5 / 13
4話
しおりを挟む
あれは、瞬一と佐藤がまだ小学生だった頃のことだ。
佐藤の暮らしていた町に、瞬一は両親の仕事の都合で引っ越した。
クラスメイト達の視線が突き刺さり、瞬一の顔が真っ赤に染まる。
「こ、これから、よろしく、お願いします!」
緊張に震える体。
拳を握りしめて振り絞った声は、情けなく震えていた。
はじめの一歩を踏み出すのはとても勇気がいることだ。
瞬一はクラスに馴染めるか不安だった。
だけど、新しい生活に期待もしていた。
きっと楽しい生活になるだろう。
友達ができるだろう。
そんな期待を抱き、ぺこりと礼をした。
だけど。
「……変な喋り方」
クラスメイトの1人がそう囃し立てる。
遠い故郷を離れやってきた土地は、言葉は通じるけれど、喋り方が今までとは全く違っていた。
昔住んでいた所はなまりがきつかったのだ。
瞬一にとっては変に聞こえる"彼ら"の言葉こそが標準で、今まで暮らしていた場所は"異端"だった。
田舎っぽく、どこか泥臭く、間の抜けている方言。
あれがなければ、もしくは瞬一がもっと気の強い性格をしていれば。
あの時の記憶はもっと良いものになっていたのかもしれない。
小学生の頃はあまり良い思い出がない。
なまりのことでからかわれて、それがエスカレートして一度酷い苛めに変わったことがあった。
あの頃、瞬一は毎日泣いていた。
だけど親にバレるのが嫌で、泣きはらした顔を冷ますために、放課後は学校の隅で隠れていた。
*
その日も、瞬一はいつものように学校の校舎の隅で縮こまって泣いていた。
何をされたのか、瞬一は覚えていない。
記憶があやふやで、だけど自分にとってはとても嫌なことだったのだろう。
瞬一は目を閉じて頭を掻き抱くように耳を塞いだ。
そうしていれば、しばらくの間は気を紛らわせることができた。
暗闇の中で感じるのは、太腿に落ちる雫の温かさだけ。
心の中に溜まった悲しみを空っぽにするために、ひたすら涙を流していた。
そんな瞬一の元に差し出された小さな手。
「いらないからやる」
そう言って差し出された小さな手には、一箱のドロップ缶が入れられていた。
「俺これ好きじゃないから、やる」
瞬一は顔を上げる。その拍子に堪えていた涙が一粒落ちた。
ぼやけた視界が鮮明になり、またぼやけるのを繰り返す。
相手の顔が見えなくて、誰だかわからない。
ああ、泣いちゃダメ。このくらいのことで泣くなんて悔しい。またからかわれるから。
瞬一は歯を噛みしめて、嗚咽を飲み込んだ。
その口元に、甘い粒が押しつけられる。
「ん」
ぐいぐいと唇を割り開かれ、鼻腔へと伝わる甘味。
観念して口を開くと、1粒めが放り込まれた後、2粒めが唇に押し当てられた。
それをまた、口に含んだ。
3つめ、4つめ、5つめ。
口の中が飴で一杯になり、別の意味で泣きそうになる。
必死に呼吸をしながら飴を全て舐め終わるまで、彼はそばにいた。
「涙止まった?」
「……あ」
あれほど流れていた涙がいつの間にか止まっていた。
胸の奥でつっかえていたもやもやを一緒に連れ去って。
「……すごい」
魔法みたいだ。
甘い甘い魔法。
魔法の粒が、空っぽの心に詰め込まれていく。
からからと軽やかな音を立てて。
*
気分が少し落ち着くと、ドロップを渡してきた子供の顔を、今度はしっかりと確認することができた。
鋭い瞳が瞬一を見つめている。観察するみたいに。
だけどその眼差しに恐怖を感じなかったのは、その子供の目には何の感情も浮かんでいなかったからだ。
何も考えていない。凪のような静けさをたたえた瞳が瞬一を映す。
そこに映るのは泣きはらした顔の自分ばかり。
"ガラスみたいだ"と思った。
ガラス細工を彷彿とさせる繊細な美しさ。
その中心を彩る、星の光の虹彩。
「ありがとう。えっと……」
瞬一は少年の名前を思い出せないことに気がついた。
確かに見たことはある。あるのだけど、名前と顔が一致しない。
どこで見たことがあったっけ。
誰に名前を呼ばれていたっけ。
確か、担任の先生に。いつも褒められていたような気がする。
だけど思い出せない。
少年がこてりと首を傾げた。
「あの、その……ごめん。思い出せないんだ。君の名前。確かクラスメイトだったよね」
「……さあ」
「あれ、違った?4-3だよね、教室」
「そうだけど」
「じゃあクラスメイトだよね。僕も同じ教室だから」
会話はそこで途切れた。
少年に顔をじっと見つめられ、瞬一は話をせがまれているような気分になる。
からかい以外の目で見つめられるのは久しぶりだったから、瞬一は少し照れ臭かった。
「僕、星野瞬一。君の名前聞いても良い?」
「聞いてどうする」
「どうするって、知りたいから聞いたんだけど。ダメ?」
「……佐藤」
少年、佐藤はふてぶてしく答える。
「下の名前は?」
「永遠」
さとう、とわ。
瞬一は、口の中で何度もその言葉を呟く。
胸がドキドキと音を鳴らした。
ひらめきにも似た確信。欲求。
彼と友達になりたい。なれる。
瞬一はそう思った。
佐藤の暮らしていた町に、瞬一は両親の仕事の都合で引っ越した。
クラスメイト達の視線が突き刺さり、瞬一の顔が真っ赤に染まる。
「こ、これから、よろしく、お願いします!」
