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1泊目 優しい嘘はお嫌いですか?
第7話 真実
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「はぁッ……はぁッ……!」
荒い息をつき、俺はようやく足を止める。
左右を茶畑に挟まれた場所に、俺は独り取り残されたように立っていた。
太陽が沈んだばかりの西の空が、僅かな橙色に染まっている。あと30分もすれば、完全な濃紺に支配されるだろう。
「クソッ!」
地団駄を踏んだ。比喩では無く、地面を粉々に砕く思いすら込めて、踏みつけた。
だが、冷たいアスファルトは足の裏にじんとした痛みを与えてくるだけで、ビクともしない。すること為すことなにもかもが、無駄なのだとそう伝えてくるかのように。
「なんでだよ……!」
口を開けば、出てくるのは恨み言ばかり。
脳裏に浮かぶのは、もう届かない愛しい相手の顔ばかりで――
「ちくしょぉおおおおおお!」
吠えた。
喉が割れんばかりの絶叫は、しかし誰の耳にも届かず、深い青に染まりつつある空に消えた。
――。
ただいまも言わずに、俺は家のドアを開けた。
正直、そんなことを言うだけの気力もなかった。
一秒でも早く、こんなことは忘れて寝たい。寝付けないだろうし、起きたらまた耐えがたい胸の痛みに苛まれるに決まってる。
それでも、一秒でもその胸の痛みを忘れられるのなら――
「――でも、そうなると寂しくなるわ」
「私もです。なんだかんだで、この町が好きでしたから」
不意に、リビングの方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
片方はいつも聞いている母の声。そしてもう一つは――
「ゆい姉の、お母さん」
俺は、ぽつりとそう呟いた。
小さい頃から家族絡みの付き合いがあるから、ゆい姉のお母さんの声もすぐにわかる。
そういえば、ゆい姉の家に行ったとき、母親の姿が無かった。どうやら入れ違いで、俺の家に来ていたらしい。
――今は、聞きたくねぇな。
唇をキュッと噛みしめ、俺は二階の自室へ消えようとする。
「でも、突然こんなことになって一番ショックを受けているのは結奈《ゆいな》よね」
不意に聞こえたその台詞に、二階へ向きかけた足が止まった。
結奈とは、ゆい姉の本名だ。
でも、なぜ? だってゆい姉は、1人で勝手に好きな人のところへ行って、幸せになろうとしているはずで――
「あの子、悟くんと一緒にいるときは、ホントに楽しそうだったから」
「そうね。……悟の方も、ショックだと思うわ」
リビングと廊下を隔てる扉越しに、そんな会話が聞こえてくる。
ゆい姉が俺と一緒にいると楽しそうだった?
俺は、ガリッと音がするほどに歯を食いしばる。
嘘つけ。だったらなんで、俺じゃなくて別のヤツの方へ行ったんだ。
そう思わずにはいられなかった。
独占欲が強くて気持ち悪いとは、自分でも思う。けど、好きになるってそういうことだ。ゆい姉を好きじゃ無かったなら、こんな思いはしない。
だから――
「突然こんなことになって……母さんが……あの子のお婆ちゃんが倒れて、それだけでも辛いでしょうに。仲良くなった子と離ればなれになる苦しみも押しつけちゃったんだもの」
――その言葉を聞いたとき、俺の頭は真っ白になった。
は? お婆ちゃんが倒れて……?
ゆい姉の祖母と言えば、俺にとっても決して無縁ではない。むしろ、本当の孫のように可愛がってくれた存在で、第二のおばあちゃんみたいなものだ。
「うそ、だろ……?」
俺でさえ、ショックで動けなかったくらいだ。
なら、実の孫であるゆい姉は? 今、どんな気持ちで――
そこまで考えたとき、俺はふとそれに気付く。
ゆい姉のお婆ちゃんが倒れたのが本当のことなら、好きな人のところに行きたいなんて、浮かれたことを考えていられる余裕があるのかと。
「……、まさか」
口の中が乾くのを感じる。
信じたくなかった。でも、もし。もしもだ。
お婆ちゃんの家に行くのが、好きな人の近くにいるためではなく。
お婆ちゃんが倒れて、大変な状況だから、やむを得ずそちらへ行かなければならないのだとしたら?
