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理由、そして兄の告白

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「それが素ですか?」
 僕は言葉を続けるけれど、紬さんはまだ何を言われているのか気づかないようだ。
「紬君、一人称は俺のなの?」
「確かに俺だけど…出てましたか」
 静流君の言葉でやっと気づいたようで肯定する返事をしてくれた。

「ボクよりそっちの方が良いです」
 思わず言ってしまった。
 正直なところ、紬さんに〈ボク〉は似合わないと思っていたのだが。

「別にオレは反対はしてないよ?」
 静流君は静流君でさっきまでの挑発的な態度を収めて飄々とした態度で話し始める。
 本当に意地悪だ。
 静流君がその気なら僕だって聞いてしまおう。
「静流君、いつの間に〈アレ〉紬さんに送ったの?って言うか、紬さんの事も調べたんだよね?」
 睨みながら言うけれど、こんな事で静流君が動じるわけがない。僕の顔を見ながらニヤリと笑った。

「紬君のことを調べたのは光流がトートバッグに興味を持った時にだよ。2人が会った時には大体のことは調べがついてた」
 とんだ爆弾発言だ。
「そんなに前から?
 安形さんは?」
 驚きすぎて変な声が出てしまった。
「知らないよ。
 もともと会える時には安形さんに同席してもらうつもりだった。オレが会えば粗を探したくなるから客観的に見てもらった方が良いと思ったし」
 じゃあ、僕がヤキモキしてた時もドキドキしてた時も、あの時もこの時も全部分かった上で僕のことを見ていたと言う事だ…。

「その時点で弾かれなかった理由は?」
 紬さんが口を開く。
 ショックから立ち直ったのだろうか?
「そもそもさ、紬君とは全く縁が無かったわけじゃなかったんだ」
 それが分かった時点で本人はともかく、環境的には反対する理由はなかったのだと静流君は言うけれど、今まで〈紬〉と言う名前を聞いた覚えはない。
 思わず紬さんと顔を見合わせてしまう。
 紬さんも全く身に覚えがないようで不思議そうな顔をしている。

「会った事はないよ。
 ただ、何年も前に辻崎家から紬家に〈お見合い〉の打診をした事があったみたいなんだよね」
「そんな話、自分は聞いたことないのですが?」
「だろうね。
 打診したものの〈息子は確かにαではあるが、バース関係無く過ごさせたい。申し出はありがたいが辞退させてもらう〉ってすぐに辞退の申し出があったって。
 紬君のところまで話は行ってないんじゃない?
 珍しいよね、あの時期すごい忙しかったんだよね。時間が空くと光流の婚約者候補との面談があってさ…」
 2人の会話が続く。
 僕はただ聞いていることしかできないけれど、僕の婚約者はこうして決められたのかとちょっと感心してしまった。
 静流君には本当に色々と支えられていて申し訳なくなってしまう。

「年の近いαにどれだけ会ったのか今思い出してもゲンナリするんだけどさ、打診して断ってきたのなんて紬家以外に無かったんじゃないかってくらい面談したよ。
 面談って言っても親同士の話があるから2人で過ごしてて欲しいって言われて放置されるの。
 そこでオレが気に入れば光流に会わせるんだけど…オレも人を見る目が無かったのかな」
 きっと護君のことを思い出しているのだろう。静流君のせいじゃないのに、それなのにまだ気にしているのだ。

「紬君はスタートは護と同じだったんだよ。
 ただ親が積極的に進めたか、進めなかったかの違い…だったのかな?」
「もともと護君が選ばれた理由って何だったの?」
 今を逃したらきっと聞く機会はもう無い、そう思い思い切って聞いてみた。紬さんにも聞いてもらいたいと言う気持ちもあったのだ。

