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第五章 珈琲と占いの店 地底人

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 街に明かりが灯り始める。そして海浜幕張駅前は日常的な夜の風景に染まっていった。少なくともこの街は今日も平和なのだ。紛争地域のような空爆もないし、路地裏で人知れず襲われるような人もいないと思う。
 そんなありふれた景色の一部として私は海浜幕張駅南口駅前広場で立ち止まった。そして人の群れを避けるようにベンチに座ると電話に出た。電話の相手は……。澪ちゃんだ。
「もしもし?」
『もしーもし。ごめんね。忙しいときに』
 私が電話に出ると澪ちゃんのそんな声が返ってきた。そして彼女の後ろからは聞き慣れた音楽が聞こえた。私が週四回は必ず聴く曲。UGで流れている店内BGMだ。
「ううん。大丈夫だよ。どうしたの?」
 私は彼女がUGにいることを知らない体でそう尋ねた。すると澪ちゃんは『実はねぇ。今UGまで来てるんだ』と予定調和的に言った。その言い方から察するにどうやら澪ちゃんは私が帰って来るのを店で待っていたらしい。
「そっか。こっちも今幕張駅まで戻ってきたとこだよー。じゃあ……。待ってて。今からそっち行くから」
 私は極力余計な言葉を省いて彼女にそう伝えた。すると彼女は『うん。ありがとう。待ってるね』とだけ言って電話を切った――。
 
「お疲れ様です」
 UGに着くと私はカウンターに声を掛けた。すると奥から叔父と澪ちゃんが顔を覗かせた。他に来客はない。残念ながら今日も店は開店休業状態らしい。
「お疲れ様。ごめんね。急に呼び出して」
 澪ちゃんはそう言うと申し訳なさそうに眉毛をへの字に曲げた。
「ううん。いいよ。ちょうど幕張戻ってきたとこだったしね」
「そっか。……藤岡くんは大丈夫そうだった?」
「うん! 大丈夫だったよ。てか聞いてよ! あの子すんごくセンスいいよ。小物選びすっかり頼っちゃった」
「そっかぁ。なら良かったよ。ちょっと心配してたんだ」
 澪ちゃんはそう言うと慣用句通りに胸をなで下ろした。そして少し渋い顔になった。その表情には何か含みがあるように感じる。
「そういえば千歳ちゃんはいないんだね? てっきり一緒だと思ってたけど……」
「ああ……。そのことでちょっと話があるんだ」
「話?」
「うん。ちょっと……。聞かせるには酷な話かもだけど」
 澪ちゃんはそう言うとどこかに電話を掛けた。そして「今から行くよ」と通話相手に告げた――。
 
「いいよ。話訊くよ」
 澪ちゃんの通話が終わると私はそう答えた。事後承認過ぎるけれど仕方がない。おそらく澪ちゃんは意図的に私の逃げ道を塞いだのだ。トラブルに巻き込む気満々。今の澪ちゃんからはそんな意図を感じる。
「本当にごめんね。もっと早めに色々相談できてれば良かったんだけど……。なかなかタイミング合わなくてさ」
 澪ちゃんはそう言うと申し訳なさそう頬を掻いた。それに対して私は「……まぁいいよ。それより誰か待たせてるんでしょ? 早く行かなきゃ」と淡泊に答えた。これから高確率でトラブルに巻き込まれるのだから少しぐらい無愛想にしたってバチは当たらないと思う。
 それから私たち二人はUGの斜め向かいにある『地底人』という名前の占い喫茶に入った。完全にUGのご近所さん。ここは私も叔父と二人でよく利用している店だ。
「いらっしゃ……。あら? 香澄ちゃんじゃない」
 地底人のドアを開けるとママがそう言って出迎えてくれた。白髪交じりの長い髪、皺の寄った手、派手な紫のカーディガンに黒のロングスカート。そして真っ赤な口紅……。言い方は悪いけれど怪しさ満点な人だ。絵に描いたような占い師。子供じみた言い方だけれどそう思う。
「こんばんは! お邪魔します」
「ええ。ゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
 私がママにそう挨拶すると澪ちゃんが「奥の席だよ」と言ってそちらに視線を送った。視線の先には……。花見川高校の制服を着た女子が一人で座っている。
「あのね香澄ちゃん。先に前に謝っておくけど……」
 私がその女子生徒を見ていると澪ちゃんが言いづらそうに口を開いた。そして「たぶん香澄ちゃんは今から気分を悪くすると思うんだ。でも……。悪いけどそうでもしなきゃ今の状況説明できそうになくてさ。……ってかたぶん私がどんだけ口で説明しても香澄ちゃん信じないと思うんだ。そんぐらいぶっ飛んだ話だからさ」とまるでラスト五分でどんでん返しのある映画の宣伝文句みたいなことを言った。最高にまどろっこしい。澪ちゃんらしからぬ発言だ。
「大丈夫だよ。ここまで来たらもう逃げないって」
「そう? じゃあ……。行こっか」
 澪ちゃんはそう答えるとゆっくりと奥の席に向かって声を掛けた。するとその女性生徒がこちらにゆっくりと振り向いた。そして次の瞬間――。私の思考は急停止してしまった。正直に言えばここにいるのは千歳ちゃんだとばかり思っていたのだ。だから……。ここにいるはずのないその顔を見て私は反射的に現実逃避してしまったのだと思う。
 そんな私を見かねたのか澪ちゃんが「紹介するね」と見当違いなことを言った。それに対して私は「いいよ。知ってるから」と澪ちゃんを睨みながら返した。サプライズにしたってあんまりだ。だって……。そこに座っていたのは私の天敵。太田まりあだったのだから――。
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