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近頃は早朝でもそれほど冷え込まなくなり庭仕事が各段にしやすくなった。今日はオリヴァーが来ない日なのもあり、アゼリアは朝食前に軽く掃除をしようと庭へ行く。降り注ぐ日差しや風の匂いがすっかり春の訪れを告げるものになっていることに気がつき自然と気持ちが明るくなった。
まずは育てているハーブの様子を見ることにした。どれも元気がよさそうで水をやればその雫が朝日を浴びてきらきらと光る。今朝はハーブのオムレツにしようかしら、と考えながら他の花にも水をやろうとしたところでエリザベスが顔を出した。こんなにも早い時間に起きてくるのは珍しい。
「おはようございます、リズさま。今朝はずいぶんお早いですね」
「なんだか目が覚めちゃって。ああでも、朝ごはんは急がなくて平気よ。いつも通りの時間でいいわ」
「では先にお茶でもお淹れしましょうか?」
アゼリアは持っていたジョウロを置いて部屋の中へ向かおうとした。エリザベスがそれを引き止め、すぐそばに咲いているスミレを指差す。
「ここのスミレをすこしもらってもいいかしら。あと花瓶があれば使いたいのだけれど」
「ああ、お部屋に活けますか? きれいに咲いていますものね」
アゼリアはしゃがんで元気のよさそうな花を選んで摘んだ。それを受け取りながら、でもエリザベスの目は伏せられたままだ。表情は曇っている。
ここのところずっとそうだった。春が近づくにつれ村は全体的に活気に満ちてきていたが、エリザベスは反対にどんどん塞ぎがちになっている。去年の春はどうだっただろうか、とアゼリアは思い出そうとしてみたが、そもそも去年はまだ出会ったばかりでいまほど打ち解けてはおらず、エリザベスの小さな変化になど気がついてもいなかった。
「リズさま、もし体調が優れないようでしたら……」
思い切ってそう声をかけると、エリザベスはゆっくりと首を左右に振った。
「今日ね、命日なの」
誰の、ということは聞かずともわかった。エリザベスは手の中のスミレを見つめ、花びらをそっと撫でる。
「去年のいまごろはまだここへ来たばかりで、落ち着かなくて、言い出せなくて」
「そうでしたか」
「忘れてなんかいなかったからお月さまに祈ったのよ。でも今年はあの人のことを思い出しながら窓辺にお花でも活けてみようかなって」
アゼリアは庭仕事を完全に中断し、ジョウロや軍手を片付け始めた。
「どんな方ですか? エルダーさまは」
「え?」
「もしよければおふたりの出会いなどを聞いてみたいです。もちろん、無理にとは言いません」
「ありがとう、優しいのね」
アゼリアがエリザベスの揺れる瞳から感じ取ったのはエルダーを懐かしむ気持ちに加え、なんとか過去と向き合おうとする覚悟のようなものだった。以前すこし話を聞いたときにも感じたことだが、エリザベスはおそらくエルダーとのことを整理できないでいる。あのときはバレット家への憤りなどを話していたが、考えてみればエルダーを失った悲しみそのもについてエリザベスはまったく触れていなかった。それは彼をあまりにも突然失ったこと、そしてその事実を受け止める暇もなくヴィラ・フロレシーダへ行くよう命じられたためだろう。誰にも胸の内を打ち明けられないのならいっそ蓋をして閉じ込めてしまおうと、今日まで耐えてきたに違いない。
そしてその固く閉ざされたエリザベスの心を溶かしたのはヴィラ・フロレシーダでの穏やかな時間と、なによりいつもそばに寄り添っていたアゼリアの存在だった。
「でも長い話になってしまうわ」
「構いません。私たちにはたくさん時間があるんですから、もし今日だけで終わらなければ明日でも明後日でも、いつだって」
「そうね。本当にそうだわ」
庭には温かな日差しが降り注いでいる。
「せっかくですからお庭で朝食にしませんか? ポットでお茶をたっぷりご用意しますから」
「ええ、そうしたいわ。それならゆっくりお話だってできるものね」
朝食はアゼリアが前日に焼いたパンに、秋頃ふたりでつくったカリンのジャムを用意した。それから庭のハーブやオリヴァーからわけてもらった野菜を盛り合わせたサラダにフルーツ、そしてポットにたっぷりのミルクティーまである。もちろん、ミモザのパイも。長い話をするための準備は完璧だった。
「なにから話せばいいのかしらね」
エリザベスがそう切り出したのはほとんど食べ終えゆっくりとお茶を飲んでいるときだった。柔らかな風がふたりの頬を撫でてゆく。
「あれからなにがあったのか未だによくわかっていないの。気がついたら私はひとりになっていたから」
「エルダーさまはいつ頃お亡くなりになられたのでしょうか」
今日が命日だと言っていたから数年は経っているのだろう。しかしエリザベスの様子を見る限りそれほど遠い出来事ではないようだった。もちろん人が過去を乗り越えるのに要する時間はひとりひとり違うだろう。そうした点を踏まえたうえでも、彼女の傷は未だに乾いていないように見える。それでも妙に気づかうのではなくまっすぐたずねるアゼリアに、エリザベスは心からほっとした。傷ついているのはもちろんだが、その傷を癒そうとしているときにこわごわ扱われたままでは自分さえいつまでもその傷を怖れてしまいそうな気がしていた。
「今日でちょうど二年よ」
「そうでしたか」
アゼリアは紅茶を注ぎ足した。ポットを包むティーコゼーはアゼリアが生地を選びエリザベスが縫ったものだ。テーブルに並ぶ食事やデザート、家の中で使われる小物やふたりの服はここで彼女たちが共に生きてきた物語をそのまま表している。時間にすればまだ一年ほどだが、それでもふたりにとってこの一年間はこれまでの人生をすべて詰め込んだような密度を持っていた。
「事故だったことは話したわよね」
「はい。子供を守ったとお聞きしました」
「そうなの。でも私たちには子供がいなかったから、他所の子供のためにエルダーを死なせておまえは子供ひとり残せないのか、なんてずいぶん責められたわ」
「そんな。あんまりです、そんな言い方」
ある日突然ここへエリザベスが送られたことや、以前から彼女がバレット家に捨てられたようなものだと話していたこともあり、バレット家では肩身の狭い思いをしていたのであろうことはアゼリアにもわかっていた。しかしどうやら想像以上だったようである。
「ありがとう、私のことで怒ってくれるのね」
「当然です」
「時々思うわ、私とあなたってずっとむかしはひとりの人間だったのかしら、って」
「リズさまと私が、ですか?」
「ええ。だって他人とは思えないのよ。あなたのことはずっと前から知っていたような……ううん、なんて言うのかしらね。古い知り合いとも違うけれど、記憶よりもっともっと遠いところで知っているような気がするの」
