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【side:政文】庇護したい者と大切にしたい者。
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最初に気になったのは羽琉のことだった。
殆ど登園しないくせにたまに来たかと思えば下にも置かない扱い。幼心にこの子は特別なのだと思ったものの、幼心に特別扱いばかりされていると面白くないものもあった。
ただ、燈哉もそうだったように俺自身も幼い頃から漠然とαとしての自覚があったせいで、面白くないと思いながらも羽琉のことは守るべきΩだと認識していた。
だからと言って、燈哉のように羽琉に寄り添ったわけではないけれど、本能的に常に気にはしていたのを覚えている。そう、意図してではなくて、気付けば羽琉の事を目で追っていただけのこと。
そこにあったのは義務とか責任という言葉で、愛とか恋といった甘い感情は無かった。
ただただ弱いものを守らなければという義務感と、αであるが故の責任感。
そして気が付いた伊織の視線。
伊織のことは幼稚舎から一緒だったから当然知っていた。仲が良いかと言われれば微妙と答えるしかないような同級生だけど、お互いに認識しているし、話をすることもある。
特別仲が良いわけではないけれど、幼稚舎から一緒だったせいで他の同級生に比べればお互いのことをよく知っている、そんな存在。
「ねえ、伊織ってまだ羽琉のこと好きだよな?」
そう聞いてみたのはほんの気紛れ。
「まだって?」
その驚いた顔が可愛くて思わず笑ってしまう。俺や燈哉ほどはっきりとしているわけではないけれど、αとしての片鱗を見せているのにどこかにスキのある伊織は気になってしまう存在だった。
「だって、ずっと羽琉のこと好きだっただろ?
今だって、燈哉が居なくなればいいのにってずっと思ってるよな」
羽琉の事を見ているだけで何もできない様子の伊織に対してかまをかけてみる。
「………何言ってるの?」
いつもの伊織なら「何で分かったの?」と困った笑顔を見せると思ったのに、蒼白とは言わないまでも顔色を悪くしたのを見てアプローチの仕方を間違えた事に気付く。
「だって、俺だってそう思ってるから。
羽琉を見てたのは伊織だけじゃないよ」
伊織を安心させるために言った言葉だった。その言葉のせいで自分の想いを伝える事ができなくなるなんて考えもせずに言葉を続ける。
「燈哉、上手くやったよな。
うちのクラスって担任が羽琉のことやけに特別扱いしてたから、話しかけたら駄目だと思い込んでなかったか?
それなのにクラスが違っただけで話しかけられるとか、伊織や俺と、燈哉の立ち位置が逆だったら今あそこに立ってたのは伊織か俺だったかもしれないのにな」
そう言って苦笑いを見せれば俺の視線の先に仲睦まじく歩く燈哉と羽琉を見付けて困ったような顔を見せる。この後にまだ生徒会の仕事のある燈哉はいつものように羽琉のエスコートをしている。
「まあ、そうだよね。
特別扱いだったし、今思うと羽琉に関わるなって言われてたのと一緒だよね、あれは」
俺の言葉に伊織も思っていたであろう言葉を返してくれる。ただ、伊織の考えと俺の考えが全て重なっているのかと言えばそうではない。
「燈哉にはもっと似合う相手がいると思わないか?」
「まあね。
羽琉みたいに大人しい子じゃなくて、もっと自立した感じの相手の方がお似合いだとは思うけど…燈哉は羽琉にしか興味無さそうだし、羽琉だって燈哉しか見てないしね」
もっと本心を知りたくて少し揺さぶってみるものの、なかなか本心を口にしない伊織をさらに揺さぶる。
「俺だって羽琉のこと守れるくらいの強さは有るつもりなのにな」
「僕はちょっと自信ないけど、それでも守りたいと思ってるよ」
「お互い、報われないよな」
そう言ってみれば俺も羽琉のことが好きだと勘違いしたのだろう。伊織の中で仲間意識が芽生えたのか、俺を見かけると声をかけて来るせいでふたりで過ごすことが多くなっていく。お互いに徒歩での通学だったせいか、気付けば時間を合わせて登下校するようになっていた。
