極星 青と赤 《希望の山羊》

春野 サクラ

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兄妹。……同じ親より分かたれた二つの命。淵源を共にする同胞はらから。さりとて、あまねく魂まで同色となる由もなく。事実、結愛は食欲旺盛で何でも口にするが、収友は食べることに対する興味が薄く、摂るとしても野菜を好んでいた。休みの日など、結愛が庭で楽しげに縄跳びやダンスをしていても、収友はリビングのソファに座って動物図鑑を見ながら黙々と動物の絵を描いている。そんな兄妹でも唯一、白い肌と類稀なる美貌。そして人智を超えた能力。これだけはこの二人に共通していた。

「ちょっと……出かけてくるね」
そう言って収友は玄関を出る。
二、三日前から収友は朝早くに起きては外出し、しばらくすると家に帰ってくるという行動を取っていた。
その日も早くに玄関を出て、そしてしばらくすると家に戻ってきた。
「あら、収ちゃん。最近どうしたの。……マラソンでもやってるの?」
戻ってきた収友に向かって明日夏は食パンをかじりながら尋ねた。
「うん。……っと、ちがうけど」
「えっ? じゃあ何やってるんだよ。こんな朝早くに出かけて」
陽生がキッチンから声をかけた。収友は顔を背けると、小さな声で答えた。
「……別に。……なんでもない」
「何でもないって、じゃあなんで……」
陽生が語気を強めたその時、明日夏が陽生に向かって右手の人差し指を立てて軽く振った。
「早く起きたからまだ眠いでしょ。学校行くまでまだ時間あるから少し寝たほうがいいわよ。収ちゃん」
明日夏が収友の肩を軽く叩いて寝室にいざなうと、収友は小さく頷いて足早に去って行った。
「……あいつ、何やってんだろ。こんな早くに起きて」
陽生は訝しい顔つきで収友が入っていった奥の部屋を見つめた。
「ニーさん。収友が何か悪いことでもしてるんじゃないかって、思ってるんじゃないの?」
明日夏は目を細めて陽生を睨んだ。
「えッ? そ、そんなことは思わないけどさぁ。でも変だって思わないか、普通? ……ねぇ、お義母さん」
「んー。……ほんとねぇ。何してるのかしら」
明日夏は目を細めたまま、陽生と容子に言い放った。
「二人とも、あの子を疑うような言い方だけはやめてよね。収友は間違ったことなんてしない子よ!」
そう言うと明日夏は席を立ち、洗面台の方に歩いていった。
「あ。いや、ゴメン。そういうつもりじゃ……」
陽生は弱々しい声を明日夏の背中に向かって言った。
「あははっ。まーたケンカしたの? 二人ともほんと仲いいんだから」
タイミングよく起き出してきた葉奈が陽生に声をかける。
「ありゃ、もうこんな時間か。座って、ご飯持ってくるから」
陽生が忙しく動き出す。葉奈は椅子に座ると、立て肘をついて陽生に尋ねる。
「収友がどうしたって?」
「ん、ああ。ここ二、三日早起きしちゃあどっか行ってるんだよなぁ」
「……ふーん。そっかァ。まだまだ小さな子どもだなーって思ってたのに……いつの間にか、あの子も自分の考えで行動するような年齢になっちゃったのね。子どもの成長って早いなぁ。……でも。だとするとさ、お姉ちゃんの言うこと間違ってないよ」
「へぇ……。母親の勘ってやつかい?」
陽生は冷静な目をしながらトーストを載せた皿を葉奈の前に置いた。
「え? そんなんじゃないわよ。もしかしたら何か観察したいものでもあるんじゃないの?」
葉奈はトーストに噛り付いた。
「ふぅん。そういうもんなンかな……」
「そういうことかもよっ! 葉奈ちゃん、おはよっ」
「あっ、あーちゃん。だからごめんって……」
慌てる陽生をよそに葉奈と明日夏は笑顔で朝の挨拶を交わした。