「私も」
「本当に?」
ふたりは目を見合わせ小さく笑う。他人が聞けばなにを言っているのだと呆れられそうなことでも、彼女たちの間ではどれもひどく真剣なことだった。
「そうそう、それでね、バレット家では確かに嫌な思いもしたけどエルダーがいる間はやっぱり幸せだったのよ。ただ彼ははひとつだけ約束を破ったの。いつか私に雪を見せてくれるって言ったのをいまでもよく覚えているわ」
「雪ですか」
ジャルディン・ダ・ライーニャもヴィラ・フロレシーダも冬はかなり冷え込むが雪は降らない。このあたりであればジャルディン・ダ・ライーニャよりさらに北、海の近くの町マル・デ・ネーヴェが雪国として有名である。これまでずっとヴィラ・フロレシーダという小さな世界で生きてきたアゼリアはもちろんマル・デ・ネーヴェへ行ったこともなければ雪を見たこともなかったし、その口ぶりからしてエリザベスもまたそうなのだろう。
結婚前のエルダーは仕事でよくあちこちの町へ出向いていた。新作ドレスの売り込みはもちろん、各地のモードをその目で見て新しいデザイン案をローズに報告するという仕事のためだ。結婚後は広いバレット家の屋敷にエリザベスをひとりにしないよう出張は控えていたようである。
そうした慌ただしい日々のなかでエルダーが楽しみにしていたのは、そこへ行かなければ見ることのできない風景だった。なかでもマル・デ・ネーヴェの雪景色は彼のお気に入りだったらしい。しきりにその美しさを話題に出し、いつかエリザベスのことも連れてゆくと話していた。その矢先の事故だった。
「エルダーはわかっていたの。ドレスとか宝石じゃなくて心を動かす感動こそ私の求めているものだって」
「とても素敵なお方ですね」
「ええ、そう思うわ」
エリザベスは心からそう思っているようだった。しかしその表情には恋焦がれるような色を読み取ることはできなかった。きっといまエリザベスを苦しめているのは彼を失ったということではない。むしろバレット家の人々が自分たちの悲しみすべてをエリザベスに背負わせたというその重さが、いま彼女を苦しめているのだ。
「そういえばおふたりはどのようにして出会ったのですか?」
「ああ、それはね」
エリザベスは紅茶を一口飲み、ミモザのパイに手を伸ばした。さくり、とパイ生地を齧る軽やかな音がする。
「おいしい」
「ありがとうございます。私も食べようかしら」
「食べるべきよ。こんなにおいしいのよ」
「リズさまったらすっかり食いしん坊ですね」
「もう開き直ることにしたの」
初めて食べたときは食べ過ぎてしまうと危惧していたパイを、でもいまは嬉しそうに食べている。エリザベスのその様子は、やはり彼女がここへ来たときよりも前向きであることを示しているかのようだった。おいしいものをおいしいと食べ、美しいものを美しいと讃えるのは心が晴れやかでなければ時に難しいものだ。
エリザベスはパイを食べながらゆっくりと丁寧にエルダーとの出会いを話してくれた。
「私もね、早くに母親を亡くしたの。でも親戚がいたからひとりじゃなかったのよ。それでもすぐ働きたかった。ひとりでも大丈夫だって親戚に証明したくて、近所の仕立て屋で修行をしながらドレスをつくり始めたの」
「そうだったんですね」
「そのドレスが運よくローズさまの目に止まったのがきっかけ。働いていた仕立て屋へ生地を買いにいらしたローズさまが、私のドレスを気に入ってくださったの。そのときお買い物のお手伝いにエルダーも付き添っていたのよ」
その説明にアゼリアは首を傾げた。そんな出会いであればエルダーとエリザベスの仲が悪く言われることもなさそうなものだ。
「そう、最初は良かったの。でも私とエルダーが交際を始めたころ、カメリアさんもデザイナーとして働き始めたのね。代々つづいた一族としてはやっぱりどこの馬の骨ともわからない娘より身内のもの同士で結婚させたかったのだと思うわ」
そもそも私の家は裕福なそれでもなかったしね、とエリザベスは付け足した。要するに家柄の問題である。
「せめてエルダーとの子供がいれば良かったのよ。でも跡取りもいない、残ったのはバレット家と血の繋がりのない私だけだもの。確かに腹も立ったけど、あんな立派な家を取り仕切るお立場なのよ、ローズさまも大変なんだわ」
一通りの話を聞いていたアゼリアはエリザベスの過去に胸を痛めた。せめて自分が彼女のためにできることはないかと必死に考えを巡らせる。
そのなかで、さきほど聞いた言葉が頭に浮かんだ。エルダーとの果たせなかった約束である。
もしもこの先エリザベスのとなりに誰かがいるのだとしたら、それは自分でありたいとアゼリアは強く願っていた。
「リズさま、私がこんなことを申し上げて良いのかわかりませんが」
「私とあなたの間でいまさら話せないことなんてある?」
エリザベスの言葉にアゼリアは一瞬きょとんとした顔になったが、すぐに小さく笑った。確かにもうお互いのなにもかもを話したあとだ。実際に身の回りで起こったことや、その都度感じてきたこと、自分の胸の内に渦巻いていた決して美しくはない気持ちまですべて吐き出しきっている。
「それもそうですね」
「でしょう? それで、なにかしら」
アゼリアはすこしためらいがちに手を伸ばした。エリザベスの白い指先に自身の指を絡める。料理や庭仕事で小さな傷を負った、細い指。
「私と一緒に雪を見てくださいませんか?」
「雪を? それはもちろん素敵だけれど、でもどこで? まさかマル・デ・ネーヴェまで行くの?」
エリザベスの疑問はもっともだった。雪が積もることで有名なマル・デ・ネーヴェはエルダーでさえ滅多に行くことのなかった遠い土地だ。だからこそいつかエリザベスを連れてゆきたいと話していたのだし、それが魅力的な夢物語でもあった。
しかしアゼリアは悪戯を思いついたような目でくすくすと笑っている。
「ねぇ、アゼリアったら。なにがそんなにおかしいの?」
「まだ秘密です。それではええっと、来週がいいですね。一緒に雪を見に行きましょう」
「来週? もう春なのに?」
場所もそうだが季節としてもすでに不可能なはずである。エリザベスはなおも不思議そうな顔をしていたが、アゼリアは絡めた指先にすこし力を込めてそれを揺らした。
「ヴィラ・フロレシーダだけで見られる春の雪でございます」
そう話す口元に浮かぶ笑みは、まるで春の訪れを告げるために咲くスミレの花のようだった。
春の雪を見にゆくという約束の前日、夕暮れ時の台所でふたりはスコーンを焼きそれらをバスケットに詰めていった。春の雪はリリーたちも誘ってピクニックをしながら眺めようとのことである。
