没落貴族は元執事に監禁されました

八百屋 成美

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 湯気を立てていたスープは、重苦しい沈黙の中で徐々に冷めつつあった。
 クラウスは、まるで躾のなっていないペットを諭すような目つきで、スプーンを琥珀色の液体に浸した。

「あーん、してください。セト様」

 幼子に言い聞かせるような甘ったるい声色。それがセトの神経を逆撫でした。
 数日前まで、この男はセトの視線一つで床に頭を擦り付けていたのだ。それが今は、玉座に座る王のような傲慢さで、セトの唇にスプーンを押し当てている。

「……ふざけるな!」

 カッとなったセトは、とっさにクラウスの手を払いのけた。
 銀のスプーンが宙を舞い、床に落ちて乾いた金属音を立てる。スープの滴が、クラウスの磨き上げられた革靴に散った。

「出て行け! 私の目の前から消え失せろと言っているんだ!」

 肩で息をしながら叫ぶセト。だが、クラウスは眉一つ動かさなかった。彼はゆっくりと視線を足元に落とし、汚れた靴を眺めると、ため息交じりに呟いた。

「……困った方だ。状況がまだ、飲み込めていらっしゃらないようだ」

 次の瞬間、セトの視界が反転した。
 クラウスの手が伸び、セトの襟元を無造作に掴んで引き寄せたのだ。抵抗する間もなく、華奢な身体は寝台のヘッドボードに押し付けられた。

「ぐっ……!」
「痛いですか? ですが、今のあなたは私に養われるだけの存在だ。それを忘れていただいては困る」

 至近距離で覗き込む瞳は、氷のように冷たい。なのに、そこには暗い炎のような執着が揺らめいている。セトは恐怖で身体を強張らせた。

「嫌だと言うなら、口移しで流し込むしかありませんね」
「な……何を……」

 セトが言葉を発しようと口を開いた瞬間だった。
 クラウスは自らスープを一口含むと、強引にセトの唇を塞いだ。

「んぐっ……!?」

 温かい液体と共に、男の舌が口腔内に侵入してくる。
 それは食事というよりも、蹂躙だった。
 セトは必死に逃れようと、クラウスの胸を叩き、首を振った。しかし、執事の腕力はかつての主人の抵抗など意に介さない。顎を強く固定され、逃げ場を失った唇からは、スープが零れて白い喉を伝い落ちる。
 無理やり喉の奥へ流し込まれる屈辱。息ができず、目の前が白くチカチカと明滅する。
 生理的な涙が目尻に滲んだ頃、ようやくクラウスは唇を離した。

「はぁっ、はぁっ……!」
「……無様ですね、セト様。あんなに高潔だったあなたが、今は私の唾液交じりのスープで腹を満たしている」

 クラウスは親指の腹で、セトの濡れた唇を乱暴に拭った。その指先の感触に、セトの背筋がゾクリと震える。
 嫌悪感か、恐怖か。それとも、心のどこかで感じてしまった、抗えない安堵感なのか。

「……殺せ」

 セトは、潤んだ瞳でクラウスを睨みつけた。精一杯の憎悪を込めて。

「こんな辱めを受けるくらいなら……今すぐ私を殺せ!」
「殺しませんよ」

 クラウスは、まるで愛しい恋人に触れるかのように、セトの頬に手を添えた。その指先が、恐怖に強張る肌をゆっくりとなぞる。

「あなたは私のものです。この瓦礫の城で、私が許すまで、生きて、喘いで、私のためだけにその命を燃やすのです」

 低い声が呪いのように鼓膜に張り付く。
 セトは悟った。この男は、初めからこうなることを望んでいたのだ。革命という混乱に乗じて、主従という枷を外し、自分をこの檻に閉じ込めることを。

「さあ、まだ残っていますよ。……続きをしましょうか」

 クラウスは再びスープを含み、悪魔のように微笑んだ。
 セトの身体から、抵抗する力が抜け落ちていく。逃げ場のない夜は、まだ始まったばかりだった。
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