Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:涼夏】Ω達の思惑。

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 〈仲真のΩ〉と呼ばれる羽琉の性質と、未確認ながらも実しやかに囁かれる噂。
 身体の弱いΩである羽琉の親はαと番うことで健康を取り戻したからと、その時が来た時のために幼稚舎の頃から番候補を選定していたこと。
 そして、選ばれたのが燈哉であること。

 やっぱり良家のα、Ωは生きる世界が違うと思った時に告げられる、その話の裏側。

 幼稚舎の頃は家格を元にクラス編成されていたこと。当然だけど羽琉は家格の高い者の集まるクラスだったこと。そのクラスでは「羽琉くんは身体が弱いから無理をさせないように」と異常なほどに言われていたこと。

 それがどうしたと思ったけれど、それはそのクラスのα(仮)の保護者の総意だったこと。

 別に羽琉に問題があったわけじゃない。番候補という概念だって、早いうちから婚約者を持つ者もいるαとΩにしてみればおかしなことでもない。だけど、幼い頃に決められた婚約者候補がいたり、早いうちから相手を決めたくないという想いから何も知らないままに〈羽琉と仲が良いから〉という理由で無理やり番候補とされることを危惧した保護者からの要請。
 太い家との縁を有り難がる家もあるのだろうけれど、それだけが全てじゃない。だけど〈仲真〉からの要請だと言われて断ることのできる家は多くない。

 はじめは番候補となるαの保護者からの要請だった。
 「仲真君と同じクラスであることに不安を覚えるからクラスを変えて欲しい」と。

 それを通してしまえば自分の子がαだと思っている保護者は同じように要請するだろう。そうなってしまえばクラス編成に支障をきたすことになる。
 だから、必要以上に羽琉に近付かないようにとされた配慮。
 幸いなことに幼稚舎の頃は入院、療養を繰り返し、欠席することが多かったため可能だった配慮。

 クラスメイトは小さくて身体の弱い羽琉のことを心配はしていたけれど、「羽琉君は身体が弱いからそっとしておいてあげようね」と言われてしまえば素直に従うほどに幼い年頃。

 羽琉に対してだって、それなりに配慮はされていた。

 αでなければ番候補になることはないと、戸外遊びを好まない子がβやΩであればさり気なく「室内で遊ぼうか」と声をかける。
 室内で楽しめるよう玩具を揃えたり、絵本を多く用意したり、不自然に見えない程度に整えられた環境。

《その時は気づいてなかったんだけど他のクラスの子や、弟や妹と話すと全然違ったんだよね。気付いたのは初等部に入ってから》

 そんな環境を整えてまで配慮される家だなんて、自分とは住む世界が違いすぎると他人事のように考える。
 だけど、それほどまで配慮された中で番候補になった燈哉のことが気になり聞いてみる。

〈燈哉君はクラス違ったの?〉

《違った》

《たぶん、途中から入ったんじゃなかったかな?》

《だからきっと、羽琉君に話しかけられたんだよね》

《そうだと思う。
 同じクラスだった僕たちは羽琉君に話しかけるのは羽琉君を疲れさせることだって、羽琉君のためにならないって本気で思ってたもんね》

《うん。
 虐めとか仲間はずれとか、そんな感覚じゃ無くて、弱い羽琉君は大切にしないとって感覚》

〈それ、おかしくない?〉

《おかしいよ。
 でもその当時はそう思ってたんだから仕方ないよね》

《幼稚舎の頃だもんね》

 おかしいと思いながらも、幼い頃ならばそんなこともあるのだろうと自分を納得させる。遊びに夢中になっている中で羽琉に気付いた燈哉は人よりも優しかったのかも知れない。

〈燈哉君が話しかけるのは誰も止めなかったの?〉

《どうなんだろうね。
 でもいつの間にかだったから、知らない内に仲良くなってたんだと思うよ》

《お外遊びの時なんて、遊ぶの楽しくて他のこと気にしなかったもんね》

 そう言われ、同じ年頃の頃を思い浮かべれば確かに他を気にすることなくひたすら遊んでいたことを思い出す。
 遊びたい遊具がたくさんあって、誰かが離れた隙にそれを使おうと周りで繰り広げられる駆け引き。順番を守るために並ぶ長い列。

〈それで、結局オレは何が不味いの?〉

《燈哉君に近づいたこと?》

《燈哉君の関心を引いたこと?》

《羽琉君を蔑ろにしたこと?》
 
〈それ、オレのせいじゃなくない?〉

《そうなんだけど、そうじゃないから不味い》

《巻き込まれたよね》

〈ごめん、よく分からない〉

 そして教えられたことで【巻き込まれた】の意味を知る。

 燈哉と羽琉の関係は、良好に見えて良好ではないこと。

 幼い頃に休みがちで、自分に声をかけてくれたのは燈哉だけだったという一種のトラウマのせいか、燈哉が自分以外に目を向けるのを嫌う羽琉。

 そんな羽琉だけを燈哉が見ているうちは良好だった関係が、燈哉の交友関係が広がっていくたびに歪に歪んでいったこと。

 幼稚舎の頃は戸外で遊ぶ自分の元に来てくれるだけで満足していた羽琉だったけど、初等部に入り、登校できる日が増えてくると燈哉がいない時間に不安を覚え始める。
 初等部の頃は自家用車で送迎される生徒は今よりも多く、教師が教室に向かうように誘導する声と、友人を見つけて教室に向かう生徒の声が騒がしいのは毎日のこと。
 そんな中で羽琉は教師に連れられて教室に向かうことが多かったらしい。