スコーンはエリザベス直伝のもので、初めて焼いて以来この屋敷では定番のお茶菓子となっていた。
「これも持ってゆきましょう」
アゼリアが戸棚から出したカリンのジャムを見てエリザベスはそういえば、と以前からの疑問を口にした。
「そういえば、カリンのジャムに特別な名前はないの?」
ヴィラ・フロレシーダでは秋になるとカリンのジャムをつくる習慣があり日常的によく食べられている。どの家庭にもあるその瓶を指差しながらエリザベスがたずねた。おそらくヴィラ・フロレシーダの伝統菓子にいろいろな名前が付けられていることからジャムにもなにか特別な名前があると考えたのだろう。
「そうですね、カリンのジャムとしか」
「だったら私たちで名前をつけましょうよ。別に村の人たちに伝えなくてもいいの、私たちだけがわかればそれで。だって」そこでエリザベスはうふふ、と小さく笑った。なにか悪戯を思いついたときのようなそれだ。「ふたりだけの秘密みたいでしょう?」
秘密。それを分かち合うのがどんなに甘美なことかをふたりは共に暮らし始めてから知った。アゼリアだけでなくエリザベスもまた村人たちとの関係は良好で仲良くしている。それでも例えば彼らを招待して食事会をすることがあっても、このパンはふたりで焼いただとか、あるいはその日のアゼリアの洋服を仕立てたのはエリザベスだとかいったことをわざわざ話題には取り上げなかった。それは決して人に言えないことではなく、でも同時に言う必要のないことでもあったからだ。
行動も記憶も感情も、誰かへ伝えようと言葉に変換した途端そこに含まれる密やかさを失ってしまう。口に出さずともエリザベスとアゼリアはそう感じていた。だから互いを思いやる気持ちを料理や洋裁といった各々が得意とするものを通して伝えていると言っても良い。それが彼女たちの、誰かを想う方法だった。
「そうだわ、夕日という言葉を入れない?」
ちょうど窓から夕日が差し込んでいた。確かにカリンのジャムは夕日と同じような色だ。
「なにがいいかしら、夕日の……ああ、夕日の雫はどうかしら」
「まぁ、素敵です。とてもいいですわ」
「本当? ありがとう」
すこし照れたように笑うエリザベスを見ていたアゼリアは、そこで「それなら」と思いついた。
「それなら、リズさまの教えてくださったスコーンにも名前をつけませんか?」
「このスコーンに?」
バスケットの中にはころんとしたスコーンが詰められている。きれいなきつね色に染まり、顔を近づければふわりと香ばしい。味はプレーンの他に、オレンジの皮の砂糖づけを小さく切って混ぜ込んだものや紅茶の茶葉を混ぜ込んだものもある。砂糖づけはアゼリアがつくったものだ。他にも台所にはアゼリアお手製のはちみつ漬けナッツやフルーツ酒などたくさんの瓶詰めがある。戸棚に並べられたそれらの瓶詰めを初めて見つけたときのエリザベスは、それはわくわくしたものだった。
「でも、いいの? このスコーンは私が母から習ったもので、その、私はここの人間では……」
「リズさま」
アゼリアはエリザベスの手を取りじっと顔をのぞき込んだ。その迷いのないまっすぐな瞳を向けられるとエリザベスは目を逸らすことができない。繋いだ手を握り返し、黙って言葉のつづきを待った。
「リズさまはもうヴィラ・フロレシーダの方ですよ」
「アゼリア、でも」
「この村で四季を味わい、この村の自然や文化を愛してくださるあなたはもう私たちと同じヴィラ・フロレシーダの一員でございます」
その言葉を聞きながらエリザベスはアゼリアの話を思い出していた。いくらここで生まれ育ったとはいえアゼリアはこの村に捨てられたようなものだ。彼女にとって、ヴィラ・フロレシーダははじめから愛すべき故郷ではなかったのかもしれない。あるいは唯一の逃げ場所としてしがみつくしかなかったのかもしれない。いまはでも、アゼリアがヴィラ・フロレシーダを心から愛しているのがよくわかる。そしてエリザベスもまたここで暮らすうちに、村も、そして村人たちのことも愛するようになっていた。
「でもどんな名前がいいかしら」
アゼリアの言葉にほんのりと頬を染めながらエリザベスは首を傾げた。ヴィラ・フロレシーダのお菓子はどれも詩的な響きを持った美しい名前を与えられている。
「せっかくいまは春ですし、晴れの日がつづきますから太陽にちなむものも素敵ですね」
「いいわね。お日さまみたいに丸い形なのも表現できそう」
「はい。夏は雨季がありますから、その前にたっぷりとした陽光を感じられる名前がいいかと思います」
「夏は雨雲のプディングでしょう? 太陽、日光……ねぇ、なにがいいかしら」
「あら、リズさまがお考えにならないのですか?」
「アゼリアにも一緒に考えてほしいの」
エリザベスはすこし眉を下げてアゼリアを見る。この目が甘えているときのそれだと気がついたのはふたりで暮らすようになってしばらくした頃だった。
「それなら、日向の香りはいかがでしょう。焼き立てのスコーンのあの香りはまさにお日さまを思わせますし、今回つくったもののように生地の中に茶葉を、えっ?」
それは突然だった。名前の案を話すアゼリアにエリザベスが抱きつき、腕に閉じ込めたのだ。
「あの、リズさま?」
「ごめんなさい、だって嬉しいんだもの」
エリザベスの言葉にアゼリアは腕の中で首を傾げる。そんなことはお構いなしにエリザベスは抱きしめる腕に力を込めた。
「とっても嬉しいの、すごく素敵な名前をつけてもらえて。アゼリア、私にはあなたが太陽みたいだわ」
「またリズさまはそんなことを」
「ううん、だって私、あなたと出会えてからいつも胸のあたりがぽかぽかするのよ。おいしいお料理とか、楽しいおしゃべりとか、全部あなたとだから幸せなんだって思うの」
「本当ですか?」
アゼリアもエリザベスの背中にそっと腕をまわした。触れ合うところから互いの体温が混ざり合い、どちらの温もりかわからなくなってゆく。それは例えば鍋の中でミルクと砂糖が溶け合ってゆくような、そんな柔らかで甘やかな温もりだった。
「ではリズさま直伝のスコーンはたったいまから日向の香りという名前でよろしいですね」
ようやく腕をほどき、ふたりで照れたように目を見合わせる。バスケットの中に並ぶ日向の香りからほんのり甘い香りが立ち上った。
「ええ、とっても素敵だわ。ありがとう、アゼリア」
「こちらこそ。ヴィラ・フロレシーダにまたひとつ、愛すべきお菓子が生まれて嬉しいです」
こうして過ごす日々があまりにも幸せで、ふたりの胸の中にいくつもの花が咲いた。
「ほら、できた」
翌朝、アゼリアはエリザベスの部屋で髪を結ってもらい、渡された手鏡を覗き込んで幸せそうに息をこぼした。
