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1泊目 優しい嘘はお嫌いですか?
第10話 ちらつく過去
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人は、時に謝る理由というものを見失ってしまうものらしい。
これは既に大人のオーナーからの受け売りだが、人は大人になるほどに「相手に悪いと思うから」ではなく、「自分が傷付かないために」謝るようになるのだとか。
私はまだ子どもだし、その辺りのことはよくわからない。でも、少なくとも――謝罪を、許されるための免罪符にしていいわけではないと思うから。
「これから、悟くんのしたいことはなんですか?」
もう一度、同じ事を少年に問う。
「許して貰えないかもしれない。俺は、ずっと俺を助けてくれたゆい姉に、あんな酷いことを言ったんだ。でも」
悟くんは言葉を切る。そして一度目を瞑ったあと、覚悟を決めたように目を開いた。
「俺はもう一度、ゆい姉の笑った顔が見たいよ」
そう、はっきりと口にした。
「ゆい姉の家を飛び出す前に、一瞬見えた顔が忘れられないんだ。あんな顔させたまま、ゆい姉を1人で辛い場所に送り出したくない。俺が……、ゆい姉に、男として見られてないんだろうなってことはわかってる。けど、それでも、俺がいるよって伝えたい。辛いときは、いつでも支えになるって。だって、今までずっとそうして貰って来たんだから」
温かな思いが、私の胸にも流れ込んでくる。
いつしか怒りと葛藤は身を引き、一つの覚悟が結実していた。
「――チェックアウトした後の旅先は、決まったようですね」
成り行きを見守っていたオーナーは、一歩前に歩み出て悟くんを見つめる。
「うん、わかったよ。俺の、今一番行きたい場所が」
「そうですか。それではまた、朝に会いましょう。それまではゆっくりお休みくださいませ、お客様」
「……、そういえば、ここ俺の夢なんですよね。なんで勝手に入ってこれるんですか?」
「おっと、それは当宿屋の機密事項ですので、お答えしかねます」
今更な疑問に行き着き、ジト目の悟くんに睨まれたオーナーは、口元に人差し指を当てた。
「……出ましたね、ハルポクラテス鈴夜」
「なんですその芸名みたいな渾名は」
「いえ、なんでもないので忘れてください」
「いや、逆に気になるんですが!?」
別に深い意味はない。
静かにのジェスチャーの由来になった、エジプト神話の神様の名前というだけである。前にネットで見た。
「あの……用事終わったなら、そろそろ出てって貰えません? 俺寝たいんですが」
そんな感じで精神世界の主に咎められたことで、私とハルポ(以下略)さんは退散することになった。
――。
翌朝。
5月も下旬で夏至も近いからか、朝7時過ぎだというのにかなり高い位置にある太陽からは、陽光が強く降り注いでいる。
少しまえから窓を開けて換気をしているが、朝の空気は心地良い。
「ふんふんふ~ん」
鼻唄を歌いながら調理していると、ガチャリと厨房に続く扉が開いた。
「ふぁ~、おはようございます」
「おそようございますオーナー。従業員より遅く起きる支配人ってどうなんですか?」
「都合のいいときだけ役職を低く設定しますね……僕が朝に弱いことは、知っているでしょうに」
再度欠伸をしつつ、目を擦りながらオーナーが厨房に入ってくる。
「ダメですね。朝だから目が開きません」
「そうですか? 元々開いてないし、いつもと変わりませんよ」
「……ねぇ君、人の容姿は弄っちゃだめだって、お母さんから教わらなかった?」
若干額に青筋を浮かべ、オーナーが私を睨んでくる。
勘違いして欲しくないが、私は人をバカにしているわけではない。オーナーはバカにしても許される関係性(だと勝手に思っている)から、言ってるだけだ。
つまりこれは信頼の裏返し。QED証明完了。
それに――
「教えてくれるお母さんってのがいなかったので、わかりませんね」
「っ……すいません。今のは僕の失言でした」
オーナーは、バツが悪そうに顔をしかめる。
私は、朝食のスクランブルエッグをお皿に盛りながら、
「別に、お気になさらず。私にとっては、これがデフォルトというか、当たり前みたいな感じなので」
私は別に、自分を不幸だとは思っていない。
私が両親から捨てられたのは、物心つくより前の話だ。そこから孤児院に拾われて、紆余曲折あって、こんな経営破綻寸前の宿屋で働いている。
ただそれだけの話。元々両親がいる幸せを知らないから、今の環境と比べようがない。
「そうは言いましても――」
オーナーが難しい顔で何かを言いかけた、そのときだった。
ぎしぎしという音が響いてきた。
二階から降りるための階段は古く、人が通ると大体この音が鳴る。
