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【side:政文】俺たちの転機。
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「なあ、俺たち付き合わない?」
それは、零れ落ちてしまった本音。
「政文、急に何言ってるの?」
俺の言葉に伊織が焦った声を出す。
茶化したように言えば伊織を困らせるようなこともなかったはずなのに、自分で思った以上に真剣な声が出てしまっていたのかもしれない。
「僕のことが好き、なんて事ないよね?」
「嫌いじゃないど恋愛的な好きではないな、確かに」
困った顔をされてしまい、零れ落ちた本音を嘘で隠してしまう。素直に好きと言ったところで成就することのない想いならひた隠しにして側に居られる方がいい。だって、伊織の想いは近くで見ていた俺が1番理解しているのだから。
「じゃあ、何で?」
「カムフラージュ?」
困惑する伊織にそう言って納得するような説明をしていく。これで警戒されて側に居られなくなってしまったら元も子もない。
Ωからのアプローチがこれからもっと増えると思うと憂鬱で仕方ない事。
そもそも羽琉以外のΩに対して興味が持てないし、羽琉以外のフェロモンを纏いたくないこと。本音を言えば、羽琉のフェロモンだって纏いたいとは思わない。ただ、伊織が守りたいと思ううちは羽琉の事を一緒に守ろうと思っているだけ。
他のΩのフェロモンを纏い、羽琉に「おめでとう」なんて言われたら居た堪れないと眉間話を寄せるけれど、本当はパートナーを作る事によって伊織との関係が変化する事を恐れているだけ。
カムフラージュのためにΩと付き合うのは論外だけど、パートナーが居なければ延々と続くΩからのアプローチを止めるために付き合っているふりは有効だし、α同士で付き合えば燈哉だって警戒を緩め、羽琉に近づくことができるかもしれないと付け加えれば伊織は考え込む。
だから、その気になるようにもう一押しする。
「そもそも、一部では俺たちが付き合ってるんじゃないかって言われてるの、知ってたか?」
そう言って伊織にだけ甘い笑顔を向けて、そっとその手を握る。「えっ!?」とか「あれ、」とか後ろを歩く生徒から驚きの声が上がるのを意識して所謂恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方をして話を続ける。
「どっちみち一緒に行動してるんだし、悪くない提案だと思わないか?」
「でも燈哉がそんなことで誤魔化させる?」
焦った伊織は側からどう見えるのだろう?恥じらって見えているのだとしたら…その顔を俺以外が見るのは面白くない。だけどこれも必要な事だと自分に言い聞かせ、伊織が手を振り解かないのをいい事にそのまま話し続ける。
「燈哉は露骨な態度には敏感だけど、案外単純だし。少しずつ懐柔していけば良いんじゃないか?
それに、燈哉が疑ってもΩ避けにはなる」
「そんなに上手くいく?」
「そこは、羽琉のために頑張るしかないんじゃないか?」
言いながら絡めた指に力を込めてみる。どうやら手を繋ぐことは嫌ではないようだ。
「こんな風にしてても嫌じゃないだろ?」
「まあね、」
周りの視線を感じない訳じゃないだろう。伊織の態度次第では明日には噂は事実として認識されるはずだ、そんな風に思い様子を伺っていると伊織がそっと指を絡め返す。
「とりあえず、登下校はふたりで?」
俺の顔を上目遣いで見て妖艶に微笑む。周りの騒めきが聞こえる。
そして、俺の中に芽生えた征服欲。
羽琉に対する庇護欲とは全く違う、伊織が欲しいと渇望する想い。
だけどその気持ちを押し殺し微笑み返す。
「だな。何なら毎日手を繋ぐか?」
「………それは遠慮しておく」
「じゃあ、タマにで」
そんな風に結ばれたパートナー関係。
伊織と過ごす時間は快適だった。
ふたりでいる時には羽琉の話がよく出るものの、そんな時は愛おしむような顔をするせいでこちらの顔まで甘くなっている自覚はある。そのせいで俺たちふたりの関係性は信憑性を増していく。
俺の狙い通り、Ωから声をかけられることは少なくなったものの、それでもまだアプローチしてくる強者には「Ωと付き合う気は無いから」とハッキリと告げる。
α同士だなんて不毛だと言われることもあったけれど、そんなのはこちらの勝手だ。
伊織の願いが叶うことはないと分かっていても、寄り添いたいと思ったのは燈哉に対して屈折した想いを抱いていたから。