「いつだったかリリーが喜んでいたのを思い出します。リズさまの手にかかれば私でもこんなに見違えるのですね」
改めてエリザベスがジャルディン・ダ・ライーニャで人気のデザイナーだったということを思い出す。彼女はこれまで何人もの乙女たちを可憐に彩ってきたのだ。
「あら、あなたはなにもしなくても既にとってもきれいよ。私はそこにほんのすこし色を加えただけ」
そう話すエリザベスの髪もアゼリアと同じように結わえられている。左右を編みこみひとつに束ね、そこにふたりともスミレ色のリボンを結んでいた。服はエリザベスが揃いのデザインで仕立てた生成り色のシンプルなドレス。
「このお洋服も本当に素敵でなんだか私じゃないみたいです」
「気に入ってくれた?」
「はい、とっても。夢みたいです」
エリザベスはアゼリアに日頃の感謝を伝えられないかと春に向けてドレスをつくっていたらしい。今朝、部屋へ来るよう呼ばれたアゼリアは驚きと感動でうっすらと涙を浮かべた。
「そろそろ行きましょうよ。私、とっても楽しみにしていたんだから」
今日は春の雪を見にゆく日だ。
春の雪、と言ってもアゼリアがそう呼んでいるだけでエリザベスにはまだなにを意味するのかわかっていない。何度かたずねてみたもののとうとう当日まで絶対に教えないと言われてしまった。
「ではバスケットを取って参ります」
「みんなも来るのでしょう?」
「ええ。ちょっとしたピクニックですね」
行き先は教会の裏手とのことだった。そう聞かされエリザベスは考えてみるも、特になにか目立ったものがあったような記憶はない。確か裏には川が流れていて、それに沿って緑が広がっている。川の向こうはオリヴァーの管理する森だ。
「いいお天気」
エリザベスは空を見上げて目を細めた。ここ数日はまた執筆の仕事で忙しくしており屋敷に籠りがちだった。前回まとめたドレスのカタログをジャルディン・ダ・ライーニャで書店を営む知人に相談して書籍化してもらったところ、人気が出たらしく本格的にデザインブックをつくらないかと相談を持ち掛けられたのである。実際、ロータスが茶葉の仕入れで数日ジャルディン・ダ・ライーニャに滞在した際にその書店を覗いたそうだが、ちょうどエリザベスの本を購入する女性を見かけたと言っていた。それもあってエリザベスがゆっくり外出するのはかなり久々のことだった。彼女が部屋に閉じこもっていた間に春はすっかり色濃くなっていた。吹き抜ける風も空気もほんのりと甘い。
「こちらです、どうぞ」
アゼリアが案内したのは教会だった。ふたりは中を通り台所へ向かう。途中メイソンとセシリアに挨拶し、あとでぜひふたりにも来てほしいと声をかけた。お茶もお菓子もたっぷり用意してあるし、きっとロータスもなにかしらつくってくるはずだ。彼は去年からパンづくりに凝っているので新作を持ってくるかもしれない。
ふたりは台所の勝手口から教会の裏庭へ出た。その瞬間、目の前に真っ白な光が広がった。
「うわぁ」
エリザベスは子供のような歓声を上げ空を見上げる。あたり一面にずらりと植えられた木々が白い花をつけていたのだ。
「アーモンドの花でございます」
「すごくきれいね。ほかにどう表現したらいいのかわからないわ」
立ち並ぶアーモンドの木々の向こう側に川の流れが見える。春の日差しが反射してきらきらと小さな光の粒がはじけた。
「この裏庭からがいちばんきれいに花を眺めることができるんです」
この教会で育ったアゼリアだからこそ知っている秘密の庭園に、エリザベスは招待されたのだ。それを思うと胸が弾んだ。
「ほら、見てください」
柔らかな春風がふたりの頬を撫でてゆく。アゼリアに促されたエリザベスが顔を上げると、その風に乗ってアーモンドの花が舞い上がった。
「雪みたいだわ」
「はい。春の雪でございます」
ヴィラ・フロレシーダにアーモンドがたくさん植えられているのには理由がある。
ずっとむかし、まだここが栄えていた頃、村を治めていた男性がマル・デ・ネーヴェの娘と恋に落ち結婚した。彼女は故郷を離れヴィラ・フロレシーダへ嫁いできたが日に日に元気をなくしてゆく。見かねた男性が理由をたずねると、彼女は雪景色が恋しいのだと言った。ヴィラ・フロレシーダは美しく男性のことも愛しているが、冬にはあの雪がどうしても恋しくなってしまう、と。
いまでこそヴィラ・フロレシーダとマル・デ・ネーヴェは馬車で行き来できる。それでも移動だけで数日は要するし気軽な旅ではもちろんない。費用だってかかるし誰もが簡単に行ける場所ではないのが現実である。当時はきっといま以上に簡単に故郷へ戻ることなどできなかったはずだ。
そんな彼女の話を聞いて考えた末、男性は村中にアーモンドの木を植えるよう命じた。満開の花やそれが風に乗って飛んでゆく様子が雪のように見えると考えたのである。
だからむかしからヴィラ・フロレシーダではアーモンドの花は愛の花として親しまれてきた。この白く可憐な花は愛と希望の象徴なのである。
気がつくとエリザベスの目に涙が滲んでいた。アゼリアは黙って手を取りただ一緒に満開のアーモンドを見つめる。晴れ渡る青空に白い花びらがひらひらと舞ってゆく。
「私、この景色を見るために生まれてきたのかしら」
ふいにエリザベスがそう言った。目は空を見つめたままだ。
「リズさまがそう感じるのならきっとそうなのでしょうね」
「この景色、というのにはあなたも含まれているのよ」
「私も?」
「そうよ。だって私、あなたと出会うために今日まで生きてきたのだと思うの。あなたと一緒にこのきれいな花を見るために……ううん、いちばんきれいな花はここに咲いているわね」
そう言いながらエリザベスはアゼリアに顔を向けた。白い頬がうっすらと染まっている。アゼリアもまた同じ色に頬を染めていた。
「私が花だとすれば咲かせたのはリズさまでございます」
「そうね、ずっと枯れない私だけの花だわ」
そのときセシリアが裏庭へ顔を出した。ほかの人たちが集まりだしたので呼びにきてくれたらしい。
「みなさんがお見えですよ。今日は川まで下りるのだとリリーが大はしゃぎしているわ」
「ではすぐに参ります」
アゼリアは返事をし、ふたたびエリザベスに向き直った。
「そろそろ行きましょうか。あまり待たせてはいけませんもの」
「そうね。ええ、本当にそうね。この春の雪はまた来年も見られるものね」
「はい。私たちには時間がありますから」
教会の前ではすでに待ちきれなくなったリリーが駆け出し、ロータスが慌ててそれを追いかけている。オリヴァーの手にした大きなバスケットの中身はおそらくロータスの焼いてきたパンが入っているのだろう。あとからメイソンとセシリアも来てくれるはずだ。このなんてことのない、だけどひどく幸せな春の日に心からの感謝を込めて、ふたりは裏庭をあとにし歩き出した。
