6 / 15
1泊目 優しい嘘はお嫌いですか?
第6話 逃げ出したって仕方ない
しおりを挟む
「あし、た……」
その言葉に俺は、自分の耳を幾度となく疑った。
だが、「明日」という単語に、それ以上の意味はない。太陽が地平線に落ちて、また昇ってきたときが、タイムリミット。
俺の儚い希望は、粉々に砕け散った。
焦り、重い腰を上げて固めた決意は、やはり遅すぎたのだ。彼女の思いには、周回遅れで追いつけないくらいに。
そのとき、俺の中で必死に堪えていた何かがぷつんと切れる音が聞こえた。
「……なんで、急に行っちゃうんだよ」
「急な話で、本当にごめんね。でも、私は好きになった人がいて、彼を支えたくて――」
「好きになった人って、そんな顔も名前もしらないヤツを追いかけたいなんて言われても、納得できねぇよ!」
それは、やってはならない行為だった。
目の前にいる相手に「好き」の一言も告げられない臆病な自分が、一番大切に思っている相手の思いを否定するなんて。
でも――
「俺……達を残して、1人だけ行くのかよ! ズルいだろ、そんなの」
もう限界だった。耐えられなかった。
今この瞬間、この世界で俺が一番惨めな気がした。
単なる八つ当たりだとわかっていても、やるせない思いが言葉となって溢れてしまう。
目の前にいるゆい姉は、押し黙ったままだった。
突然の激高の意味を受け、わけもわからず硬直しているみたいだった。
「ソイツのことだって! さっきから聞いてれば、好きだとか支えたいとか、それだけじゃないか! 俺はそんな相手に……そんなヤツに!」
そんなヤツに、俺は負けたのか。
名前も教えてくれない。ソイツが何をしているヤツで、どんな人間なのかも。勿論、聞いていたら聞いていたで耐えられなかっただろうが。
感情がぐちゃぐちゃだった。
脈絡もないことを口走り、意味の無いことに怒り狂い、好きな相手を困らせている。
そんなことはわかっている。わかっているけれど、わかっていることと相手に配慮できるかはまた別に話だ。
「さっくん……」
どこか悲痛な面持ちで俺に手を伸ばすゆい姉。
カチンときた。
自分は幸せになりに行くくせに。そんな、心の底から悲しんでるみたいな顔で俺を見るな。見ないでくれ。
「やめてよ!」
「っ!」
乾いた音が響き、一泊遅れてゆい姉が息を飲む。
彼女が伸ばした手を、俺が払いのけていた。
「幸せになりに行くんだろ! だったら、俺なんかほっといて勝手に行っちまえよ!」
そう一方的に吐き捨てて、俺は踵を返してゆい姉の家を飛び出した。
「さっくん!」
後ろから、自分を呼ぶ愛しい声が聞こえる。
でも俺は耳を塞いで、ただひたすらに走り続けた。
その言葉に俺は、自分の耳を幾度となく疑った。
だが、「明日」という単語に、それ以上の意味はない。太陽が地平線に落ちて、また昇ってきたときが、タイムリミット。
俺の儚い希望は、粉々に砕け散った。
焦り、重い腰を上げて固めた決意は、やはり遅すぎたのだ。彼女の思いには、周回遅れで追いつけないくらいに。
そのとき、俺の中で必死に堪えていた何かがぷつんと切れる音が聞こえた。
「……なんで、急に行っちゃうんだよ」
「急な話で、本当にごめんね。でも、私は好きになった人がいて、彼を支えたくて――」
「好きになった人って、そんな顔も名前もしらないヤツを追いかけたいなんて言われても、納得できねぇよ!」
それは、やってはならない行為だった。
目の前にいる相手に「好き」の一言も告げられない臆病な自分が、一番大切に思っている相手の思いを否定するなんて。
でも――
「俺……達を残して、1人だけ行くのかよ! ズルいだろ、そんなの」
もう限界だった。耐えられなかった。
今この瞬間、この世界で俺が一番惨めな気がした。
単なる八つ当たりだとわかっていても、やるせない思いが言葉となって溢れてしまう。
目の前にいるゆい姉は、押し黙ったままだった。
突然の激高の意味を受け、わけもわからず硬直しているみたいだった。
「ソイツのことだって! さっきから聞いてれば、好きだとか支えたいとか、それだけじゃないか! 俺はそんな相手に……そんなヤツに!」
そんなヤツに、俺は負けたのか。
名前も教えてくれない。ソイツが何をしているヤツで、どんな人間なのかも。勿論、聞いていたら聞いていたで耐えられなかっただろうが。
感情がぐちゃぐちゃだった。
脈絡もないことを口走り、意味の無いことに怒り狂い、好きな相手を困らせている。
そんなことはわかっている。わかっているけれど、わかっていることと相手に配慮できるかはまた別に話だ。
「さっくん……」
どこか悲痛な面持ちで俺に手を伸ばすゆい姉。
カチンときた。
自分は幸せになりに行くくせに。そんな、心の底から悲しんでるみたいな顔で俺を見るな。見ないでくれ。
「やめてよ!」
「っ!」
乾いた音が響き、一泊遅れてゆい姉が息を飲む。
彼女が伸ばした手を、俺が払いのけていた。
「幸せになりに行くんだろ! だったら、俺なんかほっといて勝手に行っちまえよ!」
そう一方的に吐き捨てて、俺は踵を返してゆい姉の家を飛び出した。
「さっくん!」
後ろから、自分を呼ぶ愛しい声が聞こえる。
でも俺は耳を塞いで、ただひたすらに走り続けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる