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年が明けて数日が経ったその日。結愛と陽生は空港の搭乗口にいた。
「結愛。お前がこんな人生を歩むなんて、ちょっと前までは想像すらできなかったよ」
陽生はそう言いながら笑みを見せたが、どこか寂しそうな影も漂わせていた。
「……そうだね。私自身が一番驚いてるもの」
結愛は目を細めて笑った。
『AAAから出発便のご案内をいたします。サンフランシスコ行き、十七時〇五分発、百二十三便はただいま皆様を機内へとご案内中でございます……』
その時、結愛の出発を急かすように搭乗のアナウンスが頭上から聞こえてきた。
「それじゃ、行くね」
「結愛!」
陽生は思わず声を出した。
「……ん?」
「……何があっても、無茶だけは……無茶なことだけは、しないでくれ」
陽生が心もとない表情で結愛を見つめると、結愛は何かに想いを寄せるように目を伏せたが、ゆっくりと視線を上げて、そして陽生に向かって笑顔を見せた。
「大丈夫。……私は、自分のチカラを信じて進んでみたいの。希望は……必ずあるから」
真夏の光り輝く青い空のような、もしくは透き通る爽やかなマリンブルーのような凛とした結愛の瞳。その颯爽とした瞳で力強く答えると、長い髪をなびかせ、そのまま搭乗口へと向かって行った。振り向きもせず真っ直ぐに歩いてゆく結愛の姿を、陽生は寂しそうにいつまでもいつまでもその目に映していた。
空港を出て帰りの電車を待つ間、陽生は思い立ったかのように明日夏に連絡を入れてみた。
「……もしもし」
「あーちゃん、今晩は」
「……ご無沙汰ね、ニーさん」
「こんな時間に悪いね。まぁ、大した話じゃないんだけど、収友のことでさぁ。アイツ今年卒業だろ? 進路とかどうするんかなぁ、なんてちょっと思って。……何か聞いてる?」
「……心配?」
「ははっ。まぁ、こんなこと言うのもなんだけど、一応は親だし。……アイツ、どうしてる?」
「収友に……会いに来れば?」
「あー。まぁ、そうだね。近いうちにでも行こうかな……」
「何か、用事でもあるの?」
「い、いや。全然。こんな歳だし、なーんにもないよ」
「だったら、明日にでも来れば」
「……そお? じゃあ明日お邪魔するかな。急だけどいいの?」
「……待ってるわね。じゃあ」
その言葉を最後に明日夏との通話は切れた。心ここにあらずな明日夏の話口調に、陽生は一抹の不安を覚えたが、どのみち明日会うということもあり、静かにスマホをポケットに沈めた。
翌日。
正午も過ぎた頃、陽生は明日夏の借家のドアホンのボタンを押した。しばらくすると玄関の扉が開き、明日夏が顔を出す。
「いらっしゃい」
「悪いね、あーちゃん」
「じゃあ、収友のところに行きましょ」
明日夏はそう言うと、玄関を出て、そびえる裏山に向かって歩き始めた。
「えっ? 裏山って、……この寒い時期にアイツまだ山に入ってるの?」
陽生は慌てて明日夏の後を追いかける。
「あーちゃん。……アイツ、進路決めたの?」
明日夏は黙ったまま歩き続ける。
「……なに。……収友とケンカでもしたの?」
「……ケンカかぁ。……したことなかったなぁ、あの子とは。私といるときはいっつも笑ってばっかりだったから。……しとけばよかった」
明日夏はうつむくと、少し微笑みを浮かべた。
「……そうなんだ。結愛ちゃん、立派な大人になったね」
「あんないい加減な性格だったのに、収友とのことがよっぽど心に突き刺さったんだろうな……」
旅立った結愛の話をしながら道を上ること数十分、二人は禿げた斜面に到着した。
「おおー、寒っ。……ん? 何だい、木一本だけ植えたんだ」
陽生は、斜面に生えた一本の木を見つけてそう言った。
「……で、アイツはどこにいるんだろ」
辺りを見回す陽生をよそに明日夏は斜面に上ると、その木のそばに歩み寄った。そして右の手で木の幹にそっと触れる。
「……ニーさん。収友なら、ここにいるわよ」
陽生は明日夏の呼びかけに視線を止めた。明日夏の右手がズルズルと幹を伝って根元に落ちてゆく。最後はその場に腰を落とすとそのまま静かに頭を垂れた。
「収……人間でいたくなくなっちゃったんだって。……人間なんかに、ううッ。……木になりたいんだって。うッ、うう……」
明日夏は静かな声で泣き崩れた。
「……何、言ってんの? ……冗談やめろって。人間が木になんかならねえだろうが……」
そう言葉を出した陽生の脳裏に、落葉樹の森が広がったあの時の風景がよみがえった。
「ま、さか……そんな」
陽生は崩れ落ちるように地面に座り込んだ。心臓の鼓動が耳の奥底に痛いくらいに激しく響く。陽生はその場で呆然と目を見開いたまま頭を下ろした。
「あいつの人生は……なんだったんだ。俺は……アイツのために、何もできなかった。収友に……寄り添ってやれなかった。……収友、ゴメン!」
明日夏のすすり泣く声と、陽生の悲痛な声が静寂な木々の中に消えてゆく。陽生の頬には涙の滴が流れてゆく。
冬の寒空に輝く乾いた陽の光は、二人の絶望とは裏腹に土色の斜面を明るく照らし出していた。
「結愛。お前がこんな人生を歩むなんて、ちょっと前までは想像すらできなかったよ」
陽生はそう言いながら笑みを見せたが、どこか寂しそうな影も漂わせていた。
「……そうだね。私自身が一番驚いてるもの」
結愛は目を細めて笑った。
『AAAから出発便のご案内をいたします。サンフランシスコ行き、十七時〇五分発、百二十三便はただいま皆様を機内へとご案内中でございます……』
その時、結愛の出発を急かすように搭乗のアナウンスが頭上から聞こえてきた。
「それじゃ、行くね」
「結愛!」
陽生は思わず声を出した。
「……ん?」
「……何があっても、無茶だけは……無茶なことだけは、しないでくれ」
陽生が心もとない表情で結愛を見つめると、結愛は何かに想いを寄せるように目を伏せたが、ゆっくりと視線を上げて、そして陽生に向かって笑顔を見せた。
「大丈夫。……私は、自分のチカラを信じて進んでみたいの。希望は……必ずあるから」
真夏の光り輝く青い空のような、もしくは透き通る爽やかなマリンブルーのような凛とした結愛の瞳。その颯爽とした瞳で力強く答えると、長い髪をなびかせ、そのまま搭乗口へと向かって行った。振り向きもせず真っ直ぐに歩いてゆく結愛の姿を、陽生は寂しそうにいつまでもいつまでもその目に映していた。
空港を出て帰りの電車を待つ間、陽生は思い立ったかのように明日夏に連絡を入れてみた。
「……もしもし」
「あーちゃん、今晩は」
「……ご無沙汰ね、ニーさん」
「こんな時間に悪いね。まぁ、大した話じゃないんだけど、収友のことでさぁ。アイツ今年卒業だろ? 進路とかどうするんかなぁ、なんてちょっと思って。……何か聞いてる?」
「……心配?」
「ははっ。まぁ、こんなこと言うのもなんだけど、一応は親だし。……アイツ、どうしてる?」
「収友に……会いに来れば?」
「あー。まぁ、そうだね。近いうちにでも行こうかな……」
「何か、用事でもあるの?」
「い、いや。全然。こんな歳だし、なーんにもないよ」
「だったら、明日にでも来れば」
「……そお? じゃあ明日お邪魔するかな。急だけどいいの?」
「……待ってるわね。じゃあ」
その言葉を最後に明日夏との通話は切れた。心ここにあらずな明日夏の話口調に、陽生は一抹の不安を覚えたが、どのみち明日会うということもあり、静かにスマホをポケットに沈めた。
翌日。
正午も過ぎた頃、陽生は明日夏の借家のドアホンのボタンを押した。しばらくすると玄関の扉が開き、明日夏が顔を出す。
「いらっしゃい」
「悪いね、あーちゃん」
「じゃあ、収友のところに行きましょ」
明日夏はそう言うと、玄関を出て、そびえる裏山に向かって歩き始めた。
「えっ? 裏山って、……この寒い時期にアイツまだ山に入ってるの?」
陽生は慌てて明日夏の後を追いかける。
「あーちゃん。……アイツ、進路決めたの?」
明日夏は黙ったまま歩き続ける。
「……なに。……収友とケンカでもしたの?」
「……ケンカかぁ。……したことなかったなぁ、あの子とは。私といるときはいっつも笑ってばっかりだったから。……しとけばよかった」
明日夏はうつむくと、少し微笑みを浮かべた。
「……そうなんだ。結愛ちゃん、立派な大人になったね」
「あんないい加減な性格だったのに、収友とのことがよっぽど心に突き刺さったんだろうな……」
旅立った結愛の話をしながら道を上ること数十分、二人は禿げた斜面に到着した。
「おおー、寒っ。……ん? 何だい、木一本だけ植えたんだ」
陽生は、斜面に生えた一本の木を見つけてそう言った。
「……で、アイツはどこにいるんだろ」
辺りを見回す陽生をよそに明日夏は斜面に上ると、その木のそばに歩み寄った。そして右の手で木の幹にそっと触れる。
「……ニーさん。収友なら、ここにいるわよ」
陽生は明日夏の呼びかけに視線を止めた。明日夏の右手がズルズルと幹を伝って根元に落ちてゆく。最後はその場に腰を落とすとそのまま静かに頭を垂れた。
「収……人間でいたくなくなっちゃったんだって。……人間なんかに、ううッ。……木になりたいんだって。うッ、うう……」
明日夏は静かな声で泣き崩れた。
「……何、言ってんの? ……冗談やめろって。人間が木になんかならねえだろうが……」
そう言葉を出した陽生の脳裏に、落葉樹の森が広がったあの時の風景がよみがえった。
「ま、さか……そんな」
陽生は崩れ落ちるように地面に座り込んだ。心臓の鼓動が耳の奥底に痛いくらいに激しく響く。陽生はその場で呆然と目を見開いたまま頭を下ろした。
「あいつの人生は……なんだったんだ。俺は……アイツのために、何もできなかった。収友に……寄り添ってやれなかった。……収友、ゴメン!」
明日夏のすすり泣く声と、陽生の悲痛な声が静寂な木々の中に消えてゆく。陽生の頬には涙の滴が流れてゆく。
冬の寒空に輝く乾いた陽の光は、二人の絶望とは裏腹に土色の斜面を明るく照らし出していた。
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