つまり――
「お、おはようございます」
二階から、私服に着替えた悟くんが降りてきた。
これは既に大人のオーナーからの受け売りだが、人は大人になるほどに「相手に悪いと思うから」ではなく、「自分が傷付かないために」謝るようになるのだとか。
私はまだ子どもだし、その辺りのことはよくわからない。でも、少なくとも――謝罪を、許されるための免罪符にしていいわけではないと思うから。
「これから、悟くんのしたいことはなんですか?」
もう一度、同じ事を少年に問う。
「許して貰えないかもしれない。俺は、ずっと俺を助けてくれたゆい姉に、あんな酷いことを言ったんだ。でも」
悟くんは言葉を切る。そして一度目を瞑ったあと、覚悟を決めたように目を開いた。
「俺はもう一度、ゆい姉の笑った顔が見たいよ」
そう、はっきりと口にした。
「ゆい姉の家を飛び出す前に、一瞬見えた顔が忘れられないんだ。あんな顔させたまま、ゆい姉を1人で辛い場所に送り出したくない。俺が……、ゆい姉に、男として見られてないんだろうなってことはわかってる。けど、それでも、俺がいるよって伝えたい。辛いときは、いつでも支えになるって。だって、今までずっとそうして貰って来たんだから」
温かな思いが、私の胸にも流れ込んでくる。
いつしか怒りと葛藤は身を引き、一つの覚悟が結実していた。
「――チェックアウトした後の旅先は、決まったようですね」
成り行きを見守っていたオーナーは、一歩前に歩み出て悟くんを見つめる。
「うん、わかったよ。俺の、今一番行きたい場所が」
「そうですか。それではまた、朝に会いましょう。それまではゆっくりお休みくださいませ、お客様」
「……、そういえば、ここ俺の夢なんですよね。なんで勝手に入ってこれるんですか?」
「おっと、それは当宿屋の機密事項ですので、お答えしかねます」
今更な疑問に行き着き、ジト目の悟くんに睨まれたオーナーは、口元に人差し指を当てた。
「……出ましたね、ハルポクラテス鈴夜」
「なんですその芸名みたいな渾名は」
「いえ、なんでもないので忘れてください」
「いや、逆に気になるんですが!?」
別に深い意味はない。
静かにのジェスチャーの由来になった、エジプト神話の神様の名前というだけである。前にネットで見た。
「あの……用事終わったなら、そろそろ出てって貰えません? 俺寝たいんですが」
そんな感じで精神世界の主に咎められたことで、私とハルポ(以下略)さんは退散することになった。
――。
翌朝。
5月も下旬で夏至も近いからか、朝7時過ぎだというのにかなり高い位置にある太陽からは、陽光が強く降り注いでいる。
少しまえから窓を開けて換気をしているが、朝の空気は心地良い。
「ふんふんふ~ん」
鼻唄を歌いながら調理していると、ガチャリと厨房に続く扉が開いた。
「ふぁ~、おはようございます」
「おそようございますオーナー。従業員より遅く起きる支配人ってどうなんですか?」
「都合のいいときだけ役職を低く設定しますね……僕が朝に弱いことは、知っているでしょうに」
再度欠伸をしつつ、目を擦りながらオーナーが厨房に入ってくる。
「ダメですね。朝だから目が開きません」
「そうですか? 元々開いてないし、いつもと変わりませんよ」
「……ねぇ君、人の容姿は弄っちゃだめだって、お母さんから教わらなかった?」
若干額に青筋を浮かべ、オーナーが私を睨んでくる。
勘違いして欲しくないが、私は人をバカにしているわけではない。オーナーはバカにしても許される関係性(だと勝手に思っている)から、言ってるだけだ。
つまりこれは信頼の裏返し。QED証明完了。
それに――
「教えてくれるお母さんってのがいなかったので、わかりませんね」
「っ……すいません。今のは僕の失言でした」
オーナーは、バツが悪そうに顔をしかめる。
私は、朝食のスクランブルエッグをお皿に盛りながら、
「別に、お気になさらず。私にとっては、これがデフォルトというか、当たり前みたいな感じなので」
私は別に、自分を不幸だとは思っていない。
私が両親から捨てられたのは、物心つくより前の話だ。そこから孤児院に拾われて、紆余曲折あって、こんな経営破綻寸前の宿屋で働いている。
ただそれだけの話。元々両親がいる幸せを知らないから、今の環境と比べようがない。
「そうは言いましても――」
オーナーが難しい顔で何かを言いかけた、そのときだった。
ぎしぎしという音が響いてきた。
二階から降りるための階段は古く、人が通ると大体この音が鳴る。
つまり――
「お、おはようございます」
二階から、私服に着替えた悟くんが降りてきた。
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