9 / 60
8
「……なんで、こんなにしてくれるの?」
「ん?」
「今日会ったばかりの見ず知らずの私を、どうしてここまで心配してくれるの……?」
「……やっぱり覚えてないか」
残念そうな声で、仕方ないか、とつぶやく。
なんと説明しようか悩みながらパンとスープを食べるグランを見て、ミレーは感心していた。
(……グランの食べ方、綺麗……)
食事作法などもうずっと教わらず、食べる時も一人だったミレーは、誰もいなくなった食堂で隠れるように食べていたから、作法を活かす機会もなかった。
真似をしてみるが、何故かスープが匙からこぼれてしまい、木製のテーブルを汚していく。
みじめになるから匙を置き、鳴り続けるお腹をぐっと押さえつける。
匙を置いたミレーに、グランが声をかける。
「もう腹いっぱいなのか?」
「う、うん……もう……」
ぎゅるるる、とミレーのお腹の音が鳴る。
「ミレーの胃袋がまだ足りねえって言っているけど」
グランは笑いながらパンを一つまみ千切り、それをミレーの口にねじ込んで、手ぶらになった指でミレーの唇を撫でた。
「……良いから食え」
にぃっと笑むグランの表情が眩しく、目を細める。
諦めて口の中に入れられたパンを咀嚼する。こちらもとても美味しい。
「飯なんて、美味しく食えればそれでいいんだよ。マナーが気になるなら、これからゆっくりと身につけていけばいい」
「これから……?」
「……ミレー。これから言うことは冗談じゃない。そう思って聞いてくれ」
「は、はい……!」
真剣な目で見てくるから、ミレーも真剣に見返した。
「一緒に暮らさないか?」
「……えっと、それは」
「ミレーが良ければ、オレと一緒に、ここで暮らさないか?」
「そこまで、グランのお世話になるわけには……」
「じゃあどうするんだ? 自分の姉を暴漢に襲わせるような妹のいる家に、オレはミレーを帰したくない」
「……その、気持ちはありがたいけれど……」
ありがたいどころか、嬉しい以外の感情が沸かない。会ったばかりのグランに、ミレーはすっかり心を許していたのだ。
それに、この居心地の良い家。
叶うのならばずっと居たい。
「……別に結婚しようとか言っているわけじゃない。ただの同居人だって。なんならオレのことは動く置物とでも思ってくれていい」
「動く置物って……」
「なんなら、ミレーが寝るときにオレは外で寝るから」
「ちょ、ちょっとまって。本当にそこまでされると逆に困るっていうか……。なんでそこまで私をここに置こうとしてくれるの? 私にそこまでされる価値は……」
自己否定をしようとして、ハッと口をつぐむ。グランも鋭い目つきで睨みつけている。
「……私にそこまでされる価値は大いにあると思うけれど」
「なら問題ないな」
強引に舵を自分のほうへ切って勝手に話を進めようとするグランに、ミレーは頭を抱えそうになった。
「なんでそこまで帰りたいんだ? まさか、オレと住むほうが嫌だったっていう……?」
「そうじゃないわ。……でも、もしかしたら私が帰らないことを心配しているかもしれないし、ここで暮らすのなら、ちゃんとお父様の許可も得ないと……」
家族が心配しているかもしれない。それは、ミレーの希望的観測である。
グランの目はそれを言いたげにしていたが、言わなかった。じっとミレーの目を見つめただけで、なにも言わなかった。
しばらくそうして、やがて諦めたように許可してくれた。
「わかった。……でも、ミレー一人だと道中また襲われるかもしれないから、オレも同行していいか?」
「あ、ありがとう!」
帰りたくない。それがミレーの本音であった。
でも、やはり家族の許可は得ないといけないだろうと自分に言い聞かせた。自分だけで勝手に、婚約者でもない男性の家で共に暮らすわけにはいかない、そう考えた。
帰りたくはないが、帰るしか術を知らないミレーの選択を、グランは尊重してくれた。
今まで、ミレーの意見が尊重されることなどない人生だったから、グランがミレーの意見を尊重してくれたことが嬉しかった。
だが同時に、我がままを言って「ここでグランと、ずっと一緒に暮らしたい」なんて言っても許してくれるだろうかと気になった。
頭を振って、そんな考えは振り払った。
(ちゃんと、家に帰って、お父様の許可を貰って、そういう道筋を立ててからにしないと)
それがけじめである、と自分に言い聞かせた。
だがミレーは、翌日以降もクローバー家の屋敷へ帰らず、グランの家に滞在し続けていた。
次の日家へ帰ると決めた後、二人はなんだかんだ談笑しながら食事を終え、あとは眠るだけになった。
ベッドは二つあったから、普段グランが使っているのとは別のベッドを使わせてもらった。
クローバー家のミレーの自室のベッドとは比べ物にならないほどしっかりした土台で、毛布もシーツも清潔感に溢れた白色だ。
