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1泊目 優しい嘘はお嫌いですか?
第12話 もう一度、君に会えるなら
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《ゆい姉視点》
澄み渡るような青空だった。
まさしく五月晴れ。初夏の香り漂い、生命力に溢れた季節。
そんな中、私だけが景色に取り残されているように思えた。
「ゆい、大丈夫?」
遠くの山をぼんやりと眺めていた私は、不意に横から投げかけられた声に振り向いた。
つばの長い帽子を目深に被った、やや化粧の濃い女性。私の母親だ。
「うん、大丈夫だよ」
「……そう」
嘘だ。
嘘に決まってる。
駅のホームに母と2人並びながら、私は唇を噛みしめる。
元々、私が住んでいるところは田舎だ。いや、もう離れるから住んでいたという方が正しいか。
駅は当然のように駅員のいない無人駅で、今日は土曜日だからサラリーマンも使わない。
つまり、ここにいるのは私と母。それから――
「ごめんなさいね。こんな大事なときに、あの子ったら」
私の前に、1人の女性が立つ。
私の母より少しだけ年下の女性――さっくんの、悟のお母さんだ。
悟のお母さんは、頬に手を添えて「昨日友達の家に泊まるなんて言ったっきり、連絡を寄越さないのよ」と不満げに言っている。
「無理もないわね。突然のことだったんだし……悟くんには、申し訳ないことをしたわ」
「亜実さんは悪くないですよ。こればっかりは、仕方ないことで――」
母親同士、何かを話しているが、私の耳にはそんな会話など入ってこない。
「……さっくん」
周りに聞こえないように、口の中で呟いた。
彼には。彼にだけは、傷付いて欲しくなかった。
彼が私をよく慕ってくれたのを知っている。私の祖母と仲が良かったのも知っている。だから、せめて、彼が慕ってくれた私は、堂々と胸を張って引っ越すんだと。何も心配要らないのだと、そう伝えたくて嘘をついた。
なのに――
――「幸せになりに行くんだろ! だったら、俺なんかほっといて勝手に行っちまえよ!」――
あのときの言葉が、胸の奥深くに刺さったまま抜けてくれない。
紛れもない、拒絶の意志を感じだ。それ以上に、何かもっと、強い思いもある気がして――
「(私が、傷つけたんだ……)」
彼を傷つけたくなかったから嘘をついた。
それは、確かにそうだ。でも、本当にそれだけなのか。
本当のことを伝える勇気がなくて、彼の悲しむ顔を受け止める覚悟がなくて……自分が傷付きたくなかったから、あんな薄っぺらい嘘を言ったんじゃないのか。
だから、そんな逃げた先の結果が今なら――それは私への罰じゃないのか。
「そんなの、嫌だな……」
取り返しのつかないことをしたのはわかってる。
それは、この場に悟が現れないことが証明している。
今更、なにをしたって遅いのもわかってる。それでも――このまま、お互いに心に傷を刻んだまま別れるのは辛かった。
本当なら、我が儘を言って彼と仲直りをしてから帰りたい。けど、それではダメなのだ。
今、悟くんのお母さんと話している私の母は、見かけは笑顔だが、心は荒れに荒れていることを知っている。
私よりも、祖母と関わった時間も、思い入れも強いのだから当然だ。
一刻も早く帰りたいに違いない。だから、私の後悔に巻き込むわけにはいかない。
だから私は、自分の心に蓋をして、嫌だという気持ちが外に漏れないようにきゅっと唇を結び――
「……さっくん」
結んだ唇の隙間から、心の堰を破って彼の名前がこぼれだした。
そのときだった。
ばんっ!