上空では柔らかな風に吹かれて春の雪が舞っている。
まずは育てているハーブの様子を見ることにした。どれも元気がよさそうで水をやればその雫が朝日を浴びてきらきらと光る。今朝はハーブのオムレツにしようかしら、と考えながら他の花にも水をやろうとしたところでエリザベスが顔を出した。こんなにも早い時間に起きてくるのは珍しい。
「おはようございます、リズさま。今朝はずいぶんお早いですね」
「なんだか目が覚めちゃって。ああでも、朝ごはんは急がなくて平気よ。いつも通りの時間でいいわ」
「では先にお茶でもお淹れしましょうか?」
アゼリアは持っていたジョウロを置いて部屋の中へ向かおうとした。エリザベスがそれを引き止め、すぐそばに咲いているスミレを指差す。
「ここのスミレをすこしもらってもいいかしら。あと花瓶があれば使いたいのだけれど」
「ああ、お部屋に活けますか? きれいに咲いていますものね」
アゼリアはしゃがんで元気のよさそうな花を選んで摘んだ。それを受け取りながら、でもエリザベスの目は伏せられたままだ。表情は曇っている。
ここのところずっとそうだった。春が近づくにつれ村は全体的に活気に満ちてきていたが、エリザベスは反対にどんどん塞ぎがちになっている。去年の春はどうだっただろうか、とアゼリアは思い出そうとしてみたが、そもそも去年はまだ出会ったばかりでいまほど打ち解けてはおらず、エリザベスの小さな変化になど気がついてもいなかった。
「リズさま、もし体調が優れないようでしたら……」
思い切ってそう声をかけると、エリザベスはゆっくりと首を左右に振った。
「今日ね、命日なの」
誰の、ということは聞かずともわかった。エリザベスは手の中のスミレを見つめ、花びらをそっと撫でる。
「去年のいまごろはまだここへ来たばかりで、落ち着かなくて、言い出せなくて」
「そうでしたか」
「忘れてなんかいなかったからお月さまに祈ったのよ。でも今年はあの人のことを思い出しながら窓辺にお花でも活けてみようかなって」
アゼリアは庭仕事を完全に中断し、ジョウロや軍手を片付け始めた。
「どんな方ですか? エルダーさまは」
「え?」
「もしよければおふたりの出会いなどを聞いてみたいです。もちろん、無理にとは言いません」
「ありがとう、優しいのね」
アゼリアがエリザベスの揺れる瞳から感じ取ったのはエルダーを懐かしむ気持ちに加え、なんとか過去と向き合おうとする覚悟のようなものだった。以前すこし話を聞いたときにも感じたことだが、エリザベスはおそらくエルダーとのことを整理できないでいる。あのときはバレット家への憤りなどを話していたが、考えてみればエルダーを失った悲しみそのもについてエリザベスはまったく触れていなかった。それは彼をあまりにも突然失ったこと、そしてその事実を受け止める暇もなくヴィラ・フロレシーダへ行くよう命じられたためだろう。誰にも胸の内を打ち明けられないのならいっそ蓋をして閉じ込めてしまおうと、今日まで耐えてきたに違いない。
そしてその固く閉ざされたエリザベスの心を溶かしたのはヴィラ・フロレシーダでの穏やかな時間と、なによりいつもそばに寄り添っていたアゼリアの存在だった。
「でも長い話になってしまうわ」
「構いません。私たちにはたくさん時間があるんですから、もし今日だけで終わらなければ明日でも明後日でも、いつだって」
「そうね。本当にそうだわ」
庭には温かな日差しが降り注いでいる。
「せっかくですからお庭で朝食にしませんか? ポットでお茶をたっぷりご用意しますから」
「ええ、そうしたいわ。それならゆっくりお話だってできるものね」
朝食はアゼリアが前日に焼いたパンに、秋頃ふたりでつくったカリンのジャムを用意した。それから庭のハーブやオリヴァーからわけてもらった野菜を盛り合わせたサラダにフルーツ、そしてポットにたっぷりのミルクティーまである。もちろん、ミモザのパイも。長い話をするための準備は完璧だった。
「なにから話せばいいのかしらね」
エリザベスがそう切り出したのはほとんど食べ終えゆっくりとお茶を飲んでいるときだった。柔らかな風がふたりの頬を撫でてゆく。
「あれからなにがあったのか未だによくわかっていないの。気がついたら私はひとりになっていたから」
「エルダーさまはいつ頃お亡くなりになられたのでしょうか」
今日が命日だと言っていたから数年は経っているのだろう。しかしエリザベスの様子を見る限りそれほど遠い出来事ではないようだった。もちろん人が過去を乗り越えるのに要する時間はひとりひとり違うだろう。そうした点を踏まえたうえでも、彼女の傷は未だに乾いていないように見える。それでも妙に気づかうのではなくまっすぐたずねるアゼリアに、エリザベスは心からほっとした。傷ついているのはもちろんだが、その傷を癒そうとしているときにこわごわ扱われたままでは自分さえいつまでもその傷を怖れてしまいそうな気がしていた。
「今日でちょうど二年よ」
「そうでしたか」
アゼリアは紅茶を注ぎ足した。ポットを包むティーコゼーはアゼリアが生地を選びエリザベスが縫ったものだ。テーブルに並ぶ食事やデザート、家の中で使われる小物やふたりの服はここで彼女たちが共に生きてきた物語をそのまま表している。時間にすればまだ一年ほどだが、それでもふたりにとってこの一年間はこれまでの人生をすべて詰め込んだような密度を持っていた。
「事故だったことは話したわよね」
「はい。子供を守ったとお聞きしました」
「そうなの。でも私たちには子供がいなかったから、他所の子供のためにエルダーを死なせておまえは子供ひとり残せないのか、なんてずいぶん責められたわ」
「そんな。あんまりです、そんな言い方」
ある日突然ここへエリザベスが送られたことや、以前から彼女がバレット家に捨てられたようなものだと話していたこともあり、バレット家では肩身の狭い思いをしていたのであろうことはアゼリアにもわかっていた。しかしどうやら想像以上だったようである。
「ありがとう、私のことで怒ってくれるのね」
「当然です」
「時々思うわ、私とあなたってずっとむかしはひとりの人間だったのかしら、って」
「リズさまと私が、ですか?」
「ええ。だって他人とは思えないのよ。あなたのことはずっと前から知っていたような……ううん、なんて言うのかしらね。古い知り合いとも違うけれど、記憶よりもっともっと遠いところで知っているような気がするの」
「私も」
「本当に?」
ふたりは目を見合わせ小さく笑う。他人が聞けばなにを言っているのだと呆れられそうなことでも、彼女たちの間ではどれもひどく真剣なことだった。
