若輩当主と、ひよっこ令嬢

たつみ

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必然の再会 2

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 玄関ホールに、2本の柱が現れた。
 柱と柱は、人が2人から3人横並びで通れるくらいに離れている。
 点門てんもんという魔術だ。
 特定の点と点を繋ぐことで、移動を可能にする。
 点がありさえすれば、どれほど遠くの場所でも、即座に行けるのだ。
 
 ロズウェルド王国は、この大陸で、唯一、魔術師のいる国ではある。
 とはいえ、移動系の魔術の中でも、点門は、かなり難易度の高い魔術だった。
 魔術師なら誰でもが、門を開けるというわけではない。
 失敗すれば、どこに飛ばされるかわからない危険な魔術なのだ。
 
 門の向こうに、繋がった先の景色が見える。
 すぐに2人の人物が門を抜け、姿を現した。
 直後、柱が消える。
 
「お帰りなさいませ、旦那様」
 
 先に姿を現した相手に会釈をする。
 点門は難易度が高く危険な魔術だが、この屋敷の主は、とても気軽に使うのだ。
 部屋の扉を開くよりも簡単だと言わんばかりに。
 
 ジェレミア・ローエルハイド。
 
 黒髪、黒眼の公爵家当主は「人ならざる者」と呼ばれている。
 どんな魔術師とも、その性質を異にしているからだ。
 魔術師として優秀であればあるほど、その脅威を悟り、畏怖せずにいられない。
 むしろ、魔力を持たない者のほうが、脅威を感じずにすむほどだった。
 
 公爵は、多少の皮肉っぽさはあれども、ユーモアの持ち合わせがあり、穏やかな人物だとされている。
 夜会も含め、公の場には滅多に姿を現さないことで、本質を知らない者のほうが多いということもあった。
 ごく稀に姿を現しても、たいていの場合、公爵は軽口を叩いてばかりいるので。
 
「準備は整っているだろうね?」
「なにもかも整えてございます」
 
 公爵が、ひょこんと眉を上げてから、軽くうなずいた。
 そして、後ろにいた、もう1人の肩を抱き、隣に導く。
 公爵の背が高いこともあり、相手の頭は公爵の肩にとどくかどうかというところにあった。
 
「アシュリー、ここはアドラント領にあるローエルハイドの屋敷だよ」
 
 ローエルハイドは公爵家であり、王都にも屋敷を持っている。
 領地のほとんどは領民のいない森だが、アドラント領だけは違っていた。
 元は、ひとつの国であったアドラントの第1皇女とローエルハイドの当主が婚姻した際、ロズウェルドに併合されたのだ。
 そのため、元アドラント国民は、そのまま領民として受け入れられている。
 
「王都の屋敷も居心地はいいが、招かれざる客が来ることもある。ここのほうが、落ち着いた暮らしができると思ってね」
 
 ローエルハイドの屋敷を、直接、訪れる者は少ない。
 が、王都の屋敷に、時折、人が訪ねて来るのは事実だった。
 対して、アドラント領は、ロズウェルドの法治外となっており、よほどのことがない限り、訪ねて来る者はいないのだ。
 
「では、この2人を紹介しておこう。今後、きみの世話をする者たちだ」
 
 青色の瞳が、示された2人の間で視線を行き来させている。
 怯えた様子がないことに、内心では、安堵していた。
 
「彼は、ジョバンニ。ローエルハイドの有能な執事でね。わからないことや、知りたいこと、やってほしいことは、彼に頼めばいい。それから、彼女はリバテッサ。きみのメイドだよ。彼女は15歳で、歳も近いから、話も合うのじゃないかな」
 
 ジョバンニは、茶色の髪と青い瞳の彼女を見つめる。
 あれから4年が経っていた。
 ジョバンニが知る彼女と比べると、成長し、大人になったと感じる。
 
 アシュリリス・セシエヴィル。
 
 あの日、ジョバンニが守り切れなかった女の子。
 彼を守ろうとし、まだ十歳という幼さで命を落としかけたのだ。
 この4年の間も忘れることなく、思い出すたび、キリキリと胸を痛ませてきた。
 だが、彼女は、こうして生きている。
 
