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後編
後手と先手 4
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そろそろトリスタンが動いている頃だ。
彼も最終的な準備に取り掛かる必要がある。
約4千人。
カウフマンとローエルハイドの血を持つジェシーの成り損ないたち。
その者らの命を奪う必要があった。
自分のためとも言えるし、そうではないとも言える。
だが、それが自分の「義務」であるのは確かだ。
今夜にするか、明日にするか。
トリスタンからの連絡を待ってからでも遅くはない。
万が一にもカウフマンに逃げられるようなことがあれば、予定を変更しなければならないからだ。
トリスタンに限って、そんなことはないと確信しているが、それはともかく。
「旦那様、これでアドラントは平和になりますね」
「そうでなければならない、と思っているよ。きみに危険な真似をさせたあげく、取り逃がしたなんてことにはできないさ、リビー」
去年の暮れのことだった。
大掃除の真っ只中、リビーから話があると言われている。
2人だけで話がしたいとのことだった。
「それにしても、カウフマンは人を見る目がある」
「そうでしょうか? 見る目がなかったと、私には思えます」
「いや、きみの忠誠心を高く評価した結果だよ」
リビーは、アシュリーに対する忠誠心が厚い。
そこにカウフマンは目を付けたのだろう。
彼がアシュリーを手放したことに、リビーが不満を持っていてもおかしくはないのだ。
本邸の勤め人以外で、アシュリー自身がジョバンニを選んだと知っている者は、サマンサしかいない。
「とても上手くやってくれたね」
「商人たちが私たちの会話に耳をそばだてていることが、以前から気になっていました。ですから、ジョバンニにカウフマンの話を聞いて納得でしたね」
リビーは、ジョバンニに商人の態度がおかしいと、相談をしていた。
ジョバンニから、その報告を受け、カウフマンのことをリビーに話すようにと彼が指示した。
屋敷の勤め人をカウフマンが取り込もうとしているとわかったからだ。
「少々、妙だとも思ってはいたのです」
「アシュリーを勤め人にしたことかい?」
「はい。勤め人であればジョバンニの傍にいられますし、常に誰かと一緒にいるのも不自然ではありません。それが安全だと、お考えになっておられたのですね」
表向きは、次期侯爵夫人としての教育の一環としている。
だが、実際は、リビーの言った通りだ。
日々の生活の中、アシュリーが狙われないとも限らない。
カウフマンの関心がサマンサに逸れていたとしても、偶然は起こり得る。
彼は、その不確定要素を、極力、排除しておきたかったのだ。
「アシュリー様は一方的に婚約を解消され、望まない婚姻を押しつけられた上に、勤め人までさせられている。そのように、本邸の勤め人は、商人が来るたびに憤慨してみせていましたが、演技だと見抜かれはしなかったのが幸いでした」
「最も憤慨しているのが、きみ。アシュリー付きのメイド、リバテッサ・バロワ」
「商人に声をかけられた時には、さすがに緊張いたしました」
今となっては、本邸の者もサマンサに敵意はない。
人柄を知らないため好感を持つほどではないにしても「特別な客人」だった時ほど嫌悪感はいだいていなかった。
ただ商人を欺くため、サマンサを 貶していたに過ぎない。
その結果、カウフマン配下の商人が、彼の垂らした糸に食いついてきたのだ。
その商人は、リビーに「アシュリーの立場がない」ことを吹き込んでいる。
もちろん急にではなく、リビーの憤慨した様子に同調しながら、ゆっくりと、少しずつ、その心に踏み込んできたらしい。
よりサマンサを憎むよう、よりアシュリーに対する庇護欲を煽るように。
「ゾッとしますね。あのような手口で周囲の者を操っていたのでしょうから」
「カウフマンは、確かに人の心を操るのが得意だ。だがねえ、リビー。彼には大きな欠点がある。とても大きな欠点だ」
彼はイスに座り、リビーにもイスを勧めていた。
向き合って座っているリビーの手には、ティーカップが握られている。
これも、彼が出したものだ。
あの夜も、こんなふうにして話をしている。
彼は、一瞬、サマンサが嫉妬をしてくれたのではないかと喜んだのを思い出し、苦笑いを浮かべた。
彼女は、彼が外聞の悪い噂を立てられることを気にかけていただけだったのに。
「カウフマンの欠点とは、なんでしょう?」
彼は記憶を遮り、リビーとの会話に意識を戻す。
最近は、いつもこんな調子だ。
なにかにつけサマンサと結びつけて、記憶が呼び覚まされる。
「自分の手を汚さないことさ」
昔は違っていたのだろうが、今のカウフマンは自らでは動かない。
ほとんどの場合、人を使う。
立場的に用心深くなるのは当然だとしても、弊害が生じるのだ。
どんなに正確な報告であろうが、伝聞には違いない。
そこには、わずかであれ、書いた者の主観が入り込む。
小さなズレも蓄積され続ければ、元の正しさと離れたものに変わってしまう。
カウフマンは、自らの「種」を俯瞰してはいるかもしれない。
ただし、咲き誇る花畑を「鑑賞」することはないのだ。
雨が降り、葉に水滴を残したと知っていても、その大きさや数、形が、報告されたものと一致しているかどうかまでは関知していない。
(カウフマンは、人を人とも思わない割に、本人は人として生きている。そこがスタンとは違うところだな。彼は、本物の狂人だ)
トリスタンは、常に膨大な資料に囲まれている。
重要であるかどうかなどおかまいなしに、あの大きな机に資料は山積み。
それは、トリスタンが、すべての資料に目を通し、精査しているからだ。
配下には、見たまま、調べた結果のみを記載させている。
情報に対する軽重の判断を、絶対に配下にはさせない。
各々の情報を繋ぎ合わせ、関連づけ、意味を見出すのは、トリスタンただ1人。
トリスタンの配下は、言わば、働き蟻と同じだ。
獲物を見つけ、解体し、巣に運ぶだけ。
それを配下たちも受け入れているのだから、狂人の集まりとしか思えない。
だが、そうであるからこそ、トリスタンの正しさは維持できるのだ。
「リビー、奴の懐に潜り込めたのは、きみのおかげだよ」
「そのために、いくつか情報を渡さなければなりませんでしたし……サマンサ様を危ない目に合わせることになりました。褒められたことではありませんね」
「彼女の居場所をカウフマンに伝えるように言ったのは、私だ」
彼は、できる準備は、すべて整えたと考えていた。
だから、リビーをカウフマンのところに向かわせている。
サマンサの居場所を知れば、カウフマンが動くのはわかっていたからだ。
あとは「いつ動くのか」を見定めるだけだった。
それも、レジーに指輪を渡したことで判断できるようにしている。
サマンサを囮としながらも、彼女を危険に晒す気はなかった。
テスアの国王を利用するという、ある種の禁じ手まで講じていた。
彼は、サマンサから危険を取り除くための策を作り上げていたのだ。
長引けば不利になるし、サマンサの心の負担も大きくなる。
彼は、サマンサの安全を確保できる状態だと思い、リビーに指示をした。
サマンサを守りきる自信があったからだ。
あの時までは。
本当に、ぎりぎりだった。
ラスの抜刀が一瞬でも遅れていたら、サマンサは死んでいた。
彼は、自分の傲慢さと無力さを、またしても思い知らされている。
「とにかく、きみはよくやってくれた。これからもアシュリーとジョバンニを頼むよ。カウフマンの脅威はなくなっても、なにがあるかわからないからね」
「アシュリー様のことはお支えいたしますが、ジョバンニのことは知りません。旦那様は彼に甘過ぎるのではないでしょうか?」
「だから、きみに躾けてもらいたいのさ」
嫌そうな顔のリビーに、彼は微笑んでみせる。
ジョバンニは、あれでなかなかに成長しているのだ。
気に入らない内容ではあったが、先日は、彼に「物申して」きた。
そのうち彼の指示がなくても、采配できるようになるに違いない。
「アシュリー様のお幸せのためならば、いたしかたありません」
「容赦しろとは言わないよ」
「もとより、するつもりはございません」
リビーは、バロワ男爵家の四女だった。