 教室に入れば電車で登校した燈哉が「羽琉くん、おはよう」と声をかけ、何かと世話をするのが見慣れた光景。
 幼稚舎からの持ち上がり組が「羽琉くんは身体弱いから疲れさせちゃダメなんだよ」と言っても「羽琉が身体弱くても俺がいるから大丈夫」と言う燈哉と、そう言われて嬉しそうな羽琉を見てしまえばなにも言えなかったと教えられる。

〈その時から番候補だったの?〉

《どうだろう?》

《そうだと思うよ。幼稚舎の頃に一緒にご飯食べに行ったって話してたの聞いたことあるし》

《あ、聞いたことあるかも。
 それって、そういうこと?》

《だと思うよ。
 家族総出で『羽琉をお願いします』だったんじゃない?》

《逃げられないよね》

《よね》

《あ、先生きたから落ち着いたらまた続き送る》

《帰りは?》

《燈哉君と約束してたの、見てなかった?》

《そうだった。
 伝えたいこと、まとめて送れるようにしておく》

〈ありがとう〉

 要領を得ないまま終わったメッセージだったけど、どうやら面倒なことになりそうだとため息を吐くことしかできなかった。



「燈哉君」

 ホームルームが終わると「メッセージ、まとまったら送るから」そう言って声をかけてくれたΩの子達は帰って行った。面白がっているのか、心配してくれているのか、どちらとも取れない態度に全てを信じることはやめようと自分自身に釘を刺す。
 本当のことなんて、本人にしか分からないのだから。

 そして、燈哉を見て笑みを浮かべる。自分はどんなふうに嗤っているのだろう。

 大切にしたいΩがいるのに俺に声をかけたα。

 守りたかったΩがいたはずなのに、一瞬でも守られることを夢見てしまったΩ。

「ごめん、待たせた?」

 そんなふうに言った燈哉に「色々案内してくれるって言われたけど燈哉君が来るからって逃げてたところ」と答えれば「そっか、」と笑う。

「燈哉、いいの?」

 そんなふうに聞かれて「何が?」と惚けるけれど、「羽琉ちゃんはいいの?」「羽琉、大丈夫だった?」と声をかけられて渋い顔をする。彼のことを言われるのは面白くないのだろう。

「燈哉君、羽琉ってあの子のことだよね」

 分かっているけれど、敢えてそう聞いてみれば「そう。だけどあの子は今は関係無いから」と答える。
 
 この場合、【番候補】と言うのが正しいのか、【恋人】と言うのが正しいのか。彼のことをどう呼ぶのかとその言葉を待ってみたけれど、「校内の案内するよ。案内しながら少し話そうか」と誤魔化されてしまった。

「いいの?
 ありがとう」

 仕方なくそう答え、歩き出した燈哉の後に続く。

 校内の案内は順調に進んだ。
 中等部とほぼほぼ同じ作りだと言って案内をしてくれる燈哉からは時折良い香りがして自分の気持ちとは関係なく高揚感を覚えてしまう。

 こんな香りを自分も放つことができればΩだなんて判定が出ることもなかったのに。

 この香りを放つことができれば守る者のままでいられたのに、そんな思考がこの香りを纏えば自分も強くなれるのに、そんなふうに頭の中ですり替えられていく。

「ねえ、燈哉君はαだよね?」

 説明なんてほとんど頭に入っていなかった。ただただ、この香りを纏えば何かが変わるかも知れない、そんなことを思いながら燈哉に近付く。

「そうだけど?」

 そう答えた燈哉が足を止める。
 校舎の最上階の1番端であるこの場所はオレにとって都合が良い。
 人目がないのを確認してその真意を探る。

「オレに声をかけたのはΩだから?」

 その言葉に少しだけ目を逸らしたけれど、足を止めた燈哉に近付けば一段と強くなるフェロモンの香り。

 これが欲しい。

 この香りが欲しい。

 αである証を手に入れたい。

「Ωなら誰でも良かったわけじゃないからその言い方だと語弊がある」

 否定はしないけれど肯定もしない。
 親身になってくれたΩの子達もそうだけど、この学校は遠回しで曖昧な言い方しかしてはいけないのかとゲンナリしてしまう。

 だから、本音を知りたくて、αの思考が知りたくて挑発してみる。

「オレは気付いたよ?
 燈哉君が体育館に来た時からソワソワしてた。良い香りがするって。
 燈哉君は違うの?」

 ニヤリと嗤って見せると燈哉が身体を離そうとするためそっとその腕を掴む。
 巻き込んだだのだから、巻き込まれたのだから何か答えを出さないままになんてする気は無かった。
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