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それから、また幾年の月日が駆け抜けた。
収友は市立の中学校に通い、結愛は明日夏と葉奈の後輩として赤心女子学園中等部に通っていた。
登校時刻、大勢の生徒がカバンをぶら下げて校門に入っていく。中学三年になった収友もその中の一員として校門に向かっていた。
「ヘイ、アール(伯爵)!」
その呼び名を聞くなり、収友は恥ずかしそうにうつむくと真珠色した眉間にシワを寄せた。声の主が走って収友の隣にやってくる。
「ヤッシ。……やめてくれよ、その呼び方」
収友は長いまつ毛を下に向けたまま、撫子色に塗られた薄い唇から不機嫌な声を出した。
「なんで。定着しちゃったんだからしょうがないだろ、二賀斗ー」
同じクラスの八城がとぼけた表情で答える。
「定着って、お前らが面白半分に呼んでたからだぞー」
「んなこと言ったって、だったらあんなところでお前が『好きな飲み物はアールグレイです』って言わなきゃよかったんだよ。そうすりゃあいつにアールグレイの語源を調べられずに済んだんだから。……あいつ、絶対お前のこと好きだよ」
「……どうでもいいよ、女なんて」
収友は冷めた目で校門をくぐった。青みを忍ばせた深い黒色のショートヘアーが歩くたびに柔らかく宙を舞う。
”あっ、二賀斗君だ”
”ほら、二賀斗センパイよ”
”絶対、王子様よね”
周囲からの容赦ない視線を浴びて、収友の深い紺鉄色の瞳がいつものように憂いを帯びる。
一方、二年生となった結愛は元気いっぱいに学園生活を謳歌していた。
「ねーねー。今度バンド部とか作らなーい?」
「えーっ? 結愛なにか弾けるの?」
「あたしは楽器弾かなーい。ボーカルだから」
「なにそれー。結愛が目立つだけじゃない。ダメ! 却下!」
「アハハハハ!」
休み時間の終わりを告げるチャイムが校舎に響くと、教室の入り口が開き、教員が中に入ってくる。
「わっ、先生だッ」
結愛と級友たちは忙しく席に戻る。生徒たちが自分の席に着いたのを確認すると日直の生徒が号令をかける。
「起立、礼……」
そして次の授業が始まる。
明日夏とともに植樹活動を始めてから数年が経ったが、収友の自然をいたわる感情は日ごとに主観的、閉鎖的なものとなっていった。
ある日曜日。この日も収友は明日夏に連れ添って植樹活動に参加し、日が沈みきった午後七時に自宅に帰宅した。
「ただいまー。……いいわよ、収ちゃん。荷物は後で私がやっとくから、上がって」
「ううん。僕もやるから、あーねーちゃんも一緒に行こうよ」
仲のいい会話とともに明日夏と収友が並んでダイニングに入ってきた。
「おかえりー。ちょうど晩飯の用意ができたぞ」
陽生は笑顔で二人に話しかけた。テーブルにはすでに葉奈を含めた家族全員が席に着いていた。
「お似合いの二人がやっと戻ってきたわね。おつかれさま。お姉ちゃん、収ちゃん、手洗ってご飯食べよ」
葉奈が二人に声をかける。
「あっ、母さん。お帰りなさい」
「あら、いい匂い。……今日のご飯って何かしら?」
明日夏がテーブルを覗き込んだ。
「ああ、すき焼きだ。俺の知り合いがさ、随分といい肉を送ってきてくれたんだよ。……収友、お前が肉食わないのは分かってるけどさぁ、いい肉だから少し食ってみろよ」
「……ちょっと、手洗ってくる」
収友はわずかに口元を緩めると、洗面台の方に歩いていった。
「うッわー、おいしッ! パパの友達サイコー。また肉もーらいッ」
結愛は歓喜の言葉を出しながら、次々と鍋の中から獲物を掴み、口の中に詰め込んでいった。
「結愛、そんな肉ばっか食べてないで野菜も食べないとダメだぞー」
「すっごい。……ニーさん、これ相当高い肉だよね。だっておいしいもん」
家族の誰もがすき焼きの主役を褒めたたえている中、独り収友は茶碗に盛られた白米を黙って口の中に放り込んでいた。
「収ちゃん、せっかくだから少し食べない?」
葉奈が収友に話しかけるも、収友は目を細めて静かな口調で葉奈に言い返した。
「……そんなもの、わざわざ食べる必要なんてないよ」
収友は茶碗に盛られたご飯と汁物を胃袋に収めると、足早に席を立った。
「モグモグ。おにーちゃんって、偏食もいいとこね。なーに食べて生きてんだろ」
結愛が呆れた顔で一言いう。
「……あーちゃん。アイツが生き物に優しいってのは知ってるけどさぁ、ちょっと度を越してないかい?」
陽生は険しい表情で明日夏に問いかけた。
明日夏は持っていた茶碗をテーブルに置くと、さっきまで収友が座っていた椅子に視線を落とす。そして口元に優しい笑みを浮かべて答えた。
「……そんなことないと思うよ。感じ方の問題じゃないのかな。あの子は……あの子はとても純粋な感受性を持ってるのよ。それはとても誇れるものだと思うわ。結愛ちゃんもいい食べっぷりだしね!」
「でっしょー! お姉ちゃんに肉あげちゃう!」
「あはは。ありがとッ」
「ったくー。そんなに食ってて結愛はよく太らないよなー」
葉奈は家族の団欒を見つめながら、優しい微笑みを浮かべた。
収友は市立の中学校に通い、結愛は明日夏と葉奈の後輩として赤心女子学園中等部に通っていた。
登校時刻、大勢の生徒がカバンをぶら下げて校門に入っていく。中学三年になった収友もその中の一員として校門に向かっていた。
「ヘイ、アール(伯爵)!」
その呼び名を聞くなり、収友は恥ずかしそうにうつむくと真珠色した眉間にシワを寄せた。声の主が走って収友の隣にやってくる。
「ヤッシ。……やめてくれよ、その呼び方」
収友は長いまつ毛を下に向けたまま、撫子色に塗られた薄い唇から不機嫌な声を出した。
「なんで。定着しちゃったんだからしょうがないだろ、二賀斗ー」
同じクラスの八城がとぼけた表情で答える。
「定着って、お前らが面白半分に呼んでたからだぞー」
「んなこと言ったって、だったらあんなところでお前が『好きな飲み物はアールグレイです』って言わなきゃよかったんだよ。そうすりゃあいつにアールグレイの語源を調べられずに済んだんだから。……あいつ、絶対お前のこと好きだよ」
「……どうでもいいよ、女なんて」
収友は冷めた目で校門をくぐった。青みを忍ばせた深い黒色のショートヘアーが歩くたびに柔らかく宙を舞う。
”あっ、二賀斗君だ”
”ほら、二賀斗センパイよ”
”絶対、王子様よね”
周囲からの容赦ない視線を浴びて、収友の深い紺鉄色の瞳がいつものように憂いを帯びる。
一方、二年生となった結愛は元気いっぱいに学園生活を謳歌していた。
「ねーねー。今度バンド部とか作らなーい?」
「えーっ? 結愛なにか弾けるの?」
「あたしは楽器弾かなーい。ボーカルだから」
「なにそれー。結愛が目立つだけじゃない。ダメ! 却下!」
「アハハハハ!」
休み時間の終わりを告げるチャイムが校舎に響くと、教室の入り口が開き、教員が中に入ってくる。
「わっ、先生だッ」
結愛と級友たちは忙しく席に戻る。生徒たちが自分の席に着いたのを確認すると日直の生徒が号令をかける。
「起立、礼……」
そして次の授業が始まる。
明日夏とともに植樹活動を始めてから数年が経ったが、収友の自然をいたわる感情は日ごとに主観的、閉鎖的なものとなっていった。
ある日曜日。この日も収友は明日夏に連れ添って植樹活動に参加し、日が沈みきった午後七時に自宅に帰宅した。
「ただいまー。……いいわよ、収ちゃん。荷物は後で私がやっとくから、上がって」
「ううん。僕もやるから、あーねーちゃんも一緒に行こうよ」
仲のいい会話とともに明日夏と収友が並んでダイニングに入ってきた。
「おかえりー。ちょうど晩飯の用意ができたぞ」
陽生は笑顔で二人に話しかけた。テーブルにはすでに葉奈を含めた家族全員が席に着いていた。
「お似合いの二人がやっと戻ってきたわね。おつかれさま。お姉ちゃん、収ちゃん、手洗ってご飯食べよ」
葉奈が二人に声をかける。
「あっ、母さん。お帰りなさい」
「あら、いい匂い。……今日のご飯って何かしら?」
明日夏がテーブルを覗き込んだ。
「ああ、すき焼きだ。俺の知り合いがさ、随分といい肉を送ってきてくれたんだよ。……収友、お前が肉食わないのは分かってるけどさぁ、いい肉だから少し食ってみろよ」
「……ちょっと、手洗ってくる」
収友はわずかに口元を緩めると、洗面台の方に歩いていった。
「うッわー、おいしッ! パパの友達サイコー。また肉もーらいッ」
結愛は歓喜の言葉を出しながら、次々と鍋の中から獲物を掴み、口の中に詰め込んでいった。
「結愛、そんな肉ばっか食べてないで野菜も食べないとダメだぞー」
「すっごい。……ニーさん、これ相当高い肉だよね。だっておいしいもん」
家族の誰もがすき焼きの主役を褒めたたえている中、独り収友は茶碗に盛られた白米を黙って口の中に放り込んでいた。
「収ちゃん、せっかくだから少し食べない?」
葉奈が収友に話しかけるも、収友は目を細めて静かな口調で葉奈に言い返した。
「……そんなもの、わざわざ食べる必要なんてないよ」
収友は茶碗に盛られたご飯と汁物を胃袋に収めると、足早に席を立った。
「モグモグ。おにーちゃんって、偏食もいいとこね。なーに食べて生きてんだろ」
結愛が呆れた顔で一言いう。
「……あーちゃん。アイツが生き物に優しいってのは知ってるけどさぁ、ちょっと度を越してないかい?」
陽生は険しい表情で明日夏に問いかけた。
明日夏は持っていた茶碗をテーブルに置くと、さっきまで収友が座っていた椅子に視線を落とす。そして口元に優しい笑みを浮かべて答えた。
「……そんなことないと思うよ。感じ方の問題じゃないのかな。あの子は……あの子はとても純粋な感受性を持ってるのよ。それはとても誇れるものだと思うわ。結愛ちゃんもいい食べっぷりだしね!」
「でっしょー! お姉ちゃんに肉あげちゃう!」
「あはは。ありがとッ」
「ったくー。そんなに食ってて結愛はよく太らないよなー」
葉奈は家族の団欒を見つめながら、優しい微笑みを浮かべた。
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