Ωだから仕方ない。

佳乃

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大切な存在と幼馴染。

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 その日、僕のことを気にしながらも燈哉が僕のそばに来なかったのは政文から何か言われたからなのだろう。昼には政文と伊織に連れられて空き教室で過ごした。
 
「何でこんなとこ知ってるの?」

 不思議そうな僕に「持つべきものは先輩だね」と政文が笑う。同級生とだって特定の友人としか交流のない僕と違い、政文も伊織も交友関係が広いせいで色々な繋がりがあるのだろう。
 僕自身は他者との交流が少ないけれど、燈哉は新入生代表を務めるくらいだから当然だけど顔が広い。その燈哉と共に過ごしていた僕は交流がなくても知られた存在らしく、昨日の出来事のせいで何かしらの配慮が生まれたのかもしれない。

「ストレス溜めちゃダメなんでしょ?
 だったらストレスの原因は排除するのが1番だしね。
 羽琉だって気付いちゃったんでしょ?
 燈哉来たら顔色悪くなってたし。
 でもとりあえずお弁当食べちゃおうか」

 僕としては早く話を聞きたいところだけど、食べてしまえば食欲を無くすような内容なのだろう。そう促され仕方なく先に食事を済ませる。
 2人よりもかなり量が少ないのに食べ終わるのが同じなのは歩くのと同じで、食べるのも遅いから。

 途中で箸を止めようとするとふたりして僕のことを叱るため仕方なく弁当を口に運ぶ。こんな時、燈哉なら無理しなくていいと言ってくれるのにと考えてしまい苦しくなる。
 
「それで、何があったのか教えてくれる?」

 全て食べ終え、持参した水筒のお茶で口内を洗い流す。喉に引っかかった何かを無理やり押し込むようにしてから口を開いたのは込み上げてくる何かを押し戻したかったから。
 知らないふりをすることはできなくてそう聞いてみたのはこの時間はそのために用意された時間だから。
 僕の覚悟が伝わったのか、言いにくそうに伊織が口を開く。

「昨日、燈哉と一緒にいたのは今居 涼夏。
 気付いたと思うけどΩだよ」

「うん、ネックガードしてた」

 昨日気づいたことを素直に伝える。
 ネックガードに気付かなくても燈哉のあの顔を見て仕舞えば理解するしか無かったとも思うけれど、僕が知りたいのはそこじゃない。

「俺も戻った時には式が始まってたけどなんか、雰囲気がね。
 新入生挨拶で燈哉が壇上に立った時には冷やかしと蔑みと半々って感じだったかな?」

 そう言って政文が溜め息を吐くと「そりゃあ、あんなこと言ったらね」と伊織まで溜め息を吐く。
 2人の様子が僕にとって悪いことでしかないと伝えているけれど、それでも次の言葉を待つ。
 聞いても聞かなくても同じなら聞かないけれど、聞かないままやり過ごすことはできないのだから仕方がない。何が起こったかを理解して、自分の立ち位置を確認する必要があるだろう。

「羽琉が保健室に向かった時に燈哉怒ったじゃない?
 あの後、やっぱり茶化す奴がいたんだ。羽琉ちゃん政文に取られちゃうよ、とか」

「ごめん」

 政文が僕を保健室に連れて行ってくれたせいで、伊織も聞きたくないことを聞いてしまったのだろう。

「羽琉は悪くないから謝らない。それに、政文にお願いしたのは僕だよ」

「そうそう、俺にしてみれば伊織にヤキモチ妬かせてくれてありがとうだし」

「やっぱりヤキモチ妬いた?」

「妬かないって言ったら嘘になるけどどっちかって言えば嫉妬ってより周りの反応にイラっとしただけかな。それに自分の大切な人が自分以外を大切そうに運んで嫉妬するのは普通でしょ?」

 僕を安心させるようにそう言うと「それに今はそんな話じゃないよ」と話を続ける。〈大切な人が自分以外を〉という言葉に反応してしまいそうになるけれど、それを意図してスルーする。

「それで、今居君が『羽琉って誰?燈哉君の何?』って言い出して…。
 それで、大切な【幼馴染】だからって」

「まあ、間違いじゃないけどな」

「まあね。
 それで、今居君が面白くない顔を見せたら羽琉のことは身体が弱いせいで自分がずっと面倒を見てきたからとか言って。
 自分以外には触らせたくないとか言ってたの、どの口だよって周りはドン引き。
 聞いてるこっちにしてみれば何それって感じだよね」