話すことと言えば本当に普通の話、読んだ本の話や前日のテレビの話。雑誌で見かけたショップの話や好きな洋服のブランドの話。
そして、高校生らいし会話の中に紛れる羽琉の話。伊織は俺も羽琉のことが好きだと思ったままだから最近は羽琉が休まなくなったとか、髪が伸びたとか髪を切ったとか。今日は顔色が悪かったとか、今日は顔色が良かったとか、そんな事を話しては表情をコロコロと変える。
羽琉に対して庇護欲を感じてはいるものの、恋愛感情を持っているわけではない俺にしてみれば、そんな伊織の表情を見ることこそが楽しみとなっていく。
そう、αである俺は、同じαである伊織に惹かれていったんだ。
変に媚びることもなく、ただただ気安い関係。俺の方がαとしての力が強いものの、それを気にすることなく、共通の想い人だと勘違いしたままの羽琉の話を嬉しそうにする伊織のことを可愛いと思うようになるのはすぐだった。
俺よりは華奢に見えるものの、伊織だけで見れば平均よりも少し高い身長だしどう見ても庇護されるより庇護する側だ。当然だけど伊織に憧れるΩやβも多い。ただ、伊織よりもはるかに恵まれた体型の俺と並ぶとΩと勘違いされることがあるのだから不思議だ。
そんな時に訪れた転機。
俺と伊織の関係を少しだけ変化させたのは、単純にΩ避けのためと伊織と一緒にいるための大義名分が欲しかったため。そのせいで伊織と羽琉が近付くのならそれはそれで良いと思ってした行動。
「今日さ、またΩの子から声かけられた」
「男の子?女の子?」
「男。
正直、羽琉以外の男性Ωに興味無いんだけどな」
伊織を安心させるために言った言葉。
恋愛感情はないけれど、羽琉のことは幼稚舎の頃から気にしていたのだから興味がないわけじゃない。
「政文は女の子の方がいいとか?」
「いや、言い方が悪かった。
俺は羽琉にしか興味無い。
伊織は最近は?」
「僕は女の子から時々声かけられるよ」
「Ω?」
「そう」
そんなふうに互いの状況を話しては溜息を吐く。伊織とふたりで過ごすことが多くなってからというもの悪目立ちするのか、以前に比べて所謂【お誘い】を受けることが多くなった。中等部になれば少しずつヒートを迎えるΩが増えてくるせいで、αとしての役割を求めて声をかけられるようになるのは誇らしいことなのかもしれない。
中には固定のパートナーのいないこの時期を楽しむαもいるし、それはそれで良いとは思うけれどそれならば自分も、とは思わない。
「羽琉と燈哉って、」
「まだだよ。
燈哉、羽琉もその時が来たらとか平気で言うから変な目で見られてるのに俺が守るから大丈夫とか、頭いいのに馬鹿だよね」
先日、燈哉が教室でそんなことを言ったせいで密かに羽琉を気にするαは色めき立ち、燈哉に憧れるΩは頬を染めていたと伊織が怒っていたのを思い出す。
そんなこと言わなくても羽琉も燈哉もお互いのフェロモンを纏っていない時点で分かることだし、そもそも羽琉がヒートを迎えてないことなんて学校を休むことがないのだから分かりきったことだ。
それを敢えて言うのは牽制なのか、何も考えていないだけなのか…。
「最近、みんな色気付いて身の危険感じないか?」
「それ、分かる…」
俺の言葉に同意した伊織は眉間に皺を寄せ溜息を吐く。羽琉に対する好意を知られてしまえば燈哉に排除されることを想定してその気持ちを押し殺しているせいで、意中のΩのいない、フリーのαと認識されているのだから仕方ないと思うものの、伊織に限って言えば意に沿わぬ関係を結ばされて羽琉に誤解されたく無いというのが本音だろう。
「Ωって、羽琉みたいに控えめで受け身だと思ったのにそうじゃ無いのも多いのな」
「抑制剤、手放せないよね…」
俺の言葉に伊織も困った顔を見せる。
普段は飲んで無いけれど、万が一の時を考えて抑制剤は常に携帯している。意に沿わない番関係なんて恐怖でしかない。
「パートナーがいたらΩの突撃も無くなるのかな?」
「でも羽琉以外のパートナー、考えられるか?」
少しだけ期待して聞いてみる。
伊織が羽琉以外を選ぶことなんてないと分かっているのに…。
「燈哉がいる限り望みなんてないのにね」
「羽琉が燈哉のこと好きで仕方ないんだからどうしようもないよな…」
燈哉の一方通行ならまだ望みがあったのにな、と伊織のことを少しだけ不憫に思う。その時が来たら羽琉が燈哉と番になるつもりなのは誰の目にも明らかだ。
