いつかの空を見る日まで

たつみ

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第1章 彼女の言葉はわからない

結果の是非 4

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 フィッツの乗っていたホバーレが、急停止した。
 と思ったら、速度を上げて後退する。
 ホバーレ自体は前を向いているのに、進行方向は逆。
 砂煙を上げ、逆走して行く。
 
 フィッツより後ろにいたホバーレの間を抜け、落ちた操縦者に近づいていた。
 その動きに、周囲の操縦者たちは、虚を突かれたのかもしれない。
 なにも仕掛けては来ず、フィッツを追い抜いて行く。
 
「奴は、なにをしている。このままでは、自分の身も危うくなるぞ」
 
 皇太子が顔をしかめ、そう言った。
 そして、レーンを指さす。
 示されたほうへと視線を向け、息をのんだ。
 
 落ちた操縦者とフィッツしか見ておらず、わからずにいたが、先頭にいた操縦者が、レーンを回り、2人に近づいている。
 フィッツは後退したため、周回遅れになっているのだ。
 先頭は、アトゥリノのルディカーンだった。
 
「この間、奴に蹴り飛ばされた返礼をする気だな」
 
 言われなくても、気づいている。
 ルディカーンは、腰に下げていた剣を抜いていた。
 その周りにいたアトゥリノ勢には銃を手にしている者もいる。
 フィッツは周回遅れになっていて、自軍の勝利とは関係ないはずだ。
 蹴落とす必要はないのに、報復目的で攻撃しようとしている。
 
「フィッツは、大丈夫だよ」
 
 視線を、フィッツに戻した。
 フィッツは、落ちた操縦者へと体をかしがせ、ひょいっと片腕で引き上げる。
 小柄だったのが幸いだ。
 1人用のホバーレらしかったが、なんとか2人で乗れている。
 
「大丈夫ではないだろう。取り囲まれるぞ」
「大丈夫なんだよ」
 
 フィッツの使命は「カサンドラを守り、世話をすること」なのだ。
 使命を果たせなくなるようなことを、フィッツはしない。
 いかにカサンドラの命令であろうと、従わないと知っている。
 彼女に、絶対服従するわけではなかった。
 フィッツは、いつだって「使命」を優先する。
 
 だから、大丈夫なのだ。
 
 勝算がなければ、カサンドラの呼びかけも無視して、試合を続行しただろう。
 応えたということは、自らの命に危険がおよぶことはないと判断したからだ。
 カサンドラ以外の者のために命を懸けるような真似を、フィッツはしない。
 
「2人も乗っていれば速度が上げられなくて当然だ。見ろ、追いつかれた」
 
 確かに、フィッツのホバーレは、大幅に速度を落としている。
 左横に並んできたルディカーンが、剣を振り上げた。
 同時に右横と後ろも、アトゥリノ勢に囲まれる。
 4人が銃を抜いていた。
 
(なに? 今、なんか……)
 
 フィッツの手が、わずかに動いた気がする。
 けれど、速過ぎて、よく見えなかった。
 おまけに、フィッツの体には、あの小柄な操縦者がしがみついている。
 落ちたショックからなのか、足に力が入らないらしい。
 
「なぜけんのだ!」
 
 皇太子が、いささか慌てたように声を荒げた。
 ルディカーンの剣が、フィッツの首にとどきかけている。
 
 きらん。
 
 なにかが光った。
 同時に、ぶんっと、フィッツのホバーレが右旋回する。
 盛大に上がった砂煙の中、フィッツが、ルディカーンの手首を掴んでいるのが、一瞬、見えた。
 
 遠心力はそのままに、フィッツはホバーレごとルディカーンを右へと引き回す。
 そういえば、銃を持った奴らはどうなったのかと、視線をあちこち向けてみた。
 4人とも、なぜか銃を手放そうとしている。
 手を上下に振り、必死の形相だ。
 
 が、銃を手放すまでもなかった。
 フィッツに振り回されたルディカーンのホバーレが、右のホバーレにぶつかる。
 そのぶつかった2台が、後ろにいた2人にぶつかった。
 ガシャンともグシャンともつかない大きな音が、競技場内に響く。
 
 もうもうと砂煙が勢いを増していた。
 後ろから追走していた、ほかの操縦者は転がっているルディカーンたちをけ、なんとか走行を続けている。
 とはいえ、砂煙のせいで、互いに軽い衝突を繰り返し、速度低下は否めない。
 
「ほらね」
「さっきの光……なにか銃に作用したようだったが……」
 
 皇太子が首をひねっていた。
 試合よりも、光のことに意識が向いているようだ。
 
(まずいのかな? あれって、たぶんラーザの技術だよね。あとから、あれはなんだったかって聞かれると……まぁ、もう関係ないか。どうせ逃げるんだし)
 