緊張に震える体。
拳を握りしめて振り絞った声は、情けなく震えていた。
はじめの一歩を踏み出すのはとても勇気がいることだ。
瞬一はクラスに馴染めるか不安だった。
だけど、新しい生活に期待もしていた。
きっと楽しい生活になるだろう。
友達ができるだろう。
そんな期待を抱き、ぺこりと礼をした。
だけど。
「……変な喋り方」
クラスメイトの1人がそう囃し立てる。
遠い故郷を離れやってきた土地は、言葉は通じるけれど、喋り方が今までとは全く違っていた。
昔住んでいた所はなまりがきつかったのだ。
瞬一にとっては変に聞こえる"彼ら"の言葉こそが標準で、今まで暮らしていた場所は"異端"だった。
田舎っぽく、どこか泥臭く、間の抜けている方言。
あれがなければ、もしくは瞬一がもっと気の強い性格をしていれば。
あの時の記憶はもっと良いものになっていたのかもしれない。
小学生の頃はあまり良い思い出がない。
なまりのことでからかわれて、それがエスカレートして一度酷い苛めに変わったことがあった。
あの頃、瞬一は毎日泣いていた。
だけど親にバレるのが嫌で、泣きはらした顔を冷ますために、放課後は学校の隅で隠れていた。
*
その日も、瞬一はいつものように学校の校舎の隅で縮こまって泣いていた。
何をされたのか、瞬一は覚えていない。
記憶があやふやで、だけど自分にとってはとても嫌なことだったのだろう。
瞬一は目を閉じて頭を掻き抱くように耳を塞いだ。
そうしていれば、しばらくの間は気を紛らわせることができた。
暗闇の中で感じるのは、太腿に落ちる雫の温かさだけ。
心の中に溜まった悲しみを空っぽにするために、ひたすら涙を流していた。
そんな瞬一の元に差し出された小さな手。
「いらないからやる」
そう言って差し出された小さな手には、一箱のドロップ缶が入れられていた。
「俺これ好きじゃないから、やる」
瞬一は顔を上げる。その拍子に堪えていた涙が一粒落ちた。
ぼやけた視界が鮮明になり、またぼやけるのを繰り返す。
相手の顔が見えなくて、誰だかわからない。
ああ、泣いちゃダメ。このくらいのことで泣くなんて悔しい。またからかわれるから。
瞬一は歯を噛みしめて、嗚咽を飲み込んだ。
その口元に、甘い粒が押しつけられる。
「ん」
ぐいぐいと唇を割り開かれ、鼻腔へと伝わる甘味。
観念して口を開くと、1粒めが放り込まれた後、2粒めが唇に押し当てられた。
それをまた、口に含んだ。
3つめ、4つめ、5つめ。
口の中が飴で一杯になり、別の意味で泣きそうになる。
必死に呼吸をしながら飴を全て舐め終わるまで、彼はそばにいた。
「涙止まった?」
「……あ」
あれほど流れていた涙がいつの間にか止まっていた。
胸の奥でつっかえていたもやもやを一緒に連れ去って。
「……すごい」
魔法みたいだ。
甘い甘い魔法。
魔法の粒が、空っぽの心に詰め込まれていく。
からからと軽やかな音を立てて。
*
気分が少し落ち着くと、ドロップを渡してきた子供の顔を、今度はしっかりと確認することができた。
鋭い瞳が瞬一を見つめている。観察するみたいに。
だけどその眼差しに恐怖を感じなかったのは、その子供の目には何の感情も浮かんでいなかったからだ。
何も考えていない。凪のような静けさをたたえた瞳が瞬一を映す。
そこに映るのは泣きはらした顔の自分ばかり。
"ガラスみたいだ"と思った。
ガラス細工を彷彿とさせる繊細な美しさ。
その中心を彩る、星の光の虹彩。
「ありがとう。えっと……」
瞬一は少年の名前を思い出せないことに気がついた。
確かに見たことはある。あるのだけど、名前と顔が一致しない。
どこで見たことがあったっけ。
誰に名前を呼ばれていたっけ。
確か、担任の先生に。いつも褒められていたような気がする。
だけど思い出せない。
少年がこてりと首を傾げた。
「あの、その……ごめん。思い出せないんだ。君の名前。確かクラスメイトだったよね」
「……さあ」
「あれ、違った?4-3だよね、教室」
「そうだけど」
「じゃあクラスメイトだよね。僕も同じ教室だから」
会話はそこで途切れた。
少年に顔をじっと見つめられ、瞬一は話をせがまれているような気分になる。
からかい以外の目で見つめられるのは久しぶりだったから、瞬一は少し照れ臭かった。
「僕、星野瞬一。君の名前聞いても良い?」
「聞いてどうする」
「どうするって、知りたいから聞いたんだけど。ダメ?」
「……佐藤」
少年、佐藤はふてぶてしく答える。
「下の名前は?」
「永遠」
さとう、とわ。
瞬一は、口の中で何度もその言葉を呟く。
胸がドキドキと音を鳴らした。
ひらめきにも似た確信。欲求。
彼と友達になりたい。なれる。
瞬一はそう思った。
0
あなたにおすすめの小説
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
出戻り王子が幸せになるまで
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。
一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる