明けない永遠の夜に

霧嶋めぐる

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4話

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 あれは、瞬一と佐藤がまだ小学生だった頃のことだ。

 佐藤の暮らしていた町に、瞬一は両親の仕事の都合で引っ越した。

 クラスメイト達の視線が突き刺さり、瞬一の顔が真っ赤に染まる。

「こ、これから、よろしく、お願いします!」

 緊張に震える体。

 拳を握りしめて振り絞った声は、情けなく震えていた。

 はじめの一歩を踏み出すのはとても勇気がいることだ。

 瞬一はクラスに馴染めるか不安だった。

 だけど、新しい生活に期待もしていた。

 きっと楽しい生活になるだろう。

 友達ができるだろう。

 そんな期待を抱き、ぺこりと礼をした。

 だけど。

「……変な喋り方」

 クラスメイトの1人がそう囃し立てる。

 遠い故郷を離れやってきた土地は、言葉は通じるけれど、喋り方が今までとは全く違っていた。

 昔住んでいた所はなまりがきつかったのだ。

 瞬一にとっては変に聞こえる"彼ら"の言葉こそが標準で、今まで暮らしていた場所は"異端"だった。

 田舎っぽく、どこか泥臭く、間の抜けている方言。

 あれがなければ、もしくは瞬一がもっと気の強い性格をしていれば。

 あの時の記憶はもっと良いものになっていたのかもしれない。

 小学生の頃はあまり良い思い出がない。

 なまりのことでからかわれて、それがエスカレートして一度酷い苛めに変わったことがあった。

 あの頃、瞬一は毎日泣いていた。

 だけど親にバレるのが嫌で、泣きはらした顔を冷ますために、放課後は学校の隅で隠れていた。





 その日も、瞬一はいつものように学校の校舎の隅で縮こまって泣いていた。

 何をされたのか、瞬一は覚えていない。

 記憶があやふやで、だけど自分にとってはとても嫌なことだったのだろう。

 瞬一は目を閉じて頭を掻き抱くように耳を塞いだ。

 そうしていれば、しばらくの間は気を紛らわせることができた。

 暗闇の中で感じるのは、太腿に落ちる雫の温かさだけ。

 心の中に溜まった悲しみを空っぽにするために、ひたすら涙を流していた。

 そんな瞬一の元に差し出された小さな手。

「いらないからやる」

 そう言って差し出された小さな手には、一箱のドロップ缶が入れられていた。

「俺これ好きじゃないから、やる」

 瞬一は顔を上げる。その拍子に堪えていた涙が一粒落ちた。

 ぼやけた視界が鮮明になり、またぼやけるのを繰り返す。

 相手の顔が見えなくて、誰だかわからない。

 ああ、泣いちゃダメ。このくらいのことで泣くなんて悔しい。またからかわれるから。

 瞬一は歯を噛みしめて、嗚咽を飲み込んだ。

 その口元に、甘い粒が押しつけられる。

「ん」

 ぐいぐいと唇を割り開かれ、鼻腔へと伝わる甘味。

 観念して口を開くと、1粒めが放り込まれた後、2粒めが唇に押し当てられた。

 それをまた、口に含んだ。

 3つめ、4つめ、5つめ。

 口の中が飴で一杯になり、別の意味で泣きそうになる。

 必死に呼吸をしながら飴を全て舐め終わるまで、彼はそばにいた。

「涙止まった?」

「……あ」

 あれほど流れていた涙がいつの間にか止まっていた。

 胸の奥でつっかえていたもやもやを一緒に連れ去って。

「……すごい」

 魔法みたいだ。

 甘い甘い魔法。

 魔法の粒が、空っぽの心に詰め込まれていく。

 からからと軽やかな音を立てて。





 気分が少し落ち着くと、ドロップを渡してきた子供の顔を、今度はしっかりと確認することができた。

 鋭い瞳が瞬一を見つめている。観察するみたいに。

 だけどその眼差しに恐怖を感じなかったのは、その子供の目には何の感情も浮かんでいなかったからだ。

 何も考えていない。凪のような静けさをたたえた瞳が瞬一を映す。

 そこに映るのは泣きはらした顔の自分ばかり。

 "ガラスみたいだ"と思った。

 ガラス細工を彷彿とさせる繊細な美しさ。

 その中心を彩る、星の光の虹彩。

「ありがとう。えっと……」

 瞬一は少年の名前を思い出せないことに気がついた。

 確かに見たことはある。あるのだけど、名前と顔が一致しない。

 どこで見たことがあったっけ。

 誰に名前を呼ばれていたっけ。

 確か、担任の先生に。いつも褒められていたような気がする。

 だけど思い出せない。

 少年がこてりと首を傾げた。

「あの、その……ごめん。思い出せないんだ。君の名前。確かクラスメイトだったよね」

「……さあ」

「あれ、違った?4-3だよね、教室」

「そうだけど」

「じゃあクラスメイトだよね。僕も同じ教室だから」

 会話はそこで途切れた。

 少年に顔をじっと見つめられ、瞬一は話をせがまれているような気分になる。

 からかい以外の目で見つめられるのは久しぶりだったから、瞬一は少し照れ臭かった。

「僕、星野瞬一。君の名前聞いても良い?」

「聞いてどうする」

「どうするって、知りたいから聞いたんだけど。ダメ?」

「……佐藤」

 少年、佐藤はふてぶてしく答える。

「下の名前は?」

永遠とわ

 さとう、とわ。

 瞬一は、口の中で何度もその言葉を呟く。

 胸がドキドキと音を鳴らした。

 ひらめきにも似た確信。欲求。

 彼と友達になりたい。なれる。

 瞬一はそう思った。


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