羽琉に対してだけじゃない。
全てにおいて自分よりもほんの少しだけ前にいる燈哉の存在は、俺にとって面白くないものだった。羽琉に対して恋愛的な想いはないけれど庇護欲は持っているせいで、全面的に燈哉を頼る羽琉を見ていると羽琉を守ることのできるαは燈哉だけじゃないのにと思ってしまうのだ。
そして、そんな中で燈哉を意識する伊織を見てしまうと自分を、自分だけを見て欲しいと思ってしまったのはただの嫉妬。
「政文、ゴメン。
僕、余計なことは言ってないはずだけど」
珍しくそんな風に言って自分から指を絡めてきた伊織に驚く。「たまには伊織から手、繋いでもいいんだよ?」と言っても顔を赤くして拒否していたのにどうしたのかと思えば俺がいない間に羽琉と燈哉と話をしたと教えられる。
「本当に付き合ってるのかって聞かれたから少し前からねって言ったんだけど、なかなか羽琉が納得してくれなくて」
そして、話の内容をポツリポツリと口にする。
2人は付き合っているのかと聞かれたこと。
αなのに何故かと言われたこと。
燈哉に嗜められても納得できないようで、αはΩと付き合うのが幸せなのではないかと言われたと苦笑いを浮かべる。
「羽琉には言ってほしくなかったな…」
無意識なのだろう、言いながら俺の手に爪を立てる。この痛みは伊織の胸の痛みなのかもしれない。
「伊織も政文も、好きって言ってるΩの子多いよって、だからなのにね」
「羽琉って、鈍いのか鋭いのか分かんないよな」
「そうなんだよね。
挙句、何かあったせいなのかって言われたからヒートアタックのせいだって言っちゃった」
そう言って「だから、話し合わせておいてね」と困ったように言ったけど、羽琉の側にいるためにだなんて言えないのだから仕方がない事だと割り切る。特定のΩの名前を出したわけでもないから誰かに迷惑をかけてしまうこともないだろう。
「まあ、それで燈哉も納得したなら良いんじゃないか?」
「燈哉もヒートアタックって言ったら渋い顔してたから…経験者かもよ?」
「燈哉に挑むとか、ある意味αよりも強いよな、Ωって」
「羽琉は違うけどね」
そんな話をしてだいぶ経ってから、燈哉に声を掛けられたのはいつものようにふたりで下校しようとした時。
「政文、伊織、ちょっと良いか?」
燈哉の隣には当然のように羽琉が立ち、俺たちの様子を伺っている。
「どうした?」
驚いて咄嗟に出てしまった疑問形の言葉に対して「頼みたい事があるんだ」と言った燈哉は渋い顔をしていた。
「あのね、燈哉が明日、家の用事で休まないといけないんだけど、明日1日一緒に過ごしてもらうことってできないかな?」
おずおずと伝えてくる羽琉の言葉を理解するのに時間がかかってしまい、俺が口を開く前に伊織が「え?」と間の抜けた声を上げる。驚きすぎるとこんなリアクションを取るのかとにやけそうになるのを抑え、次の言葉を待つ。
「初等部の頃はこんな時は休んでたけど、中等部ではなるべく休みたくないんだ」
そう言った羽琉に燈哉が大きな溜息を吐く。
「明日は休むように言ったら嫌だって言うし、だからってひとりにしておくのは…」
正直、馬鹿らしいと思った。
この学校はΩの通う学校であるが故、校内で危険に遭うことはまずない。学校側だって、それなりの家庭の子どもを預かっているのだから必要な対策はしているし、そもそも学生であっても問題を起こした時にどんな弊害があるのかを理解できないような生徒はこの学校にはいない。
校外に出てしまえば不安はあるものの、羽琉は送迎だったはずだ。
「少し過保護じゃないか?」
思わず言ってしまった。
ただ、伊織にとってはいい機会だとも思った。普段、羽琉と過ごすことができないのだからこんな時があっても良いだろう。
「ほら、やっぱりそう言われるんだってば」
羽琉が顔を赤くして燈哉に訴える。
そんな羽琉の様子を可愛くて仕方がないといった顔で見ながら、燈哉が言葉を引き継ぐ。
「過保護でも何でも羽琉をひとりにしておいたらαが寄ってくるぞ?」
「そんな事ないって、」
「ああ、そっち、」
そう呟き「α避けのために俺たちを使おうって事か」と確認してみる。羽琉を危険から守るためではなくて、燈哉がいない間に羽琉に近付くαを牽制するために【俺】を使いたいだけなのだろう。
「どういう事?」
話の流れを理解しきれていない伊織に少し呆れながらも説明をする。
「過保護な燈哉くんは羽琉に余計な虫が近付くのが許せなくて、仕方ないから俺たちで虫除けしたいんだって」