 アトゥリノ陣営は総崩れ。
 優勝の望みは、もはや、ない。
 リュドサイオとベンジャミン+デルーニャ勢の戦いになる。
 フィッツは周回遅れだし。
 
「この分だと、ベンジーが優勝するんじゃない?」
「ん? いや、どうかな。見てみろ」
 
 視線を彷徨わせた先で、フィッツが、拾った操縦者を、ぽいっと、レーンの外に放り投げていた。
 怪我はしていなさそうだったけれども。
 
 実に、フィッツらしい「無関心」ぶりだ。
 
 死なせなければ十分、くらいに思っているに違いない。
 すでに、あの操縦者のことなど頭から消しているのだろう。
 1人に戻ったフィッツのホバーレが、速度を上げる。
 
「でも、まだ半周以上、差があるじゃん。追いつけないと思うけどなぁ」
 
 正直、勝敗には興味がなかった。
 人死にが出ず、フィッツが無事であれば、上出来なのだ。
 もとより、フィッツには「優勝しなくていい」と言ってある。
 フィッツだって優勝を目指してはいないはずだ。
 
 たぶん。
 
 にしては、速度が上がっている気がしなくもない。
 あれあれと思う間に、リュドサイオの後続に追いつく。
 リュドサイオの陣営は、手出しするなと言われているからか、フィッツと距離を取ろうと左右に展開。
 
 その間を擦り抜けて行くフィッツ。
 しかし、ただ擦り抜けただけではなかった。
 
「あれは、ルディカーンの剣か。本当に奪うとは」
 
 フィッツは奪った剣を有効活用している。
 ホバーレの仕組みも把握しているらしく、なにやら剣でリュドサイオのホバーレに傷をつけていた。
 攻撃するというよりは、まさに「傷」をつけているだけのように見えたのだ。
 
「いかんな。これでリュドサイオは脱ら……」
 
 皇太子が言い終える前に「傷つけられた」ホバーレが着地する。
 ホバーレは、浮き上がって移動するタイプの乗り物だ。
 地面に降りてしまったら、身動きが取れない。
 
「フィッツ、なにしたんだろう」
「簡単だが難しいことだ。かなりの腕がいる」
「わかるように説明してくれない?」
 
 皇太子は腕組みをし、フィッツの動きを見ていた。
 残りは、ベンジャミンたちだけだ。
 自らの最側近を心配しているのか、帝国の威信を心配しているのかはともかく、試合の行方に集中している。
 
「ホバーレの動力は2つあってな。ひとつは、当然、推進用だ。前後左右の動きを制御している。もうひとつが、ホバーレの底にある浮上用だ。地面に高速の気流を送りながら、圧力をかけている。そこを、奴は破損させた。簡単に言えば、圧力がかけられんようにしたのさ」
「空気が抜けちゃった、みたいな感じ?」
「厳密に言えば違うが、似たようなものだ」
 
 原理まで詳しく知る必要はないが、リュドサイオが動けなくなったのは確かだ。
 それにしても、と不思議に思う。
 
「今まで、誰もやらなかったの? かなり致命的な欠点だし、この方法なら、人が死ぬような攻撃しなくても、相手を蹴落とせるよね?」
「無茶を言うな。自分も動いているのだぞ? 動力部を損傷させること自体、簡単ではない。それを、ホバーレがバランスを崩さず落ちるよう的確に剣で突くなど、通常、考えられん。そもそも、できる者がいないから、考慮されておらんのだ」
 
 渋い顔で言いつつも、皇太子は、視線をレーンから外さない。
 ベンジャミンについていた、デルーニャの2人が旋回してフィッツの前を塞ぐ。
 その様子に、呆れてしまった。
 どうこう言っても、フィッツは「デルーニャ代表」として参加しているのだ。
 
 自国の威信はどこに行った。
 
 そう言いたくなる。
 だが、フィッツは気にしていないのだろうから、彼女も気にしないことにした。
 前を塞がれても、のらりくらりしているフィッツに笑いたくなってもいたし。

(これで4位は確定かぁ。そのくらいが、ちょうどいいかもね)
 
 優勝しようとすればできなくもなさそうだが、注目を浴び過ぎるのも危険だ。
 確か、5位までに入賞すれば、このあとの祝宴に招かれるという話だった。
 それなら、4位が確定している現状、無理をする必要はない。
 ともあれ、人が死ぬような事態を目の前で繰り広げられずにすんだことに、彼女はホッとする。
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