それでも、決定的な事があるまで伊織は諦めることができないのだろう。
殆ど登園しないくせにたまに来たかと思えば下にも置かない扱い。幼心にこの子は特別なのだと思ったものの、幼心に特別扱いばかりされていると面白くないものもあった。
ただ、燈哉もそうだったように俺自身も幼い頃から漠然とαとしての自覚があったせいで、面白くないと思いながらも羽琉のことは守るべきΩだと認識していた。
だからと言って、燈哉のように羽琉に寄り添ったわけではないけれど、本能的に常に気にはしていたのを覚えている。そう、意図してではなくて、気付けば羽琉の事を目で追っていただけのこと。
そこにあったのは義務とか責任という言葉で、愛とか恋といった甘い感情は無かった。
ただただ弱いものを守らなければという義務感と、αであるが故の責任感。
そして気が付いた伊織の視線。
伊織のことは幼稚舎から一緒だったから当然知っていた。仲が良いかと言われれば微妙と答えるしかないような同級生だけど、お互いに認識しているし、話をすることもある。
特別仲が良いわけではないけれど、幼稚舎から一緒だったせいで他の同級生に比べればお互いのことをよく知っている、そんな存在。
「ねえ、伊織ってまだ羽琉のこと好きだよな?」
そう聞いてみたのはほんの気紛れ。
「まだって?」
その驚いた顔が可愛くて思わず笑ってしまう。俺や燈哉ほどはっきりとしているわけではないけれど、αとしての片鱗を見せているのにどこかにスキのある伊織は気になってしまう存在だった。
「だって、ずっと羽琉のこと好きだっただろ?
今だって、燈哉が居なくなればいいのにってずっと思ってるよな」
羽琉の事を見ているだけで何もできない様子の伊織に対してかまをかけてみる。
「………何言ってるの?」
いつもの伊織なら「何で分かったの?」と困った笑顔を見せると思ったのに、蒼白とは言わないまでも顔色を悪くしたのを見てアプローチの仕方を間違えた事に気付く。
「だって、俺だってそう思ってるから。
羽琉を見てたのは伊織だけじゃないよ」
伊織を安心させるために言った言葉だった。その言葉のせいで自分の想いを伝える事ができなくなるなんて考えもせずに言葉を続ける。
「燈哉、上手くやったよな。
うちのクラスって担任が羽琉のことやけに特別扱いしてたから、話しかけたら駄目だと思い込んでなかったか?
それなのにクラスが違っただけで話しかけられるとか、伊織や俺と、燈哉の立ち位置が逆だったら今あそこに立ってたのは伊織か俺だったかもしれないのにな」
そう言って苦笑いを見せれば俺の視線の先に仲睦まじく歩く燈哉と羽琉を見付けて困ったような顔を見せる。この後にまだ生徒会の仕事のある燈哉はいつものように羽琉のエスコートをしている。
「まあ、そうだよね。
特別扱いだったし、今思うと羽琉に関わるなって言われてたのと一緒だよね、あれは」
俺の言葉に伊織も思っていたであろう言葉を返してくれる。ただ、伊織の考えと俺の考えが全て重なっているのかと言えばそうではない。
「燈哉にはもっと似合う相手がいると思わないか?」
「まあね。
羽琉みたいに大人しい子じゃなくて、もっと自立した感じの相手の方がお似合いだとは思うけど…燈哉は羽琉にしか興味無さそうだし、羽琉だって燈哉しか見てないしね」
もっと本心を知りたくて少し揺さぶってみるものの、なかなか本心を口にしない伊織をさらに揺さぶる。
「俺だって羽琉のこと守れるくらいの強さは有るつもりなのにな」
「僕はちょっと自信ないけど、それでも守りたいと思ってるよ」
「お互い、報われないよな」
そう言ってみれば俺も羽琉のことが好きだと勘違いしたのだろう。伊織の中で仲間意識が芽生えたのか、俺を見かけると声をかけて来るせいでふたりで過ごすことが多くなっていく。お互いに徒歩での通学だったせいか、気付けば時間を合わせて登下校するようになっていた。
話すことと言えば本当に普通の話、読んだ本の話や前日のテレビの話。雑誌で見かけたショップの話や好きな洋服のブランドの話。
そして、高校生らいし会話の中に紛れる羽琉の話。伊織は俺も羽琉のことが好きだと思ったままだから最近は羽琉が休まなくなったとか、髪が伸びたとか髪を切ったとか。今日は顔色が悪かったとか、今日は顔色が良かったとか、そんな事を話しては表情をコロコロと変える。
羽琉に対して庇護欲を感じてはいるものの、恋愛感情を持っているわけではない俺にしてみれば、そんな伊織の表情を見ることこそが楽しみとなっていく。
そう、αである俺は、同じαである伊織に惹かれていったんだ。
変に媚びることもなく、ただただ気安い関係。俺の方がαとしての力が強いものの、それを気にすることなく、共通の想い人だと勘違いしたままの羽琉の話を嬉しそうにする伊織のことを可愛いと思うようになるのはすぐだった。
俺よりは華奢に見えるものの、伊織だけで見れば平均よりも少し高い身長だしどう見ても庇護されるより庇護する側だ。当然だけど伊織に憧れるΩやβも多い。ただ、伊織よりもはるかに恵まれた体型の俺と並ぶとΩと勘違いされることがあるのだから不思議だ。
そんな時に訪れた転機。
俺と伊織の関係を少しだけ変化させたのは、単純にΩ避けのためと伊織と一緒にいるための大義名分が欲しかったため。そのせいで伊織と羽琉が近付くのならそれはそれで良いと思ってした行動。
「今日さ、またΩの子から声かけられた」
「男の子?女の子?」
「男。
正直、羽琉以外の男性Ωに興味無いんだけどな」
伊織を安心させるために言った言葉。
恋愛感情はないけれど、羽琉のことは幼稚舎の頃から気にしていたのだから興味がないわけじゃない。
「政文は女の子の方がいいとか?」
「いや、言い方が悪かった。
俺は羽琉にしか興味無い。
伊織は最近は?」
「僕は女の子から時々声かけられるよ」
「Ω?」
「そう」
そんなふうに互いの状況を話しては溜息を吐く。伊織とふたりで過ごすことが多くなってからというもの悪目立ちするのか、以前に比べて所謂【お誘い】を受けることが多くなった。中等部になれば少しずつヒートを迎えるΩが増えてくるせいで、αとしての役割を求めて声をかけられるようになるのは誇らしいことなのかもしれない。
中には固定のパートナーのいないこの時期を楽しむαもいるし、それはそれで良いとは思うけれどそれならば自分も、とは思わない。
「羽琉と燈哉って、」
「まだだよ。
燈哉、羽琉もその時が来たらとか平気で言うから変な目で見られてるのに俺が守るから大丈夫とか、頭いいのに馬鹿だよね」
先日、燈哉が教室でそんなことを言ったせいで密かに羽琉を気にするαは色めき立ち、燈哉に憧れるΩは頬を染めていたと伊織が怒っていたのを思い出す。
そんなこと言わなくても羽琉も燈哉もお互いのフェロモンを纏っていない時点で分かることだし、そもそも羽琉がヒートを迎えてないことなんて学校を休むことがないのだから分かりきったことだ。
それを敢えて言うのは牽制なのか、何も考えていないだけなのか…。
「最近、みんな色気付いて身の危険感じないか?」
「それ、分かる…」
俺の言葉に同意した伊織は眉間に皺を寄せ溜息を吐く。羽琉に対する好意を知られてしまえば燈哉に排除されることを想定してその気持ちを押し殺しているせいで、意中のΩのいない、フリーのαと認識されているのだから仕方ないと思うものの、伊織に限って言えば意に沿わぬ関係を結ばされて羽琉に誤解されたく無いというのが本音だろう。
「Ωって、羽琉みたいに控えめで受け身だと思ったのにそうじゃ無いのも多いのな」
「抑制剤、手放せないよね…」
俺の言葉に伊織も困った顔を見せる。
普段は飲んで無いけれど、万が一の時を考えて抑制剤は常に携帯している。意に沿わない番関係なんて恐怖でしかない。
「パートナーがいたらΩの突撃も無くなるのかな?」
「でも羽琉以外のパートナー、考えられるか?」
少しだけ期待して聞いてみる。
伊織が羽琉以外を選ぶことなんてないと分かっているのに…。
「燈哉がいる限り望みなんてないのにね」
「羽琉が燈哉のこと好きで仕方ないんだからどうしようもないよな…」
燈哉の一方通行ならまだ望みがあったのにな、と伊織のことを少しだけ不憫に思う。その時が来たら羽琉が燈哉と番になるつもりなのは誰の目にも明らかだ。
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