しかもふわふわと雲のように柔らかく、4歳の頃から使っていた自分のベッドとは違って、足を伸ばしてもベッドの端から足の先が出てしまうこともない。
(なにこれ、なにこれ! すごい、気持ちいい)
掛け布団と戯れ、シーツの上でゴロゴロと転がりたいほどだ。
さすがに理性で思いとどまれたが、そんな夢のようなベッドに横たわると、それだけで眠ってしまえそうだ。
(でも眠るの、すごく勿体ない。もっとこの極上を味わっていたい……)
そう興奮していたが、結局疲労からか眠気に負け、うとうとと意識がまどろんでいった。
「ミレー、おやすみ。ゆっくり休めよ」
グランはそう言い、ミレーの髪にキスをしてくれた。
(今日は、本当に夢のように幸せな日だ)
そんな幸せを自分から手放そうとしているのが、本当に愚かしいと思いもしたが、今はそんな考えも霞んでしまうほど幸せを感じている。
布団はあたたかくてやわらかく、昨日洗濯したばかりだというシーツはお日様の香りがした。
こんな素晴らしいベッドで眠れば、疲れなど一瞬で治ってしまうと感じながら、ミレーはそのまま眠りに就いた。
「ん?」
「今日会ったばかりの見ず知らずの私を、どうしてここまで心配してくれるの……?」
「……やっぱり覚えてないか」
残念そうな声で、仕方ないか、とつぶやく。
なんと説明しようか悩みながらパンとスープを食べるグランを見て、ミレーは感心していた。
(……グランの食べ方、綺麗……)
食事作法などもうずっと教わらず、食べる時も一人だったミレーは、誰もいなくなった食堂で隠れるように食べていたから、作法を活かす機会もなかった。
真似をしてみるが、何故かスープが匙からこぼれてしまい、木製のテーブルを汚していく。
みじめになるから匙を置き、鳴り続けるお腹をぐっと押さえつける。
匙を置いたミレーに、グランが声をかける。
「もう腹いっぱいなのか?」
「う、うん……もう……」
ぎゅるるる、とミレーのお腹の音が鳴る。
「ミレーの胃袋がまだ足りねえって言っているけど」
グランは笑いながらパンを一つまみ千切り、それをミレーの口にねじ込んで、手ぶらになった指でミレーの唇を撫でた。
「……良いから食え」
にぃっと笑むグランの表情が眩しく、目を細める。
諦めて口の中に入れられたパンを咀嚼する。こちらもとても美味しい。
「飯なんて、美味しく食えればそれでいいんだよ。マナーが気になるなら、これからゆっくりと身につけていけばいい」
「これから……?」
「……ミレー。これから言うことは冗談じゃない。そう思って聞いてくれ」
「は、はい……!」
真剣な目で見てくるから、ミレーも真剣に見返した。
「一緒に暮らさないか?」
「……えっと、それは」
「ミレーが良ければ、オレと一緒に、ここで暮らさないか?」
「そこまで、グランのお世話になるわけには……」
「じゃあどうするんだ? 自分の姉を暴漢に襲わせるような妹のいる家に、オレはミレーを帰したくない」
「……その、気持ちはありがたいけれど……」
ありがたいどころか、嬉しい以外の感情が沸かない。会ったばかりのグランに、ミレーはすっかり心を許していたのだ。
それに、この居心地の良い家。
叶うのならばずっと居たい。
「……別に結婚しようとか言っているわけじゃない。ただの同居人だって。なんならオレのことは動く置物とでも思ってくれていい」
「動く置物って……」
「なんなら、ミレーが寝るときにオレは外で寝るから」
「ちょ、ちょっとまって。本当にそこまでされると逆に困るっていうか……。なんでそこまで私をここに置こうとしてくれるの? 私にそこまでされる価値は……」
自己否定をしようとして、ハッと口をつぐむ。グランも鋭い目つきで睨みつけている。
「……私にそこまでされる価値は大いにあると思うけれど」
「なら問題ないな」
強引に舵を自分のほうへ切って勝手に話を進めようとするグランに、ミレーは頭を抱えそうになった。
「なんでそこまで帰りたいんだ? まさか、オレと住むほうが嫌だったっていう……?」
「そうじゃないわ。……でも、もしかしたら私が帰らないことを心配しているかもしれないし、ここで暮らすのなら、ちゃんとお父様の許可も得ないと……」
家族が心配しているかもしれない。それは、ミレーの希望的観測である。
グランの目はそれを言いたげにしていたが、言わなかった。じっとミレーの目を見つめただけで、なにも言わなかった。
しばらくそうして、やがて諦めたように許可してくれた。
「わかった。……でも、ミレー一人だと道中また襲われるかもしれないから、オレも同行していいか?」
「あ、ありがとう!」
帰りたくない。それがミレーの本音であった。
でも、やはり家族の許可は得ないといけないだろうと自分に言い聞かせた。自分だけで勝手に、婚約者でもない男性の家で共に暮らすわけにはいかない、そう考えた。
