寵愛のテベル

春咲 司

文字の大きさ
9 / 17

*****

しおりを挟む
 長い長い旅の中で、そこは気まぐれに立ち寄った土地だった。
 ほんの少しの休憩だと主が言えば、自分はそれに従うしかない。そんな主の我が儘も嫌いではなかったのだけれど、気まぐれな方だからそれには何度も振り回された。

 鬱蒼とした森の中、主の斜め後ろを付いて歩く。木々の間から射し込む陽の光が、虹色に輝いていた。
 主は何かに吸い寄せられるように、道なき道を歩いていく。
 一度も訪れたことのない場所だというのに、迷いなくまっすぐに。
 そうして辿り着いたのは、大樹が一本だけ立つ空間だった。生命力に溢れたその木の周りに、他の木々は一切なく、明るい光に満ちていた。

 ──ここでしばらく休もう。

 私はその言葉に頷いて、主の隣で体を丸めた。
 主の隣は暖かくて心地が良くて、目を閉じれば意識はすぐに夢の中へ行ってしまった。

 それから次に私が目を覚ました時、辺りはすっかり暗くなっていた。
 寝起きでぼんやりとしていた視界が次第に明瞭になっていくと、何かに驚く主の横顔が見えた。
 人工の光がない暗闇の中で、はっきりと主の表情が分かることに微かな疑問を感じたが、その理由はすぐにわかった。
 足元に咲いている真っ白な花が、光を放っているのだ。
 視界の端を青い蝶が飛んでいく。それは花と同じように自ら光を放っており、淡い光の尾を引いて夜の中を飛び回っていた。
 主はそれを瞬きも忘れて見入っていた。
 主は静謐な夜の森で見つけてしまったのだ。神秘的で美しいこの世界の楽園を。

 ほんの少しの休憩の筈だったのに、主はそこから離れようとしなかった。
 ひと月、半年、そして一年。流れていく時間をその地で過ごした。
 だが長く過ごしていくなかで、主は気付いた。
 この地の寿命に。
 そう遠くない未来、この地は失われる。
 大陸の端から荒廃が始まり、いずれ全てが世界を飲み込む。
 主がそれを望まないことなどわかりきっていたから、この先どんな命令が自分に与えられるのかもわかってしまった。

 主は自らの故郷へと帰らねばならない。そう永い時間離れていれば、故郷もこの地と同様に荒廃してしまうだろうから。
 だから主は私をこの地に残した。滅びゆくこの世界を守る為に。
 でもそれは私にとって、主との別れを意味する。
 心が引き裂かれるような思いでも、私は主の命令に従うよりほかないのだ。
 私は主の言葉にいつものように頷いた。

 幾千年の時を、この地で過ごした。
 側に主はおらず、言葉を交わす友もいない。
 永遠のような時をただ孤独に生きる。
 主の愛したこの地を守る為に。

 だけど私にとってこの地は、楽園でもなんでもなく、牢獄でしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...