「そうそう、それでね、バレット家では確かに嫌な思いもしたけどエルダーがいる間はやっぱり幸せだったのよ。ただ彼ははひとつだけ約束を破ったの。いつか私に雪を見せてくれるって言ったのをいまでもよく覚えているわ」
「雪ですか」
ジャルディン・ダ・ライーニャもヴィラ・フロレシーダも冬はかなり冷え込むが雪は降らない。このあたりであればジャルディン・ダ・ライーニャよりさらに北、海の近くの町マル・デ・ネーヴェが雪国として有名である。これまでずっとヴィラ・フロレシーダという小さな世界で生きてきたアゼリアはもちろんマル・デ・ネーヴェへ行ったこともなければ雪を見たこともなかったし、その口ぶりからしてエリザベスもまたそうなのだろう。
結婚前のエルダーは仕事でよくあちこちの町へ出向いていた。新作ドレスの売り込みはもちろん、各地のモードをその目で見て新しいデザイン案をローズに報告するという仕事のためだ。結婚後は広いバレット家の屋敷にエリザベスをひとりにしないよう出張は控えていたようである。
そうした慌ただしい日々のなかでエルダーが楽しみにしていたのは、そこへ行かなければ見ることのできない風景だった。なかでもマル・デ・ネーヴェの雪景色は彼のお気に入りだったらしい。しきりにその美しさを話題に出し、いつかエリザベスのことも連れてゆくと話していた。その矢先の事故だった。
「エルダーはわかっていたの。ドレスとか宝石じゃなくて心を動かす感動こそ私の求めているものだって」
「とても素敵なお方ですね」
「ええ、そう思うわ」
エリザベスは心からそう思っているようだった。しかしその表情には恋焦がれるような色を読み取ることはできなかった。きっといまエリザベスを苦しめているのは彼を失ったということではない。むしろバレット家の人々が自分たちの悲しみすべてをエリザベスに背負わせたというその重さが、いま彼女を苦しめているのだ。
「そういえばおふたりはどのようにして出会ったのですか?」
「ああ、それはね」
エリザベスは紅茶を一口飲み、ミモザのパイに手を伸ばした。さくり、とパイ生地を齧る軽やかな音がする。
「おいしい」
「ありがとうございます。私も食べようかしら」
「食べるべきよ。こんなにおいしいのよ」
「リズさまったらすっかり食いしん坊ですね」
「もう開き直ることにしたの」
初めて食べたときは食べ過ぎてしまうと危惧していたパイを、でもいまは嬉しそうに食べている。エリザベスのその様子は、やはり彼女がここへ来たときよりも前向きであることを示しているかのようだった。おいしいものをおいしいと食べ、美しいものを美しいと讃えるのは心が晴れやかでなければ時に難しいものだ。
エリザベスはパイを食べながらゆっくりと丁寧にエルダーとの出会いを話してくれた。
「私もね、早くに母親を亡くしたの。でも親戚がいたからひとりじゃなかったのよ。それでもすぐ働きたかった。ひとりでも大丈夫だって親戚に証明したくて、近所の仕立て屋で修行をしながらドレスをつくり始めたの」
「そうだったんですね」
「そのドレスが運よくローズさまの目に止まったのがきっかけ。働いていた仕立て屋へ生地を買いにいらしたローズさまが、私のドレスを気に入ってくださったの。そのときお買い物のお手伝いにエルダーも付き添っていたのよ」
その説明にアゼリアは首を傾げた。そんな出会いであればエルダーとエリザベスの仲が悪く言われることもなさそうなものだ。
「そう、最初は良かったの。でも私とエルダーが交際を始めたころ、カメリアさんもデザイナーとして働き始めたのね。代々つづいた一族としてはやっぱりどこの馬の骨ともわからない娘より身内のもの同士で結婚させたかったのだと思うわ」
そもそも私の家は裕福なそれでもなかったしね、とエリザベスは付け足した。要するに家柄の問題である。
「せめてエルダーとの子供がいれば良かったのよ。でも跡取りもいない、残ったのはバレット家と血の繋がりのない私だけだもの。確かに腹も立ったけど、あんな立派な家を取り仕切るお立場なのよ、ローズさまも大変なんだわ」
一通りの話を聞いていたアゼリアはエリザベスの過去に胸を痛めた。せめて自分が彼女のためにできることはないかと必死に考えを巡らせる。
そのなかで、さきほど聞いた言葉が頭に浮かんだ。エルダーとの果たせなかった約束である。
もしもこの先エリザベスのとなりに誰かがいるのだとしたら、それは自分でありたいとアゼリアは強く願っていた。
「リズさま、私がこんなことを申し上げて良いのかわかりませんが」
「私とあなたの間でいまさら話せないことなんてある?」
エリザベスの言葉にアゼリアは一瞬きょとんとした顔になったが、すぐに小さく笑った。確かにもうお互いのなにもかもを話したあとだ。実際に身の回りで起こったことや、その都度感じてきたこと、自分の胸の内に渦巻いていた決して美しくはない気持ちまですべて吐き出しきっている。
「それもそうですね」
「でしょう? それで、なにかしら」
アゼリアはすこしためらいがちに手を伸ばした。エリザベスの白い指先に自身の指を絡める。料理や庭仕事で小さな傷を負った、細い指。
「私と一緒に雪を見てくださいませんか?」
「雪を? それはもちろん素敵だけれど、でもどこで? まさかマル・デ・ネーヴェまで行くの?」
エリザベスの疑問はもっともだった。雪が積もることで有名なマル・デ・ネーヴェはエルダーでさえ滅多に行くことのなかった遠い土地だ。だからこそいつかエリザベスを連れてゆきたいと話していたのだし、それが魅力的な夢物語でもあった。
しかしアゼリアは悪戯を思いついたような目でくすくすと笑っている。
「ねぇ、アゼリアったら。なにがそんなにおかしいの?」
「まだ秘密です。それではええっと、来週がいいですね。一緒に雪を見に行きましょう」
「来週? もう春なのに?」
場所もそうだが季節としてもすでに不可能なはずである。エリザベスはなおも不思議そうな顔をしていたが、アゼリアは絡めた指先にすこし力を込めてそれを揺らした。
「ヴィラ・フロレシーダだけで見られる春の雪でございます」
そう話す口元に浮かぶ笑みは、まるで春の訪れを告げるために咲くスミレの花のようだった。
春の雪を見にゆくという約束の前日、夕暮れ時の台所でふたりはスコーンを焼きそれらをバスケットに詰めていった。春の雪はリリーたちも誘ってピクニックをしながら眺めようとのことである。
スコーンはエリザベス直伝のもので、初めて焼いて以来この屋敷では定番のお茶菓子となっていた。
「これも持ってゆきましょう」
アゼリアが戸棚から出したカリンのジャムを見てエリザベスはそういえば、と以前からの疑問を口にした。