「執事のジョバンニでございます、姫様」
 
 胸に手をあて、会釈をすると、アシュリーが視線をさまよわせた。
 戸惑っているらしい。
 理由は、敬称にあるとわかっている。
 
 通常、伯爵家以上の爵位の令嬢は、勤め人から「姫様」などと呼ばれる。
 外の者からは名に「姫」とつけて呼ばれることが多い。
 だが、子爵家と男爵家は、低位の爵位となるため「お嬢様」や「嬢」での敬称が一般的なのだ。
 
 ジョバンニも、以前は、アシュリーを「お嬢様」と呼んでいた。
 とはいえ、すでに彼女の立場は変わっている。
 これからは、こうした変化にも慣れていくに違いない。
 そのための2年なのだから。
 
「きみは、婚約者だからねえ。子爵家にいた頃とは、呼びかたも変わるのさ」
「そう、ですか。でも……なんだか気後れがします。分不相応な感じがして……」
 
 きゅっと、ジョバンニの胸が締めつけられる。
 この4年の間、アシュリーと関わることはなかった。
 ほんの数日前まで、16歳以前の彼女と会う機会はないと思っていたのだ。
 そのため、彼女がどんな毎日をおくっていたのかを、彼は知らずにいる。
 
(以前のお嬢様は、もっと快活なかただった。爵位について学んだからだとしても消極的に過ぎる)
 
 4年間の子爵家での暮らしが、アシュリーから快活さを奪ったらしい。
 関われなかったのはしかたがないのだが、どうしても口惜しくなる。
 彼女の両親は、ジョバンニがいた頃から、彼女に関心を示していなかった。
 おそらく、彼が去っても変わらなかったのだろう。
 
「姫様、私のことは、どうぞリビーとお呼びくださいませ」
 
 淡い金髪に薄茶の瞳をしたリビーは、半年ほど前からメイドとして勤めている。
 勤め人の雇い入れは、ジョバンニの役目だ。
 ローエルハイド特有の「履歴書」を書かせ、選別をしている。
 
 だが、リビーは、公爵が直々に「拾って」きた。
 ローエルハイドには長く勤める者が多い。
 婚姻後も、望めば仕事を続けられるからだ。
 結果、アシュリーと歳の近いメイドは少なかった。
 きっとアシュリーが委縮しないようにとの配慮から、事前に準備していたのだ。
 
「今夜は、もう遅い。屋敷の案内やなんかは明日にして、今日は、もうお休み」
「はい……ジェレミー様」
 
 公爵は微笑んだが、ジョバンニは、わずかな不快感をいだく。
 アシュリーが公爵を愛称で呼んだことに、心の引っ掛かりを感じた。
 それでも、その不快感を即座に振りはらう。
 公爵は、ジョバンニの絶対的な主なのだ。
 命を助けられたからという以上に、信頼を置いている。
 
「ジョバンニ、リビー、アシュリーを頼んだよ」
「かしこまりました」
「精一杯、お仕えいたします」
 
 リビーとともに、公爵へと頭を下げた。
 顔を上げた時には、すでに公爵の姿はない。
 いつものことだ。
 
 とはいえ、アシュリーにとっては「いつものこと」ではなかった。
 周囲を、きょろきょろと見回している。
 不安が、その瞳に漂っていた。
 
「お気にされることはございません、姫様。旦那様は、いつもあのような具合で、ふいっと消えてしまわれるのです」
「そうですか……」
「そうですよ。姫様がなにかされたから、ということではありません」
 
 リビーは勘がいい。
 アシュリーの不安を察して、すかさずジョバンニに追随してくる。
 リビーが笑ったからか、アシュリーも、ホッとした様子を見せていた。
 これならうまくやれるだろうと、ジョバンニも安心する。
 
「それでは、お部屋に、ご案内いたします」
 
 手で示しながら、アシュリーを促した。
 4年前であれば、抱き上げて部屋まで運んでいたはずだ。
 だが、あの頃と同じようにはできない。
 
 アシュリーの記憶に自分がいないことを、ジョバンニは知っている。
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