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第六章 ヘリオス幕張

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 奥寺澪の話

 今日の午前中。私は隣の空いた席を眺めていた。こうして香澄ちゃんがいない状況を作る。それだけのためにえらい遠回りをした気がする。
「みーおちん」
 お昼休み。羽田さんが私の席までやってきた。そして白い歯を見せて愛嬌たっぷりに笑った。綺麗な顔だ。お世辞抜きに美少女。素直にそう思う。
「お疲れ様」
 私はそれだけ返すと教科書を机にしまった。すると彼女は「今日さぁ。かすみん休みだから一緒にご飯食べない?」と言った。その口調は心なしか浮かれているように聞こえる。
「いいよ。じゃあ……。旧校舎の屋上で食べよ」
「え? あそこ行くの?」
「うん」
「わ、わかったよ」
 羽田さんはそう返すと一瞬怪訝な顔をした。まぁ当然の反応だ。最近はあの場所で色々なことが起きすぎているし、普通に考えたら行きたくないと思う。
 でも……。私は羽田さんと話すならあの場所しかないと思った。だってあの場所は……。彼女にとっては罪の象徴のような場所なのだから――。
 
「相変わらずきったないね。澪ちんなんでわざわざここ選んだの?」
 屋上に着くと羽田さんはウンザリ気味にそうぼやいた。私はそれに答えることなく「とりあえずご飯食べちゃお」と返した。昼休みは有限なのだ。正直今は羽田さんの愚痴に付き合ってる暇はない。
 それから私たちは屋上の柵に寄りかかって昼食をとった。そして食事中、私たちは一言も口をきかなかった。黙々と生姜焼き弁当を食べ進める私と菓子パンをちまちま食べる羽田さん。傍から見たらだいぶ異様な光景だと思う。
「かすみんたち大丈夫かなぁ?」
 しばらくすると羽田さんがそう口を開いた。そして「フジやんだってまだ元気じゃないだろうし」と続ける。
「大丈夫だと思うよ? さっき新宿着いたって連絡あったしね」
「ふーん。そっか」
「うん。それに……。藤岡くんも羽田さんが思ってるよりは元気だよ。たぶんクラス替え決まったから安心したんじゃないかな?」
 私はそう返すとお弁当箱をランチクロスで包んだ。これで今日の昼食は終了。本日も栄養満点だ。
「それで? 澪ちんさぁ。なんでわざわざ屋上なんか来たん? 今日は教室でも良かったんじゃないの?」
「……ああ。それはそうなんだけど。流石にまずいかなぁて思ってさ」
「は? まずいって何が?」
「何って……。そりゃあ」
 私はそこで一旦言葉を句切った。そして「だって……。羽田さんが『自裁の魔女』だって話するからさ」と続けた――。
 
 空が青い。そして雲一つない。それはまるで私たちを宇宙に投げ出すみたいに高く、遠く見えた。屋上には私と羽田さんだけ。そんな空間だから空が余計遠く感じたのかも知れない。
「は?」
 私がそうやって意識を空に向けていると羽田さんが冷たい声で再びそう言った。それはさっきまでの呆れ気味の「は?」ではない。明らかな敵意。それが込められているように聞こえる。
「……マリーとね。話してみてちょっと気になったから調べてみたんだ」
 私はそう言うとスマホを操作してクリーンショットを画面に表示した。そしてそれを羽田さんの方へ向けると彼女は顔をこわばらせた。予想通りの反応。どうやら羽田さんは思いのほか顔に出やすいタイプらしい。
「とりあえず話を聞いて。たぶん当たらずも遠からずだと思うから」
 私は固まる羽田さんを放置してそのまま話を続けた。羽田千歳がやってきたこと。模造『自裁の魔女』について――。