「初めて護にあった時に〈光流を取られる〉って思ったんだよね。
 それまでに何人もαに会ってきて初めての感覚だったんだ。何だろうね、焦燥感だったのかな?
 何人も会ってきた中で一目見て気に入らない奴もいたし、お見合い相手としては不十分でも友達として付き合いを続けてる相手もいて、人を選ぶのは本当に俺の感覚と相性だったんだけど」
 静流君が思い出すように言葉を続ける。
 何人かの〈友達〉名前を出して〈婚約者候補〉だったことを教えてくれるけれど、正直困惑しかない。
 顔と名前は一致するものの、好きとも嫌いとも思わない。ただただ〈静流君の友達〉としか認識していなかった。
 …なんか、ごめんなさい。

「護はその中でも所作が抜群に良かったし、話も合うし。だから光流に会わせるまでに1年かな、2人だけで交流を持ったんだ。
 その間にアイツの人となりを知って、光流と3人で過ごしてみたくなったんだけど…オレは人を見る目が無かったのかな?」
 最後は自嘲の笑みなのだろうか、何かを耐えるような笑い方だった。
 静流君にこんなことばかり言わせちゃダメだ、そう思ったら自然に言葉が飛び出してしまった。
「じゃあさ、今日は紬さん見て取られるって思った?」

 単純に好奇心と、静流君が紬さんを認めているのだと言う確信を持って聞いた言葉。
 そうだと願いたい僕の願望も入っているけれど、きっと間違いじゃ無い。

「紬君を見た時、ね。
 こいつなら取られても良いかな、って」
 ニヤリと笑い紬さんを見る。
「紬君、すっごい間抜けな顔になってるけど大丈夫?」
 そして、普段僕に見せるような顔で紬さんに笑いかけた。

「それは、どう言う意味でですか?」
 今までとは違う笑顔に戸惑った顔をする紬さんが何だか面白い。

「そもそもね、排除するつもりなら光流とコンタクト取らせたりしなかったよ。
 妨害なんてしようと思えば何とでもなるし、逆にもっと早く会わせることだってできたけどあえてしなかった理由は光流には言ったよね」
 本来、静流君はそう言う人だし理由はちゃんと聞かされてた。僕は納得してるけど紬さんはどうだろう?

「紬君にも伝えておく方がいいかな?

 光流はアレ以来、人に対して興味を持たなくなってたんだ。持たなくなったって言うより持てなくなったって言った方が良いかな?

 唯一の例外は身内以外だと楓さんと胡桃ちゃんだよね」
 確認されたので頷く事で返事を返す。

「自分が付き添える時は社交にも連れて行ったし、サロンにも連れて行った。
 信頼できるαだって何人も紹介したけど全く興味を示さなかったんだ。
 そんな中で唯一興味を持ったのが紬君だったんだよ」
 はっきり言われて少し恥ずかしいけれど、事実なのだから仕方がない。それでもあまりはっきり言わないで欲しい。

「はい、そこで威嚇しない。
 紬君、もう少し大人になろうね」
 静流君を威嚇したのか注意されている。
 何で威嚇?

「安形さんから紬君がαだと思うと聞いた時は正直引き離そうかとも思ったよ。
 でも安形さんも賢志も紬君のこと気に入ったみたいだったし、だったら様子を見ようかと思ったんだ。

 光流が俺にも賢志にも相談せずに連絡取るなんて、今まで無かったことだしね。
 
 会えなくてヤキモキしてる時も、こちらからコンタクトを取ろうと思えば出来たけれど敢えてしなかったし、光流が紬君に連絡を取ろうか迷っていた時もオレも賢志も何も言わずに見てたんだ。

 縁があれば出会えるし、自分で決めて連絡を取れないような相手ならそこまでの縁だから。

 そんな中で連絡を取って、会う約束までして、反対する要素なんてどこにも無いよ」
 最後の言葉は僕に向けての言葉だった。
 その言葉が嬉しくて、見守ってくれていた事が嬉しくて、僕は静流君がにとっておきの笑顔を向けた。
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