(休載中)下町のグランと公爵家のオリヴァー

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オリヴァーの昔話

オリヴァーがグランになった日・1

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 寒い夜のことだ。
 雨が降る。寒かった。
 今日はオリヴァー・グランディアの誕生日であった。双子の兄と、同じ誕生日。
 なのに、オリヴァーだけが今、公爵邸の外に出されている。
「オリヴァー!」
 寒さで震えていると、母のロザリー・グランディアがオリヴァーの名を叫びながら駆け走ってくる。
「ははうえ!」
 オリヴァーは涙を流しながら、母を呼んだ。
 その声でオリヴァーがいる場所へ駆けつけてくれた。
 暗い夜の闇の中、ロザリーは追い出されたオリヴァーのために一緒に出てくれたのだ。
「オリヴァー、もう大丈夫よ。ごめんね、ごめんなさいね」
 母が謝ることではない。大人になったオリヴァーはそれがわかる。
 悪くないのに謝るのはよくないことも、大人になった頃なら分かる。
 でも、この頃はわからなかった。
 母が、何に対してオリヴァーへ謝っているのか、わからなかったのだ。


 少し前。
 グランディア邸で、アルバートとオリヴァーの3歳の誕生日会が行われていた。
 アルバート・グランディアはオリヴァーと同じ年でありながら、3歳とは思えないほど大人びていた。
 どちらも同じ黒髪の短髪、硬い髪質の直毛、黒曜石のような黒い瞳。どれをとっても瓜二つであったし、背丈も変わらず、二人の見た目はよく似ていた。
 だが父親のクラウド・グランディアは、アルバートだけを特別可愛がっていた。そして、ロザリーはその都度比較されるオリヴァーを可哀相に思っていた。
 クラウドとしては、アルバートにもオリヴァーにも平等に愛情を注いでいるつもりであった。だが、そのつもりであっただけだ。
 生活レベルに差はない。どちらも大切な息子として、与えられるものは与えられていた。
 だが、平等に愛情を注いでいるのが、そのつもりであっただけという決定打な事件がこの3歳の誕生日会で起こる。

「これ、ボクのだよ」
 アルバートとオリヴァーは、誕生日プレゼントに違う物を貰った。
 二人とも違うものを欲していたので、各々が望むものが買い与えられたのだ。
 オリヴァーも始めこそそれを喜んでいたが、アルバートが開いた包みから出てきたそのプレゼントを見て、「いいなぁ」と思ったのだ。
「それをオレにもかして?」
 だからオリヴァーは、そう言うつもりであったと思われる。
 だが語学力が弱かった3歳のオリヴァーは「ちょうだい」と言ったのだ。
 普段はアルバートも、それがオリヴァーの言い間違いであると分かる子であった。それなのになぜか今日は、それが出来なかった。
 アルバートはその時もらったプレゼントを、特別気に入っていたのだ。もらった瞬間、自分の一生の宝物にしよう、と思うほどに。
 そのためか、オリヴァーの言葉をそのまま受け止めてしまったのだ。
「やだ、これボクの」
 おそらく、貸すのも嫌だったのかもしれないが、今となってはそれを知る術がない。
「ちょうだい、ちょうだい~!」
 オリヴァーが泣きながら駄々をこねる。
 しかしアルバートも渡すまいと涙目だ。
 オリヴァーは、自分が持っていたプレゼントを差し出す。
「こえ、あげる」
 それはオリヴァーもとても欲しかったプレゼントであるはずだ。それを「あげる」と言ったのが、アルバートには許せなかったのかもしれない。
 そしてオリヴァーの「あげる」も、「貸してあげる」という意味だった。
「オレの宝物も貸してあげるから、貸して」と言いたかったはずだ。
 しかし、やはりアルバートには通じなかった。
 簡単に宝物をあげると言ったオリヴァーのことが許せなかったアルバートは、ひどく怒った。
「お前の顔なんか見たくない、出ていけ!」
 そう怒鳴りつけ、泣いてしまった。
 突然兄が怒り、そして泣いてしまったことを、オリヴァーもひどく悲しんだ。
 だが、謝ることはしなかった。
 兄を傷つけてしまったことがただただ悲しくて、オリヴァーも一緒に泣きじゃくるだけであった。
 ただの、どこにでもあるただの兄弟げんかであった。
 それをただの兄弟げんかにしなかったのが、クラウドの大人げない言動であった。
「オリヴァー! 我が儘ばかり言いおって。しばらく外で頭を冷やせ!」
 外は雨である。やがて雪に変わるかもしれないと言われている寒さの中、クラウドは周りの従者が止めるのも聞かずに、泣きじゃくるオリヴァーを、マントも羽織っていない薄着のオリヴァーを、邸から外へ追い出したのだ。
 突然外に出されて、オリヴァーは困惑した。
 真っ暗な外、凍てつく寒さの風が吹き、いつもはいる門番もおらず、オリヴァーは一層泣き喚いた。
 幼心に分かったのは、「捨てられた」ということであった。
 クラウドは反省を促させるために、ほんの少し外に出すだけであったが、そんなことを知るわけもない幼いオリヴァーは、とりあえず寒さをしのげる場所を探そうと、小さな足をよたよたと歩ませ、森の奥へと入っていった。
 パーティー会場にオリヴァーの姿がないことにロザリーが気づいたのは、オリヴァーが締め出されてから10分ほど経った頃であった。
 もともと身体が弱いロザリーは、この日も体調を崩していたので、暖かい部屋に移動して少し休憩をしていたのだ。
 しかし邸内にやや不穏な気配を感じ、パーティー会場に戻ってきた。
 すでにオリヴァーの姿は無く、クラウドに泣きながら必死に何かを訴えるアルバートの姿と、困った様子のクラウドを目にして、近くにいた従者に何が合ったのか訊ねた。