そこまで言ってもピンとこないのか、困惑した伊織はとても可愛く見えてしまった。
それは、零れ落ちてしまった本音。
「政文、急に何言ってるの?」
俺の言葉に伊織が焦った声を出す。
茶化したように言えば伊織を困らせるようなこともなかったはずなのに、自分で思った以上に真剣な声が出てしまっていたのかもしれない。
「僕のことが好き、なんて事ないよね?」
「嫌いじゃないど恋愛的な好きではないな、確かに」
困った顔をされてしまい、零れ落ちた本音を嘘で隠してしまう。素直に好きと言ったところで成就することのない想いならひた隠しにして側に居られる方がいい。だって、伊織の想いは近くで見ていた俺が1番理解しているのだから。
「じゃあ、何で?」
「カムフラージュ?」
困惑する伊織にそう言って納得するような説明をしていく。これで警戒されて側に居られなくなってしまったら元も子もない。
Ωからのアプローチがこれからもっと増えると思うと憂鬱で仕方ない事。
そもそも羽琉以外のΩに対して興味が持てないし、羽琉以外のフェロモンを纏いたくないこと。本音を言えば、羽琉のフェロモンだって纏いたいとは思わない。ただ、伊織が守りたいと思ううちは羽琉の事を一緒に守ろうと思っているだけ。
他のΩのフェロモンを纏い、羽琉に「おめでとう」なんて言われたら居た堪れないと眉間話を寄せるけれど、本当はパートナーを作る事によって伊織との関係が変化する事を恐れているだけ。
カムフラージュのためにΩと付き合うのは論外だけど、パートナーが居なければ延々と続くΩからのアプローチを止めるために付き合っているふりは有効だし、α同士で付き合えば燈哉だって警戒を緩め、羽琉に近づくことができるかもしれないと付け加えれば伊織は考え込む。
だから、その気になるようにもう一押しする。
「そもそも、一部では俺たちが付き合ってるんじゃないかって言われてるの、知ってたか?」
そう言って伊織にだけ甘い笑顔を向けて、そっとその手を握る。「えっ!?」とか「あれ、」とか後ろを歩く生徒から驚きの声が上がるのを意識して所謂恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方をして話を続ける。
「どっちみち一緒に行動してるんだし、悪くない提案だと思わないか?」
「でも燈哉がそんなことで誤魔化させる?」
焦った伊織は側からどう見えるのだろう?恥じらって見えているのだとしたら…その顔を俺以外が見るのは面白くない。だけどこれも必要な事だと自分に言い聞かせ、伊織が手を振り解かないのをいい事にそのまま話し続ける。
「燈哉は露骨な態度には敏感だけど、案外単純だし。少しずつ懐柔していけば良いんじゃないか?
それに、燈哉が疑ってもΩ避けにはなる」
「そんなに上手くいく?」
「そこは、羽琉のために頑張るしかないんじゃないか?」
言いながら絡めた指に力を込めてみる。どうやら手を繋ぐことは嫌ではないようだ。
「こんな風にしてても嫌じゃないだろ?」
「まあね、」
周りの視線を感じない訳じゃないだろう。伊織の態度次第では明日には噂は事実として認識されるはずだ、そんな風に思い様子を伺っていると伊織がそっと指を絡め返す。
「とりあえず、登下校はふたりで?」
俺の顔を上目遣いで見て妖艶に微笑む。周りの騒めきが聞こえる。
そして、俺の中に芽生えた征服欲。
羽琉に対する庇護欲とは全く違う、伊織が欲しいと渇望する想い。
だけどその気持ちを押し殺し微笑み返す。
「だな。何なら毎日手を繋ぐか?」
「………それは遠慮しておく」
「じゃあ、タマにで」
そんな風に結ばれたパートナー関係。
伊織と過ごす時間は快適だった。
ふたりでいる時には羽琉の話がよく出るものの、そんな時は愛おしむような顔をするせいでこちらの顔まで甘くなっている自覚はある。そのせいで俺たちふたりの関係性は信憑性を増していく。
俺の狙い通り、Ωから声をかけられることは少なくなったものの、それでもまだアプローチしてくる強者には「Ωと付き合う気は無いから」とハッキリと告げる。
α同士だなんて不毛だと言われることもあったけれど、そんなのはこちらの勝手だ。
伊織の願いが叶うことはないと分かっていても、寄り添いたいと思ったのは燈哉に対して屈折した想いを抱いていたから。
羽琉に対してだけじゃない。
全てにおいて自分よりもほんの少しだけ前にいる燈哉の存在は、俺にとって面白くないものだった。羽琉に対して恋愛的な想いはないけれど庇護欲は持っているせいで、全面的に燈哉を頼る羽琉を見ていると羽琉を守ることのできるαは燈哉だけじゃないのにと思ってしまうのだ。
