没落貴族は元執事に監禁されました

八百屋 成美

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 食事という名の蹂躙が終わると、クラウスはセトの口元や首筋にこぼれたスープの痕を、指先で愛おしげになぞった。
 べとり、という粘着質な感触に、セトは身をすくませる。

「……汚れてしまいましたね。これでは、誇り高きローレンス家の当主が台無しだ」

 わざとらしい嘆息と共に、クラウスは立ち上がった。
 部屋の隅にある手桶から布を絞る音が、静寂に響く。水音だけが、かつての穏やかだった朝の洗顔の時間を想起させ、セトの胸をえぐった。

「じっとしていてください。私が綺麗にして差し上げます」
「触るな……! 自分でやる」
「おや。自分で服を脱ぎ、身体を拭くことなど、一度もなさったことがないでしょう?」

 核心を突かれ、セトは言葉に詰まる。
 その通りだった。生まれてこの方、入浴も着替えも、全てはこの優秀な執事に委ねてきたのだ。セトにとって、クラウスに肌を晒し、世話をされることは呼吸をするのと同じくらい自然な日常だった。
 ――だが、それはあくまで「主人と従者」という絶対的な壁があったからだ。
 クラウスがベッドに戻ってくる。その手には、冷たい水を含んだ粗末な布が握られていた。

「さあ、シャツを脱いで」
「嫌だ……来るな」

 セトは後ずさり、壁に背中を押し付けた。だが、逃げ場などない狭い寝台の上だ。クラウスは無造作にセトの手首を掴むと、まるで壊れ物を扱うような、しかし拒絶を許さない力強さでシャツのボタンに手をかけた。
 一つ、また一つ。
 ボタンが外されるたびに、セトの白い肌が薄暗い部屋の空気に晒されていく。

「……良い肌だ。この数日、日光を浴びていないせいで、以前よりも白磁のように透き通って見える」

 クラウスの視線が、剥き出しになったセトの胸元、華奢な鎖骨、そして震える腹部へと這うように移動する。その熱視線だけで、肌が焼けるように熱くなった。
 冷たい布が、首筋に押し当てられる。

「ひゃっ……!」
「声を上げないでください。外の暴徒に気づかれますよ」

 耳元で囁きながら、クラウスは丁寧に、執拗に肌を拭いていく。
 汚れを落とすという名目の愛撫だった。
 布越しの刺激は次第に指先の感触へと変わり、クラウスの手はセトの敏感な脇腹や、背骨の窪みを確かめるように這い回る。

「ん……っ、やめ……」
「ふふ、相変わらずここは弱い」

 ビクリと背中を反らせたセトを見て、クラウスは喉の奥で笑った。
 その指の動きは、セトの身体の地図を完全に把握していた。どこをどう触れば主人が力を失うか、どこが快楽のスイッチなのか。長年の奉仕で培われた知識が、今、最悪の形で牙を剥いている。

「身体は正直ですね、セト様。私の手が触れるだけで、こんなにも大人しくなる」
「ちが、う……っ! 貴様の手が……気持ち悪いだけだ……!」

 必死に否定するが、身体は嘘をつけない。
 馴染み深いクラウスの手の感触に、恐怖とは裏腹に、セトの筋肉は無意識に強張りを解いてしまっていた。それは、長年刷り込まれた「絶対的な安心感」の残滓だった。
 それが何より悔しく、情けなかった。
 不意に、クラウスの手が下腹部へと滑り落ちる。
 セトは息を呑み、その手首を掴んで止めようとした。

「な、なにを……そこは汚れていない!」
「いいえ、汚れていますよ。……情欲でね」

 クラウスはセトの抵抗をあざ笑うかのように、ズボンの上からその場所をゆっくりと撫で上げた。
 そこには、恐怖と興奮で微かに熱を持った反応があった。

「対価を払っていただかなくては」

 クラウスの瞳から、ごっこ遊びのような優しさが消え失せる。
 そこに在ったのは、獲物を追い詰めた雄の欲望だけだった。

「食事を与え、外敵から守り、こうして世話まで焼いているのです。……タダで済むとはお思いですか?」
「クラウス……っ!」
「高慢な伯爵様としてではなく、一匹の飼い犬として。……ご主人様に尽くしていただきましょうか」

 冷酷な宣告と共に、クラウスはセトの身体を寝台に組み敷いた。
 かつて見上げていた天井が、今は男の広い背中で遮られる。セトの世界は完全に閉ざされ、この裏切り者の執事だけが、唯一の支配者となった。
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