「何を、何をなさっているのですか、あなたは!」
 話を聞いたロザリーは、ひどく取り乱した。
 まさか父がこのようなことをすると思っていなかったアルバートが必死にクラウドを説得して、すぐにオリヴァーを邸に入れてくれと懇願するも、すでにオリヴァーは邸の周辺にはいなかった。
 衛兵たちに探させているから、すぐに見つかるだろうと言ったクラウドを、ロザリーはこの時見限ったのだ。
「……オリヴァーもあなたの子です」
「わかっているとも」
「わかっていません!」
 ロザリーは酷く錯乱状態であった。
 3歳の子どもに、目の前のこの男はなんということをしたのだ、と酷く嘆き憤怒した。
 日頃のアルバートとオリヴァーへの差別的な接し方へ不満を持っていたロザリーの気持が、ここで切れたのだ。
「……アルバート。どうか元気で」
 ロザリーは涙を零しながら、アルバートを抱きしめた。
「本当にごめんね……」
 この時ロザリーは、アルバートではなく、オリヴァーを選ぶこととなった。
 アルバートを愛していないわけではない。しかし、いま命の危機に瀕しているかもしれないオリヴァーのことを考えたら、頭も気持ちも、冷静な判断が出来ないでいたのだ。
 ロザリーはマントも羽織らずに邸を飛び出した。
 そして、そのままこの邸に戻ってくることはなかった。
 外に出ると、辺りを衛兵たちがすでに探索を始めていた。
 ロザリーは縋りつくように衛兵の一人に訊ねた。
「オリヴァーは、オリヴァーは見つかった?!」
「奥様! いけません、早く邸へお戻りください。オリヴァー様は我々が必ず見つけ出し、必ず連れ帰りますから!」
 衛兵に促され、ロザリーは力なく頷いた。
 そして踵を返すふりをして、そのまま邸の反対側へ移動した。
(あちらは衛兵が探している。でもこちらには衛兵がいない。そしてオリヴァーがまだ見つかっていないということは……)
 ロザリーは目の前に生い茂る森を見つめた。
(……一か八か)
 そのまま森の中へ突き進んだ。
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