明けない永遠の夜に

霧嶋めぐる

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5話

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 翌日から瞬一は佐藤に話しかけるようになった。


 教室を開ける瞬間の緊張が、昨日までとは別の意味に変わる。

 引き戸の扉に手をかけて、一思いに引いた。

 クラスメイトの突き刺すような視線が怖いけど、勇気を出して辺りを見回す。

 すると彼の姿を、教室の端、窓ガラス近くのところで認めた。

 佐藤は見向きもせずに本を読んでいる。

 瞬一は崩れ落ちそうな足を懸命に動かして、彼の前に立った。

「あの、佐藤くん」

 佐藤が顔を上げる。

 昨日と同じ。

 その瞳に揺蕩うのは凪のような感情の静寂と、それとは裏腹に緊張した顔をしている瞬一の顔のみ。

「お、おはよう」

「……おはよう」

 返事があった。

 それだけのことで、飛び上がるくらい嬉しくなった。

「昨日はありがとう、飴」

「……飴?」

「ほら、校舎の裏でさ、会ったよね。僕たち」

 昨日の今日だから、まさか忘れられているはずはないと思うけど。

 少し不安だったけど、それでも待った。

 佐藤は本のページを開いたまま、たっぷりと時間を使って、一言答えた。

「ああ」

 良かった。覚えていてくれた。

 嬉しくなって口の中でたくさんの言葉がつっかえる。

 言いたいことが沢山ありすぎた。

「あれ、すごく美味しかった」

 佐藤は頷く。

「ありがとう」

 佐藤は頷く。

「佐藤くんは飴嫌いなの?」

「……嫌いじゃない」

「じゃあ何で僕にくれたの?」

「……お母さんが言ってた。

 疲れてる時は、糖分を摂ると良いって。

 お前が疲れているように見えたから、あげた」

 "涙止まった?"

 佐藤の言葉がリフレインする。

「……そっか」

 瞬一は1人で納得する。

 あそこにいたのが瞬一でなかったとしても、きっと佐藤は飴をあげたのだろう。

「もう良い?」

「え?」

「本、続き読みたいんだけど」

 だから昨日の出来事は佐藤にとって大したことではなかった。

 優先順位も、目の前の本に比べれば月とすっぽんの違いなのだ。

 佐藤は気がついていない。

 彼の何の気もない優しさが、1人の少年の心を救ったことを。

 だけどその時はそれでもよかった。

 本を読み始めてしまった佐藤の隣で、瞬一は佐藤の様子を見続ける。

 佐藤はそれきり、何の反応もしなかった。

 だけど拒絶もしなかった。

 だから瞬一は佐藤のそばにい続ける。

 その関係が、何年も続いているというだけの話。

 いつしか瞬一は佐藤のことを呼び捨てで呼ぶようになった。

 コンプレックスだった酷いなまりも、時の流れに揉まれるうちにすっかり洗い流されていた。

 きっと自分に自信を持てるようになったのはその頃からだ。

 ちょうど思春期で、他人の目が気になる頃で。

 無頓着だった身嗜みを少し気にかけるようになると、たったそれだけで、人と話す機会が増えたように思う。

 佐藤以外の友達も増え、彼らと遊ぶことが増え。

 中学の時から何度か告白されることもあった。

 だけど瞬一はそれら全てを断った。

 たとえ友達が増えようと告白されようと、胸の中に残り続けているあの時の甘い味は消えることがない。

 いつだって瞬一の心は佐藤を中心に回っていた。

 だから例え恋人であっても、その心の隙間を誰かのために捧げようとは思えなかった。

 その感情は、もはや崇拝や心酔の域にまで達していて。

 人はこれを"恋"と呼ぶらしい。

 瞬一はそのことを、周囲から2人の仲を噂されたことでようやく知った。

 男が男を好きになるなんて思いもしなかった。

 だから"星野と佐藤の奴、できてるんじゃねぇの?"と言われた時は目から鱗のような気分だった。

 そして納得した。

 今まで誰かに告白されても断ってきた理由。

 好きだからだ。佐藤のことが。

 女の子よりも、他の誰よりも。

 きっと自分自身よりも。

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