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3話
しおりを挟む「……アンドロイドって風邪引くの?」
「コンピュータウイルスは人間で言う風邪のようなものかもな。
複数のプログラムを同時に起動させることで熱暴走による体温の上昇、反応速度の遅延という、人間の風邪に似た症状も表面に現れることがある」
「でもコンピュータウイルスってネットに繋がってるから起きることなんじゃないのか?こいつらはただの個体だろ」
「昔のは今とは違ったんだ。
膨大な情報をひとつの体に収める技術がなかったから、インターネット上にソフトウェアを置くことで負荷を極力減らそうとした」
「……ふぅん」
わかるような、わからないような。
とにかく時代が変わったということか。
瞬一はぼんやりとした頭で言葉を飲み込みながら、手に耳を当てたまま、モニターを眺める。
佐藤自身が作ったという解析と修復のプログラムが高速で動いている。
瞬一には何が書いてあるのか、やっぱりわからない。
上から下へと流れ続ける文字の中で、唯一変わりなく映り続ける、反射した佐藤の顔を瞬一は眺めていた。
そうして気がつけば、瞬一はベッドのそばに座り込んだまま眠りに落ちていた。
いつまで眠っていたのだろう。
瞬一は、規則正しいモーターの脈動に誘われるようにして目を覚ます。
最初に目に映ったのは雪のように白い肌。
眠る前から変わらない温かさをそこから感じて、無性に安心した。
瞬一は夢現の状態でしばらく白色の肌を眺め続ける。
ぱちりぱちりと、泡が弾けるように、次第に頭の中で思想が生まれ始めた。
そうして思い出した。
ここがどこであるかを。
瞬一が慌てて起き上がると、肩にかけられていたブランケットがずり落ちる。
ここに来た時はこんなもの着けていなかったはずだけど。
瞬一はそう思いながら反射的にブランケットを元の位置まで戻す。
「目が覚めたか」
「……うん。悪い。寝てたみたいだ」
「1時間くらいのことだ。
気にしなくて良い……それよりも、疲れているなら」
帰った方がいい。
そう言われるのを見越して、瞬一は言葉を遮る。
「さて。ずっと作業してたら疲れたよね。ご飯食べようか」
「……いや、後で食べるからお前は_____」
「そう言って三日三晩飲まず食わず勉強に没頭して倒れたのは、どこのどいつだっけ?」
「それは高校の頃の話だ」
「はいはい。とにかく作業は一旦中断。
ここからはご飯の時間だよ」
瞬一は勝手知ったる部屋の隅から簡易テーブルを取り出して広げる。
2人分の料理が乗るくらいの大きさのテーブル。
これは、佐藤がこのアパートにやってきた時に瞬一が購入したものだ。
最初は綺麗な空色をしていたそれは、時の流れと共に色あせている。
瞬一は鞄に入れていた2人分のタッパーを取り出し、キッチンへ向かう。
冷蔵庫に既に入れてあったタッパーの中身が空になっていることに満足して、軽く頷きながら取り出した。
棚からお揃いの赤と青の皿に料理を並べて、先に赤色の方をレンジに入れる。
鞄から出したもう2つの弁当箱にはサラダとデザートのフルーツが入っていて、それから鞄のポケットには小さなチョコレート。
疲れた時には糖分。
そして栄養バランスを整えたご飯。
*
仕事終わりに家で料理を作り、佐藤の家に遊びに行く。
この生活がもう2年ほど続いている。
最初のうちは昼食の弁当も作っていたから料理の時間を確保するのは大変だったけど、佐藤が仕事を辞めてしまってからは、わりと余裕ができている。
弁当を作るとなると誰かに見られることを想定して彩りや見た目に気を取られてしまっていたけど、今は栄養バランスのみを考えていれば良いからだ。
瞬一は温めを終えたレンジから皿を取り出し、テーブルの上の、佐藤側の方に皿を置く。
「冷めないうちに食べてよ」
「ん……ありがとう」
我ながらとても甲斐甲斐しい。
だけどこの、女気も甲斐性も微塵も感じさせてくれない友達の世話をすることが、自分にとってはもはや癖というか、習慣のようになってしまっている。
惚れた欲目なのか、元々世話好きなのか。
佐藤の世話をすることは嫌いではなかった。
口下手な彼が自分のご飯を食べている時、幸せを感じることができた。
彼は何も言わないけれど、行動で、自分のことをちゃんと見ていてくれていると示している気がするから。
「ごちそうさま」
「どうだった?美味しい?」
佐藤は静かに頷いて、箸を皿の上に置く。
「なら良かった。今日ちょっと焦がしちゃったからさ。
不味かったらどうしようかと思った」
綺麗にさらえられた皿を見て、瞬一はほっとする。
台所を借りて、皿を洗い終わって戻ってきた時には、もう佐藤はモニターと睨み合いをしていた。
瞬一の付け入る隙はない。
「……僕、今日は帰るね」
「わかった。気を付けろよ」
「うん」
佐藤は振り向かない。
荷物をまとめて、佐藤のアパートを出る。
室内との温度差に、瞬一の体が震える。
風が服の隙間から入り込み、胸の奧を撫であげた。
ぞわりと背筋を駆け上がる不快感に、瞬一は俯いた。
自分にありもしないはずの罪悪感を暴かれたような気分だった。
「……さとう」
僕さ。
"気を付けて"よりも、"ここに泊まっていけよ"の言葉が欲しかったな、なんて。
たったそれだけの言葉で、きっと飛び上がるほどに嬉しくなれたから。
鞄のポケットからチョコレートを取り出す。
口の中でどろりと溶けた液体が喉へと流れ込み、肺に溜まった。
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