次の日も収友は朝早く起き出し家を後にしたが、しばらくすると重苦しい表情を浮かべて帰ってきた。
「あっ、収ちゃんおかえりー。……ん? なに持ってるの? ……食べ物?」
収友は明日夏の声を聞き流すと、無言でリビングを素通りしてそのまま寝室へと歩いて行った。
明日夏はうつむきながら寝室に入って行った収友の後ろ姿を不思議そうに見つめていたが、気を取り直して湯気が立ち上るコーヒーカップを口元に運んだ。
〈…………やっぱり、変よ〉
明日夏は口元まで運んだカップをテーブルに戻すと、立ち上がって収友の後を追った。
「入るわよ。……収ちゃん、どうかした?」
小さな灯りがぼんやりと灯る寝室に入ると、明日夏は小さな声で収友に話しかけた。ぐっすりと寝入っている結愛の隣で収友は自分の布団に包まっていた。明日夏は収友の包まっている布団のそばに近寄ると、そっと腰を下ろした。
「……収ちゃん。何か、寂しいことでもあったのかな?」
「…………」
「聞かせて。……お願い」
「……じゃってた」
布団の中から涙声が聞こえてきた。
「ん?」
「犬……しんじゃってた」
「えッ?」
「ち、近くの公園に犬がいたから……ゴハンあげてたのに、……き、今日行ったら死んでた。……ウウッ。やせてたけど、きのうまで……あんなに元気にご飯食べてたのに。ウエエッ……」
明日夏は唇を噛みしめると、感極まって布団の上から収友を抱きしめた。収友の身体が静かに震えている。
「今から公園に行って犬さん連れてこよ。そして、ウチの庭に埋めてあげようよ。……ねっ」
収友は布団の中で小さく頷いた。

寝室の扉が開き、神妙な顔つきの明日夏と鼻を赤く腫らした収友が一緒になってダイニングを通り抜ける。
「……お、おい。どこ行くの、二人そろって」
陽生は明日夏の背中に向かって声をかけた。
「……お友だちのところ」
「へ? お友だちのところって、なに? お――い」
二人は振り向きもせずダイニングの扉を開けて玄関へと消えて行った。

それから三十分後、バスタオルに包まれた赤毛の中型犬を抱きかかえる明日夏と収友が戻ってきた。
リビングの掃き出し窓から明日夏達の帰りを待ち構えていた陽生は二人のその姿を見つけると、慌てて窓を開けて声を上げた。
「お、おいッ。どど、どしたのよ、その犬!」
明日夏は、まくし立てる陽生に向かって少しだけ目を吊り上げて言った。
「お墓を……つくるの」
「……はい?」
陽生はすぐさま振り返って義母の顔を伺う。
「お、お義母さん。あーちゃんが庭に犬埋めるって言ってますけど……」
ダイニングの椅子に座っている容子は、お茶をすすりながらそれに返答する。
「ちゃんと場所を選んで穴掘らないと前に埋めた動物の骨が出ちゃうわよ、って言っといてください」
「……は、はぁ」
陽生は目をパチクリさせながら視線を庭に戻すと、黙々と穴を掘り進める明日夏と収友の姿をそのまま黙って見つめ続けた。

「いってきま――す!」
「……いってきます」
「急がなきゃ。じゃあ、行ってくるね」
結愛と収友と明日夏が並んで玄関を出る。歩きながら明日夏は愛おしそうに収友の頭を強く撫でた。三人が門扉を出るのを確認すると、陽生は玄関を閉めてダイニングに戻る。そして、陽生と容子は向かい合わせて朝食を摂り始める。
陽生はコーヒーを一口、クチに含むと口角を少し持ち上げた。
「なにをやってるンかと思ったら……まっさか、収友が野良犬にメシくれてたなんて。はっははは……」
容子も同じように口元を緩ませる。
「やさしい子に育ってるわね、収ちゃん」
「うーん。そうですかねェ。……まぁ、やたら動物が好きみたいだし。あーちゃんともよく動物の話、してますもんね。ところで、あの庭にはそんなに動物が埋まってるんですか?」
陽生は椅子の背にもたれ掛かって容子に尋ねた。
「あの子がまだこんな小さな時から犬とか猫とかウチで飼ってたものだからね。まぁ、いつも何かしらは居たわね。……そういえば、いつだったか。あの子、道で轢かれて死んでた猫も持って来て埋めてたことがあったのよ」
「はぁ……。そいつはすごいですね。さすがあーちゃんだ。でも、それほど大切に思ってるんでしょうね、動物のこと」
「収ちゃんもそんな感じかもね」
容子は笑って見せた。
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