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過保護な理由と雁字搦めにする言葉。
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ギリギリまで空き教室で過ごし、教室に戻る間も2人は僕から離れようとはしなかった。
「政文がマーキングしておけば大抵のαは諦めるんだけどね」
そんなことを伊織が言い出し「俺と伊織でマーキングすれば最強じゃない?」と政文まで言い出したけど、それは遠慮しておいた。
よく知る2人になら触れられても平気だけど、それを受け入れた時に僕はαからは守られるけれどΩから敵意を向けられかねない。
政文は政文で、伊織は伊織で〈Ωとは付き合わない〉と公言していても諦めていないΩも多いから。
「帰りは車まで送るから」
クラスの違う政文はそう言って自分の教室に戻って行ったけど、それを面白くなさそうな顔をして見ていた燈哉の視線が僕に突き刺さる。朝よりも弱くはなったものの、それでも感じるあの子の香りが辛くて伊織を盾にしてその背に隠れさせてもらう。平均よりも少しだけ背の高い伊織だけど、平均よりかなり小さい僕の身体はすっぽりと隠れてしまうだろう。
「燈哉、今日は羽琉に近付くなって言われたよね?」
燈哉がこちらに来ようとしたのか伊織が牽制すると「羽琉」と気遣わし気に僕の名前を呼ぶ。僕からの反応を待っているのだろう。だけど、今までは安心できていたはずの響きが今日の僕には居心地の悪いもので、返事をする気になれない。
何を言っていいのか分からず伊織の制服の裾をそっと引っ張る。その意味に気付いたのだろう、「ほら、チャイムなるから席に戻ろう」と僕を席まで誘導してくれる。
午後の授業の間も燈哉が僕を気にしていることには気付いていたけれど、授業が終わるとすぐに伊織に連れられて車に向かった。クラスの違う政文はホームルームが長引いたため途中での合流だ。
「あれから燈哉、今居の匂い消えてないのに話しかけてきたんだよ?
アイツ、最低」
追いついてきた政文にそう言って「明日の朝も3人で教室行くからね」と宣言する。朝と違い時間に余裕があるためゆっくり歩いていると僕に声をかけようとするαがいるけれど、その都度政文が牽制すれば僕まで辿り着くことはない。
「ひとりで大丈夫って言いたいけどお願いしてもいい?」
そうお願いすると「菓子折りもらったしな」と政文が笑う。
本当はひとりで歩きたいけれど、今の様子では無駄にαに絡まれるだけだろうから頼るしかない。僕に魅力があるからだと思えたら自信も持てるけれど、単純にヒートの来ていない真っ新なΩを囲って、その時が来たら自分が1番に試してみたいというだけの理由から僕に近づいてくる物好きなαがいるのは燈哉が「羽琉にヒートが来たら」なんてわざわざ公言していたから。
燈哉の過保護加減は僕を守ってくれていたけれど、その過保護な庇護がなくなったせいで危険に晒されることになるなんて皮肉なものだ。
「あ、車来てるよ。
隆臣さんも大概過保護だよね」
そんな風に伊織が笑えば僕たちに気付いた隆臣が車から降りてくる。Ωも多く通うせいで送迎専用の車回しや駐車場も完備されているため隆臣は早めに来て駐車場に車を入れていることが多い。
今日もきっと、早めに来ていたのだろう。
「政文さん、伊織さん、昨日は羽琉さんがお世話になりありがとうございました」
車から降りるとふたりに頭を下げる。中等部の頃は燈哉がここまで送ってくれてたのにな、と考えてしまう僕の横で3人で何やら話し始める。
僕が自分で伝えられることまで話しているふたりは隆臣のことを笑う資格はないと思いながらも、自分の口で伝えたくないこともあるため正直ありがたい。
「明日からも僕と政文が登下校の時は付き添うつもりですし、クラスは僕と同じなので問題ないです。
抑制剤は僕も政文も常に携帯してます。羽琉にも常に抑制剤を携帯させてください」
流れるように要望を伝え、隆臣もそれに応える。
「ネックガードの鍵は羽琉に持たせてないよね?」
「もちろんです」
「あ、万が一の時のためにΩ用の抑制剤を俺たちが携帯することは可能ですか?」
「用意します」
なんだか大事になってしまったけれど、庇護が無くなった僕はそれほどに危険な立場になってしまったということだろう。
「羽琉さんのこと、よろしくお願いします」