 昨日の朝までは、僕と番になるのは自分だと主張していたはずの燈哉がそんなことを言い出せば確かにそうだろう。だけど僕にとってはドン引きで済ませることのできない言葉。

 今までは燈哉の庇護が当たり前だと思い、その時が来れば燈哉と番になるのだという認識の中で過ごして来たけれど、僕を番にする気はないと言われたのと同じなのだ。

「俺たちが一緒にいるから」

 僕の不安を感じ取ったのだろう。
 政文がそう言って伊織にも確認する。

「とりあえずクラス単位で動く時は伊織がいるし、登下校は隆臣さんがきてくれるだろ?」

「政文、やることないじゃん」

「え、弁当は一緒に」

「でも2人とも学食でしょ?」

「羽琉が弁当持って一緒に学食にくれば席取りお願いできるんじゃない?」

「え、羽琉に席取りさせるとか政文鬼畜。
 あ、僕と羽琉は座ってるから政文が並んでくれるとか?」

 深刻な話をしていたはずなのに、それなのに少しだけ気持ちが緩む。
 今話した内容を考えれば伊織と政文の申し出に甘えるのが1番だろう。だけど燈哉のことを諦めきれない僕は即答することができなかった。

「燈哉に言っておいたんだ」

 返事のできない僕に政文が重い口を開く。

「他のΩの匂いさせて羽琉に近付くなって」

 その言葉の意味を考え、昨日の2人を思い浮かべる。彼のことをそっと抱きしめた燈哉は僕に見向きもせずに、ただただ彼のことを愛おしそうに見つめていた。

「燈哉は今居は羽琉みたいに守るべき存在ではないけれど、放っておけないって。
 話にならないから今居の匂いが消えるまでは羽琉と話すことも許さないって言っておいた。
 羽琉のことは俺と伊織が守るから」

「そんな、駄目だよ」

 燈哉の主張にショックを受けたけれど、それ以上に2人に迷惑をかけてしまうことが申し訳なくて政文の言葉を受け入れることができない。

「でも、もう言っちゃったし。
 羽琉がストレスで体調崩したのは燈哉の行動のせいだって言っておいたし」

「そこまで言ったんだ」

 政文も伊織も面白そうにしているけれど、正直僕には笑えないことばかりだ。

 燈哉が彼を守りたい存在だと認めたこと。

 僕のことを【幼馴染】だと格下げしたこと。昨日の朝までは僕のことを【番】扱いしていたのに、あの短時間で僕はその地位を失ったのだろう。

 そして、燈哉が彼の香りを纏っていたことも僕を落ち込ませる。
 今までは僕を守るという大義名分で僕に触れ、自分の存在を周知していたけれど僕の香りを燈哉が纏うことはなかった。『羽琉、早く大きくなりな』そう言って僕の頸を香ることはあってもそれ以上僕に触れることはなかった。
 αである燈哉がΩである僕の頸を香ることによって自分の庇護を主張していたけれど、それは一方通行の行為。
 僕は受け取るだけで与えることは許されず、『羽琉にヒートが来たらその時にね』と言われていたんだ。

 αはその性質上、自分のΩにマーキングして自分の存在を知らしめるけれど、Ωは通常αに対するマーキングをすることはない。
 そして、残り香ではなくαがΩの香りを纏っているのは体液の交換が行われた時だと言われている。

 番になっていない状態で体液の交換が行われればお互いの香りを纏い、番になってしまえばお互いにしかその香りは感じることができない。
 稀に番がいても不特定のαに対してΩの香りを纏わせることのできる〈挑発フェロモン〉を持つ希少なΩもいるけれど、その〈はしたない〉行為を行うΩは稀なため都市伝説だとも思われている。

 そう考えると燈哉と彼は番にはなっていないけれど、体液の交換をするような仲なのだと改めて認識させられる。
 ヒートを共に過ごさなくても、身体を重ねなくても、唇を重ねれば体液の交換は可能だ。そして、僕にその行為はしてくれなかったのに、彼にはその行為をしたのだと思い知らされる。

「僕、どうしたらいいの?」

 2人に頼ってはいけないと思いながらも不安に押しつぶされそうになり、正直な気持ちを吐露してしまう。

「燈哉は僕のこと、番にしてくれるんじゃなかったんだね。
 あの子、今居君?
 今居君はきっと、もうヒートが来てるんだね。そうだよね、僕みたいに小さくないし、僕みたいに弱くなさそうだったし。
 僕にヒートが来てたら燈哉は今居君に気付かなかったのかな?
 僕と番になってたら今居君と番にならなかったのかな?」

「まだ番じゃないと思うけどね」

 僕の言葉に返答に困ったのか、政文がそんなことを言って伊織に嗜められる。政文は政文なりに気を遣ってくれたのだろうけど、番になっていないのは大きな問題じゃない。
 僕じゃなくて彼が【番】として選ばれた事実が僕を傷付けるのだ。

「とりあえず羽琉は僕と一緒にいれば大丈夫だから。僕だってαなんだし、僕だけじゃ無理な時はすぐに政文が来てくれるだろうし。
 燈哉がそばに居なくても僕たちが一緒にいればαから守ってあげられるから」

 そんな風に心配してくれる伊織にそれ以上何も言うことはできなかった。
 
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