帰りたくはないが、帰るしか術を知らないミレーの選択を、グランは尊重してくれた。
今まで、ミレーの意見が尊重されることなどない人生だったから、グランがミレーの意見を尊重してくれたことが嬉しかった。
だが同時に、我がままを言って「ここでグランと、ずっと一緒に暮らしたい」なんて言っても許してくれるだろうかと気になった。
頭を振って、そんな考えは振り払った。
(ちゃんと、家に帰って、お父様の許可を貰って、そういう道筋を立ててからにしないと)
それがけじめである、と自分に言い聞かせた。
だがミレーは、翌日以降もクローバー家の屋敷へ帰らず、グランの家に滞在し続けていた。
次の日家へ帰ると決めた後、二人はなんだかんだ談笑しながら食事を終え、あとは眠るだけになった。
ベッドは二つあったから、普段グランが使っているのとは別のベッドを使わせてもらった。
クローバー家のミレーの自室のベッドとは比べ物にならないほどしっかりした土台で、毛布もシーツも清潔感に溢れた白色だ。
しかもふわふわと雲のように柔らかく、4歳の頃から使っていた自分のベッドとは違って、足を伸ばしてもベッドの端から足の先が出てしまうこともない。
(なにこれ、なにこれ! すごい、気持ちいい)
掛け布団と戯れ、シーツの上でゴロゴロと転がりたいほどだ。
さすがに理性で思いとどまれたが、そんな夢のようなベッドに横たわると、それだけで眠ってしまえそうだ。
(でも眠るの、すごく勿体ない。もっとこの極上を味わっていたい……)
そう興奮していたが、結局疲労からか眠気に負け、うとうとと意識がまどろんでいった。
「ミレー、おやすみ。ゆっくり休めよ」
グランはそう言い、ミレーの髪にキスをしてくれた。
(今日は、本当に夢のように幸せな日だ)
そんな幸せを自分から手放そうとしているのが、本当に愚かしいと思いもしたが、今はそんな考えも霞んでしまうほど幸せを感じている。
布団はあたたかくてやわらかく、昨日洗濯したばかりだというシーツはお日様の香りがした。
こんな素晴らしいベッドで眠れば、疲れなど一瞬で治ってしまうと感じながら、ミレーはそのまま眠りに就いた。
あなたにおすすめの小説
愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……
ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。
ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。
そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います
織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。
目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。
まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。
再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。
――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。
限られた6年の中で、セレノアは動き出す。
愛する家族を守るため、未来を変えるために。
そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。
巻き戻った妻、愛する夫と子どもを今度こそ守ります
ミカン♬
恋愛
公爵令嬢フィリスの愛する婚約者、第一王子ジルナードが事故で体が不自由となった。
それで王太子候補は側妃の子、第二王子のサイラスに決まった。
父親の計略でフィリスはサイラスとの婚姻を余儀なくされる。悲しむフィリスとジルナード。
「必ずジルナード様を王にします。貴方の元に戻ってきます」
ジルナードに誓い、王妃から渡された毒薬を胸に、フィリスはサイラスに嫁いだ。
挙式前に魔女に魅了を掛けられて。愛する人はサイラスだと思い込んだまま、幸福な時間を過ごす。
やがて魅了は解けて……
サクッとハッピーエンドまで進みます。
実家も国も私を捨てたが、私を愛さないと国が滅びる。絶望する人々を特等席で眺め、冷徹な王子の腕の中で思考停止する。
唯崎りいち
恋愛
持参金がないという理由で家族と祖国から追放された私は、実はこの国を支える“加護”そのものだった。
私が去った瞬間、王都の結界は崩れ、国は崩壊へ向かい始める。
そんな私を拾ったのは、冷徹と噂される隣国の王子。
「やっと見つけた。お前は俺のものだ」
捨てられたはずの私は、気づけば滅びゆく祖国を背に、彼の腕の中で溺愛されていた。