「そういえば、カリンのジャムに特別な名前はないの?」
ヴィラ・フロレシーダでは秋になるとカリンのジャムをつくる習慣があり日常的によく食べられている。どの家庭にもあるその瓶を指差しながらエリザベスがたずねた。おそらくヴィラ・フロレシーダの伝統菓子にいろいろな名前が付けられていることからジャムにもなにか特別な名前があると考えたのだろう。
「そうですね、カリンのジャムとしか」
「だったら私たちで名前をつけましょうよ。別に村の人たちに伝えなくてもいいの、私たちだけがわかればそれで。だって」そこでエリザベスはうふふ、と小さく笑った。なにか悪戯を思いついたときのようなそれだ。「ふたりだけの秘密みたいでしょう?」
秘密。それを分かち合うのがどんなに甘美なことかをふたりは共に暮らし始めてから知った。アゼリアだけでなくエリザベスもまた村人たちとの関係は良好で仲良くしている。それでも例えば彼らを招待して食事会をすることがあっても、このパンはふたりで焼いただとか、あるいはその日のアゼリアの洋服を仕立てたのはエリザベスだとかいったことをわざわざ話題には取り上げなかった。それは決して人に言えないことではなく、でも同時に言う必要のないことでもあったからだ。
行動も記憶も感情も、誰かへ伝えようと言葉に変換した途端そこに含まれる密やかさを失ってしまう。口に出さずともエリザベスとアゼリアはそう感じていた。だから互いを思いやる気持ちを料理や洋裁といった各々が得意とするものを通して伝えていると言っても良い。それが彼女たちの、誰かを想う方法だった。
「そうだわ、夕日という言葉を入れない?」
ちょうど窓から夕日が差し込んでいた。確かにカリンのジャムは夕日と同じような色だ。
「なにがいいかしら、夕日の……ああ、夕日の雫はどうかしら」
「まぁ、素敵です。とてもいいですわ」
「本当? ありがとう」
すこし照れたように笑うエリザベスを見ていたアゼリアは、そこで「それなら」と思いついた。
「それなら、リズさまの教えてくださったスコーンにも名前をつけませんか?」
「このスコーンに?」
バスケットの中にはころんとしたスコーンが詰められている。きれいなきつね色に染まり、顔を近づければふわりと香ばしい。味はプレーンの他に、オレンジの皮の砂糖づけを小さく切って混ぜ込んだものや紅茶の茶葉を混ぜ込んだものもある。砂糖づけはアゼリアがつくったものだ。他にも台所にはアゼリアお手製のはちみつ漬けナッツやフルーツ酒などたくさんの瓶詰めがある。戸棚に並べられたそれらの瓶詰めを初めて見つけたときのエリザベスは、それはわくわくしたものだった。
「でも、いいの? このスコーンは私が母から習ったもので、その、私はここの人間では……」
「リズさま」
アゼリアはエリザベスの手を取りじっと顔をのぞき込んだ。その迷いのないまっすぐな瞳を向けられるとエリザベスは目を逸らすことができない。繋いだ手を握り返し、黙って言葉のつづきを待った。
「リズさまはもうヴィラ・フロレシーダの方ですよ」
「アゼリア、でも」
「この村で四季を味わい、この村の自然や文化を愛してくださるあなたはもう私たちと同じヴィラ・フロレシーダの一員でございます」
その言葉を聞きながらエリザベスはアゼリアの話を思い出していた。いくらここで生まれ育ったとはいえアゼリアはこの村に捨てられたようなものだ。彼女にとって、ヴィラ・フロレシーダははじめから愛すべき故郷ではなかったのかもしれない。あるいは唯一の逃げ場所としてしがみつくしかなかったのかもしれない。いまはでも、アゼリアがヴィラ・フロレシーダを心から愛しているのがよくわかる。そしてエリザベスもまたここで暮らすうちに、村も、そして村人たちのことも愛するようになっていた。
「でもどんな名前がいいかしら」
アゼリアの言葉にほんのりと頬を染めながらエリザベスは首を傾げた。ヴィラ・フロレシーダのお菓子はどれも詩的な響きを持った美しい名前を与えられている。
「せっかくいまは春ですし、晴れの日がつづきますから太陽にちなむものも素敵ですね」
「いいわね。お日さまみたいに丸い形なのも表現できそう」
「はい。夏は雨季がありますから、その前にたっぷりとした陽光を感じられる名前がいいかと思います」
「夏は雨雲のプディングでしょう? 太陽、日光……ねぇ、なにがいいかしら」
「あら、リズさまがお考えにならないのですか?」
「アゼリアにも一緒に考えてほしいの」
エリザベスはすこし眉を下げてアゼリアを見る。この目が甘えているときのそれだと気がついたのはふたりで暮らすようになってしばらくした頃だった。
「それなら、日向の香りはいかがでしょう。焼き立てのスコーンのあの香りはまさにお日さまを思わせますし、今回つくったもののように生地の中に茶葉を、えっ?」
それは突然だった。名前の案を話すアゼリアにエリザベスが抱きつき、腕に閉じ込めたのだ。
「あの、リズさま?」
「ごめんなさい、だって嬉しいんだもの」
エリザベスの言葉にアゼリアは腕の中で首を傾げる。そんなことはお構いなしにエリザベスは抱きしめる腕に力を込めた。
「とっても嬉しいの、すごく素敵な名前をつけてもらえて。アゼリア、私にはあなたが太陽みたいだわ」
「またリズさまはそんなことを」
「ううん、だって私、あなたと出会えてからいつも胸のあたりがぽかぽかするのよ。おいしいお料理とか、楽しいおしゃべりとか、全部あなたとだから幸せなんだって思うの」
「本当ですか?」
アゼリアもエリザベスの背中にそっと腕をまわした。触れ合うところから互いの体温が混ざり合い、どちらの温もりかわからなくなってゆく。それは例えば鍋の中でミルクと砂糖が溶け合ってゆくような、そんな柔らかで甘やかな温もりだった。
「ではリズさま直伝のスコーンはたったいまから日向の香りという名前でよろしいですね」
ようやく腕をほどき、ふたりで照れたように目を見合わせる。バスケットの中に並ぶ日向の香りからほんのり甘い香りが立ち上った。
「ええ、とっても素敵だわ。ありがとう、アゼリア」
「こちらこそ。ヴィラ・フロレシーダにまたひとつ、愛すべきお菓子が生まれて嬉しいです」
こうして過ごす日々があまりにも幸せで、ふたりの胸の中にいくつもの花が咲いた。
「ほら、できた」
翌朝、アゼリアはエリザベスの部屋で髪を結ってもらい、渡された手鏡を覗き込んで幸せそうに息をこぼした。
「いつだったかリリーが喜んでいたのを思い出します。リズさまの手にかかれば私でもこんなに見違えるのですね」
改めてエリザベスがジャルディン・ダ・ライーニャで人気のデザイナーだったということを思い出す。彼女はこれまで何人もの乙女たちを可憐に彩ってきたのだ。
「あら、あなたはなにもしなくても既にとってもきれいよ。私はそこにほんのすこし色を加えただけ」
そう話すエリザベスの髪もアゼリアと同じように結わえられている。左右を編みこみひとつに束ね、そこにふたりともスミレ色のリボンを結んでいた。服はエリザベスが揃いのデザインで仕立てた生成り色のシンプルなドレス。
「このお洋服も本当に素敵でなんだか私じゃないみたいです」
「気に入ってくれた?」
「はい、とっても。夢みたいです」
エリザベスはアゼリアに日頃の感謝を伝えられないかと春に向けてドレスをつくっていたらしい。今朝、部屋へ来るよう呼ばれたアゼリアは驚きと感動でうっすらと涙を浮かべた。
「そろそろ行きましょうよ。私、とっても楽しみにしていたんだから」
今日は春の雪を見にゆく日だ。
春の雪、と言ってもアゼリアがそう呼んでいるだけでエリザベスにはまだなにを意味するのかわかっていない。何度かたずねてみたもののとうとう当日まで絶対に教えないと言われてしまった。
「ではバスケットを取って参ります」
「みんなも来るのでしょう?」
「ええ。ちょっとしたピクニックですね」
行き先は教会の裏手とのことだった。そう聞かされエリザベスは考えてみるも、特になにか目立ったものがあったような記憶はない。確か裏には川が流れていて、それに沿って緑が広がっている。川の向こうはオリヴァーの管理する森だ。
「いいお天気」
エリザベスは空を見上げて目を細めた。ここ数日はまた執筆の仕事で忙しくしており屋敷に籠りがちだった。前回まとめたドレスのカタログをジャルディン・ダ・ライーニャで書店を営む知人に相談して書籍化してもらったところ、人気が出たらしく本格的にデザインブックをつくらないかと相談を持ち掛けられたのである。実際、ロータスが茶葉の仕入れで数日ジャルディン・ダ・ライーニャに滞在した際にその書店を覗いたそうだが、ちょうどエリザベスの本を購入する女性を見かけたと言っていた。それもあってエリザベスがゆっくり外出するのはかなり久々のことだった。彼女が部屋に閉じこもっていた間に春はすっかり色濃くなっていた。吹き抜ける風も空気もほんのりと甘い。
「こちらです、どうぞ」
アゼリアが案内したのは教会だった。ふたりは中を通り台所へ向かう。途中メイソンとセシリアに挨拶し、あとでぜひふたりにも来てほしいと声をかけた。お茶もお菓子もたっぷり用意してあるし、きっとロータスもなにかしらつくってくるはずだ。彼は去年からパンづくりに凝っているので新作を持ってくるかもしれない。
ふたりは台所の勝手口から教会の裏庭へ出た。その瞬間、目の前に真っ白な光が広がった。
「うわぁ」
エリザベスは子供のような歓声を上げ空を見上げる。あたり一面にずらりと植えられた木々が白い花をつけていたのだ。
「アーモンドの花でございます」
「すごくきれいね。ほかにどう表現したらいいのかわからないわ」
立ち並ぶアーモンドの木々の向こう側に川の流れが見える。春の日差しが反射してきらきらと小さな光の粒がはじけた。
「この裏庭からがいちばんきれいに花を眺めることができるんです」
この教会で育ったアゼリアだからこそ知っている秘密の庭園に、エリザベスは招待されたのだ。それを思うと胸が弾んだ。
「ほら、見てください」
柔らかな春風がふたりの頬を撫でてゆく。アゼリアに促されたエリザベスが顔を上げると、その風に乗ってアーモンドの花が舞い上がった。
「雪みたいだわ」
「はい。春の雪でございます」
ヴィラ・フロレシーダにアーモンドがたくさん植えられているのには理由がある。
ずっとむかし、まだここが栄えていた頃、村を治めていた男性がマル・デ・ネーヴェの娘と恋に落ち結婚した。彼女は故郷を離れヴィラ・フロレシーダへ嫁いできたが日に日に元気をなくしてゆく。見かねた男性が理由をたずねると、彼女は雪景色が恋しいのだと言った。ヴィラ・フロレシーダは美しく男性のことも愛しているが、冬にはあの雪がどうしても恋しくなってしまう、と。
いまでこそヴィラ・フロレシーダとマル・デ・ネーヴェは馬車で行き来できる。それでも移動だけで数日は要するし気軽な旅ではもちろんない。費用だってかかるし誰もが簡単に行ける場所ではないのが現実である。当時はきっといま以上に簡単に故郷へ戻ることなどできなかったはずだ。
そんな彼女の話を聞いて考えた末、男性は村中にアーモンドの木を植えるよう命じた。満開の花やそれが風に乗って飛んでゆく様子が雪のように見えると考えたのである。
だからむかしからヴィラ・フロレシーダではアーモンドの花は愛の花として親しまれてきた。この白く可憐な花は愛と希望の象徴なのである。
気がつくとエリザベスの目に涙が滲んでいた。アゼリアは黙って手を取りただ一緒に満開のアーモンドを見つめる。晴れ渡る青空に白い花びらがひらひらと舞ってゆく。
「私、この景色を見るために生まれてきたのかしら」
ふいにエリザベスがそう言った。目は空を見つめたままだ。
「リズさまがそう感じるのならきっとそうなのでしょうね」
「この景色、というのにはあなたも含まれているのよ」
「私も?」
「そうよ。だって私、あなたと出会うために今日まで生きてきたのだと思うの。あなたと一緒にこのきれいな花を見るために……ううん、いちばんきれいな花はここに咲いているわね」
そう言いながらエリザベスはアゼリアに顔を向けた。白い頬がうっすらと染まっている。アゼリアもまた同じ色に頬を染めていた。
「私が花だとすれば咲かせたのはリズさまでございます」
「そうね、ずっと枯れない私だけの花だわ」
そのときセシリアが裏庭へ顔を出した。ほかの人たちが集まりだしたので呼びにきてくれたらしい。
「みなさんがお見えですよ。今日は川まで下りるのだとリリーが大はしゃぎしているわ」
「ではすぐに参ります」
アゼリアは返事をし、ふたたびエリザベスに向き直った。
「そろそろ行きましょうか。あまり待たせてはいけませんもの」
「そうね。ええ、本当にそうね。この春の雪はまた来年も見られるものね」
「はい。私たちには時間がありますから」
教会の前ではすでに待ちきれなくなったリリーが駆け出し、ロータスが慌ててそれを追いかけている。オリヴァーの手にした大きなバスケットの中身はおそらくロータスの焼いてきたパンが入っているのだろう。あとからメイソンとセシリアも来てくれるはずだ。このなんてことのない、だけどひどく幸せな春の日に心からの感謝を込めて、ふたりは裏庭をあとにし歩き出した。
上空では柔らかな風に吹かれて春の雪が舞っている。
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