深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第一話 白い灯台

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 銚子電鉄は銚子市内を走る路線だ。絵に描いたようなローカル線で『のどか』という言葉がとてもよく似合う。そんな電車だった。私の地元にも同じようなローカル線があったので少しだけ懐かしくなる。
 電車から見える景色は地方都市の町並みと田園地帯。そんな生活の匂いが染みついたものだった。停車する駅一つ一つが良い意味で閑かで妙な安心感を覚えた。
 一定のリズムで電車は進む。そのリズムは私を意識の奥に運んだ。無意識と意識の境目。そんな場所だ。そこには両親と妹がいて、私に手を振っている。白い灯台、岩礁から聞こえる潮騒、こじんまりとした水族館。その景色が混ざり合い、無意識の上を流れていく。
 車窓から見える景色とその景色が重なった。おぼろげな記憶だけれどこの景色を見たことがある。それは記憶というにはあまりにも不確定なものだった。なんとなく見覚えがある。その程度。
 ふと、社長と会った日のことを思い出した。彼は私たちに何を求めたのだろう? そんな疑問が浮かぶ。もしかしたら社長は私たちに何か伝えたかったのではないだろうか? そして何かをお願いしたかったのでは? そんな空想とも妄想とも言えないような疑問が浮かんでは消えていった。
 おそらく何かしらの意図はあったはずだ。それがビジネスライクなことであれ、プライベートなことであれ――。
 二〇分ほど走ると電車は目的地にたどり着いた。犬吠駅。白い灯台の最寄り駅だ。その駅舎はその場には似つかわしくないほど綺麗だった。真っ白な壁にチャペルのような外観の駅舎。駅前の広場に規則的に敷き詰められたタイル。そんな南国リゾートのような駅舎だ。駅からの海岸に延びる道には鬱蒼とした木々が生い茂っていた。そして……。木々の奥には記憶にある灯台が聳えていた。
 それから私は木々の間を抜けて海へと向かった。一歩、また一歩と進むたびに潮騒が大きくなり、潮の匂いが強くなった。海の気配が濃くなる。そんな感じ。
 やがて目の前に海が広がる。水平線はどこまでもまっすぐで視界の左端には漁港があった。
 その景色を見て私は『やっと戻ってこれた』と思った。ようやく戻ってこれたのだ。記憶の残骸のようなこの場所に。

 灯台は私の記憶のままそこに建っていた。まるで記憶をトレースしたかのようにそのままで、温度や風向きまであの日と同じように感じる。
 私は記憶と実際の景色の差異を探すように辺りを散策した。灯台を真下から見上げ、周りのスロープを一周した。スロープの下には岩礁が広がっている。あの日と同じ。トレースされた波しぶき。
 こんなことってあるのだろうか? 記憶がこんなに合っていることなんて……。いや、もし記憶通りだとしたら逆におかしい。幼少期の私がここを訪れたのは二〇年近く前の話なのだ。変わっていないなんてことはあり得ない……。
 しかし私の目に映る景色は完全に記憶と一致していた。まるで昨日来たばかりのように。鮮明に。僅かな違いも無く。
 それは本当に不思議な感覚だった。家に帰ったような安心感がそこにはあって、私を優しく包み込んでくれた。
 欠けたパズルのピースが見つかった。その感覚に近いかもしれない。おそらくずっと欠けていたのだ。この場所での記憶も。家族との思い出も。
 私はベンチに腰を下ろして瞳を閉じた。
 優しい風と潮の匂い。それだけを感じながら。


 白い灯台 終
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