも正面から逆らうのは怖いんだろうね。まあ、ウチのグループの女子が、優菜ちゃんの案を持って、他の女子のグループを説得しに回ってるから、もう数日待ってみようよ」
 亜美子ちゃんがなだめるので、その日は優菜も引き下がることにした。それから数日かけて、優菜は中原くんの対処法をまとめ始めた。
「今のところ、中原くんは川上くんと違い、クラス内で一番の人気者だが、お菓子を作れたり、家が金持ちなのを鼻にかけているので、それを不快に思い、川上くんに多かれ少なかれ味方する男子は何人もいる。まず、中原くんには、もっと謙虚になってもらわないと。お菓子を作れるのは、たまたま教えてくれる人がいたからだし、家が金持ちなのも偶然だし、それは他人を見下す理由にはならない。満腹な者に飢えた者の気持ちはわからないんだ。もちろん、私みたいな満腹でない者にも、飢えた者の気持ちはわからないけど。でも、中原くんは、お菓子も作れないし金持ちでもない子の気持ちを想像するべきだわ。まあ、中原くんは川上くんより紳士的で女子にも優しいから、話をするのは難しくないけど」
 翌日、優菜は一人で中原くんに声をかけてみた。川上くんと違って、中原くんは男女に公平に接してくれるためだ。中原くんは、ヒョロリと背の高い、痩せぎすの男子である。
「誰かと思えば、秋月さんじゃないか。僕に何か用かい? 何なりと話してくれよ」
 中原くんは少し饒舌にしゃべる。優菜は前日に心中で反芻した内容を話し始めた。
「中原くんは今、川上くんと仲悪いよね。どうして同じクラス内でいがみ合うの?」
「おいおい、人聞きが悪いなぁ。僕は皆に優しくしているつもりだよ。そうやって皆で仲良く平和にやろうとしているのに、川上くんはそれがわからないから、僕に挑戦してくるんじゃないか。それに対して、僕が防衛のために派閥を作るのの、どこが悪いんだい?」
「いや、私は防衛が悪いって言うつもりはないの。ただ、争いは争いを生むだけだと理解してほしいのよ。結局、行き着くところは、アメリカからイラクを守ろうとしたフセインみたいになるんじゃない?」
 言い合ううちに、二人の問答を聞きつけて興味を惹かれたのか、クラスメイトがわらわらと二人のそばに集まってきた。中原くんは議論の主導権を優菜に握られ、答えに窮している。優菜は衆目を集めている中で、ここぞとばかりにたたみかける。
「とにかく、中原くんは、川上くんときちんと話し合ってほしいの。話し合いの無い防衛なんて、修羅道に堕ちたのと同じことよ。敵を作るつもりなら、敵は永久に無くならないわ。どこかで落としどころを作って和解しようよ」
「そりゃ、僕だって和解できるものならしたいよ。でも、川上くんの好戦的な目つきや行動を見ると、どうしても怖くなって、派閥の男子の背後に隠れてしまうんだ。こんな状況で、どうやって和解だの話し合いだのをやれって言うんだよぉ……?」
 優菜は返答につまった。いくら「平和とは自分の心を平和にするところから始まる」と謳ってみても、相手の武力を怖がっている者には、何の足しにもならないのだ。
「とにかく、僕は川上くんが武力を放棄しない限り、川上くんと和解できない。逆に、川上くんのほうから和解をもちかけてきたら、喜んで応じる用意はあるぞ」
 中原くんの言葉に、優菜は少しホッとした。優菜としては、徹底抗戦も辞さないと言われる可能性も覚悟していたからだ。
「わかったわ。なら、川上くんが譲歩してきたら、きちんと話し合いに応じてよ。ここにいるクラスの皆が、中原くんの言葉の証人だからね」
 優菜の宣言により、中原くんのほうは和解の用意ができた。
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