と、そのときだった。
思考の海に沈んでいて気付かなかったからだろう。
ガチャリと、リビングへ続く扉が開いた。そして――出てきたゆい姉の母親とばったり出くわしてしまう。
「っ!」
「あっ……ビックリした。帰っていたのね」
気配も無く俺が立っていたからか、ゆい姉のお母さんは驚いた様子を見せる。
だが、驚かせたことを謝ることなんて、頭の中からすっぽ抜けていた。
「あの、今の話。本当なんですか?」
俺は、縋るような思いでそう口にした。
荒い息をつき、俺はようやく足を止める。
左右を茶畑に挟まれた場所に、俺は独り取り残されたように立っていた。
太陽が沈んだばかりの西の空が、僅かな橙色に染まっている。あと30分もすれば、完全な濃紺に支配されるだろう。
「クソッ!」
地団駄を踏んだ。比喩では無く、地面を粉々に砕く思いすら込めて、踏みつけた。
だが、冷たいアスファルトは足の裏にじんとした痛みを与えてくるだけで、ビクともしない。すること為すことなにもかもが、無駄なのだとそう伝えてくるかのように。
「なんでだよ……!」
口を開けば、出てくるのは恨み言ばかり。
脳裏に浮かぶのは、もう届かない愛しい相手の顔ばかりで――
「ちくしょぉおおおおおお!」
吠えた。
喉が割れんばかりの絶叫は、しかし誰の耳にも届かず、深い青に染まりつつある空に消えた。
――。
ただいまも言わずに、俺は家のドアを開けた。
正直、そんなことを言うだけの気力もなかった。
一秒でも早く、こんなことは忘れて寝たい。寝付けないだろうし、起きたらまた耐えがたい胸の痛みに苛まれるに決まってる。
それでも、一秒でもその胸の痛みを忘れられるのなら――
「――でも、そうなると寂しくなるわ」
「私もです。なんだかんだで、この町が好きでしたから」
不意に、リビングの方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
片方はいつも聞いている母の声。そしてもう一つは――
「ゆい姉の、お母さん」
俺は、ぽつりとそう呟いた。
小さい頃から家族絡みの付き合いがあるから、ゆい姉のお母さんの声もすぐにわかる。
そういえば、ゆい姉の家に行ったとき、母親の姿が無かった。どうやら入れ違いで、俺の家に来ていたらしい。
――今は、聞きたくねぇな。
唇をキュッと噛みしめ、俺は二階の自室へ消えようとする。
「でも、突然こんなことになって一番ショックを受けているのは結奈《ゆいな》よね」
不意に聞こえたその台詞に、二階へ向きかけた足が止まった。
結奈とは、ゆい姉の本名だ。
でも、なぜ? だってゆい姉は、1人で勝手に好きな人のところへ行って、幸せになろうとしているはずで――
「あの子、悟くんと一緒にいるときは、ホントに楽しそうだったから」
「そうね。……悟の方も、ショックだと思うわ」
リビングと廊下を隔てる扉越しに、そんな会話が聞こえてくる。
ゆい姉が俺と一緒にいると楽しそうだった?
俺は、ガリッと音がするほどに歯を食いしばる。
嘘つけ。だったらなんで、俺じゃなくて別のヤツの方へ行ったんだ。
そう思わずにはいられなかった。
独占欲が強くて気持ち悪いとは、自分でも思う。けど、好きになるってそういうことだ。ゆい姉を好きじゃ無かったなら、こんな思いはしない。
だから――
「突然こんなことになって……母さんが……あの子のお婆ちゃんが倒れて、それだけでも辛いでしょうに。仲良くなった子と離ればなれになる苦しみも押しつけちゃったんだもの」
――その言葉を聞いたとき、俺の頭は真っ白になった。
は? お婆ちゃんが倒れて……?
ゆい姉の祖母と言えば、俺にとっても決して無縁ではない。むしろ、本当の孫のように可愛がってくれた存在で、第二のおばあちゃんみたいなものだ。
「うそ、だろ……?」
俺でさえ、ショックで動けなかったくらいだ。
なら、実の孫であるゆい姉は? 今、どんな気持ちで――
そこまで考えたとき、俺はふとそれに気付く。
ゆい姉のお婆ちゃんが倒れたのが本当のことなら、好きな人のところに行きたいなんて、浮かれたことを考えていられる余裕があるのかと。
「……、まさか」
口の中が乾くのを感じる。
信じたくなかった。でも、もし。もしもだ。
お婆ちゃんの家に行くのが、好きな人の近くにいるためではなく。
お婆ちゃんが倒れて、大変な状況だから、やむを得ずそちらへ行かなければならないのだとしたら?
と、そのときだった。
思考の海に沈んでいて気付かなかったからだろう。
ガチャリと、リビングへ続く扉が開いた。そして――出てきたゆい姉の母親とばったり出くわしてしまう。
「っ!」
「あっ……ビックリした。帰っていたのね」
気配も無く俺が立っていたからか、ゆい姉のお母さんは驚いた様子を見せる。
だが、驚かせたことを謝ることなんて、頭の中からすっぽ抜けていた。
「あの、今の話。本当なんですか?」
俺は、縋るような思いでそう口にした。
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