愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られるまでのお話

rifa

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「……なんで、こんなにしてくれるの?」
「ん?」
「今日会ったばかりの見ず知らずの私を、どうしてここまで心配してくれるの……?」
「……やっぱり覚えてないか」
 残念そうな声で、仕方ないか、とつぶやく。
なんと説明しようか悩みながらパンとスープを食べるグランを見て、ミレーは感心していた。
(……グランの食べ方、綺麗……)
 食事作法などもうずっと教わらず、食べる時も一人だったミレーは、誰もいなくなった食堂で隠れるように食べていたから、作法を活かす機会もなかった。
 真似をしてみるが、何故かスープが匙からこぼれてしまい、木製のテーブルを汚していく。
 みじめになるから匙を置き、鳴り続けるお腹をぐっと押さえつける。
 匙を置いたミレーに、グランが声をかける。
「もう腹いっぱいなのか?」
「う、うん……もう……」
 ぎゅるるる、とミレーのお腹の音が鳴る。
「ミレーの胃袋がまだ足りねえって言っているけど」
 グランは笑いながらパンを一つまみ千切り、それをミレーの口にねじ込んで、手ぶらになった指でミレーの唇を撫でた。
「……良いから食え」
 にぃっと笑むグランの表情が眩しく、目を細める。
 諦めて口の中に入れられたパンを咀嚼する。こちらもとても美味しい。
「飯なんて、美味しく食えればそれでいいんだよ。マナーが気になるなら、これからゆっくりと身につけていけばいい」
「これから……?」
「……ミレー。これから言うことは冗談じゃない。そう思って聞いてくれ」
「は、はい……!」
 真剣な目で見てくるから、ミレーも真剣に見返した。
「一緒に暮らさないか?」
「……えっと、それは」
「ミレーが良ければ、オレと一緒に、ここで暮らさないか?」
「そこまで、グランのお世話になるわけには……」
「じゃあどうするんだ? 自分の姉を暴漢に襲わせるような妹のいる家に、オレはミレーを帰したくない」
「……その、気持ちはありがたいけれど……」
 ありがたいどころか、嬉しい以外の感情が沸かない。会ったばかりのグランに、ミレーはすっかり心を許していたのだ。
 それに、この居心地の良い家。
 叶うのならばずっと居たい。
「……別に結婚しようとか言っているわけじゃない。ただの同居人だって。なんならオレのことは動く置物とでも思ってくれていい」
「動く置物って……」
「なんなら、ミレーが寝るときにオレは外で寝るから」
「ちょ、ちょっとまって。本当にそこまでされると逆に困るっていうか……。なんでそこまで私をここに置こうとしてくれるの? 私にそこまでされる価値は……」
 自己否定をしようとして、ハッと口をつぐむ。グランも鋭い目つきで睨みつけている。
「……私にそこまでされる価値は大いにあると思うけれど」
「なら問題ないな」
 強引に舵を自分のほうへ切って勝手に話を進めようとするグランに、ミレーは頭を抱えそうになった。
「なんでそこまで帰りたいんだ? まさか、オレと住むほうが嫌だったっていう……?」
「そうじゃないわ。……でも、もしかしたら私が帰らないことを心配しているかもしれないし、ここで暮らすのなら、ちゃんとお父様の許可も得ないと……」
 家族が心配しているかもしれない。それは、ミレーの希望的観測である。
 グランの目はそれを言いたげにしていたが、言わなかった。じっとミレーの目を見つめただけで、なにも言わなかった。
 しばらくそうして、やがて諦めたように許可してくれた。
「わかった。……でも、ミレー一人だと道中また襲われるかもしれないから、オレも同行していいか?」
「あ、ありがとう!」
 帰りたくない。それがミレーの本音であった。
 でも、やはり家族の許可は得ないといけないだろうと自分に言い聞かせた。自分だけで勝手に、婚約者でもない男性の家で共に暮らすわけにはいかない、そう考えた。
 帰りたくはないが、帰るしか術を知らないミレーの選択を、グランは尊重してくれた。
 今まで、ミレーの意見が尊重されることなどない人生だったから、グランがミレーの意見を尊重してくれたことが嬉しかった。
 だが同時に、我がままを言って「ここでグランと、ずっと一緒に暮らしたい」なんて言っても許してくれるだろうかと気になった。
 頭を振って、そんな考えは振り払った。
(ちゃんと、家に帰って、お父様の許可を貰って、そういう道筋を立ててからにしないと)
 それがけじめである、と自分に言い聞かせた。

 だがミレーは、翌日以降もクローバー家の屋敷へ帰らず、グランの家に滞在し続けていた。

 次の日家へ帰ると決めた後、二人はなんだかんだ談笑しながら食事を終え、あとは眠るだけになった。
ベッドは二つあったから、普段グランが使っているのとは別のベッドを使わせてもらった。
 クローバー家のミレーの自室のベッドとは比べ物にならないほどしっかりした土台で、毛布もシーツも清潔感に溢れた白色だ。
 しかもふわふわと雲のように柔らかく、4歳の頃から使っていた自分のベッドとは違って、足を伸ばしてもベッドの端から足の先が出てしまうこともない。
(なにこれ、なにこれ! すごい、気持ちいい)
 掛け布団と戯れ、シーツの上でゴロゴロと転がりたいほどだ。
 さすがに理性で思いとどまれたが、そんな夢のようなベッドに横たわると、それだけで眠ってしまえそうだ。
(でも眠るの、すごく勿体ない。もっとこの極上を味わっていたい……)
 そう興奮していたが、結局疲労からか眠気に負け、うとうとと意識がまどろんでいった。
「ミレー、おやすみ。ゆっくり休めよ」
 グランはそう言い、ミレーの髪にキスをしてくれた。
(今日は、本当に夢のように幸せな日だ)
 そんな幸せを自分から手放そうとしているのが、本当に愚かしいと思いもしたが、今はそんな考えも霞んでしまうほど幸せを感じている。
 布団はあたたかくてやわらかく、昨日洗濯したばかりだというシーツはお日様の香りがした。
 こんな素晴らしいベッドで眠れば、疲れなど一瞬で治ってしまうと感じながら、ミレーはそのまま眠りに就いた。

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