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第二章 花見川服飾高等専修学園

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 撮影が終わると急いで機材を片付けた。授業開始まであと三分。教室までの距離を考えると結構ギリギリだと思う。
「かすみん今日はあんがとね。これでジングル作れるわ」
 千歳ちゃんはそう言うと地雷系の服をスクールバッグに押し込んだ。
「大丈夫だよ。じゃあ急いで戻ろう」
 私はそう返すと重い扉に全体重を掛けて引っ張った。そして開いた隙間に身体をねじ込んで屋上の踊り場に戻った。日の光の下にいたせいで校内が薄暗く感じる。
 そんな夜盲症のようになった私の目に薄らと人影が映った。その人影は階段で一人俯いていた。制服から察するに男子生徒……。だと思う。
「どうしたの?」
 私がその人影に戸惑っていると後ろから千歳ちゃんに声を掛けられた。私はその声に「あ、えーと」と言い淀む。
「ありゃ。フジやんじゃん? こんなとこでどうしたん?」
 そんな私を余所に千歳ちゃんがその男子生徒にそう声を掛けた。そして彼に駆け寄ると「うっ」と声を漏らしてその場で足を止める。
「千歳……。ちゃん?」
 私は恐る恐る千歳ちゃんに声を掛けた。そして数秒間を置いて彼女は口を開いた。
「……ごめん香澄。悪いんだけど先に教室戻ってて」
 千歳ちゃんは押し殺したような声で言うとその男子生徒を抱き起こした。かすみんじゃなくて香澄呼び……。こうしてまともな話し方をする彼女を見るのは久しぶりだ。
「ほんとごめんね。あと……。悪いんだけど先生にも遅れるって伝えといて」
 千歳ちゃんはそれだけ言うとその男子生徒と一緒に下の階に降りていった。私は……。それを黙って見送ることしかできなかった――。

 それから私は一人で教室に戻った。そして席に着くと同時に始業のチャイムが鳴った。五限目は現代文。普通教科だ。
「あれ? 羽田さんは?」
 チャイムが鳴り終わると隣の席の澪ちゃんにそう訊かれた。
「なんか遅れるってさ」
「ふーん。そっか」
 澪ちゃんはそれだけ返すと窓際の一番後ろの席をチラッと見た。そして「珍しい」と呟く。
 そうこうしていると現代文の仁科先生が教室に入ってきた。
「じゃあ授業始めるぞー。日直号令!」
「はい! 起立! 礼! 着席!」
「おーし、出席取るぞー」
 仁科先生はそう言うと出席を取り始めた。綾部、井上、奥寺、鹿島――。そんな風に出席が淡々と取られていく。
「仲村ー。羽田ー。ん? あれ? 羽田は?」
 仁科先生はそう言うと千歳ちゃんの席に視線を送った。そして「鹿島ぁ。羽田見てないか?」と続ける。
「用事があるので遅れるそうです」
「用事? なんだ? 腹でも壊したか?」
 仁科先生はそれだけ言うと出席簿に何やらチェックを入れた。そして「福原ー」と出席を続けた。彼はこういう人間なのだ。良くも悪くも生徒に対しては放任主義なのだと思う。
「羽田以外は出席……。っとじゃあ教科書の五八ページから。鹿島よろしく」
 仁科先生はそう言うと私に教科書の朗読をするように促した。私は言われるがまま教科書を手に取って立ち上がった。朗読するのは中島敦の山月記。唐の時代を舞台にした短編小説だ。
「――その声は、我が友、李徴子ではないか?」
 私が山月記をそこまで読むと教室の後ろの引き戸が開く音がした。そして続けて「仁科ちゃんごめーん。遅刻したー」という声が聞こえた。さっきまでのの声ではない。聞き慣れたいつもの千歳ちゃんの声だ。
「おいおいおい。なんだ羽田? 遅れてきて」
 仁科先生はそう苦笑すると「早く席に着け」と顎をしゃくり上げた。そして再び私に朗読の続きを促した。私は「はい」と返事して山月記の朗読に戻る。
 それから私はその物語を中盤まで読み進めた。そして先生に指定された箇所まで読むと教科書から視線を上げる。
「はい、朗読ありがとう。聞きやすかったよ鹿島」
 仁科先生はそんな風に私を軽く褒めるとホワイトボードに『李徴子りちょうし』『袁傪えんさん』と物語の登場人物の名前を書いた。そして「じゃあみんなに聞いてくぞー」と続けた。これが仁科先生の授業スタイルなのだ。板書させるより作品について考えさせる。それが彼のやり方なのだと思う――。
 
 五限の終わり。千歳ちゃんは仁科先生に遅刻したことを謝りに行った。そして深刻そうな顔で先生に何か伝えると私のところに来た。
「かすみんごめんねー。伝言頼んじゃって」
「大丈夫だよ。それより……。何かあったの?」
「うーん……。まぁちょっとね。ここでは話せないから帰りにでも話すよ」
 千歳ちゃんはそれだけ話すとすぐに自分の席に戻っていった。そしてそれから程なくして次の授業開始を告げるチャイムが鳴った。
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