大きな音がして、私はそちらを見る。そして――思わず言葉を失ってしまった。
何が起きたのか、わからない。
さっき立ち寄ったばかりの、誰もいなかったはずの女子トイレの扉が開いていた。
そんな天変地異の中で、しかし私の目が釘付けになったのは、天変地異の方ではない。そこに、彼がいたからだ。
もう会えないと、諦めていた彼が。
間違いなく、そこにいる。即ち――
「さっくん!?」
私は、今まで抑え込んでいた思いを全て乗せて、彼の名を呼んだ。
澄み渡るような青空だった。
まさしく五月晴れ。初夏の香り漂い、生命力に溢れた季節。
そんな中、私だけが景色に取り残されているように思えた。
「ゆい、大丈夫?」
遠くの山をぼんやりと眺めていた私は、不意に横から投げかけられた声に振り向いた。
つばの長い帽子を目深に被った、やや化粧の濃い女性。私の母親だ。
「うん、大丈夫だよ」
「……そう」
嘘だ。
嘘に決まってる。
駅のホームに母と2人並びながら、私は唇を噛みしめる。
元々、私が住んでいるところは田舎だ。いや、もう離れるから住んでいたという方が正しいか。
駅は当然のように駅員のいない無人駅で、今日は土曜日だからサラリーマンも使わない。
つまり、ここにいるのは私と母。それから――
「ごめんなさいね。こんな大事なときに、あの子ったら」
私の前に、1人の女性が立つ。
私の母より少しだけ年下の女性――さっくんの、悟のお母さんだ。
悟のお母さんは、頬に手を添えて「昨日友達の家に泊まるなんて言ったっきり、連絡を寄越さないのよ」と不満げに言っている。
「無理もないわね。突然のことだったんだし……悟くんには、申し訳ないことをしたわ」
「亜実さんは悪くないですよ。こればっかりは、仕方ないことで――」
母親同士、何かを話しているが、私の耳にはそんな会話など入ってこない。
「……さっくん」
周りに聞こえないように、口の中で呟いた。
彼には。彼にだけは、傷付いて欲しくなかった。
彼が私をよく慕ってくれたのを知っている。私の祖母と仲が良かったのも知っている。だから、せめて、彼が慕ってくれた私は、堂々と胸を張って引っ越すんだと。何も心配要らないのだと、そう伝えたくて嘘をついた。
なのに――
――「幸せになりに行くんだろ! だったら、俺なんかほっといて勝手に行っちまえよ!」――
あのときの言葉が、胸の奥深くに刺さったまま抜けてくれない。
紛れもない、拒絶の意志を感じだ。それ以上に、何かもっと、強い思いもある気がして――
「(私が、傷つけたんだ……)」
彼を傷つけたくなかったから嘘をついた。
それは、確かにそうだ。でも、本当にそれだけなのか。
本当のことを伝える勇気がなくて、彼の悲しむ顔を受け止める覚悟がなくて……自分が傷付きたくなかったから、あんな薄っぺらい嘘を言ったんじゃないのか。
だから、そんな逃げた先の結果が今なら――それは私への罰じゃないのか。
「そんなの、嫌だな……」
取り返しのつかないことをしたのはわかってる。
それは、この場に悟が現れないことが証明している。
今更、なにをしたって遅いのもわかってる。それでも――このまま、お互いに心に傷を刻んだまま別れるのは辛かった。
本当なら、我が儘を言って彼と仲直りをしてから帰りたい。けど、それではダメなのだ。
今、悟くんのお母さんと話している私の母は、見かけは笑顔だが、心は荒れに荒れていることを知っている。
私よりも、祖母と関わった時間も、思い入れも強いのだから当然だ。
一刻も早く帰りたいに違いない。だから、私の後悔に巻き込むわけにはいかない。
だから私は、自分の心に蓋をして、嫌だという気持ちが外に漏れないようにきゅっと唇を結び――
「……さっくん」
結んだ唇の隙間から、心の堰を破って彼の名前がこぼれだした。
そのときだった。
ばんっ!
大きな音がして、私はそちらを見る。そして――思わず言葉を失ってしまった。
何が起きたのか、わからない。
さっき立ち寄ったばかりの、誰もいなかったはずの女子トイレの扉が開いていた。
そんな天変地異の中で、しかし私の目が釘付けになったのは、天変地異の方ではない。そこに、彼がいたからだ。
もう会えないと、諦めていた彼が。
間違いなく、そこにいる。即ち――
「さっくん!?」
私は、今まで抑え込んでいた思いを全て乗せて、彼の名を呼んだ。
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