14歳の頃から男爵家を離れ、王都の街で働くつもりだったのだ。
だが、両親に愛妾として貴族屋敷に連れて行かれそうになり、逃げ出している。
そこを、偶然に出会って、彼が拾った。
しっかりしていて、アシュリーの付のメイドに良いと思えたのだ。
貴族の嫌な面も知っており、きっとアシュリーの境遇も理解する。
歳が近いこともあったので、アシュリーも友人感覚でつきあえるだろう。
そう考えてのことだったのだが、想像以上に、アシュリーを想ってくれている。
「早く片付くといいですね」
「あと数日内には、すべて片付くさ」
「綺麗に片が付くまで気を抜かず、アシュリー様をお守りいたします」
頭を下げ、リビーが出て行った。
アドラントの街でアシュリーが攫われたことに、未だ自責の念があるらしい。
今回、危険を承知でカウフマンの懐に飛び込んだのも、その思いがあったからではないかと思う。
アシュリーを攫ったのはハインリヒだが、操っていたのはカウフマンだ。
だから、リビー自身、カウフマンがいなくならなければ安心はできない。
2度とアシュリーが攫われるような事態を起こしたくないという強い気持ちが、リビーに危険を冒させた。
実際、殺される可能性は高かったのだから。
(リビーの無茶を止めなかったのは……結局、私は、サミーさえ守れればいいと考えていたからだ。ほかの誰を犠牲にしても……)
人ならざる者は、たった1人の愛する者のために存在する。
彼の世界には、サマンサしかいない。
サマンサが遠くに行ってしまっても、だ。
ジョバンニに言われた「彼女の望まないこと」は、的を射ているかもしれない。
それでも、遠くから見守ることくらいはさせてもらうつもりでいた。
「せいぜい見つからないようにしなければな。また彼女を怒らせ……」
バァーンッ!!
彼の私室には、基本的に鍵はかけていない。
そのため誰でも簡単に扉を開くことはできるのだけれども。
「いったい、どういうことなのっ?!」
訊きたいのは、彼のほうだ。
怒りに満ちた薄緑色の瞳が、彼をにらんでいる。
彼らしくもなく、茫然としながら、思った。
(きみを怒らせる才能を、私は、いつ発揮したのだろうね……)
彼も最終的な準備に取り掛かる必要がある。
約4千人。
カウフマンとローエルハイドの血を持つジェシーの成り損ないたち。
その者らの命を奪う必要があった。
自分のためとも言えるし、そうではないとも言える。
だが、それが自分の「義務」であるのは確かだ。
今夜にするか、明日にするか。
トリスタンからの連絡を待ってからでも遅くはない。
万が一にもカウフマンに逃げられるようなことがあれば、予定を変更しなければならないからだ。
トリスタンに限って、そんなことはないと確信しているが、それはともかく。
「旦那様、これでアドラントは平和になりますね」
「そうでなければならない、と思っているよ。きみに危険な真似をさせたあげく、取り逃がしたなんてことにはできないさ、リビー」
去年の暮れのことだった。
大掃除の真っ只中、リビーから話があると言われている。
2人だけで話がしたいとのことだった。
「それにしても、カウフマンは人を見る目がある」
「そうでしょうか? 見る目がなかったと、私には思えます」
「いや、きみの忠誠心を高く評価した結果だよ」
リビーは、アシュリーに対する忠誠心が厚い。
そこにカウフマンは目を付けたのだろう。
彼がアシュリーを手放したことに、リビーが不満を持っていてもおかしくはないのだ。
本邸の勤め人以外で、アシュリー自身がジョバンニを選んだと知っている者は、サマンサしかいない。
「とても上手くやってくれたね」
「商人たちが私たちの会話に耳をそばだてていることが、以前から気になっていました。ですから、ジョバンニにカウフマンの話を聞いて納得でしたね」
リビーは、ジョバンニに商人の態度がおかしいと、相談をしていた。
ジョバンニから、その報告を受け、カウフマンのことをリビーに話すようにと彼が指示した。
屋敷の勤め人をカウフマンが取り込もうとしているとわかったからだ。
「少々、妙だとも思ってはいたのです」
「アシュリーを勤め人にしたことかい?」