そして、そんな中で燈哉を意識する伊織を見てしまうと自分を、自分だけを見て欲しいと思ってしまったのはただの嫉妬。
「政文、ゴメン。
僕、余計なことは言ってないはずだけど」
珍しくそんな風に言って自分から指を絡めてきた伊織に驚く。「たまには伊織から手、繋いでもいいんだよ?」と言っても顔を赤くして拒否していたのにどうしたのかと思えば俺がいない間に羽琉と燈哉と話をしたと教えられる。
「本当に付き合ってるのかって聞かれたから少し前からねって言ったんだけど、なかなか羽琉が納得してくれなくて」
そして、話の内容をポツリポツリと口にする。
2人は付き合っているのかと聞かれたこと。
αなのに何故かと言われたこと。
燈哉に嗜められても納得できないようで、αはΩと付き合うのが幸せなのではないかと言われたと苦笑いを浮かべる。
「羽琉には言ってほしくなかったな…」
無意識なのだろう、言いながら俺の手に爪を立てる。この痛みは伊織の胸の痛みなのかもしれない。
「伊織も政文も、好きって言ってるΩの子多いよって、だからなのにね」
「羽琉って、鈍いのか鋭いのか分かんないよな」
「そうなんだよね。
挙句、何かあったせいなのかって言われたからヒートアタックのせいだって言っちゃった」
そう言って「だから、話し合わせておいてね」と困ったように言ったけど、羽琉の側にいるためにだなんて言えないのだから仕方がない事だと割り切る。特定のΩの名前を出したわけでもないから誰かに迷惑をかけてしまうこともないだろう。
「まあ、それで燈哉も納得したなら良いんじゃないか?」
「燈哉もヒートアタックって言ったら渋い顔してたから…経験者かもよ?」
「燈哉に挑むとか、ある意味αよりも強いよな、Ωって」
「羽琉は違うけどね」
そんな話をしてだいぶ経ってから、燈哉に声を掛けられたのはいつものようにふたりで下校しようとした時。
「政文、伊織、ちょっと良いか?」
燈哉の隣には当然のように羽琉が立ち、俺たちの様子を伺っている。
「どうした?」
驚いて咄嗟に出てしまった疑問形の言葉に対して「頼みたい事があるんだ」と言った燈哉は渋い顔をしていた。
「あのね、燈哉が明日、家の用事で休まないといけないんだけど、明日1日一緒に過ごしてもらうことってできないかな?」
おずおずと伝えてくる羽琉の言葉を理解するのに時間がかかってしまい、俺が口を開く前に伊織が「え?」と間の抜けた声を上げる。驚きすぎるとこんなリアクションを取るのかとにやけそうになるのを抑え、次の言葉を待つ。
「初等部の頃はこんな時は休んでたけど、中等部ではなるべく休みたくないんだ」
そう言った羽琉に燈哉が大きな溜息を吐く。
「明日は休むように言ったら嫌だって言うし、だからってひとりにしておくのは…」
正直、馬鹿らしいと思った。
この学校はΩの通う学校であるが故、校内で危険に遭うことはまずない。学校側だって、それなりの家庭の子どもを預かっているのだから必要な対策はしているし、そもそも学生であっても問題を起こした時にどんな弊害があるのかを理解できないような生徒はこの学校にはいない。
校外に出てしまえば不安はあるものの、羽琉は送迎だったはずだ。
「少し過保護じゃないか?」
思わず言ってしまった。
ただ、伊織にとってはいい機会だとも思った。普段、羽琉と過ごすことができないのだからこんな時があっても良いだろう。
「ほら、やっぱりそう言われるんだってば」
羽琉が顔を赤くして燈哉に訴える。
そんな羽琉の様子を可愛くて仕方がないといった顔で見ながら、燈哉が言葉を引き継ぐ。
「過保護でも何でも羽琉をひとりにしておいたらαが寄ってくるぞ?」
「そんな事ないって、」
「ああ、そっち、」
そう呟き「α避けのために俺たちを使おうって事か」と確認してみる。羽琉を危険から守るためではなくて、燈哉がいない間に羽琉に近付くαを牽制するために【俺】を使いたいだけなのだろう。
「どういう事?」
話の流れを理解しきれていない伊織に少し呆れながらも説明をする。
「過保護な燈哉くんは羽琉に余計な虫が近付くのが許せなくて、仕方ないから俺たちで虫除けしたいんだって」
そこまで言ってもピンとこないのか、困惑した伊織はとても可愛く見えてしまった。
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