話が終わり、翌日からのことを再確認すると隆臣が改めて頭を下げる。今日の彼は頭を下げてばかりだ。
「何かあった時には直接連絡させてもらいますから」
「お願いします」
「………お願いします」
隆臣と一緒に僕も頭を下げると2人は苦笑いをして「そんなに畏まられると困る」「友達なんだから、羽琉はありがとうで良いんだよ」と口々に言って「じゃあ、また明日」とふたり揃って歩き出す。
僕も隆臣に促され後部座席に乗り込み、そのままクッションに沈む。昨日も今日も、色々なことがあり過ぎてこれからのことを考えると頭が痛くなる。
「大丈夫ですか?」
「伊織と政文がいてくれたから」
「そうですか」
車を発進させて口を開いた隆臣だったけど、それ以上は何も言わなかった。ふたりから話を聞いていたから燈哉のことも把握しているだろうし、隆臣が何か言ったところで何も変わらないと諦めてもいるのだろう。
βである隆臣には燈哉の急な心変わりが理解できないのだろうけれど、それでも何も聞かないのはαとΩについての知識を僕のために勉強してくれたから。
だからこそ燈哉個人として見るのではなく、唯一を見付けてしまったαとして頭で理解したのだろう。
「隆臣、学校行きたくない」
「まだ2日ですよ?」
「そうなんだけどね…」
本気で休めるなら休みたいとは思っているけれど、休めないことはちゃんと分かってる。隆臣だって、そこまで理解しての言葉だろう。
「クリニックに連絡しておいたのでこのまま薬を受け取りに行って良いですか?」
「うん、お願い。
少し寝るね」
「分かりました」
そのままクッションに身を委ね、目を瞑り考える。
今朝、確かに燈哉に纏わりついていた彼の香り。残り香とは違う、混ざり合った濃い香りはふたりの関係を周囲に示すためだろう。
編入してきたばかりのΩに危険がないように燈哉がしたことは間違いじゃない。自分の唯一を大切に思うのならマーキングして、誰のΩかを明確にする必要があるのも理解できる。
高等部の1年だと言っても幼稚舎から通い続けているのだから先輩たちだって燈哉の存在を知っているし、知っていれば燈哉のΩに手を出そうとすることもない。燈哉の存在はそれだけ認知されているのだから、見慣れないΩである今居であっても燈哉からのマーキングがあれば平穏無事に過ごすことができるだろう。
だけど燈哉のマーキングが無くなった僕は…。
「Ωだから仕方ない」
幼い頃から何度も何度も自分に言い聞かせてきた言葉を小さく呟く。
外に出たくても外に出られなかった時。
体調が悪くて無理をしていた時。
入院して、独りでベッドに横たわっている時。
父と父親と過ごしたいと願っても無理な話なのだと悟った時。
隆臣の存在は僕のために用意されたわけではなくて、父親の独占欲を満たすために必要だったのだと気付いてしまった時。
まだ燈哉が僕にマーキングをする前、同級生から揶揄われた時。
燈哉からのマーキングを受けるようになってからも中には燈哉の目を掻い潜って僕に声をかけるαはいた。
それは先輩であったり、同級生であったり、後輩であったり。自分の方が燈哉よりも大切にするから、と囁やかれても怖いだけで、以前に揶揄われた時のことを思い出してしまい何も答えることができなかった。
幸いなことにそんな風に声をかけてくるαは僕に無理強いすることなく、それでも自分を選んでくれると嬉しいと伝えてくれるけれど、揶揄いの対象になったことのある僕はその言葉を素直に受け止めることはなかった。
だって僕はΩなのだから仕方ないのだ。僕みたいなΩは庇護してくれるαから離れるべきじゃないし、僕は選べる立場なんかじゃない。
だから、選んでくれた燈哉から離れるべきじゃないし、離れていいわけがない。
そして、燈哉が僕じゃないΩを選んでしまった今。
「Ωだから仕方ない」
燈哉が僕から離れてしまったのは僕がΩとして彼よりも劣っているから。
伊織と政文に守られるしかないのも、燈哉から逃げるしかないのもΩだから。
Ωだから仕方ない。
Ωだから仕方ない。
Ωだから仕方ない。
言い聞かせるように何度も何度も呟きながら、僕はそのまま眠りについた。
この後、眠ってしまった僕を残して車を離れるわけにはいかず、事情を話して車まで抑制剤を届けてもらうことになる。
僕は眠ってしまったことを隆臣に平謝りすることになるのだけど「起きてればまだしも、眠ってる羽琉さんを残していくことなんて無理ですよ。羽琉さん、Ωなんですから」と僕を気遣ってくれた。