「はい。勤め人であればジョバンニの傍にいられますし、常に誰かと一緒にいるのも不自然ではありません。それが安全だと、お考えになっておられたのですね」
表向きは、次期侯爵夫人としての教育の一環としている。
だが、実際は、リビーの言った通りだ。
日々の生活の中、アシュリーが狙われないとも限らない。
カウフマンの関心がサマンサに逸れていたとしても、偶然は起こり得る。
彼は、その不確定要素を、極力、排除しておきたかったのだ。
「アシュリー様は一方的に婚約を解消され、望まない婚姻を押しつけられた上に、勤め人までさせられている。そのように、本邸の勤め人は、商人が来るたびに憤慨してみせていましたが、演技だと見抜かれはしなかったのが幸いでした」
「最も憤慨しているのが、きみ。アシュリー付きのメイド、リバテッサ・バロワ」
「商人に声をかけられた時には、さすがに緊張いたしました」
今となっては、本邸の者もサマンサに敵意はない。
人柄を知らないため好感を持つほどではないにしても「特別な客人」だった時ほど嫌悪感はいだいていなかった。
ただ商人を欺くため、サマンサを 貶していたに過ぎない。
その結果、カウフマン配下の商人が、彼の垂らした糸に食いついてきたのだ。
その商人は、リビーに「アシュリーの立場がない」ことを吹き込んでいる。
もちろん急にではなく、リビーの憤慨した様子に同調しながら、ゆっくりと、少しずつ、その心に踏み込んできたらしい。
よりサマンサを憎むよう、よりアシュリーに対する庇護欲を煽るように。
「ゾッとしますね。あのような手口で周囲の者を操っていたのでしょうから」
「カウフマンは、確かに人の心を操るのが得意だ。だがねえ、リビー。彼には大きな欠点がある。とても大きな欠点だ」
彼はイスに座り、リビーにもイスを勧めていた。
向き合って座っているリビーの手には、ティーカップが握られている。
これも、彼が出したものだ。
あの夜も、こんなふうにして話をしている。
彼は、一瞬、サマンサが嫉妬をしてくれたのではないかと喜んだのを思い出し、苦笑いを浮かべた。
彼女は、彼が外聞の悪い噂を立てられることを気にかけていただけだったのに。
「カウフマンの欠点とは、なんでしょう?」
彼は記憶を遮り、リビーとの会話に意識を戻す。
最近は、いつもこんな調子だ。
なにかにつけサマンサと結びつけて、記憶が呼び覚まされる。
「自分の手を汚さないことさ」
昔は違っていたのだろうが、今のカウフマンは自らでは動かない。
ほとんどの場合、人を使う。
立場的に用心深くなるのは当然だとしても、弊害が生じるのだ。
どんなに正確な報告であろうが、伝聞には違いない。
そこには、わずかであれ、書いた者の主観が入り込む。
小さなズレも蓄積され続ければ、元の正しさと離れたものに変わってしまう。
カウフマンは、自らの「種」を俯瞰してはいるかもしれない。
ただし、咲き誇る花畑を「鑑賞」することはないのだ。
雨が降り、葉に水滴を残したと知っていても、その大きさや数、形が、報告されたものと一致しているかどうかまでは関知していない。
(カウフマンは、人を人とも思わない割に、本人は人として生きている。そこがスタンとは違うところだな。彼は、本物の狂人だ)
トリスタンは、常に膨大な資料に囲まれている。
重要であるかどうかなどおかまいなしに、あの大きな机に資料は山積み。
それは、トリスタンが、すべての資料に目を通し、精査しているからだ。
配下には、見たまま、調べた結果のみを記載させている。
情報に対する軽重の判断を、絶対に配下にはさせない。
各々の情報を繋ぎ合わせ、関連づけ、意味を見出すのは、トリスタンただ1人。
トリスタンの配下は、言わば、働き蟻と同じだ。
獲物を見つけ、解体し、巣に運ぶだけ。
それを配下たちも受け入れているのだから、狂人の集まりとしか思えない。
だが、そうであるからこそ、トリスタンの正しさは維持できるのだ。
「リビー、奴の懐に潜り込めたのは、きみのおかげだよ」
「そのために、いくつか情報を渡さなければなりませんでしたし……サマンサ様を危ない目に合わせることになりました。褒められたことではありませんね」
「彼女の居場所をカウフマンに伝えるように言ったのは、私だ」
彼は、できる準備は、すべて整えたと考えていた。
だから、リビーをカウフマンのところに向かわせている。
サマンサの居場所を知れば、カウフマンが動くのはわかっていたからだ。
あとは「いつ動くのか」を見定めるだけだった。
それも、レジーに指輪を渡したことで判断できるようにしている。
サマンサを囮としながらも、彼女を危険に晒す気はなかった。
テスアの国王を利用するという、ある種の禁じ手まで講じていた。
彼は、サマンサから危険を取り除くための策を作り上げていたのだ。
長引けば不利になるし、サマンサの心の負担も大きくなる。
彼は、サマンサの安全を確保できる状態だと思い、リビーに指示をした。
サマンサを守りきる自信があったからだ。
あの時までは。
本当に、ぎりぎりだった。
ラスの抜刀が一瞬でも遅れていたら、サマンサは死んでいた。
彼は、自分の傲慢さと無力さを、またしても思い知らされている。
「とにかく、きみはよくやってくれた。これからもアシュリーとジョバンニを頼むよ。カウフマンの脅威はなくなっても、なにがあるかわからないからね」
「アシュリー様のことはお支えいたしますが、ジョバンニのことは知りません。旦那様は彼に甘過ぎるのではないでしょうか?」
「だから、きみに躾けてもらいたいのさ」
嫌そうな顔のリビーに、彼は微笑んでみせる。
ジョバンニは、あれでなかなかに成長しているのだ。
気に入らない内容ではあったが、先日は、彼に「物申して」きた。
そのうち彼の指示がなくても、采配できるようになるに違いない。
「アシュリー様のお幸せのためならば、いたしかたありません」
「容赦しろとは言わないよ」
「もとより、するつもりはございません」
リビーは、バロワ男爵家の四女だった。
14歳の頃から男爵家を離れ、王都の街で働くつもりだったのだ。
だが、両親に愛妾として貴族屋敷に連れて行かれそうになり、逃げ出している。
そこを、偶然に出会って、彼が拾った。
しっかりしていて、アシュリーの付のメイドに良いと思えたのだ。
貴族の嫌な面も知っており、きっとアシュリーの境遇も理解する。
歳が近いこともあったので、アシュリーも友人感覚でつきあえるだろう。
そう考えてのことだったのだが、想像以上に、アシュリーを想ってくれている。
「早く片付くといいですね」
「あと数日内には、すべて片付くさ」
「綺麗に片が付くまで気を抜かず、アシュリー様をお守りいたします」
頭を下げ、リビーが出て行った。
アドラントの街でアシュリーが攫われたことに、未だ自責の念があるらしい。
今回、危険を承知でカウフマンの懐に飛び込んだのも、その思いがあったからではないかと思う。
アシュリーを攫ったのはハインリヒだが、操っていたのはカウフマンだ。
だから、リビー自身、カウフマンがいなくならなければ安心はできない。
2度とアシュリーが攫われるような事態を起こしたくないという強い気持ちが、リビーに危険を冒させた。
実際、殺される可能性は高かったのだから。
(リビーの無茶を止めなかったのは……結局、私は、サミーさえ守れればいいと考えていたからだ。ほかの誰を犠牲にしても……)
人ならざる者は、たった1人の愛する者のために存在する。
彼の世界には、サマンサしかいない。
サマンサが遠くに行ってしまっても、だ。
ジョバンニに言われた「彼女の望まないこと」は、的を射ているかもしれない。
それでも、遠くから見守ることくらいはさせてもらうつもりでいた。
「せいぜい見つからないようにしなければな。また彼女を怒らせ……」
バァーンッ!!
彼の私室には、基本的に鍵はかけていない。
そのため誰でも簡単に扉を開くことはできるのだけれども。
「いったい、どういうことなのっ?!」
訊きたいのは、彼のほうだ。
怒りに満ちた薄緑色の瞳が、彼をにらんでいる。
彼らしくもなく、茫然としながら、思った。
(きみを怒らせる才能を、私は、いつ発揮したのだろうね……)
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