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第二章 花見川服飾高等専修学園

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 私の説教タイムが終わると叔父は目に見えてしょげてしまった。ちょっと言い過ぎたかな? 流石の私もそう感じる。
「……叔父さんが忙しいのは分かるよ。でもこれからはちゃんと片付けもしてね」
「はい、分かりました。もう散らかしません」
 叔父は最後にそう言うと子犬みたいな目をして項垂れた。余程私に詰められたのが堪えたらしい。
 それから私は叔父と一緒に事務所内の整理をした。そしてその間の来客は一切なかった。ありがたいけれどありがたくない。そんな開店休業状態だ。
「とりあえずこれで書類すぐに見つけられるでしょ」
 私はそう言ってラベルを貼り付けた段ボールをポンポン叩いた。これだけ綺麗に並べれば問題はないはずだ。叔父がまた散らかさなければだけれど。
「ありがとう。助かったよ」
 叔父はそう言うと椅子に腰掛けてタバコに火を付けた。そして「RVの娘の件大変そうだな」と言った。どうやら叔父は私と千歳ちゃんの話を盗み聞きしていたらしい。
「聞いてたんだ……」
「ああ、悪いとは思ったんだけどカウンターの真裏で話されちゃどうしたって耳に入るよ」
 叔父は大して悪びれることなく言うと美味しそうにタバコの煙を吐き出した。正直腹が立つ態度だ。でも……。今日はこれ以上怒りたくはなかった。さっきあれだけの罵声を浴びせたばかりだし今から再説教するのはただ疲れるだけだと思う。
「ねえ叔父さん。ロイヤルヴァージンってそんなに花高に意見できる会社なの?」
 私は前々から気になっていたことを叔父に尋ねた。こう言っては何だけれど私も含めて花見川高校の生徒は大なり小なり有名デザイナーやらアパレルメーカーの関係者なのだ。ロイヤルヴァージンだけがここまで幅を利かせているの少しおかしいと思う。
 私の質問に叔父は「ああ」と短く返事した。そしてタバコを一吸いするとそれをもみ消してから再び口を開く。
「RVは花高にとっては特別な会社なんだよ。前にも言ったろ? あの学校の筆頭株主はRVの現会長だって」
「うん。それは訊いたけど……。でもいくら何でも先生を無理矢理辞めさせられるのはおかしくない?」
「いや……。俺の見立てでは奴らはそれくらいすると思うぞ? RVってのは昔からそういう会社なんだ。やり口だけ見たらヤーさんとあんま変わらんと思うし。ま、あそこの社長は娘を猫かわいがりしてるから余計にそうなんだろ」
 叔父はそう言うと事務机の中から一冊の古いアルバムを取り出した。アルバムの表紙には大きく『絆』という手描き風の文字と下に小さく『平成一二年度 花見川高等専修学園』と書かれている。
「それ叔父さんの卒業アルバムだよね?」
「そうだよ。ちょっと待ってな」
 叔父はそう言うと卒業アルバムをペラペラ捲った。そして三年A組の生徒一覧のページを開いて私に差し出す。
 私はそのページに写っている写真を目で追った。そして左から三列目に叔父を見つけた。かなり若い……。というか幼い。そして今の無精髭にボサボサ髪の叔父からは想像できないほどカッコよかった。これじゃ叔母さんも惚れるわけだよね。そんな失礼なことを思う。
「叔父さんって若い頃はカッコよかったんだね」
「おいおい、お前さりげなく失礼なこと言うな……。まぁ言わんとすることは分かるけど」
 叔父はそんなツッコミを入れるとアルバムの左端の下段に写る男子生徒を指さした。そこには見るからに優等生といった感じの男子生徒が写っていた。名前は……。太田アキラ。おそらく太田まりあの父親だと思う。
「やっぱりね。叔父さんの同級生じゃないかと思ってたんだ」
「まぁ……。アキラとはそこまで仲良かったわけじゃねーんだけどさ。つーかハッキリ言って俺らの仲は最悪だったよ。アイツはとんでもなく優等生でさ。特待生で学級委員長。ま、俺の気にいらないもの詰め込んだアンハッピーセットみたいなクソ野郎だったよ。その上独善的でやたら頭の回転速くてさ」
 叔父は最高に口汚く太田アキラをこき下ろすと苦い顔をした。そして二本目のタバコに火を付けた。思い出したくもない相手。きっと叔父にとって太田アキラはそんな存在なのだろう。
 でも……。それと同時に叔父は太田アキラを同級生の誰よりも意識していたのはずだ。だって……。当時は叔父も花見川高校では数少ない特待生の一人だったのだから――。
 
「香澄、このあと時間あるか?」
 UGが閉店すると叔父にそう訊かれた。
「暇は暇だけど……。何で?」
「いや、今日はお前に面倒掛けたから……。飯でも行こうと思ったんだけど」
 叔父はそう言うと照れくさそうにうなじを掻いた。そして「好きなもん選んでいいから」と続ける。
「うーん。じゃあせっかくだからご馳走になっちゃおうかな」
 私はそう返すとUGの斜め向かいのお寿司屋を指さした。それを見て叔父は「ああ、いいよ」と答える。
 それから私たち急いで店じまいをした。そして数歩歩いてお寿司屋さんに入った。ご近所さんだというのにこの店に行くのは随分と久しぶりだ。
「へいらっしゃい。あれ? 丈治くんが姪っ子ちゃん連れてくるなんて珍しいね」
 お寿司屋のご主人はそう言うと私たちを座敷席に通してくれた。そして「お嬢ちゃん大きくなったね」と言って笑った。ここのご主人とは私も叔父も昔からの顔なじみなのだ。それこそUGがここへ出店する前からの知り合いなのでかれこれ一〇年以上の付き合いだと思う。
「この子ももう高一だからねぇ。いや、俺も年取るわけだよ」
「ハハハ、でも丈治くんは同年代より随分と若作りだと思うけどねぇ。んじゃごゆっくり」
 ご主人はそう言うとカウンターに戻って行った。相変わらず気さくなおじさんだ。
「そしたら香澄。好きなの頼んでいいからな。今日のバイト代ってことで」
 叔父はそう言うとお茶を啜った。そして私にお品書きを差し出した。お品書きには割といいお値段のお寿司がずらりと並んでいる。
「本当に好きなの頼んでいいの? 最近UGの売り上げ少ないのに……」
「いいんだよ! ガキに飯食わしたぐらいでウチの店は潰れねーから」
「そう? じゃあ贅沢しちゃうね!」
「おう! そうしろそうしろ! 俺がお前にしてやれることなんてこれくらいしかねーんだから」
 叔父はそう言うとポケットからスマホを取り出した。そして「美也に連絡しとかなきゃな」と言って鹿の蔵に電話を掛けた――。
 
 それから私たちは久しぶりに二人で夕食を食べた。私は上にぎり寿司とつみれ汁を。叔父はヒラメの刺身と冷酒を。それぞれ堪能した。たぶんこれだけ頼んだら今日のUGの売り上げよりも高いと思う。
「旨いか?」
「うん! 最高だね」
「そうか。なら良かったよ」
 叔父は私の反応を見て安心したのか店のご主人に「大将! 冷酒追加で」と声を掛けた。たぶん叔父的には『ようやく香澄の機嫌が直った』と思ったのだろう。
 まぁ……。正直悪い気分ではない。こうして叔父と一緒に食事できるのは素直に嬉しいし、何よりこんな気遣いをしてくれる叔父には好感が持てた。尊敬する服飾の師匠。ちょっと現金だけれど改めてそう思う。
 その後。叔父は二本目の冷酒をガラス製の猪口に注いで一口飲んだ。そして「アキラの娘には気をつけろよ」と神妙な面持ちで言った。その表情は普段の適当な叔父のものではない。天才服飾デザイナー蔵田丈治。そのプロの顔に見えた。
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