Ωだから仕方ない。
その一言が、僕を雁字搦めにしていく。
「政文がマーキングしておけば大抵のαは諦めるんだけどね」
そんなことを伊織が言い出し「俺と伊織でマーキングすれば最強じゃない?」と政文まで言い出したけど、それは遠慮しておいた。
よく知る2人になら触れられても平気だけど、それを受け入れた時に僕はαからは守られるけれどΩから敵意を向けられかねない。
政文は政文で、伊織は伊織で〈Ωとは付き合わない〉と公言していても諦めていないΩも多いから。
「帰りは車まで送るから」
クラスの違う政文はそう言って自分の教室に戻って行ったけど、それを面白くなさそうな顔をして見ていた燈哉の視線が僕に突き刺さる。朝よりも弱くはなったものの、それでも感じるあの子の香りが辛くて伊織を盾にしてその背に隠れさせてもらう。平均よりも少しだけ背の高い伊織だけど、平均よりかなり小さい僕の身体はすっぽりと隠れてしまうだろう。
「燈哉、今日は羽琉に近付くなって言われたよね?」
燈哉がこちらに来ようとしたのか伊織が牽制すると「羽琉」と気遣わし気に僕の名前を呼ぶ。僕からの反応を待っているのだろう。だけど、今までは安心できていたはずの響きが今日の僕には居心地の悪いもので、返事をする気になれない。
何を言っていいのか分からず伊織の制服の裾をそっと引っ張る。その意味に気付いたのだろう、「ほら、チャイムなるから席に戻ろう」と僕を席まで誘導してくれる。
午後の授業の間も燈哉が僕を気にしていることには気付いていたけれど、授業が終わるとすぐに伊織に連れられて車に向かった。クラスの違う政文はホームルームが長引いたため途中での合流だ。
「あれから燈哉、今居の匂い消えてないのに話しかけてきたんだよ?
アイツ、最低」
追いついてきた政文にそう言って「明日の朝も3人で教室行くからね」と宣言する。朝と違い時間に余裕があるためゆっくり歩いていると僕に声をかけようとするαがいるけれど、その都度政文が牽制すれば僕まで辿り着くことはない。
「ひとりで大丈夫って言いたいけどお願いしてもいい?」
そうお願いすると「菓子折りもらったしな」と政文が笑う。
本当はひとりで歩きたいけれど、今の様子では無駄にαに絡まれるだけだろうから頼るしかない。僕に魅力があるからだと思えたら自信も持てるけれど、単純にヒートの来ていない真っ新なΩを囲って、その時が来たら自分が1番に試してみたいというだけの理由から僕に近づいてくる物好きなαがいるのは燈哉が「羽琉にヒートが来たら」なんてわざわざ公言していたから。
燈哉の過保護加減は僕を守ってくれていたけれど、その過保護な庇護がなくなったせいで危険に晒されることになるなんて皮肉なものだ。
「あ、車来てるよ。
隆臣さんも大概過保護だよね」
そんな風に伊織が笑えば僕たちに気付いた隆臣が車から降りてくる。Ωも多く通うせいで送迎専用の車回しや駐車場も完備されているため隆臣は早めに来て駐車場に車を入れていることが多い。
今日もきっと、早めに来ていたのだろう。
「政文さん、伊織さん、昨日は羽琉さんがお世話になりありがとうございました」
車から降りるとふたりに頭を下げる。中等部の頃は燈哉がここまで送ってくれてたのにな、と考えてしまう僕の横で3人で何やら話し始める。
僕が自分で伝えられることまで話しているふたりは隆臣のことを笑う資格はないと思いながらも、自分の口で伝えたくないこともあるため正直ありがたい。
「明日からも僕と政文が登下校の時は付き添うつもりですし、クラスは僕と同じなので問題ないです。
抑制剤は僕も政文も常に携帯してます。羽琉にも常に抑制剤を携帯させてください」
流れるように要望を伝え、隆臣もそれに応える。
「ネックガードの鍵は羽琉に持たせてないよね?」
「もちろんです」
「あ、万が一の時のためにΩ用の抑制剤を俺たちが携帯することは可能ですか?」
「用意します」
なんだか大事になってしまったけれど、庇護が無くなった僕はそれほどに危険な立場になってしまったということだろう。
「羽琉さんのこと、よろしくお願いします」
話が終わり、翌日からのことを再確認すると隆臣が改めて頭を下げる。今日の彼は頭を下げてばかりだ。
「何かあった時には直接連絡させてもらいますから」
「お願いします」
「………お願いします」
