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兄の企み

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「でも、今日ここに来てオレに対して何も言えないような相手なら考え直してたんだけどね」
 またしても静流君が不穏なことを言い出す。まだ何か企んでいるのだろうか?

「あの報告書を読んで怖気付いてたら問題外だし、今日ここに来て何も言えないような相手なら光流の前でやり込めるつもりだったんだけど、あんなやり取り見せられたら仕方ないって思っちゃうよね」
 少しだけ面白くなさそうに言っているのは…ここに来てすぐに紬さんの名前を勘違いしていた事に気付いていたのに訂正してくれなかったと拗ねてしまった事だろうか?
 改めて考えるといい年して恥ずかしいことをしてしまった…。

「光流が身内以外にあんな無防備な顔見せることなんてここ数年無かったのにさ、一回しか会ったことのない相手にあんな顔されたら許すしかないじゃん」
 呆れた顔をしてるけど…静流君、楽しんでる。

「静流君、気に入った相手には意地悪だよね」
 何だか嬉しくなって笑ってしまった。
 さっき感じた溶かされているような感じが戻ってきたのか、身体の奥から温かさが湧き出るような感じがする。

「静流さん、光流君の抑制剤は?」
「飲ませた方が良さそうだね」
 急に焦り出した紬さんがそう言うと、静流君も胸のポケットから薬を出して僕に飲むように促した。
 今までにないことだったので戸惑いはするけれど、静流君が意味もなく薬を飲むように言うはずはないので素直に薬を口に入れ噛み砕いた。

「フェロモン、強くなってたよ」
「えっ?!」
 小声で言われた言葉に驚きの声をあげてしまった。眠りに特化したせいで人が感じるほどのフェロモンは出ないはずなのに…。もしかしてさっきから温かくなるように感じていたのはフェロモンが出ていたせいなのだろうか?
 
 もしもそうなら、僕の紬さんに対する好意に反応しているのなら、素直に嬉しいと思えた。怖くもないし、気持ち悪くもない。ただ、純粋に嬉しかった。

 僕が落ち着いたのを見計らって静流君が話を再開する。
「オレとしては可愛い弟を取られるのは淋しいけど、辻崎家としては君を歓迎します。
    まだ出会ってひと月です。
 お互いに良いところしか見えていないと思います。
 それでも、こうやって何を聞かされても会いたいと思える気持ちが有るのなら上手くやっていくこともできるんじゃないかと思っています」
 真摯な言葉だった。
 僕を想う気持ちが伝わってくる言葉。
 兄として、保護者として僕を見ていてくれたからこそ出てくる言葉なのだろう。

「すぐに婚約とか番とか、そんなふうに考える必要はありません。
 お互いを知り、その上でどうしたいかを2人で決めてください。
 家がどうとか、周囲がどうとか、そんなのは関係ない。
 2人の気持ちを通い合わせてください」
 そう言うと自分が付けていたネックレスを外し、そのまま僕の首元を飾る。そして、僕の付けていたネックレスを外すと紬さんに渡した。

「これは、揃いのものです。
 社交に出る時に揃いでつけることによって誰に庇護されているか、誰とパートナーかを示すのに有効です。
 今まではオレが守ってきたけどこれからは紬君が守ってほしい。
 まぁ、まだまだ手助けは必要だろうけどね」
 言いながらニヤリと笑った。
 そうか、このために敢えて同じネックレスを付けるように言ったのだ。威嚇のためでもなく、見せつけるためでもなく、紬さんが素直に受け取るために配慮してくれたのだろう。

「同じものだからオレのをそのまま渡してもよかったけど、お互いちょっと嫌でしょ?
 だから光流がしてたの使って。
 オレからだと思うと嫌かもしれないけどとりあえずだから。
 これから揃いのものを増やしていけば良いんじゃない?
 それこそ、タイとかポケットチーフとか。
 楽しいと思うよ」
 静流君の言葉に、静流君の優しさに、嬉しくて笑顔になるのにそれなのに何故か涙が溢れ出る。
 僕はこんなにも愛されているのだ。

「本当、表情豊かになったよね」
 呆れたように言いながら僕の頭をポンポンと撫でる静流君はやっぱり〈お兄ちゃん〉で、そんな静流君にされるがままの僕はやっぱり〈弟〉だった。

 一生変わらない兄弟という関係。
 今まで僕のことを1番理解し、1番慈しんでくれた存在。
 それはこれからも変わらないのだろうけれど、静流君の庇護の元から一歩踏み出す勇気を僕は手に入れたんだ。
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