「実はね。B組でいじめに加担してた子たち全員に聞き取りしたんだ。いやぁ、あれは正直キツかったよ。だってみんな口固いしさ。ま、かなり食い下がったから色々分かったんだけどね」
「……」
「えーとね……。聞いた話だと彼らはみんな夏休み前に『自裁の魔女』っていうLINEグループに招待されたんだってさ。それでそのグループにはマリーを除くB組の中心メンバー……。クラス内で意見の強い子たちが集められたんだって。要はあれだよね。RVの子会社や関連会社の子供たちのLINEグループって感じ」
 私はそこまでまくし立てるように話すとスマホにそのLINEグループ一覧のスクリーンショットを表示した。すると羽田さんは酷く顔をしかめた。その表情は普段のノリノリパリピな羽田さんからは想像できないほど憎悪に満ちているように見える。
「でね。結論から言うとあの子たちはみんなこのLINEグループの作成者に脅迫されてたみたいなんだよね。まぁ……。これに関しては自業自得なとこがかなりあるんだけどさ。万引きでしょ、あとは暴行にパパ活……。聞いた感じだとB組の子たちの風紀乱れまくってるからさ。それをネタに『自裁の魔女』は彼らを揺すってたみたいなんだよね。要は――」
 私がそこまで話すと羽田さんは「もういいよ」と言って私の口元に人差し指を立てた。そしてゆっくりと口を開く。
「はぁ……。やっぱり警戒すべきはあんただったね」
 羽田さんはそう言うと据わった目で私の顔を煽るように見た。もうすっかりいつもの明るく楽しい羽田さんではない。
「大正解。流石は優等生だ。まさか私のことそこまで調べ上げてるとは思わなかったよ」
 羽田さんはそう言うとスッと立ち上がった。そして気だるそうに荒れた屋上の床を蹴っ飛ばす。
「ねぇ? なんでこんなことしたの?」
 私は最も簡潔で語彙力の欠片もない質問を彼女に投げた。結局のところ私は彼女の本心が知りたいだけなのだ。犯罪行為における動機。何が彼女をこんな凶行に走らせたのか。その理由が知りたい。
「フッ。理由なんて簡単だよ」
 私の質問を羽田さんはそんな風に鼻で笑った。そして「あの太田まりあって女が大嫌いだからさ」と吐き捨てた――。

「簡潔に話すよ」
 少し間を置いて彼女はそう言った。そして「動機は太田まりあへの嫌がらせ。方法はネットを使った恐喝。フジやんがここまでいじめられたのは計算外だったけど……。要は太田まりあをB組で孤立させるために裏工作した。それだけだよ」と言った。あまりにも淡々と。悪びれる様子もなく。まるで機械に質問したときみたいにあっさりと。
「で? 他に聞きたいことある?」
 私が彼女の物言いに気圧されていると羽田さんは続けざまにそう言った。それに対して私は「ちょ、ちょっと待って」と戸惑いながら返した。いくら何でもキャラクターが変わりすぎだ。まさかここまで猫を被っていたとは思いもしなかった。
「あのさぁ澪。昼休みは短いんだ。推理ごっこ付き合ってあげたんだからもういいでしょ?」
 羽田さんはそう言うとさっき食べた菓子パンの袋ををポケットにねじ込んで「はぁああぁ」と盛大なため息を吐いた。そして「前から思ってたけどさ。あんたのそういう正義感丸出しなとこ嫌いだったんだよね」と嫌味ったらしく言った。そう話す彼女の顔はもう私の知る羽田さんではない。ただの最低クズ女。私の目にはもうそんな風にしか映らない。
 まさかここまで歪んでいたなんて思いもしなかった……。話せば分かるし改心だってしてくれる。そう思っていたのだ。まぁ……。結果だけ見れば私の目算は大きく外れたわけだけれど。
「ねぇ羽田さん……。マリーが嫌いなのは分かったけどなんでこんなことしたの? 藤岡くんまで巻き込んで……」
 私は項垂れながらもどうにかそれだけ彼女に尋ねた。すると羽田さんは「ああ、それは……」と言ってスマホで時間を確認した。そして「ごめん。もう授業だわ」と話を切った。どうやらタイムオーバー。ここで打ち止めらしい。
「澪さぁ。どうせこのことは太田まりあに言うんでしょ? だからもういいよ。どっちにしたって……。そろそろ潮時だったしね」
「羽田さん……」
「ま、どうしても話聞きたいなら今夜ヘリオスでオフ会だから来なよ。タイミング見て抜け出すからさ」
 羽田さんはそう言うとゆっくりと屋上の扉に手を掛けた。そして「どうせだから香澄も連れてきて」と言った――。
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