隆臣と一緒に僕も頭を下げると2人は苦笑いをして「そんなに畏まられると困る」「友達なんだから、羽琉はありがとうで良いんだよ」と口々に言って「じゃあ、また明日」とふたり揃って歩き出す。
僕も隆臣に促され後部座席に乗り込み、そのままクッションに沈む。昨日も今日も、色々なことがあり過ぎてこれからのことを考えると頭が痛くなる。
「大丈夫ですか?」
「伊織と政文がいてくれたから」
「そうですか」
車を発進させて口を開いた隆臣だったけど、それ以上は何も言わなかった。ふたりから話を聞いていたから燈哉のことも把握しているだろうし、隆臣が何か言ったところで何も変わらないと諦めてもいるのだろう。
βである隆臣には燈哉の急な心変わりが理解できないのだろうけれど、それでも何も聞かないのはαとΩについての知識を僕のために勉強してくれたから。
だからこそ燈哉個人として見るのではなく、唯一を見付けてしまったαとして頭で理解したのだろう。
「隆臣、学校行きたくない」
「まだ2日ですよ?」
「そうなんだけどね…」
本気で休めるなら休みたいとは思っているけれど、休めないことはちゃんと分かってる。隆臣だって、そこまで理解しての言葉だろう。
「クリニックに連絡しておいたのでこのまま薬を受け取りに行って良いですか?」
「うん、お願い。
少し寝るね」
「分かりました」
そのままクッションに身を委ね、目を瞑り考える。
今朝、確かに燈哉に纏わりついていた彼の香り。残り香とは違う、混ざり合った濃い香りはふたりの関係を周囲に示すためだろう。
編入してきたばかりのΩに危険がないように燈哉がしたことは間違いじゃない。自分の唯一を大切に思うのならマーキングして、誰のΩかを明確にする必要があるのも理解できる。
高等部の1年だと言っても幼稚舎から通い続けているのだから先輩たちだって燈哉の存在を知っているし、知っていれば燈哉のΩに手を出そうとすることもない。燈哉の存在はそれだけ認知されているのだから、見慣れないΩである今居であっても燈哉からのマーキングがあれば平穏無事に過ごすことができるだろう。
だけど燈哉のマーキングが無くなった僕は…。
「Ωだから仕方ない」
幼い頃から何度も何度も自分に言い聞かせてきた言葉を小さく呟く。
外に出たくても外に出られなかった時。
体調が悪くて無理をしていた時。
入院して、独りでベッドに横たわっている時。
父と父親と過ごしたいと願っても無理な話なのだと悟った時。
隆臣の存在は僕のために用意されたわけではなくて、父親の独占欲を満たすために必要だったのだと気付いてしまった時。
まだ燈哉が僕にマーキングをする前、同級生から揶揄われた時。
燈哉からのマーキングを受けるようになってからも中には燈哉の目を掻い潜って僕に声をかけるαはいた。
それは先輩であったり、同級生であったり、後輩であったり。自分の方が燈哉よりも大切にするから、と囁やかれても怖いだけで、以前に揶揄われた時のことを思い出してしまい何も答えることができなかった。
幸いなことにそんな風に声をかけてくるαは僕に無理強いすることなく、それでも自分を選んでくれると嬉しいと伝えてくれるけれど、揶揄いの対象になったことのある僕はその言葉を素直に受け止めることはなかった。
だって僕はΩなのだから仕方ないのだ。僕みたいなΩは庇護してくれるαから離れるべきじゃないし、僕は選べる立場なんかじゃない。
だから、選んでくれた燈哉から離れるべきじゃないし、離れていいわけがない。
そして、燈哉が僕じゃないΩを選んでしまった今。
「Ωだから仕方ない」
燈哉が僕から離れてしまったのは僕がΩとして彼よりも劣っているから。
伊織と政文に守られるしかないのも、燈哉から逃げるしかないのもΩだから。
Ωだから仕方ない。
Ωだから仕方ない。
Ωだから仕方ない。
言い聞かせるように何度も何度も呟きながら、僕はそのまま眠りについた。
この後、眠ってしまった僕を残して車を離れるわけにはいかず、事情を話して車まで抑制剤を届けてもらうことになる。
僕は眠ってしまったことを隆臣に平謝りすることになるのだけど「起きてればまだしも、眠ってる羽琉さんを残していくことなんて無理ですよ。羽琉さん、Ωなんですから」と僕を気遣ってくれた。
Ωだから仕方ない。
その一言が、僕を雁字搦めにしていく。
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